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株式会社三井物産戦略研究所

ユンカープラン—欧州投資計画の現状と課題—

2016年6月7日


ベネルックス三井物産
戦略情報課
杉本滋郎


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多くの制約条件の下での投資喚起への挑戦

EUにおける投資低迷打開の切り札として欧州投資計画(Investment Plan for Europe/通称ユンカープラン)が注目されている。
EU経済は、2008年のリーマンショック、2010年以降の欧州ソブリン債務危機により大幅に落ち込んだものの、ECB(欧州中央銀行)による量的金融緩和やユーロ安の効果もあり足元では緩やかに回復に向かっている。一方、実質固定資本形成(民間設備投資+民間住宅投資+公共投資)は、先行き不透明感や銀行による貸し渋りなどが原因でスペイン、イタリア、ギリシャ等の南欧諸国を中心に低迷が続いており、いまだリーマンショック前の水準を1割程度下回る水準にとどまっている(図表1)。
固定資本形成の停滞は、短期的に需要を下押しし景気回復を不安定なものにすると同時に、潜在成長率を鈍化させ長期的な景気の停滞を引き起こす。
2014年11月に発足した新欧州委員会のジャン=クロード・ユンカー委員長は、こうした状況に対し投資喚起による雇用と成長促進を目指し、「欧州投資計画」を打ち出した。EU予算が経済規模に比して少額な上(名目GDPの1%程度)、加盟国の多くが財政緊縮策に取り組むという制約条件の下で、限られた公的資金を基に民間資金を呼び込み投資の活性化を図るEUの取り組みは画期的である。2015年7月の計画始動から1年弱が経過した時点で現状と問題点を整理したい。

「ユンカープラン」のスキーム

「欧州投資計画」は、①3年間(2015~2017年)総額で3,150億ユーロ(名目GDP比2.2%)の投資実現を狙う「欧州戦略投資基金」(European Fund for Strategic Investments:EFSI)の設立、②プロジェクト参加者への支援窓口となる「欧州アドバイザリーハブ(European Investment Advisory Hub:EIAH)」の設置と、プロジェクト案件の確認や新規プロジェクトの提案、EU域内外の投資家とのマッチングがweb上で可能となる「欧州投資プロジェクトポータル(European Investment Project Portal:EIPP)」の開設、③EU域内の投資環境の改善や国境をまたいだビジネスルールの標準化など、加盟国内の構造改革推進、の3本の柱から構成されるが、以下では核となるEFSIを中心に考察する。
EFSIは、機構上、欧州投資銀行(EIB)に組み込まれているが、欧州委員会とEIBにより共同運営され、独立したガバナンス機構を持つ。欧州委員会から3名、EIBから1名の計4名で構成される「運営委員会」がEFSIの戦略と運営上必要な手続きやリスク管理を行い、下部組織として8名の専門家で構成される「投資委員会」が理事長の下でプロジェクトの選定やデューデリジェンス、資金供給を行う。
EFSIにおいては、EIBが債券発行等により市場から資金調達を行い、長期的投資に490億ユーロ、中小企業への資金供給に120億ユーロが振り向けられる1。このEFSIによる合計610億ユーロの投融資に対してはEU予算から160億ユーロの信用保証が提供される。EIBの高い信用力(AAA格付け)と高度な投資ノウハウ、そしてEUによる信用保証を有機的に結び付け、劣後ローンや劣後債等のメザニンファイナンスを効果的に活用することで、民間からの長期的投資と中小企業への資金供給を促し、最終的に長期的投資2,400億ユーロ、中小企業への資金供給750億ユーロ、総額3,150億ユーロの投資実現を目指す(図表2)。
また、EFSIが支援するプロジェクトへの投融資はEUの安定・成長協定(一般政府の財政赤字を名目GDP比3%以下に、債務残高を同60%以下に保つことを義務付ける)が適用されない。既にEU域内から英国やドイツなど9カ国がEFSI支援プロジェクトへの政策金融機関を通じた融資を行っている。加盟国の政策金融機関との連携が強化されれば、EUの政策に沿った形での協調投資も推進されよう。承認プロセスの短縮など即効性も持たせ、他のEU予算との併用が可能など柔軟性も確保されている。

