Main

株式会社三井物産戦略研究所

中国が目指す半導体産業の強化—パワーデバイスで先行する取り組み—

2016年6月7日


三井物産戦略研究所
技術第二室
蜷川典泰


Main Contents

はじめに
-中国では半導体デバイスの国産化推進が急務

中国は世界の液晶テレビの約4割、ノートPCの約9割を生産する、いわば世界の電気電子製品の工場である。しかしそれらの中核部品である半導体デバイスの大部分は輸入に依存し、中国の半導体デバイスの自給率は2015年時点で4割強にとどまる1。2015年の中国税関統計によると、主要な半導体デバイスである「集積回路(IC)」の輸入額は約25兆円(1ドル=110円換算)に上り、石油を凌ぐ最大の国富流出源となった。
これに対し、中国政府は2014年6月に「国家IC産業発展推進ガイドライン」を発表し、半導体デバイスの国産化を進めている。特に本ガイドラインの下で設立された「投資基金」は総額4兆円を超える資金を擁し、中国政府の半導体産業に対する本気度がうかがえる。本稿では、中国の半導体デバイスの国産化推進動向について考察する。

中国の半導体産業育成戦略

そもそも、中国の半導体デバイス国産化に向けた取り組みはここ数年に始まったことではない。最初の大きな動きは国有企業が最大株主となっているSMIC(中芯国際集成電路製造、半導体委託製造メーカー)設立を含めた2000年前後だ。この頃、中国最大の液晶パネルメーカーであるBOE(京東方科技集団)の生産開始(1999年)、レノボ(聯想集団)によるIBMのPC部門買収(2004年)などが大きな注目を集めた。通信関連機器のファーウェイ(華為技術)の半導体設計部門分社化(HiSilicon、2004年)も同時期である。
これらの動きを整理すると、中国の半導体デバイスメーカーの育成戦略には以下の3つが挙げられる。

①巨額設備投資戦略

最先端の製造技術を有する生産ラインの取得や、その監督指導を行う人材確保を目的に巨額の投資を行い、一気に業界リーダーに肉薄する戦略である。BOE、SMICなどが該当する。これにより、BOEは10年かけて世界シェア第3位まで成長したが、SMICの半導体委託製造シェアはいまだ5%に満たず、世界最大手のTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング、同シェア50%超)から大きく水をあけられている。結局、最先端技術や製造ノウハウを有する業界リーダーとの競争にさらされ、シェア獲得できたとしても長い時間がかかっている。

②業界リーダー買収戦略

半導体デバイス市場において一定のシェアを有する海外メーカーを買収し、そのメーカーの有する技術と生産能力を獲得する戦略である。2015年に清華大学を起源とする国有企業・紫光集団がハードディスク大手の米ウェスタンデジタル、同じく世界3位のDRAMメーカーである米マイクロンの買収を試みた。しかし、どちらも成功していない。その理由は米国当局が買収を承認しなかったためと報道されている。中国への技術流出回避が理由とみられる。このように、業界リーダー買収は政治的な障壁が大きい。

③最終製品の構成部品内製化戦略

中国メーカーが高い市場シェアを確保している製品に使用される半導体デバイスを外部調達から内製化に切り替える戦略である。例として、ファーウェイのアプリケーションプロセッサ設計は子会社のHiSiliconが内製している。ほかに、世界最大の鉄道車両メーカーの中国中車や、電気自動車を製造するBYDなども、その構成部品である半導体デバイスを内製化している。
これら3つの戦略を比較すると、①、②は現段階では行き詰まりが見られるが、③には決定的な失敗がなく、傘下の半導体デバイスメーカーは親会社とともに着実に成長している。
特に③に該当するメーカーはパワーデバイス2と呼ばれる電流のオン/オフ制御を行うデバイスを取り扱う企業が多いが、内製化がパワーデバイス開発の難しさを克服する有効な手段となっている。半導体デバイス(図表1)の中で、メモリは最先端の微細化技術が利用されるが、製品自体は規格化されている。ロジックICは回路設計と製造が分離されており、製造業者は回路設計メーカーから設計図を受け取り製造する。つまり、メモリもロジックICも、顧客、設計、製造の水平分業が進んでいる。一方、パワーデバイスは小型化だけでなく耐電圧性や耐熱性、高周波数動作など、開発項目が多岐にわたり、適用先ごとにスペックが微妙に異なるため、顧客との綿密なすり合わせを要する多品種少量型半導体デバイスである。このような業界では、顧客である最終製品メーカーが半導体デバイスの内製化を行い、需要の拡大が期待されるデバイスに開発・製造を特化する戦略が有効である。
もう一つ考えられる理由として、サプライチェーンの構造にまつわる問題がある。エンドユーザーが求める仕様がサプライチェーンを遡るほど厳しくなっていく現象である。最終製品メーカーはデバイスメーカーに対して「安全率」を考慮した仕様を要求しているためであると考えられる。一例として、EU域内での製品含有化学物質管理規制であるRoHS指令は上市される製品中の化学物質含有濃度の上限値を規定する。しかし、最終製品メーカーはデバイスメーカーに対してRoHS指令の定める上限値より厳しい基準を要求し、デバイスメーカーが対応に苦慮した。この時、③の戦略のようにデバイス部門が最終製品メーカーの内部にある場合、デバイス部門と組立部門が綿密な作り込みを通じて最終製品を設計するため、外部調達の場合に加味する「安全率」を含めた要求を、内部のデバイス部門が受けることは少ない。こうしたサプライチェーン構造も、技術的に劣る中国デバイスメーカーが内製化に活路を見いだす理由といえるだろう。

