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株式会社三井物産戦略研究所

プーチン大統領の再選と今後のロシア展望

2018年4月23日


三井物産戦略研究所
欧露・中東・アフリカ室
北出大介


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2018年3月18日に実施されたロシア大統領選挙は、事前の予想どおり、プーチン大統領が得票率76.69%で勝利し、2024年までの任期を務めることが決まった。プーチン体制に対する国民の実質的な信任投票の意味合いが濃かった今回の大統領選を高い得票率で勝利したことで、「国民の信任」が盤石であり、大国・ロシアが一枚岩であることを国内外にアピールする政権側の“目標”は、ほぼ筋書きどおりに達成されたと評価できる。他方、低成長が予測される経済、手つかずのままの構造改革、出口の見えない対露制裁への対応など、プーチン政権の今後には課題も山積している。本稿では、経済・外交政策や対日政策に加え、任期中に浮上するだろうプーチン大統領の「後継者問題」を考察し、ロシアの進路を展望したい。

選挙の結果と評価

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大統領選挙でプーチン政権が目標としていた高い投票率と得票率は、2016年9月に実施された下院議会選挙の投票率が47.9%にとどまったこともあり、実現が困難とも考えられていた。そうした状況の下で、政権側が数字に固執するあまり、世論や出口調査と著しく乖離するような結果を強引に導き出してしまえば、前回の大統領選挙時に大規模抗議活動が発生したように、有権者の反発を招き、“当選”の正統性に傷がつきかねない。そこで、政権側はさまざまな措置を講じ、プーチン大統領が圧勝できるための選挙を実施し、有権者や国際社会がおおむね納得できる結果を出すことを追求した。そこで利用されたのは、2014年のクリミア併合を機に、それまで約6割で推移していたプーチン大統領の支持率が8割を超えるまで急上昇したというロシア独特の「クリミア効果」だ。クリミア併合4周年に当たる投票日には、愛国心を鼓舞するイベントが各地で開催され、クリミア併合を成し遂げ、強いロシアを体現するプーチン大統領の偉業が称えられた。イベントで有権者を誘い出し、プーチン大統領への投票を促す作戦で、とりわけ「クリミア効果」が顕著に現れる「クリミア共和国」と「セヴァストーポリ市」では、2016年9月の議会選挙ではそれぞれ42%と45%にとどまった投票率がいずれも7割超、プーチン大統領の得票率も9割超となった。また、当日は全国で公務員が投票に動員された。ここでいう公務員には連邦政府・地方政府の勤務者だけでなく、政府予算から給与が支払われている兵士、警察、医師、看護師、教師、国営企業・銀行の勤務者や住宅管理サービス従事者とその家族も含まれる。これらに加え、投票所では破格値で食品が購入できる出店が設定されるなど、あの手この手で投票率を上げる試みがなされた。

大統領選挙を総括すると、特定の候補者の出馬が認められず、一部で得票の水増し等の問題も見られたが、投票はおおむね平穏に行われ、前回を超える投票率と過去最高の得票率が確保された(図表1、2)。有権者の過半数がプーチン大統領に投票したことになったことから、目標は達成されたといえよう。

注目される医療・保健分野、日露経済協力も追い風に

今後の注目点は、プーチン大統領が6年間の任期中、いかなる政策を実行するかだろう。プーチン大統領が事実上の選挙公約を明らかにした2018年3月1日の議会教書演説では、複数の目標に言及がなされた。主だったものを列挙すると、①2024年までに保健分野への歳出を対GDP比で4%まで拡大、②都市開発やインフラ整備を拡充、③今後6年で11兆ルーブルを地方における道路建設に充当、といった経済分野の目標が示された。都市開発や地方の道路建設は、老朽化したインフラの刷新のみならず、公共投資による景気対策の意味合いもあろう。過去にはウラジオストクの都市開発で日本企業が橋梁建設などに参加したこともあり、日本のインフラ技術や渋滞対策技術の輸出が期待され得る分野だ。

インフラ分野以外で目を引くのは、「国民の平均寿命の伸長」を柱とした医療・保険分野である。すでに日露の「8項目の協力プラン」にも盛り込まれ、製薬分野での投資や極東における病院建設等が進行中だが、医療・保健分野は、2024年までのプーチン大統領の主要政策目標として、5月7日に発表される大統領令に盛り込まれることが決まっている。大統領令に盛り込まれたからといって、法的に達成が義務化されるわけではないが、プーチン大統領が問題の存在を強く認識し、改善に向けて動き出すことを国内外にアピールする意味合いは極めて高い。

