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株式会社三井物産戦略研究所

注目される「新しいタイプの商標」

2015年5月13日


三井物産戦略研究所
知的財産室
平田祥一朗


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近年、デジタル技術の急速な進歩や、商品または役務(サービス)の販売戦略の多様化に伴い、企業は自らの商品サービスのブランド化に際し、文字や図形のみならず、音や色彩のみについても商標として用いるようになっている。
そこで、特許庁は、「新しいタイプの商標」の保護ニーズの顕在化やこれを保護対象に追加することによる実益を考慮して、商標法の保護対象に、「音」、「色彩のみ」、「動き」、「ホログラム」、「位置」を追加する法整備を行い、2015年4月1日より改正商標法が施行された。
以下において、先行する海外での事例と併せて改正内容を概説するとともに、保護と活用の両視点から、「音の商標」や「色彩のみの商標」を権利化してブランド保護を図る「ブランド戦略」と、これら登録商標の積極的な活用を図る「マーケティング戦略」について記述する。

海外での先行事例と改正内容

従来、日本の商標法では、「商標」の定義は、「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」と規定されている。これらに該当しない「音」や「文字等と結合していない色彩のみ」については、商標法による権利保護を受けることができず、「動き」、「ホログラム」、「位置」についても同様であった。
一方、海外では、「音の商標」や「色彩のみの商標」も権利として保護される制度が整備されており、海外企業のみならず、日本企業もこれら商標を出願・権利化することで自社ブランドの保護と活用に使用している。これら商標は、企業や提供商品・サービスをより良く表現するものとしてブランド戦略上重要なものとなっている(図表参照)。

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そこで、日本でも「音」、「色彩のみ」、「動き」、「ホログラム」、「位置」を商標法の保護対象に追加し(商標法第2条第1項)、「音の商標」によってブランドメッセージの発信手法の一つであるサウンドロゴを、「色彩のみの商標」によって企業や製品の特徴を表現するコーポレートカラーやプロダクトカラーを、「動きの商標」によってテレビやインターネット上での動画広告を、「ホログラムの商標」によってクレジットカードなどの偽造対策に用いられるホログラム自体を、「位置の商標」によって製品やパッケージの特徴部分の位置を、それぞれ権利保護することが可能となった。これにより、新興国(特に、中国をはじめとするアジア諸国)で製造されて日本に輸入される模倣品に対して、商標権侵害を理由に差し止めや損害賠償を請求することで、巧妙化が進む模倣被害を抑制することなどが期待されている。
なお、海外では、「香り」や「匂い」も商標法の保護対象としている国があり、日本でも「新しいタイプの商標」に含めるかについて検討されたが、権利範囲の明確な特定が困難であるとして今回の改正では見送られた。

ブランド戦略上の留意点

米国では、1997年にバイクメーカーのHarley-Davidsonが低音に響く独特の「オートバイのエンジン音」を「音の商標」として権利取得した際に、侵害リスクを回避するために、日本のバイクメーカーなどが相次いで異議申し立てを行い、最終的には商標権の取り消しが認められた。また、T-Mobile USとAT&Tの子会社がマゼンタ色について、Christian Louboutin(クリスチャン・ルブタン)とYves Saint Laurent(イブ・サンローラン)が赤色について、「色彩のみの商標」の権利に基づいて裁判で争ったことがある。
このように、今後は、日本においても「新しいタイプの商標」をめぐって権利侵害のリスクが生ずるため、これまで意識していなかった音や色彩などの保護対象についても調査を行う必要がある。具体的には、自社が使用する商標と同一または類似の商標を他社が後から出願していないかを継続的に監視することにより、事業に支障が生じないように万全を期する必要がある。
また、商標は、特許や意匠と比較して、模倣されやすい特性を有するため、新興国を中心に、日本企業の周知・著名商標にフリーライド(ただ乗り)する事例が多発している。そこで、既に「新しいタイプの商標」を使用している企業はもちろん、ブランド戦略を構築する上で「新しいタイプの商標」の使用を検討している企業にとっては、早期の適切な権利化を図り、取得した商標権に基づいた対応が非常に重要となる。
なお、「新しいタイプの商標」については、従来の商標と比較して、高い識別力(需要者が誰の製品またはサービスであるかを区別するための機能)が要求されるため、識別力の獲得を目的とした継続的な商標の使用や、需要者が自社商標を識別しているか否かを確認するための調査が必要となる場合がある点に留意すべきである。

