「スポーツ観戦を楽しむ」以上の価値を。スポーツホスピタリティの可能性

2024.07.25

近年、スポーツ観戦において「スポーツホスピタリティ」に対する注目が高まっています。スタジアム・アリーナに併設されているラウンジやスイートルームで食事をともにしながら試合を観戦したり、コミュニケーションを深めたり、単なるスポーツ観戦以上の体験価値を提供する考え方です。海外では企業同士の交流の場として浸透しており、日本でもプロ野球を中心にスポーツホスピタリティを取り入れたアリーナの建設や改築が進んでいます。
今回はプロバスケットチーム アルバルク東京のホームアリーナとして2025年秋にオープン予定の「TOYOTA ARENA TOKYO」のプロジェクトを推進する林洋輔氏に、スポーツホスピタリティが注目されている背景とその市場や可能性について伺います。

林 洋輔 氏

トヨタアルバルク東京株式会社 アリーナプランニング部長
三井物産株式会社 ウェルネス事業本部ホスピタリティ事業部より出向

慶應義塾大学を卒業後、三井物産に入社。流通部門にて勤務後、シンガポールにてMBA取得。コンシューマーサービス部門、戦略企画部門を経て、2016年より米国駐在。NY支店にて新規事業開発に従事した後、M&A買収した看護師派遣会社(フロリダ州)の経営企画部門に出向。2020年に帰国後、トヨタ自動車・三井物産のJV・アルバルク東京に出向し、2025年秋にお台場エリアに開業する「TOYOTA ARENA TOKYO」プロジェクトを推進中。

次世代のアリーナがお台場に誕生!

TOYOTA ARENA TOKYOは、2025年秋に開業予定の多目的アリーナで、男子プロバスケットボールリーグ『B.LEAGUE』1部に所属する「アルバルク東京」の新しいホームアリーナとなる他、音楽ライブや展示会、企業イベントなどに利用される予定です。
8年前にプロ化したBリーグですが、2026-27シーズンに行われるリーグ改革の一環で、 各チームはシーズン開始の2年前にスケジュールを確保できる会場を持たねばならなくなりました。しかし、都内の施設は稼働率が高いため、1つのクラブが独占的にアリーナを確保することは難しく、最終的に親会社であるトヨタ自動車を中心に、新たにアリーナを建設することになったことが、このプロジェクトの背景にあります。

場所は、アルバルク東京の親会社であるトヨタ自動車が保有する土地があった台場エリアに決定しました。ご存知の方も多いと思いますが、ライブハウスのZepp Tokyoやお台場のシンボルであった大観覧車の跡地で、さらに、トヨタの歴史や技術を「見て乗って感じることができる」体験型テーマパーク、メガウェブもあったところになります。

新アリーナの敷地内には、メインアリーナの他、サブアリーナ、屋外にはバスケットゴールが設置されたスポーツパークなども併設され、自由にバスケットを楽しんで頂くことに加えて、子ども向けのバスケットボール教室やフリースロー大会など、これまで以上にアリーナ内外で開催できるイベントの幅が拡がると思っています。

またBリーグのホームゲーム試合数は年間で30試合と限られるため、音楽ライブや企業イベント、大学の式典といった大規模な催しにも活用していただける施設作りを行っています。特に音楽イベントに関してはコロナ禍以降、どのアリーナも活況で、稼働率も高く、社会からのニーズを感じているところです。

メインアリーナもサブアリーナも、どのような事業者でもご利用いただくことができるので、ぜひさまざまな方々に新しいアリーナをご利用してもらいたいと思っています。また、都心からのアクセスも良い場所なので、周辺施設と連携し、東京の新スポットとして多くの方に訪れていただけるような複合施設にしていきたいと考えています。

コンセプトは「可能性にかけていこう」としました。アリーナの基本計画を検討していた時期がちょうどコロナ禍にあり、イベントは軒並み中止になっていました。アリーナは一度建つと、50年、100年と存在し続けますが、50年先・100年後、アリーナをどのように使っているか、誰にもわからないことから、できるだけ柔軟性や可能性を持たせる設計にしています。
また、このアリーナをトップアスリートだけでなく、たくさんの可能性を秘めている子どもたちにも使ってもらいたい、そんな想いからこのコンセプトが生まれました。

