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株式会社三井物産戦略研究所

超小型衛星・高高度疑似衛星の進化-新たな衛星利用サービスの可能性-

2016年7月7日


三井物産戦略研究所
技術第三室
金城秀樹


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近年、米Google等大手IT企業や新興企業が、超小型衛星や「高高度疑似衛星」と呼ばれる大型無人飛行機といった新たなプラットフォームを用いた、通信システム、地球観測システムへの投資を加速し、新たな衛星利用サービスの創出を志向している。本稿では、進展著しいプラットフォームの最新動向を解説し、新たな衛星利用サービスを展望する。

新たなプラットフォーム

衛星は、数百~36,000kmの高度にあり、通信や地球観測等に利用されている。宇宙産業の市場規模は約2,080億ドル(2015年)であり、衛星を利用した通信や観測等のサービスは、その6割を占める巨大市場である(SIA、2016)。衛星は、打ち上げ能力の向上等もあり、高性能化・大型化する一方、高コスト化が進んでいる。重量数トンの大型衛星の開発費は、数百億円に達する。そのようななか、近年新たなプラットフォームとして、機能を限定し、衛星を小型化する潮流が生まれ、数千万~数億円で開発可能な超小型衛星が実用化されている(本稿では、概ね重量150kg以下を超小型衛星と呼ぶ)。従来の大型衛星では、米Lockheed Martin等の大手企業が製造を担うが、超小型衛星は、IT企業や新興企業といった新規参入企業自らの製造が可能となった。
衛星は、高度が低いほど、電波の伝送距離が短くなるので通信遅延が小さく、送受信設備の小型化、撮影画像の高精度化などの利点がある。また、打ち上げも容易である。通信遅延が小さければ、動画の円滑な配信も可能である。一方、低高度では、衛星1基のカバー範囲が狭くなるトレードオフがある。新規参入企業は、低高度に安価の超小型衛星を多数配備することで、通信・観測システム構築を進めている。
超小型衛星のほかに注目されるプラットフォームとして高高度疑似衛星(HAPS:High Altitude Pseudo-Satellite)がある。これは、約20km付近の高度の成層圏を滞空飛行するプラットフォームで、通信・観測分野等で利用が可能である。成層圏と地上を繰り返し往復可能な、両翼長が数十mの無人飛行機等があり、実用化に近い段階にある。成層圏は、交通量が少なく、安定した気象故に、動力が得られれば、長期滞空が可能だ。HAPSは、衛星に比べはるかに高度が低いため、カバー範囲はより局所的となる。しかし、その機動性や、地上への離着陸能力から、柔軟かつ迅速な配備が可能であり、衛星を補完する役割や、衛星を代替できる可能性のある新たなプラットフォームとして期待されている。HAPS関連企業としては、HAPSを用いた通信システムを開発するGoogleや米Facebook、多用途向けにHAPS本体を開発する欧Airbus Defence and Space(以下、Airbus D&S)や仏Thales Alenia Space、日JAXA(宇宙航空研究開発機構)等が挙げられる。

超小型衛星を用いた通信システム

衛星通信は、光ファイバーに比べ通信速度は劣るが、地上通信回線の整備が不十分な地域に対し、広範に通信環境を提供することが可能である。アジア、アフリカ等の新興国・途上国での約30億人のインターネット未接続の人々や、洋上等の遠隔地で事業展開する企業等の需要は強い。衛星通信市場には、約36,000kmの高度に大型衛星を配備し地球全体をカバーするルクセンブルクIntelsat等や、約8,000kmの高度に中型衛星を配備し、主に新興国・途上国に高速通信を提供する英O3bが活動している。
この市場に新規参入するのが英OneWebと米SpaceXだ。大量の超小型衛星を使い地球全体を覆う通信システムを構築する計画である。既存事業者に対し、通信遅延の小ささ、カバー範囲、通信速度で差別化を図る。先行するOneWebは、約1,200kmの高度に648基の超小型衛星(重量約150kg)を配備する。最初の10基の打ち上げは、2017年後半以降を予定し、地球全体を覆う通信システムとしての稼働は2019年となる見込みである。製造効率化のためAirbus D&Sと組み、1基約50万ドルで製造する。衛星寿命は5年程度であるため、システム稼働後も、衛星は順次、交換される。事業費は約30億ドルといわれる。一方、SpaceXは、約1,100kmの高度に約4,000基を配備する。2017年から同社の「Falcon9」ロケットで打ち上げを開始する予定である。事業費は約30億ドルといわれる。図表1に新規参入企業の差別性を示す。