マーケティング戦略での活用

前述した「新しいタイプの商標」のうち、特に、「音の商標」や「色彩のみの商標」については、マーケティング戦略の手段としての活用が期待される。
音に関しては、サウンドロゴを活用した「サウンド・マーケティング」の拡大が期待され、代表例として、Intelによる「Intel Inside」の広告キャンペーンが挙げられる。Intelが販売するCPUは、商品が表に出ない特性のために最終消費者に対して直接PRすることが容易ではなかったが、CPUの供給先である約300社のパソコンメーカーのテレビコマーシャルで「Intel Inside」というロゴとともに、5音調のサウンドロゴを3秒間流した。「音の商標」として権利化されたサウンドロゴは、Intelの社名とともに消費者に対して強い印象を植え付けることで購買意欲の向上を図り、商業的成功に大きな貢献を果たした。
他方、色彩に関しては、商品に採用するさまざまな色を通じて消費者にアピールする「カラー・マーケティング」の拡大が期待される。例えば、Red Bullが1987年より販売する炭酸飲料「レッドブル」は、「運動や遊びで力を発揮したいときに飲む」という商品コンセプトを表現するプロダクトカラーとして銀色と青色の2色の組み合わせを採用し、先行する競合他社製品に対して色彩による差別化を図った。「色彩のみの商標」として権利化されたプロダクトカラーは、モータースポーツなどのスポンサー活動を通じた積極的なマーケティング戦略に利用され、寡占市場への後発参入にもかかわらず、2013年度の売上高は約50億ユーロに達している。
このように、大企業のマーケティング活動では音や色彩が活用されているが、音の商標や色彩のみの商標を実際に使用している国内企業は、それぞれ14.5%と45.9%にとどまっている。その一方で、これら音や色彩を保護する「新しいタイプの商標」が導入された場合に商標権としての保護を希望する国内企業は82.2%にも達しており1、今後は、未活用の大企業だけでなく、中小企業においても、「新しいタイプの商標」として保護された音や色彩を活用したマーケティング活動の浸透が期待される。他方、より効果的なマーケティング戦略を行うために、商標の権利化を図る特許・法律事務所と、マーケティング戦略を立案するコンサルティング会社が連携することが重要であると考える。加えて、社名や商品名を動きで表示したデジタルサイネージに音響技術を組み合わせるような新たなツールを有効活用することで、これまでにない宣伝広告サービスが創出されることにより、音や色彩を活用したマーケティング活動が促進されるものと予想する。
出願受付が開始された4月1日には、471件の「新しいタイプの商標」に関する商標出願がされており2、今夏以降にこれらが相次いで商標登録されるものと予想されるが、今回の改正の検討段階では、「音の商標」や「色彩のみの商標」が他の企業の広告、宣伝活動を制限しかねないとの懸念の声も上がっていた。審査を行う特許庁でどのような運用がなされるか、また、取得した「新しいタイプの商標」に関する商標権が企業活動でどのように活用されるかについて未知数のところも多いため、今後の動向が注目される。


  1. 出所:財団法人知的財産研究所「新しいタイプの商標に関する調査研究報告書」
  2. 特許庁発表によると、4月1日に出願された「新しい商標」の内訳は、「音の商標」が144件、「色彩のみの商標」が190件、「位置の商標」が102件、「動きの商標」が32件、「ホログラムの商標」が3件であった。

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