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株式会社三井物産戦略研究所

日本企業「退潮」の実態

2016年6月7日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
小村智宏、浦川哲也


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中国企業の台頭と日本企業への圧力

21世紀に入って本格化したグローバリゼーションの潮流の下、国内市場が停滞する先進国の企業は新興国の市場で業容を拡大し、新興国は先進国企業がもたらした資金と技術によって成長を加速させるという互恵的な関係を成立させてきた。しかし、国内市場の成長を背景として急速に台頭してきた中国をはじめとする新興国の企業は、各種の工業製品の輸出を大きく伸ばし、日本を含む先進国企業の事業機会を蚕食してきた面もある。
それを示す一例として、世界の時価総額上位5,000社(上場企業を対象としたドルベースでの順位、以下同様)に数えられる中国企業(香港、マカオ、台湾を含む)の数を見ると、2000年末の512社から2015年末には1,301社に急増している(図表1)。純増した789社のほぼ半数を製造業が占めているが、この間、日本企業の数は667社から424社へ大幅に減少しており、純減した243社の約6割を製造業が占めている。このことからは、低廉な労働力を武器とする中国の製造業が、高効率・低コストの生産プロセスによって世界に展開してきた日本企業の牙城を崩してきたことがうかがえる。日本企業も、賃金水準の低い新興国での生産に一段とシフトすることなどで対抗したが、中国企業の攻勢を食い止めることはできなかった。日本の時価総額上位企業20社の構成を見ても、2000年から2015年にかけて、ソニー、松下電器産業(現・パナソニック)をはじめ、製造業の企業が大きく後退する一方で、通信、運輸、金融といった、公共性が高く国内市場に立脚する企業が、押し上げられる形で順位を上げてきている(図表2)。
財政金融危機の影響が残る欧州企業も日本企業と同様、世界の時価総額ランキングでの後退が目立つが、上位5,000社に入る企業の純減数の7割以上が金融業を中心とする非製造業であり、日本とは状況を異にしている。また、北米企業の後退は日本や欧州に比べて軽微にとどまっている。米国の時価総額上位20社の構成を見ても、2000年から2015年にかけての製造業の後退は日本と共通しているが、IT関連がその穴を埋める形で急速に台頭している(図表2)。技術的なイノベーションの成果を迅速にビジネスとして展開し巨大な企業を生み出していくという、19世紀後半の第二次産業革命の時代から続く米国経済のダイナミズムが、現在も維持されていることがうかがえる。
日本においても、ネット通販サービスの楽天(2015年の時価総額世界720位)、SNSのミクシィ(同3,384位)、スマホゲームのガンホー(同3,666位)など、多くの企業が伸びてきている。しかし、米国の同業のアマゾン(同6位)、フェイスブック(同7位)はもちろん、中国の国内市場の拡大を追い風として巨大化した通販のアリババ(同21位)やSNSのテンセント(同27位)と比べても、成長ペースは限定的である。