超小型衛星を用いた地球観測システム

地球観測は、安全保障、災害監視、農作物収量把握等に利用されており、その画像販売市場の6割を政府向け安全保障用途が占める。精度の高い画像を撮影するために、低高度に、既に多くの企業が衛星を配備している。米DigitalGlobeが約600kmの高度で運用する高性能な大型衛星は、地上の約30cmの物体を判読可能である(「分解能30cm」と表現する)。大型高性能観測衛星は高コスト故に「少数精鋭」の配備であり、同じ場所を撮影する頻度は、1日~数日間隔となる。
この市場に新規参入したのが、Google傘下のTerra Bella等だ。多数の超小型衛星で広範囲をカバーし、既存事業者と、画像撮影の頻度で差別化を図る。リアルタイム性の高い画像と高度な画像解析による新サービスにより、民間企業等新たな需要創出を狙う。超小型衛星の高度は既存事業者と同じ約600km付近である。Terra Bellaは、2013年に超小型衛星の運用を開始し、2016~2017年には10基以上を打ち上げる予定だ。分解能は約1m・で、動画撮影が可能である。最終的に24基の衛星が配備されれば、同じ場所を3時間ごとに撮影可能となる見込みである。日系ではAxelspaceが2017年に3基を打ち上げ、2022年までに50基配備する予定だ。このほか、米OmniEarth、米BlackSky、米Planet Labs、米Spire等が参入している。図表2に新規参入企業の差別性を示す。

高高度疑似衛星(HAPS:High Altitude Pseudo-Satellite)の動向

HAPSの商業利用開発は、通信分野で先行している。この通信分野を牽引するのが、GoogleとFacebookだ。目的は、通信回線の保有ではなく、インターネット利用者の拡大にあり、HAPSは手段の一つである。Googleのプロジェクトは「Project Skybender」と呼ばれ、翼長50m、太陽光発電で動力を得るHAPS「Solara 50」は、傘下のTitan Aerospaceが製造する。次世代5G高速通信技術を用い、通信速度は数ギガ(bps)となる見込みである。FacebookのHAPS「Aquila」は、炭素繊維製の機体で、翼長42m、太陽光発電が動力だ。目標連続航行時間は3カ月である。地上からHAPSへの通信はレーザーを用い、HAPSは機体直下の地上直径約50kmの範囲に電波を照射する。通信速度は数ギガ(bps)となる見込みである。一方、観測分野では、Airbus D&Sが2016年に市場に投入するHAPS「Zephyr」を英国防省が導入するなど、安全保障用途が先行している。
技術革新が進む一方で、HAPSの商業利用に関する法的な整備はこれからだ。航空の国際標準等を作成するICAO(国際民間航空機関)での無人飛行機に関する国際基準の改訂は2019年以降の見込みである。また、成層圏で商用可能な電波周波数帯の割り当ても課題である。GoogleとFacebookは連携し米国政府の支援のもと、電波の国際的分配等を行うITU(国際電気通信連合)への働きかけを進めている。

新たな衛星利用サービスの展望

超小型衛星の通信システムが創出する通信利用市場は、2018年には約70億ドルに達し、2027年には約300億ドル規模になる見込みである(Frost & Sullivan、2016)。新興国・発展途上国の地上通信事業者は、4G/LTEといった高速通信を地方や離島群等にまで提供可能になり、2027年までには新たに17億人がインターネット接続を享受する見込みである。一方、遠隔地を結んで展開する企業の事業を進化させる可能性もある。例えば、海運企業、海洋石油天然ガス開発企業の遠隔操業といったスマート化である。HAPSは、超小型衛星を補完することで、さらに市場を拡大させるだろう。Facebookは、HAPS通信システムを他社にラインセンス供与する可能性を示している。新たな通信システムは、既存の衛星通信事業者の市場を駆逐する可能性もあり、開拓される市場は巨大だ。
超小型衛星を含む地球観測市場は成長し、画像販売を中心とした市場は、2015年の約24億ドルから、2024年に約45億ドルに達する(NSR、2015)。一方、形成が期待される新市場が、AI(人工知能)を用いた高度な画像解析分野だ。地球観測分野の新規参入企業は、この分野での価値創出を模索中である。Google等が示す超小型衛星画像を使ったサービスの一つが、対象物の細かな変化の把握と予測である。例えば、企業動向や経済動向だ。前者では、店舗駐車場の車両数とその変化の把握による売上高推移の推定等がある。後者では、ある国の油・ガス田の掘削リグ数、貯蔵タンク、タンカーの変化把握による原油生産量の予測等がある。一方、HAPSは、画像分解能数cmで、同じ場所を長期に連続撮影でき、衛星との組み合わせにより、新たな画像販売・サービス市場を創出するだろう。地球観測サービスは、産業や企業にとって不可欠となる可能性が高い。

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