口腔ケアによるウェルネスをビジネスで支援|米国の歯科医院経営サービスDental Service Organization(DSO)とは[後編]

2024.08.30

口腔の健康は、全身の健康と密接な関係を持つといわれています。三井物産は、2022年に歯科医院の経営実務を代行するDental Service Organization(DSO)事業を行う米国のSignature Dental Partners(SDP)に出資し、歯科医師がより医療に専念できる環境づくりを支援しています。

米国で普及が進むDSO事業は、歯科領域にどのような付加価値をもたらすのでしょうか?後編は、SDPに出向中の高橋氏より、歯科の予防領域への発展可能性等について解説いただきました。

前編はこちら

口腔の健康から全身の健康へ――拡大する歯科医院の役割

2000年に米国の保健福祉省が発表した口腔衛生のレポート*1において、「口腔の健康は全身の健康にとって不可欠である」と記載され、これが現在に続く研究に火を付けたといわれています。そこから、全身疾患と口腔の状態に密接な関係があることが20年にわたる研究の中で解明されてきました。

歯周病患者を例に挙げると、心臓病のような心血管系の病気に罹るリスクが通常の患者に比べて2-3倍も高いほか、認知症のリスクを約2倍に高める可能性があることなどがわかっています。

では、なぜ全身の健康に「口の中の健康」が関係するのでしょうか?がんや心臓病、糖尿病、アルツハイマーなどの疾患は、慢性的な炎症と密接な関係にあると言われています*2。炎症は、体が病原体と戦う中で起きる症状ですが、成人に最も一般的な炎症性疾患の1つが、歯周病と言われています。そして、歯周病菌由来のエンドトキシン※は血流にのって全身を巡り、炎症を引き起こすことでさまざまな病気を引き起こしたり、悪化させる可能性があると言われています。例えば、糖尿病や早産・低体重児出産、心血管疾患への関与が示唆されています。また、歯周病菌が誤嚥されることで肺炎を引き起こし、高齢者や入院患者は特にリスクが高いとされてます*3。他にも、歯周病菌のひとつであるポルフィロモナス・ジンジバリスが分泌する"ジンジパイン"というタンパク質分解酵素とアルツハイマー病の関連が示唆されています*4

※ エンドトキシン(内毒素):歯周病菌などのグラム陰性菌の細胞壁を構成するリポ多糖で血液中に侵入すると炎症反応を引き起こす。グラム陰性菌が死んで溶菌したり、機械的に破壊されたり、分裂する際に遊離する。

米国において口腔ケアが注目されている理由の一つには、高すぎる医療費を抑制する一手としての期待、という側面もあります。例えば、米国大手病院グループであるMayo Clinicの研究*5では、糖尿病患者1人にかかる医療費、虚血性心疾患(CAD:Coronary Artery Disease)患者1人にかかる医療費、糖尿病とCAD両方を抱えた患者1人にかかる医療費は、定期的な歯科予防ケアを受けることで、それぞれ年間$549、$548、$866削減できることが明らかになっています。積極的な口腔ケア実施により、病気の発生または悪化を抑えることで、結果として医療費削減につながることは、患者にとっても価値のあることです。

米国では、検診などで定期的に患者さんと接点を持つことができる歯科医院のポジションを活かして、全身疾患を含めたリスクスクリーニングを行う医科歯科連携の形も現れ始めました。私も先日、歯科医院で体験したのですが、歯科衛生士による歯のクリーニングと同時に、唾液検査(歯周病等のバイオマーカーであるaMMP-8を測定)、血液検査(コレステロール値や糖尿病のバイオマーカーであるHbA1Cやグルコース値を測定)、頸動脈スクリーニング(首の血管の動脈硬化の程度を測定し、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを見るための簡易診断)がなされます。検査後、歯科領域におけるリスクはもちろん、全身疾患のリスクについても歯科衛生士からフィードバックが得られるのです。つまり、歯科医院に定期検診で来る未病状態の患者に対して、早期にリスクを伝えることで、全身の健康をサポートする歯科医院が現れ始めています。

ただ、医科歯科連携は始まったばかりで、その実現にはまだまだ課題もあります。医科側と歯科側の相互理解はもちろん、両機関で患者情報を蓄積するデータベースが異なるため、データの連携は容易ではありません。また、適応される保険も医科と歯科では異なるため、現状では医科歯科連携の取り組みのほとんどが保険適応外であることも医科歯科連携の実現を阻んでいる要因といえます。こうした状況を打開していくことは容易ではありませんが、DSOの規模感を拡大していくことができれば、保険会社など業界の主要なプレイヤーと連携していくことも可能だと考えています。

歯科医院を全身健康の「一次医療」を担うヘルスステーションに発展させていきたいと考えています。当社としては、ウェルネスやニュートリションの領域の知見を活かしながら、歯科医院の可能性を歯科だけにとどめるのではなく、半年または3カ月に一回未病状態の患者と接点を持てる唯一のHealthcare Professionalとして、全身の未病・予防領域にいかに広げていけるかが今後のチャレンジだと感じています。
未病患者との接点となる歯科事業で未病・予防領域のインサイトを掴み、広くウェルネス領域全体へと事業領域を拡大していきます。

*1 U.S. Department of Health and Human Services, National Institutes of Health, “Oral health in America: a report of the Surgeon General”, 2000.
*2 Biomed J. 2019 Feb;42(1):27-35.
*3 J Periodontol. 1999 Jul;70(7):793-802.
*4 J Periodontol. 2020 Oct;91 Suppl 1(Suppl 1):S45-S49.
*5 Compend Contin Educ Dent. 2022 Mar;43(3):130-139.