変化する広告・マーケティングのあり方から紐解く、現代ビジネスにおけるクリエイティビティの可能性とは?

2024.03.27

昨今、あらゆる物事が目まぐるしく変化し、先行きが不透明な時代となる中で、ビジネスにおいても「常識にとらわれない考え方」や「これまでになかった価値創出」が求められています。
そうした発想・行動を転換するヒントとして注目されているのが「デザイン思考」、「アート思考」です。今回は、広告・マーケティングの最前線で活動されてきた多摩美術大学の佐藤先生より、現在のビジネスパーソンの武器となるクリエイティビティの高め方について教えていただきました。

佐藤 達郎 氏

多摩美術大学 教授

多摩美術大学の教授として、広告論 / マーケティング論 / メディア論で教鞭をとる。コミュニケーション・ラボ代表。2004年にはカンヌ国際広告祭日本代表審査員を務めた。ADK(アサツー ディ・ケイ)、青学MBA、博報堂DYメディアパートナーズを経て、2011年4月より現職。日本広告学会常任理事、日本広報学会理事、公共コミュニケーション学会理事、クチコミマーケティング協会(WOMJ)理事等を務める。著書に『「これからの広告」の教科書』、『教えて!カンヌ国際広告祭』、『自分を広告する技術』などがある。

プロモーションは一方通行型から共感型へ

大きな潮流として、まずメディア環境の変化が挙げられます。デジタルシフト/ソーシャルシフトといわれるように、人々の情報に関わる行動はデジタルメディアやソーシャルメディアの台頭によって大きく変化しました。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌のマスコミ4媒体、いわゆる「4マス」が広告・マーケティングの主戦場だった20世紀は、マスメディアが発信した情報を大衆が受け取るという一方通行が当たり前の時代でした。情報の送り手と受け手がはっきり分かれていました。
Windows 95の登場(1995年)を皮切りに、21世紀に入ると一般レベルでデジタルテクノロジーの活用が広く進みました。さらに、スマートフォンの普及やTwitterなどのソーシャルメディアが続々と台頭していく中で、これまで受け手であった生活者自らが発信者となるようになったのです。こうした、「立場」にとらわれない発信スタイルへの構造変化が一つです。
もう一つは情報量の変化です。WEBサービスの進化やスマートフォンの普及により、人々が接する情報量は10年前の何百倍という膨大なものとなりました。かつて、マスメディアが出す情報には希少性がありましたが、情報があふれ飽和している現代では、もはや自分にとって関係や関心のない情報はスルーされてしまいます。送り手側からすると、目に留めてもらうために「とにかく目立てばいい」というわけにいかず、より高度な手法が求められるようになりました。いかに受け手側の気持ちに刺さるようにするか、すなわち受け手側がどれだけ共感、つまり自分ごと化できるかが重要となります。

商品やサービスの価値を訴求する際、例えば石けんであれば「汚れが良く落ちる」という機能面を伝えることが、従来の広告の主目的でした。ですが、今やどの石けんも質は高くなり、「良く落ちる」ことは当たり前になりつつあります。そうなると、「汚れが良く落ちる上に肌に優しい」というようなプラスアルファのベネフィットをそれぞれ打ち出す必要が出てきます。そうした付加価値さえ当たり前になった場合、さらに頭ひとつ抜き出るためには「ブランディング」が不可欠といえます。ブランディングの本質は、簡単にいえばユーザーや生活者にいかに好意を抱いてもらえるブランドになるか、ということだと考えています。
私がよく事例に挙げているP&Gのヘアケアブランド「パンテーン」では、まずメインターゲットである学生が髪に対してどのような悩みを持っているか、というところから考えていったといいます。その中で、地毛が茶色の学生が黒染めを強要されていたというニュースを見つけたことから、「#この髪どうしてダメですか」キャンペーンを展開しました。また、就活生の画一的な髪型に目をつけ、令和の就活ヘアをもっと自由にしようというプロモーションも行い、非常に多くの共感の声が上がりました。こうしてプロモーションが自分のこととして共感し、記憶に残っている状態でドラックストアに行けば、棚に並ぶ一面のシャンプーの中でも、きっと「パンテーン」に目が留まるでしょう。この時に重要なのは、具体的な機能面もテレビCMなどで同時に訴求することです。「そういえば、夕方になっても毛先のまとまりが続くのだっけ」と、より確実に手に取ってもらう仕掛けが、パンテーンの事例では、できていると思います。

ロジカル思考×アート思考がもたらすブレークスルー

似た言葉として「デザイン思考」がありますが、まずは2つの違いから考えてみましょう。私が教鞭をとっている多摩美術大学の専攻にはデザイン系とファインアート系があります。デザイン系は何らかの課題を解決するためにビジュアルアイデアを用いるアプローチといえます。一方、ファインアート系は何かにとらわれることなく、自分主体の自由な発想のもとで成されるクリエイティブです。つまり、簡単にいえばデザインは「問題解決」のための手段であり、アートは何かの手段ではなく、「問題提起」そのものだと考えています。
デザイン思考はビジネスの課題をビジュアル的な発想で解決する思考法のため、アート思考よりもビジネスとの親和性があるように思えます。だからこそデザイン思考はすでにメソッド化されていますが、その中でもアート思考が注目されているということは、今やビジネスにおいても常識にとらわれない自由な発想が求められていることの表れともとれます。