ロシア国家統計庁によれば、ロシア人の平均寿命は72.9歳(2018年2月時点)で、2024年には75.12歳、2030年には77.22歳になると予測されている。議会教書演説の内容を受けて、プーチン大統領は大統領令の骨子を定めており、その中で平均寿命を2024年までに78歳、2030年には80歳の大台に押し上げるという具体的な数値目標を掲げている。なお、日露貿易投資促進機構によれば、日本の死因トップ3ががん(28.9%)、循環器疾患(14.9%)、肺炎(8.8%)であるのに対し、ロシアの死因のトップ3は循環器疾患(37.3%)、脳血管疾患(22.6%)、がん(12.9%)となっている。循環器・脳血管疾患が多い背景としては、ロシアにおけるアルコールの大量摂取や食生活が指摘されている。日露貿易投資促進機構では、循環器・脳血管疾患を「予防可能な病気」としており、日本が貢献できる余地は大きい。

公約の実現に向けた具体的な政策内容を確認するには、大統領令の発表を待つ必要があるが、予防、診断、治療、リハビリ医療等、幅広い分野での政策が打ち出されそうだ。また、プーチン大統領は3月の議会教書演説で、2018年以降の2年間で、人口が100~2,000人の町には診療所を設置し、100人以下の集落には移動型診断医療車両を配置するとも述べている。地方における医療施設の建設や遠隔医療の充実は、日本企業にとってもビジネスチャンスとなり得る分野である。

このほか、日露間の経済協力の下で政策的な後押しが受けられる日本の医療サービスや医療機器の対露輸出拡大も期待されよう。安倍首相は、プーチン大統領の出席が確実視され、5月24~26日に予定されるサンクトペテルブルク国際経済フォーラム、9月11~13日にウラジオストクで開催予定の東方経済フォーラムに出席する方針とみられ、首脳間の積極的なコンタクトに支えられた経済分野の協力が進むこととなろう。

他方、領土問題では、大統領選挙が終わり、プーチン大統領が腰を落ち着けて交渉に臨むことが可能になるとの観測もあるが、再選が確実視されていた大統領選挙と領土問題を結び付けるのは無理があろう。共同経済活動の実施や元島民の墓参の自由化を柱に領土問題の解決へ近づきたい日本に、ロシアも建設的に協議に応じる一方で、国後島と択捉島に最新型地対艦ミサイルを配備するなど、北方領土やその周辺で軍備の増強に努めてもおり、協議の前進にはいくつもの越えねばならないハードルが横たわっている。

成長の阻害要因である対露制裁解除は絶望的

プーチン大統領は上記のほか、5月7日発表の大統領令として、①世界平均を上回る経済成長の確保、②国民の生活レベル・所得の向上、③毎年500万世帯分の住宅供給、④有能な人材の発掘・登用メカニズムの策定、を盛り込むことを決定している。先述したように、大統領令は、必ずしも実現を約束するものではなく、大統領が問題の存在を認識していることをアピールする側面があるが、そうした中でもことさら実現可能性が怪しまれるのが、経済成長と生活レベルの向上だ。

IMFによると、2018年から2022年までのロシアの実質GDP成長率は1.5~1.8%と予測されており、原油価格の大幅な上昇が見込まれない現在、世界平均を上回る経済成長を確保することは容易ではない。予測される低成長を打破するためには、第一に、ロシア経済の下押し要因となっている欧米の対露制裁の緩和・解除が必要であり、第二に、肥大化する国営部門を縮小するなどの構造改革の実施が必要であるが、いずれも実現の見通しはない。

対露制裁発動の原因となったウクライナ東部の紛争は、国連平和維持軍展開の可能性等について米露間で協議がなされているとはいえ、戦闘が収束する気配はない。ロシアにとっては、たとえ欧米から制裁を受けてでも、西側に接近しようとするウクライナをロシアの影響下に置き、NATO、EUに加盟させないことが戦略的な利益だと考えているもようだ。加えて、米国やフランスの大統領選挙にロシアがハッキング活動や偽情報を拡散するなどして介入した疑惑があるなか、追い打ちをかけるように英国ソールズベリーで、ロシアの元情報部員親子の暗殺未遂事件が発生し、ロシアと欧米諸国との間で外交官の追放合戦に発展した。いまや、ロシアと欧米の関係は、「冷戦後で最悪」(米国務省高官)との見方が多勢を占めている。

