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株式会社三井物産戦略研究所

PPP(官民連携)の実行可能性を広げる新興国

2018年3月9日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
栗原誉志夫


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進化を続けてきたPPP

PPP(Public-Private Partnership:官民連携)とは、インフラの建設や運営などの公共サービスの提供を中央政府や地方政府をはじめとする公的機関と民間企業が連携して行う官民連携の包括的な概念であるとともに、官民連携による公共サービスの提供を実現するための仕組みの総称である。官民連携による公共サービスの提供の歴史は19世紀半ばのフランスにおける水道事業にまでさかのぼるが、PPPという言葉は1990年代後半の英国で誕生した。1990年代初頭の英国で民間資本の活用を主眼とした「PFI(Private Finance Initiative)」と呼ばれる制度が導入され、その後、PPPは同国でPFIを含む多様な官民連携手法の総称として基本的な概念が確立されたことで欧州から世界各国へと広まった。

PPPによるインフラの建設や運営といった事業の実施においては、1990年代には、交通、水道、電力などの料金収入が見込める分野では、民間事業者が資金調達から建設、運営まで全て行い、インフラの利用者から徴収する利用料金によって投資資金等を回収し利益を得るという「独立採算方式」が中心であった。同方式によれば、政府は設備投資や維持管理の費用を負担することなくインフラを整備できる。政府にとって理想的な方式といえよう。一方、民間事業者は公共インフラを一定期間独占的に運営する権利を得られるものの、インフラの利用量の変動という需要リスクをはじめとするさまざまなリスクの移転を受けることになる。そのため、民間事業者の強気な需要予測と実際の利用量とのかい離や、高い融資比率、高金利の借り入れといった無理な資金調達などから需要リスクが顕在化して経営が行き詰まる事業が世界各地で見られるようになった。そうした状況を受けて、政府による需要リスクの低減や資金調達を支援するスキームの開発・導入が行われてきている。

英国の道路事業では、有料道路に対する国民の抵抗感が強いことから1990年代半ば以降に「シャドー・トール」や「アベイラビリティ・ペイメント」、「アクティブ・マネジメント・ペイメント」といった民間事業者の投資回収方法を多様化するスキームが開発・導入された。いずれも独立採算方式とは異なり政府から民間事業者に対して運営対価が支払われるスキームであるが、需要リスクについてはシャドー・トールでは民間事業者が、その他の方式では政府が負う。アベイラビリティ・ペイメントは、政府が需要リスクを負うとともに民間事業者への一定の支払額を約束することから、利用者からの料金収入が少ない、あるいは全くない事業などにも適用可能であり、PPPが成立する事業範囲を大きく広げる有用なスキームとして欧米を中心に世界的に普及してきている。インドでも「アニュイティ・ペイメント」という呼称で2000年代半ばに導入された。そのインドでは、2005年に「VGF(Viability Gap Funding)」というスキームが開発されている。VGFは、インフラの建設を含むPPP事業(グリーンフィールド案件)において政府から民間事業者へ建設費の一部を補助金として提供し、資金調達を支援することで入札参加者を確保してPPP事業の実行可能性を高める仕組みである。グリーンフィールド案件が多く、金融市場が未熟で資金調達が難しい新興国で有用なスキームであり、近年、インドネシアやベトナムにも導入されている(図表1)。

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政府が全てのリスクを抱えて自ら実施する公共事業と、民間事業者に多くのリスクが移転される独立採算方式のPPP事業とは、官民のリスク配分という観点で両極に位置すると考えられる。その中間において官民のリスク配分をさまざまに設定することを可能にするとともに、PPPが適用できる事業範囲を広げ、実行可能性を拡大するスキームの開発・導入はPPPの進化といえよう。

