Main

株式会社三井物産戦略研究所

冷凍食品市場の現状

2014年12月8日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
高島勝秀


Main Contents

日本の食品市場においては、近年、品質の向上と消費者ニーズの変化を背景とした冷凍食品の消費の拡大が注目を集めている。2012年の日本の家庭向け冷凍食品の市場規模は約4千5百億円、実質ベースの対2000年比で24%拡大している。これは、この間の実質GDPの増加率9%を大幅に上回るものである。しかし、世界各国の市場を見ると、冷凍食品の消費水準や成長率は、国・地域によって大きく異なっている。本稿では、世界の冷凍食品市場のこうした現状を概観する。

世界市場の全体観

2012年の世界全体の冷凍食品市場は1,247億ドル、実質ベースの対2000年比で26%拡大している(図表1)。先進国が全体の約7割を占めているが、人口1人当たりの年間消費額で比較すると、先進国の84ドルに対して新興国は8ドルと、約10倍の開きがある。これは1人当たりGDPの格差5.2倍を上回るものである。冷凍食品が普及するには所得水準に伴う購買力の上昇だけでなく、家庭用冷蔵庫の普及やコールドチェーンをはじめとする物流システム等のインフラ整備が必要となるが、経済発展がある程度進んだ新興国でも、そうした条件を満たしていない国が多いものと考えられる。
ここで捉えている冷凍食品は、外食産業等で利用される業務用を除いた家庭向けの商品で、品目別に見ると、「レディミール」の規模が一番大きく、全体の20%を占めている(図表2)。これは、TVディナー1やワントレーに代表される、メインディッシュの肉や魚に加えてサイドにライスやパスタ、野菜がセットになっている商品である。それに次ぐのが、皮むきやカット等の加工が施された「野菜」で12%、以下、切り身にソースやスパイス等の味付けや、小麦粉やパン粉等の衣付けが施された「魚・シーフード」(単なる切り身の冷凍は除く)の11%、味付けや衣付けが施された鶏や七面鳥等の「家禽肉」、ソーセージやバーガー、味付け肉等、味付けや衣付けがされた牛肉や豚肉の「畜肉」(ステーキやポークチョップ等のカットされただけの商品を除く)、オーブンやレンジで温めるだけの「ピザ」、味付け等の加工が施された「ポテト」、ケーキやパイ、タルト等の「デザート」(アイスクリームを除く)、ロールパンやクロワッサン、ガーリックトースト等の「ベーカリー」、と続いている。

冷凍食品の利用が浸透している欧米市場

冷凍食品市場を国ごとに見ると、前述のとおり先進国と新興国の間で大きな差があるが、先進国の間の差も大きい(前掲図表1)。大きく捉えると、欧米先進国における1人当たりの冷凍食品消費額は、日本、韓国のアジア勢を大幅に上回っている。また、欧米先進国の中でも、米国やカナダ、英国で冷凍食品の消費額は高く、ドイツやフランスでは低いといったばらつきが見られる。欧米とアジアとの差の背景には料理法そのものの違いに加えて、外食の頻度や位置付けの違いも含めた食文化の違いがあるものと考えられるが、欧米諸国間の差には、食品流通産業の事業環境の違いが影響しているものと考えられる。
米国、英国では歴史的に流通産業に関する規制が緩く、食品小売業間の厳しい競争環境が続いており、消費者をひきつけるための商品開発が活発に行われてきた。冷凍食品もその主要アイテムの一つであり、機能の高度化、商品分野の多様化が進められたことで、レディミールを中心に需要が拡大してきた。ただ、これらの国々では、1人当たり消費額は100ドルを超えており、市場は既に飽和に近づいているとの見方もある。実際、英国では2001年以降、冷凍食品市場は縮小基調にある。同国では、調理済み冷凍食品が普及する一方で、調理済み冷蔵(チルド)食品の開発も進み、消費者の選択肢が増えたことで、冷凍食品の消費額が落ち込んだものと考えられる。加えて、近年の健康志向や、食に対する関心やこだわりの高まり等も冷凍食品市場縮小の背景にある。カナダでも、2012年まで高成長を続けた市場は頭打ちし、生鮮食品や外食が見直され、これらの比重が高まるとの見方が強まっている。それに対して米国では、英国やカナダと同様、飽和に近づいているという見方もあるが、糖分や塩分、脂質等をカットして健康と栄養に配慮した冷凍食品等、新商品の開発や技術の高度化が進められており、市場は引き続き拡大を続けている。また、イタリアも米国や英国並みに冷凍食品の消費額が大きいが、レディミールを主力とする米・英と異なり、同国ではえんどう豆やほうれん草等の冷凍野菜の消費が多くなっている。また、パン粉付きで揚げるだけで食べられるフィッシュフィレやナゲット、コロッケ等の加工冷凍魚も、子供向け商品として需要が増えている。
一方、ドイツやフランスでは、小売業に関する新規参入や営業に関する規制が強く、競争が緩やかであったこともあり、米・英に比べて、冷凍食品を含めた商品開発が進んでこなかった。しかしドイツでは、1990年代後半以降、アルディやリドル等が、小売業規制の対象外である小型の食品専門店を展開し、圧倒的な低価格を武器に台頭し、冷凍食品がその主力商品であったことから、冷凍食品の市場は拡大に向かった。加えて、単身世帯や女性就労者の増加に伴い、調理にかける時間短縮のニーズの高まりでレディミールの販売が伸びていることや、ベーカリーやピザ、デザート等の新商品の開発も、近年の市場規模拡大の要因として挙げられる。それに対してフランスでは、米国や英国、ドイツと比較すると冷凍食品の消費額が低く、市場規模も縮小している。品目別に見るとレディミールや冷凍ピザの消費額が減少しており、その要因としては食生活の見直しを背景とした冷凍食品離れが挙げられる。また供給サイドでは、冷凍食品の専門店やサプライヤー数の減少が販売減に影響している。