これまで、ロシアが標的としてきたのは、2008年のジョージア(グルジア紛争)、2014年のウクライナ(クリミア併合等)など、自国の安全保障への脅威を理由とした近隣諸国への実質的な軍事介入が中心だったが、ここにきてロシアが、西側の「開かれた社会、国際的な平和と安定の基礎を攻撃」(米国のマクマスター前大統領補佐官=国家安全保障問題担当)しているとの認識が広がっている。民主主義の根幹をなす他国の選挙への介入疑惑はその一例だ。また、仮に英米などの認定どおり、英国ソールズベリーの暗殺未遂事件をロシア政府が実行したのだとすれば、国際条約違反となる化学兵器が、第2次世界大戦後の欧州で初めて使用されたことになる。いまや米国や欧州では、ロシアが欧米全体を標的にしているとの危機感が高まっている。

安全保障関連でも、プーチン大統領は年次教書演説で、派手なビデオ映像を使って新型ミサイル兵器のデモンストレーションを行い、軍備拡張路線を誇示するなど、兵器開発で米国の後塵を拝すことを拒む意思を明確にし、国家安全保障を重視する姿勢を示した。こうした姿勢が国民から支持されていることにも鑑みれば、ロシアと欧米の関係が急速に改善するとは考えにくい。外交関係の悪化が、ビジネスに多大な悪影響を及ぼしかねないことには、最大限の注意が引き続き必要である。

この1カ月で米国政府高官や議会関係者等への聞き取りから得た情報を総合すると、2017年、米国で成立した対露制裁強化法は、ロシアへ強い警告を発する外交的な意味合いが強く、可能な限りビジネスへの影響を抑えることを念頭に置き、同盟国にも配慮しながら慎重に運用されてきた。一方で、4月6日にはロシア政府関係者やプーチン大統領に近い実業家を対象とする対露制裁が追加されたほか、シリア情勢に絡んだ追加の対露制裁も検討されており、米国に手綱を緩める気配はなく、緩和・解除に向かうシナリオを描くための端緒さえ見いだせないのが現状である。他方、米露関係は冷戦後最悪と評されながらも、北極の環境・生態系保護や科学調査をめぐる協力活動や米宇宙飛行士のロシア宇宙船での打ち上げ、国際宇宙ステーションの共同運用といった実務的な協力が続いている。今後、現在進められている北極や宇宙開発といった分野の米露間の協力が縮小、停止される場合は、両国の間で互恵的と認識されている分野での協力すら不可能になったと考えられるため、米露関係を占う上でも注視すべき分野だろう。

構造改革も望み薄

ロシアでは、世界的な金融危機により油価が下落した2009年にも構造改革の必要性が声高に叫ばれ、当時のメドヴェージェフ大統領が「近代化」を進めようとしたが、その後、油価の回復とともに、この動きは失速した。これと同様に、油価が回復し、成長率が低いとはいえプラス成長へ回帰、インフレ率も過去最低の3%台で落ち着くなど、マクロ経済情勢も安定している現在、プーチン政権には、大統領のインナーサークルがトップを務める国営企業の利権構造にメスを入れ、国民に不人気な年金支給年齢の引き上げなど、痛みを伴う構造改革を実施するインセンティブは低いとみられる。このような状況にあっても、ロシア指導部が構造改革を実施しなくとも十分に持ちこたえられると判断するのは、GDP比で約35%にも上る潤沢な外貨準備高があり、景気が多少悪化しても乗り切るだけの余力が十分に備わっているためである。

改革よりも安定を望む世論も重要なファクターだ。これまでロシア国民は、ソ連崩壊後の1990年代の混乱期、2009年の世界金融危機に端を発する経済危機、そして2015~2016年の原油価格下落および制裁による経済危機などの難局を乗り切ってきた。中でも、ソ連崩壊後の市場経済化に伴う改革も一因となってハイパーインフレがもたらされた1990年代の混乱期は、ロシア国民の間では最悪の体験として多くの人に記憶されている。低成長とはいえ「暗黒の90年代」とは比べようもなく安定した現状を変更し、再び混乱を招きかねない改革を望む声は小さい。