また、アート思考は企業におけるパーパス経営にも見られます。パーパスとは一般的に「存在意義」とも訳されますが、自分たちが何者であり、何のために存在するかの宣言といえます。そして、根源的なニーズが満たされている現代において、ニーズに基づいた課題解決にとどまらず、自らの価値を再定義し、新たな価値を生み出すためのアクションを考え、発信していくことが企業に求められているのはないでしょうか?

ロジカル思考は「網羅的思考」です。漏れなく被りなく、という観点は事業戦略などを考える際は非常に重要ですが、何かを生み出すには不向きだと私は思います。具体例でいうと、広告表現においては、網羅することでかえって誰にも届かないものになってしまうということがあります。
ビジネスにおいて、ロジカル思考が変わらず大切であることは間違いありません。ただ、一様に理論を積み重ねた場合、どれほど優れた組織であっても、アウトプットは大抵同じものとなってしまうでしょう。世の中が進歩し、市場にあるサービスや商品がほぼ一定レベルを満たしてしまっているからこそ、自分たちにしか持ちえない価値をプラスしていくためには、何らかの右脳的な発想を付け加えていく(私はこれを「クリエイティビティ」と表現していますが)必要があります。合理的に考える土台としてロジカル思考を持ちつつ、常識にとらわれない発想力や問題提起力を磨いていく、このように右脳と左脳を行ったり来たりする中で、ブレークスルーは生まれていくのではないかと思います。

クリエイティビティとは、従来のやり方を覆すスキル

シンプルですが、前例や現在のやり方を疑ってみる態度や姿勢が重要ではないかと思います。あらゆる物事をそのまま受け入れてしまわない癖を付ける、ともいえるかもしれません。また、世の中の好事例をたくさんインプットし、それらを自分の仕事やプロジェクトに活かすとしたらどのように落とし込めるか考えてみることも有効です。
新しいアイデアをゼロから発想することはハードルが高いと感じるかもしれませんが、実は「新しいもの」の中には、既存の物事や手法、傾向などを結びつけたり、新たな領域に適応させて展開したことで生まれたものも多くあります。新たな「融合」を考えると思えば、これまでの経験や蓄積も大いに役立つはずです。そういった思考の型を身につけていく日々の小さな努力で、発想力や問題提起力は磨かれていくのではないかと思います。

一言でいえば、「従来のやり方を覆すスキル」だと考えています。
誤解を恐れずにいえば、ビジネスに正解など存在しないと思うのです。想定されうる中で、適切な「正解」にたどり着く力はもちろん必要ですが、何か新しい価値を生み出さなければならないときは、それまでの論理を一旦手放して、クリエイティビティ(右脳的な発想)を使った解決策が必要になると考えています。そうした発想の転換を生み出したいときに、しかめっ面で生真面目に考えていたら、今ある「正解」から抜け出せなくなってしまいます。発想を生み出すには、制限を外してワクワクしながら、そして時にはニヤニヤしながら面白おかしく考える時間も必要ではないかと私は思っています。

「思いつき」に宿る無限の可能性

時代の流れは「集中」から「分散」へと変化しているように思います。私は今、国内移住者を対象とした研究を行っているのですが、都心でバリバリ活躍していたビジネスマンが、縁もゆかりもない地方や離島に拠点を移すなど場所にとらわれず、より自分らしさを求め、自由なスタイルを確立している人が増えています。デジタル技術をフル活用したリモートなビジネススタイルをとることから、「転職なき移住」ともいわれています。
このように、変化する社会環境の中で、ブランドパーパスとパーソナルパーパスの両方が重視される時代になってきていると考えています。自分の人生で何を達成するために、どのように働くのか、それを明確に持つ人が同じ組織の中で切磋琢磨していくと、多様な価値観のもと、企業の中でもイノベーションが生み出されやすくなり、企業自体も活性化していくのではないでしょうか?

「思いつき」はダメだと思われがちですが、実はクリエイティブにとって非常に大事なことです。思いつかないことには何も始まらないからです。その発想の重要性を共有したり、発想を具体化するプロセスにおいて、論理的な説得力も不可欠ですが、こうした論理的な検証は後付けで全く問題ありません。
ブレインストーミングの際、言葉通り脳に嵐を起こせていますか?
論理に閉じこもってしまったら発想には至りません。1つのもっともらしい正解ではなく、くだらないけれどワクワクする案を100個出してみたり、いっそ会議室から飛び出して公園に行ってみたりしてみてはいかがでしょうか?クリエイティビティを生み出すために、今までとはちょっと違うアクションを、身近な小さなことから、ぜひ起こしてみてほしいと思います。