本アリーナでは、3つのテーマを実現したいと考えています。
1つ目は、スポーツの新しい観戦体験を提供する「次世代スポーツエクスペリエンス」です。試合の迫力を最大限に表現できる仕組みのみならず、試合前から終了後まで、飲食サービスやモビリティ活用など、これまでのスポーツ観戦には無かった「体験」を提供したいと思っています。Bリーグ以外にも、バレーボールや卓球などの室内競技、スケートボードやブレイクダンスといったアーバンスポーツ、パラスポーツ、eスポーツなどの舞台として、最新テクノロジーも導入しながら、幅広くスポーツの魅力を届け、次世代のスポーツファンと選手が育つ場所を目指しています。

2つ目は「未来型モビリティサービス」です。 親会社であるトヨタ自動車の“Mobility for All”の思想をベースに、モビリティの力でアリーナでの観戦体験を「もっと便利」で「もっと楽しく」するために、さまざまなサービスの検討を進めています。具体的には、アリーナへのアクセス、アリーナ内外での演出・サービス、バリアフリー対応など、家を出てから、アリーナで試合を観戦して、再び家に帰るまでのさまざまな場面で、モビリティの力を活かした、これまでにない観戦体験の実現を目指しています。

3つ目は「持続型ライフスタイルデザイン」です。50年先、100年先まで残るアリーナを作る上で、「持続可能性」の考え方は不可欠であり、環境に配慮した建物に与えられる「LEED認証※」を取得する計画にて、認証を取得できた場合、国内アリーナとして 初めてになる予定です。また屋上に設置された太陽光発電を含め、調達する電力は、100%再生エネルギーとする計画のほか、施設で出るゴミはリサイクルに回すなど、「廃棄物ゼロを実現し、社会と共生できる仕組みづくり」にも注力していきます。

※ LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)認証:米国グリーンビルディング協会が開発・運営し、環境に配慮した建物に与えられる認証制度。米国のGreen Business Certification Inc.が認証審査を行っている。

私は三井物産からアルバルクに出向し、アルバルクのメンバーの一人として、このプロジェクトを推進しています。基本的に、施設の所有者であるトヨタ不動産とともにアルバルク社内のメンバーが中心となりプロジェクトを進めていますが、アリーナを作り上げるにあたって多くの企業にサポート頂いています。三井物産グループの中には、現在のホームアリーナである代々木第一体育館の飲食事業を運営しているエームサービスやアルバルクの出資者で施設管理事業を行う三井物産フォーサイトなどがあり、同社が飲食や施設運営の知見を提供しています。

TOYOTA ARENA TOKYOのスポーツホスピタリティとは?

スポーツ観戦の一番の目的は試合を観ることですが、観戦以外の“楽しさ”、“感動”といった体験価値を高め、同じ体験を一緒に来た人とも共有し、人と人とのコミュニケーションの深化や関係構築につなげていく、というのがスポーツホスピタリティの考え方です。

例えば、スポーツ観戦をした際、長時間座るには椅子が硬かったり、席によっては試合が見えづらいといった経験をお持ちの方も多いと思います。というのも、昔からあるほとんどの施設は「プレイをする選手のもの」という設計思想が強く、「観客」目線での設計が行われていないという背景があります。

TOYOTA ARENA TOKYOでは、クッション性があり快適性の高い椅子を採用、全てのシートがコート中央を向いた座席配置を行い、大型のセンタービジョンやリボンビジョンへの投資により、エンタメ性を最大限高めるなど、お客さんに最大限楽しんでいただけるような設備や配慮を至るところに散りばめています。スポーツの盛り上がりには、観客に「行きたい!」「観たい!」と思ってもらえるような設計が不可欠なのです。

また、スポーツホスピタリティ商品は、スポーツ先進国であるアメリカでは、非常に人気が高く、高額で売買されるなど、クラブやアリーナにおける重要な収益の柱になっています。TOYOTA ARENA TOKYOでは、プライベート性の高いスイートルーム、雰囲気の良いVIPラウンジやバー、仲間と一緒に盛り上がりながら観戦できるパーティーラウンジなど、一緒に来られた方々と自由にコミュニケーションを取りながら、観戦も楽しめるといった、そんな施設を多く用意しています。これらは、ビジネスシーンはもとより、会社の同僚や仲間とのイベントなど、さまざまな利用目的を想定しています。