小規模にとどまっているアジアおよび新興国市場

アジアの国々の1人当たりの冷凍食品消費額は、所得水準やインフラ整備でおおむね欧米にキャッチアップしたと考えられる日本と韓国、また前掲の図表1には示していないが台湾(2012年の1人当たり冷凍食品消費額24ドル)、シンガポール(同17ドル)、香港(同71ドル)も含めて、冷凍食品の利用が浸透している欧米諸国に比べて少額にとどまっている。
ただし日本においては、1990年代以降、流通産業に関する規制緩和が進み、従来の独・仏型から米・英型の競争環境へのシフトが急速に進んだことで、冷凍食品市場は拡大に向かっている。規制緩和後には消耗戦的な価格競争が展開されたが、近年では差別化のためのPB開発が活発化しており、冷凍食品は食品スーパー各社が最も注力するアイテムの一つとなっている。冷凍食品に関する技術開発も進められ、味や食感が大幅に改善されたことで市場を拡大させている。セブン&アイグループのPB「セブンプレミアム」は、品質の高さを顧客に認められ売り上げを伸ばしているが、約2,500品目のラインアップのうち約60品目程が冷凍食品である。
また新興国では、ロシアと中国が二大消費国となっている。1人当たり消費額で見ると、ロシアはレディミールや畜肉を中心に、既に欧米先進国並みの水準にある。それに対して中国は、1人当たりの消費額が10ドルに満たず、他の多くの新興国と同様、まだ本格的な成長段階に入っているとはいい難い。新興国の中でも低所得国に限って見るとフィリピンの1人当たり消費額が比較的大きくなっている。品目別に見ると畜肉や家禽肉の消費が多くなっているが、食肉消費量自体は他の低所得国と大きな違いはないことから、食肉の加工や流通形態の違いが影響しているものと推測される。例えば、同国料理の「タパ」は、牛肉、豚肉、シーフード等を甘めのタレに漬け込み油で揚げるようにして焼くものであるが、食品スーパーではタパ向けに加工された冷凍肉が販売されている。冷凍食品に適した食文化が、冷凍食品の消費額増へとつながった一例といえるだろう。

サプライヤーの現状

冷凍食品のサプライヤーについて見ると、世界全体ではスイスのネスレが最大手でシェアは7%、英国のイグルーが3%、米国のコンアグラが3%、カナダのマケインが2%、米国のジェネラルミルズが2%と続くが、上位5社のシェア合算でも20%に満たない。これは、各国ごとにサプライヤーが存在し、地場企業が自国の市場をおさえる地産地消が主流となっているためである。
先進国では、冷凍食品メーカーに加えて、流通業のPBが高いプレゼンスを示す構造となっており、全流通企業のPB合計の世界市場シェアは19%と、大手5社の合計とほぼ同水準となっている。特に英国では、PBのシェアが46%と圧倒的に高くなっている。ドイツでも、アルディのPBがシェア14%で最も高く、ナショナルブランドを上回り、小売業のPB全体では37%と、英国同様に高い存在感を示している。
新興国では、地場企業が大きな市場シェアを獲得し、企業規模を拡大しているケースがある。例えば、フィリピンのサンミゲルは自国冷凍食品市場の最大手としてシェア32%、中国では三全食品が9%、ロシアではカーチェストヴェンヌィ・プロドゥクトィが8%を占め、地場での存在感を示している。
今後も、先進国では厳しい競争を背景とする小売企業による商品の高度化や多様化が、新興国では所得水準の向上やインフラ整備を受けた地場企業の台頭が、需要拡大の原動力となり、世界の冷凍食品市場を活性化していくものと考えられる。


  1. 飛行機の機内食のようにメインディッシュと付け合わせが全てトレーにセットされた冷凍食品のこと。1950年代に米国で開発され、テレビを見ながら食べられるお手軽ディナーとして一躍人気商品となった。

Information