内製化で攻める
中国のパワーデバイス技術開発の方向性

中国はパワーデバイスの90%以上を輸入に依存しており、著しく国産化が遅れている。中国半導体デバイスメーカーの業界団体である「中国半導体産業協会」(CSIA)は2016年3月に発表した「IC産業発展展望」で、第13次5カ年計画(2016~2020年)期間中に重点的に取り組むべき5つの開発項目の一つにパワーデバイスを挙げ、国と業界が力を合わせて国産化を推進している。そこに内製化という切り口を見いだし、技術を高めながら成長するメーカーがある。
中国中車の子会社である株州中車時代電気は、主に鉄道車両に取り付けられるインバーターの高耐電圧パワーデバイスに特化している。内製化により技術課題を絞り込んだ結果、材料はシリコン(Si)、構造はIGBTと呼ばれるデバイスに開発リソースを集中し、拡大する需要に対応している。実際、株州中車時代電気の2015年度売上高は2011年度比で2倍に成長した。
また、2015年9月に発表された「『中国製造2025』重点領域技術ロードマップ」を見ると(図表2)、中国製造2025が期待する国産パワーデバイスの適用先は航空、鉄道、スマートグリッドに絞られている。中でもボリュームゾーンである鉄道、スマートグリッドではどちらも2020年までSi IGBT開発に集中させ、炭化ケイ素(SiC)など次世代素材の活用を2020年以後に「後回し」している。
一方で、日米欧パワーデバイスメーカーは独インフィニオン・テクノロジーズ、米フェアチャイルドや三菱電機など、特定の最終製品メーカーに属していない独立系の企業がほとんどである。ラインナップも幅広くそろえる必要があり、開発指標は複数に及ぶようになる。さらに材料はSi系だけでなくSiCなど次世代半導体にも開発リソースを割いている。しかし、次世代半導体デバイスは製造コストや品質の課題をクリアできず、いまだその市場占有率は1%台にとどまっており(2015年)、Si系パワーデバイスの牙城を崩し切れていない。
その結果、Si IGBTにおいて中国メーカーと日米欧メーカーの技術的な差は埋まりつつあり、今後の開発進捗から目が離せない状況にある。

まとめと今後の展望

以上の考察から、中国においては、パワーデバイスの内製化が半導体デバイスの国産化推進のきっかけとなりつつある。
パワーデバイス内製化が進んだ後に考えられる戦略は2つある。まず一つ目は、パワーデバイス以外の半導体デバイスの内製化だ。パワーデバイスの世界市場規模は2.0兆円程度だが、スマートフォンやタブレット機器に多用されるデジタルICは25.2兆円の市場規模がある(図表1)。この分野では中国でもファーウェイや北京小米科技(シャオミ)といった大手最終製品メーカーがある。こうしたメーカーが他社との差別化を図るために独自スペックを求めて、時間はかかってもデジタルICの設計と製造を内製化させれば、中国が悩む国富流出を食い止めることができる。
二つ目は、中国のパワーデバイス事業の海外展開である。既に株州中車時代電気は米欧で開催されるパワーデバイスの展示会に出展するなど、海外市場に視野を広げつつある。中国メーカーが一定の品質で製造技術を獲得すれば、Si系パワーデバイスは一気にコモディティ化し、低価格で有利な中国メーカーが日米欧メーカーを駆逐するシナリオもあり得る。
中国のパワーデバイスメーカーの発展は、将来の中国の半導体産業強化に向けた試金石と見ることができる。


  1. ここでは「集積回路(IC)」のデータを用いた。出所は「『中国製造2025』重点領域技術ロードマップ」。
  2. 半導体デバイスの一つで、アナログデバイスの一種である。近年は1,000Vを超える高電圧においても半導体で制御を行うことができるようになり、家電、コンピューター、自動車等多くの製品に適用され、今や我々の生活に欠かすことのできないデバイスの一つである。

Information