この「試合観戦以外も楽しむ」という考え方は、日本ではここ10-15年ほどで急速に広まっており、最近では北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」がその代表例です。バスケットに関しては、多くの試合が公共の体育館で行われており、施設の制約できないことも多い現状ですが、今後、TOYOTA ARENA TOKYOがアリーナビジネスの先陣を切っていけたら良いと思っています。

先ほど申し上げた通り、さまざまなお客様に楽しんでいただけるような施設作りを行っております。一例をご紹介すると、バスケ好きのコアファン向けには、「プレイヤーズラウンジ」と呼ぶ施設を用意しています。このラウンジは、選手がロッカールームからコートに移動する通路に隣接しており、ガラス越しに選手が通る様子を見ることができます。2mを超える選手の迫力は凄まじく、試合前や試合中の表情の違いを間近に感じていただけるとともに、試合後にはサイン会や写真撮影なども計画しており、まさに「特別」な体験を提供していく予定です。

その他、小さなお子様連れのご家族向けには、キッズスペース併設のファミリーシートを設置しており、試合中にお子様が飽きてしまっても、キッズスペースで子どもを遊ばせながら、親御さんは安心して最後まで試合が見られる、そんな座席もご用意しています。

このようにさまざまな工夫をしているのは、「いろんな人に来ていただきたい」という想いが根底にあるからこそです。バスケットの試合では、そもそもスポーツやバスケット に興味がなければ会場に来るというところまでたどりつきにくいのですが、映画や美術館のように誰でも気軽に足を運んでいただき、ぜひ当アリーナでしかできない体験を一度味わってみていただきたいと思っています。

スポーツホスピタリティのビジネス活用とは?

一度アリーナが建設されると、簡単に施設を変えることはできないので、いかに将来のニーズを想定しながら、今のうちに必要な機能や設備を備えておくか、正解がない課題に対し、チーム全体で試行錯誤しながら取り組んできました。例えば、スイートルームなどで観戦するスポーツホスピタリティの市場は急激に拡大していますが、バスケットにおいては、いまだ始まったところです。一方、10-20年単位で見れば、バスケットでも広まっていくことは必至ですので、この段階でいくつ部屋を作るべきか、といった課題に向き合って取り組んでいます。

スポーツホスピタリティはビジネス面においても、会食やミーティングでは得られない効果を発揮するので、ぜひ活用していただきたいという想いがあります。一緒に見たスーパープレー、応援しているチームが勝った時の興奮、うれしさ、負けた時の悔しさといった感情は、一緒に行った人と強く記憶にも残るものになり、会食では得られない非日常的な共通体験となります。人と人との距離を大きく近づけ、自然と関係性を深める後押しをしてくれるのです。
スイートルームやVIPラウンジ席は、法人向けに年間契約販売をすることで、新たな収益基盤にしていく計画です。観戦チケットに加え、アリーナ内の厨房で作られたハイクオリティな食事、バラエティに富んだ飲み物、専用動線や駐車場の用意など、付加価値の高い商品作りを行うことで、より収益性の高いビジネスへと育てていく方針です。

2016年に開業した沖縄アリーナを筆頭に、現在、日本全国ではいくつもの新しいアリーナの開業・建設が進んでいます。その中で、TOYOTA ARENA TOKYOは、国内の主要な企業が集中する東京都心に位置し、日本の玄関口である羽田空港からも近いという立地を活かし、アリーナにおけるスポーツビジネスを牽引していけるような存在になっていきたいと考えています。その柱の一つが、スポーツホスピタリティと考えています。
アリーナを中心に、さまざまな文化が交差するコミュニケーションの起点にもしていきたいと考えており、お台場の新たなシンボルとして、バスケットの聖地として、皆さまに親しんでもらえるような存在になることを目指しています。

ぜひ来年秋の開業を楽しみにお待ちいただければと思います。