現状維持の可能性が高い現在、現職のメドヴェージェフ首相が続投するとの説が有力となっているが、大統領選挙直後にも構造改革の必要性を改めて訴える論文をマスコミに発表したクドリン前財相も首相ポストを狙っているもようだ。プーチン大統領は安全保障政策こそ自ら決定するものの、経済政策については、閣僚・補佐官の助言に耳を傾け、首相や経済担当閣僚がプーチン大統領の経済政策の策定にある程度の影響力を有しているとされる。このクドリン前財相は、国防費削減・教育分野への歳出拡大などと並んで、年金支給年齢の引き上げを以前から提唱している。ロシアでは、年金基金の補塡を主とする社会保障関連歳出が連邦歳出の3割近くを占める最大の項目となっており、毎年発生する財政赤字の主な原因となっている。財政赤字は国債発行や予備基金からの補塡で対応が可能なこともあり、年金改革はその必要性は認識されてはいるものの、先送りされてきた問題である。年金改革は、国民からの反発が予想されることから、その可能性は低いとはいえ、クドリン前財相が入閣し、改革に取り組むといったシナリオもあり得るかもしれない。

後継者問題

ロシアの憲法の規定では、大統領を3期連続して務めることは禁止されており、2018年から2024年までが2期目となるプーチン大統領は、後継者問題への対応が必要となる。現在考え得るシナリオとしては、①憲法を改正し、2024年以降も大統領にとどまる、②形式的には大統領ポストからは退くが、実質的な権限を維持できるポストを創設するなどして、院政を敷く、③後継者を指名、というものだ。プーチン大統領は、3月10日に米NBCテレビのインタビューで、改憲の可能性について明確には否定せず、ロシア国民の選択次第だと答えている。一方で、大統領選挙の投票日に実施されたマスコミとのインタビューでは「今のところ、いかなる憲法改正も予定していない」と答えており、明確な発言を避けている。米国の専門家の間では、プーチン大統領が裁定者として、あらゆる重要事項の決定権者となっている現状のシステムを変えることは容易ではなく、中国のように、改憲で3選連続禁止規定を改正することにより、プーチン大統領が続投する可能性が高いとささやかれている。後継者問題が本格化するタイミングとしては、2021年の次期下院選挙以降と指摘されており、憲法改正に必要となる、定数の3分の2を超える議席を与党「統一ロシア」で獲得できるかが注目されよう。また、プーチン大統領の後継者問題と並んで、パトルシェフ安全保障会議書記などの要職や国営企業幹部も、プーチン大統領の古くからの知り合いであり、世代交代のタイミングが注目される。大統領後継者問題は、いずれの対応策であれ、国民の支持があってこそ実施することが可能となる。低い経済成長と欧米との対立路線が続く可能性が高いなか、どのように国民の支持を維持しながら後継者問題に取り組んでいくのかが次期任期中の最大の課題と指摘されよう。

結び

これまで見てきたように、ロシアでは、構造改革が実施される見込みは小さく、そのため低成長が続く可能性が高い。2014年のクリミア併合以降のロシア社会は、①「偉大なロシア」の復活という愛国心、②「偉大なロシア」の復活を阻止しようとする米国への対抗心と反米主義、に特徴づけられているが、仮に景気が停滞し、国民の不満が鬱積する場合、プーチン大統領がこの愛国心と反米主義を利用することも考えられよう。具体的には、他国に軍事介入したり、非合法活動を強化したり、水面下で西側の国政選挙に影響を与える行動により、ロシアの存在感を高め、欧米との対立をあおることで、国民の愛国心を鼓舞し、経済的な不満から国民の目をそらさせることも可能となろう。また、欧米が制裁を発動してきても、外国の圧力に屈しない強い指導者像を打ち出し、国民に我慢を強いつつ、プーチン大統領への支持を維持することが可能となろう。米国のトランプ政権が明快な対露戦略を描けておらず、EU加盟国内にもロシアの脅威と経済的利益のどちらを重視するかで温度差があることも、プーチン政権に付け入る隙を与えており、欧米では、ロシアが冒険的な外交を継続していくとの懸念が根強い。仮にロシアがこのような行動に出れば、欧米が制裁強化で応じることは確実で、ビジネスサイドにとっては、長期的に見て投資環境は悪化することはあっても、改善する可能性は低いといえよう。ロシアとビジネスを行う企業は、ロシアの市場としての規模、潜在性の高さや豊富な天然資源に期待しつつも、米国や欧州による制裁強化、またそれに伴う為替レートの急変動や投資コストの増大といったリスクにも引き続き気をつける必要があろう。

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