退潮の中心は電機産業

世界の時価総額上位企業に占める日本企業の社数の減少は製造業が中心であったが、その状況は業種によって大きく異なっている。新興国企業との競争激化によって、最も苦しい状況に追い込まれたのは電気・電子機器産業であった。2000年時点では、世界の時価総額上位5,000社に入っていた日本企業667社のうち電機産業は1割を超える84社を数え、日本経済を支える中核産業の一つであった。しかし2015年には半数を超える49社が圏外に落ち(合併等に伴う退出も含む)、図表2で示したソニーや松下などを含めて、残った企業も多くが大幅に順位を下げている。それも、単に高成長企業に抜かれているだけではなく、多くの企業が時価総額を減少させており、電機産業全体としての退潮が鮮明である。それに対して、日本のもう一つの中核産業である自動車産業では、2000年に上位5,000社に入っていた29社(部品メーカーも含む)のうち圏外に落ちたのは4社だけで、残った企業の多くが世界全体での順位をほぼ維持している。
この対照の要因としては、自動車が開発においても生産においても、製品メーカーと部品メーカーとの緊密な連携を必要とする「すり合わせ型」の商品であり、新興国の企業が高品質の商品を生産することが難しかったのに対して、電気・電子機器のかなりの部分が、汎用的な部品を組み合わせることで製品化が可能な「モジュール型」の商品であり、新興国企業が比較的容易に高品質の商品を低コストで生産できるようになったことで、価格競争が激化したことが指摘されている。
こうした構図は今後も基本的には変わらないものと考えられるが、中国の中所得国化に伴う賃金上昇と経済成長の減速によって、中国企業の低価格攻勢の圧力は次第に低下していく可能性が高い。電機産業においては、今後は、技術面の優位性が大きい各種のデバイスや量産効果が出にくい業務用の機器に特化するといった形での新興国企業との棲み分け、あるいは三洋電機の白物家電部門とハイアール、シャープと鴻海のケースに象徴されるような新興国企業との連携を含めた各社の事業再建と、それに伴う産業としての復興が大きな潮流となるものと考えられる。他方、すり合わせ型の商品である自動車の日本優位は揺るがないとの見方が強いが、モジュール的な要素が多いEVへのシフトが加速すると、中国企業や米国のIT関連企業にもチャンスが広がり、日本企業の相対的な優位性は揺らぎかねない。EV化の流れは現時点では極めて限定的であるが、気候変動問題への対応が極端に厳格化されるような流れが生まれれば、状況が一変する可能性も皆無ではないだろう。
また、非製造業においても、1990年代から2000年代にかけて危機的な状況を経験した小売業と銀行業で、淘汰と再編が進んだ結果、世界の時価総額上位に入る企業数が大幅に減少している。大店法緩和を契機とする出店ラッシュによって消耗戦的な過当競争に陥った小売業は、セブン&アイとイオンの2大グループや、百貨店、ホームセンターなど各業態の上位企業への集約が進んだ。その結果、世界時価総額上位5,000社に入る企業数は2000年の47社から2015年には28社に減少したが、それらの時価総額の合計は1.4倍に増加している。これは、ドルの価値の減少分を差し引いた実質ベースでも5%程度の増加となるものであり、産業としてのポテンシャルに対する市場の評価は維持されているものと考えられる。1990年代のバブル崩壊により財務体質を大幅に悪化させた銀行業でも、3メガバンクや大手地銀などの有力企業への集約が進行した。世界時価総額上位5,000社に入る企業数は2000年の75社から2015年には27社に減少したが、それらの時価総額の合計は1.5倍に増加している。
現時点では、小売業と銀行業の淘汰と再編の局面はほぼ終息しつつある。小売りの上位企業は、独自商品の開発・生産や、店舗網を活用した多彩なサービス提供、商業施設の開発・運営といった新たなビジネスモデルを確立させてきた。銀行業も上位企業への集約が進み、財務基盤が強化されたことで、2008年末からの世界金融危機に際しては、日本の金融システムは世界で最も安定していると評価されるまでになっていた。近年では、小売り、銀行ともに、企業体力の回復を受けて、グローバリゼーションの果実を手にするべく、新興国への展開を活発化させてきている。

変革と創出への期待

時価総額上位企業の動向からは、2000年代以降の日本企業の「退潮」は一部の産業に限られた現象であったといえるだろう。しかし、その中心が電機産業という、中小も含めた関連企業の裾野の広い、日本の中核産業の一つであったことは、日本経済全体の停滞感を深めることにもつながった。この状況を脱する上では、前述のような電機産業自体の復興に加えて、新たな中核産業の創出が望まれる。
株式市場と投資ファンドが発達している米国では、衰退した産業の企業が業容を大幅に縮小するか、市場から退場する一方で、新設の企業が新たな事業分野を創出し世界的な巨大企業へと成長していくケースが数多く見られた。それに対して間接金融が中心の日本では、新設企業を急成長させる力に乏しい一方で、衰退産業の企業が新たな事業領域を取り込む業態変革を実現して存続するケースが少なくない。近年では、デジタルカメラの普及で市場が急減した写真フィルムの業界で、米国のイーストマン・コダック(2000年時点の時価総額は世界467位)がチャプターイレブンを申請し業容を大幅に縮小したのに対して、日本の富士フイルムは印刷資機材や記録メディア、医薬品・医療機器などの事業にシフトすることで業容を維持したことが象徴的だ。同社の時価総額を見ると、2000年の世界264位から2015年には533位に後退してはいるものの、時価総額自体は小幅ながら増加している。
業態変革を実現した企業は、多くの場合、それまで培ってきた技術やノウハウを活かせると同時に、市場の拡大が期待できる領域を新たな舞台として選んでいる。富士フイルムが写真フィルムに代わる注力分野の一つに選んだヘルスケアの領域にも、高齢化に伴う市場の拡大を見据えて、さまざまな産業の企業が参入してきており、薬品、資機材、サービスなどを包含する一つの産業が形成される兆しがうかがえる。中核産業の一角が苦境にある日本企業の退潮は鮮明であるが、それに抗って業態変革を目指す企業の動きのなかから、新たな中核産業が創出されていくことを期待したい。

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