プロジェクトの選定基準

プロジェクトの規模は1件当たり1,000万ユーロ以上とし、EFSI支援なしでは実現不可能なプロジェクトで、中長期的にEUの国際競争力の強化や潜在成長率の上昇を通じて雇用創出に貢献することが望ましい。具体的には①「エネルギー」-EUのエネルギー市場の統合を可能にする域内エネルギーインフラの更新や送配電網接続事業等、②「輸送・交通」-港湾施設の拡充、鉄道や高速道路の敷設/接続、③「情報通信」-高速通信インフラの敷衍、デジタルコンテンツ、デジタルサービス等、④「環境・気候変動」-再生可能エネルギー施設や省エネ化技術、⑤「教育・健康」-職業訓練等の人的資本や医療等の社会福祉、⑥「研究開発・イノベーション」-研究開発インフラ、産学連携を含む研究機関の支援(以上が図表2の「長期的投資」に相当)、⑦「中小企業への資金供給」-革新的技術を持つベンチャー企業等に対するリスクファイナンスの提供、など、EUの政策と呼応した分野が中心となる。
EFSIによる支援を受けられるのは、公的事業体や民間企業、プロジェクトプロモーター、政府系金融機関、「投資プラットフォーム2」などだ。プロジェクトプロモーターはEU域内の法人である必要があるが、EU域外からの投資も可能である3。「投資プラットフォーム」を活用し、ファンドやEU域外の機関投資家との共同融資や加盟国の政策銀行との共同オペレーションも可能だ4

評価と課題

2016年4月16日現在、総額821億ユーロに上るプロジェクトが承認され(EFSI分担額112億ユーロ)、目標額に対する達成率は26%となった。EFSIの投融資のうち長期的投資が57件で、エネルギーの22件と輸送・交通の11件で全体の半数以上を占めている(図表3、4)。中小企業への資金供給は165件となった。国別で見ると、マルタとキプロス以外の26カ国が承認を得ており、案件数では中小企業への資金供給も含め、イタリアが35件でトップ、以下フランスの33件、英国の20件、ドイツの19件と続く。
課題としては、①目標額に対する達成率は比較的高いが、新規投資の掘り起こしが積極的に行われているわけではなく、EFSIの支援がなくとも実行可能なプロジェクトが承認されただけなのではないか、②資金供与先の中心は西欧であり、金融市場の分断により投資資金の確保に苦しむスペイン、ギリシャ、ポルトガル等の南欧諸国や中東欧諸国に充分に資金が行きわたっていないのではないか、③回収までに数十年を要する大型社会インフラプロジェクトにおいては、他のEU予算の併用が必要となることが予想され、EU予算の申請手続きの簡素化が必要なのではないか、などが指摘されている。また、民間資金を着実に取り込むには、前述した「欧州投資計画」の第3の柱の確実な遂行が求められる。加盟国ごとに分断されたルールは単一市場でビジネスを行う上で障壁となり、規模のメリットが得にくい。特にエネルギーや情報通信分野では国境をまたいだ積極的な投資が欠かせないだろう。
EFSIは3年間の期限付きで開始されたが、近日中に2018年以降の計画の継続が提案されると予想されている。世界的に投資低迷による長期停滞の打破が叫ばれるなかで、EUの挑戦に注目したい。


  1. 中小企業への資金供給は、EIBの子会社の欧州投資基金(EIF)によって実行される。
  2. テーマ、地域、国レベルなどに分類された複数のプロジェクトへの資金供与を可能にする特別目的事業体(Investment Platform)。
  3. 日系企業関連では、住友商事の参加するベルギーの洋上風力発電事業Nobelwind Offshore Wind FarmがEFSIによる支援を受けている。
  4. 中国は、ユンカープランへの参加を表明した。具体的にEU/EIBと組んで「共同投資プラットフォーム」を形成する可能性がある。中国のシルクロード基金から50億~100億ユーロ規模の資本参加があり得る。欧州委員会によると、EFSIの枠組み外となる可能性もある。

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