新興国で起こる進化の動き

1990年代から欧米諸国を中心に多様なスキームが開発・導入されて進化を続けてきたPPPであるが、近年では、その活用がより迫られている新興国における進化が顕著である。多くの新興国でインフラ整備が国政の重要課題に位置付けられているが、各国とも政府財源の制約からPPPを活用して民間投資を呼び込もうとしている。その中でも、インド、インドネシア、アルゼンチン、フィリピンでは、事業案件の増加、事業のスピードアップ、外資の導入などの切迫したニーズを充足するため、過去の経験や各国の事情を踏まえたスキーム開発や法制度の刷新が行われ、PPPの実行可能性が拡大されており、今後の事業への適用が注目される(図表2)。

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(1)スキーム開発

インドは、2005年に国道整備については原則としてPPPで行う方針とされるなど、従来、交通インフラや電力インフラを中心にPPPを積極的に活用している国であり、前述のように、VGFというスキームを独自に開発したほか、アベイラビリティ・ペイメント(アニュイティ・ペイメント)を導入している。インドのPPP事業件数は2011年までは順調に増加していたが、2012年以降に急減少した。その背景には、事業者同士の過当競争や、用地取得の遅れによる事業の遅延などによって事業者の負債比率や融資を提供した銀行の不良債権比率が上昇し、金融機関が融資に消極的となったことがある。2014年にモディ政権となったインド政府は、PPP事業を再び活発化させることを目指し「ハイブリッド・アニュイティ」というスキームを開発し、2016年に導入して16件の事業で採用した。これは、VGFとアニュイティ・ペイメントを組み合わせたものであり、建設費用の一部および運営開始後の需要リスクを政府が負うことによって民間事業者のリスク負担をより低減させたスキームとなっている。

フィリピンにおけるPPPの歴史は古く、1990年代から電力インフラ、交通インフラなどの整備に利用されてきた。しかし、政府によるPPP事業の立案から事業開始までの手続きにおいて、政府と応札者との契約交渉などで長期間を要することが課題とされている。2016年に誕生したドゥテルテ政権は、社会経済政策の10項目の一つにインフラ整備の加速を掲げており、PPP事業のスピードアップを図るため「ハイブリッドPPP」と呼ぶ手法を考案し、導入を進めようとしている。これは、施設の建設については一般的な建設事業のように政府が政府予算やODAを利用して行い、完成した施設の運営権を民間事業者に直ちに売却するという世界的にも過去に例を見ない試みである。地場企業からは政府債務の拡大につながるとの懸念も示されているが、フィリピン政府は地方空港の開発などで実績を作っていこうとしている。

(2)法制度の刷新

PPP事業の発案から実施に至るまでの過程では、政府と民間事業者との間で複雑な手続きを行い、詳細な契約を交わす必要がある。これらの実施に当たっては、必ずしも特別な法制度を要するものではないが、国家としてPPP活用の意思を示すとともに、手続きやルールを一元化し、国内外の民間企業が参加しやすい環境を整え、事業展開を促進することなどを目的として、PPPに特化した法制度を整備する国も多い。法制度の整備は、諸外国におけるPPPの進化を自国の制度として取り入れることも可能にする。インドネシアやアルゼンチンは、従前からPPP法制度を有していたが、諸外国における優れた事例や教訓なども取り入れ、近年になってPPP法制度の刷新を行っている。

2014年10月にジョコ政権が誕生したインドネシアでは、2005年に制定されていた旧来のPPP規則を改定した新しいPPP規則(Presidential Regulation No.38/2015)が2015年3月に制定された。新規則では、事業案件の増加を目的として、民間事業者のリスク負担を低減し、事業参画へのインセンティブを与える規定が加えられている。最も注目すべきポイントは投資回収方法の多様化で、旧規則では独立採算方式しか認められていなかったが、新規則ではアベイラビリティ・ペイメントの採用が可能とされた。2016年に契約が締結された3件の通信インフラ整備事業で採用されている。また、インフラに付帯する商業施設の開発が可能とされ、民間事業者はそこからの収入も得ることができるようになった。

2015年12月にマクリ政権が誕生して国際金融市場への復帰を果たしたアルゼンチンでは、外資の導入を念頭に置き、世界銀行、米州開発銀行などの国際機関に技術的な支援を仰ぎ、それらが有する世界各国での経験やノウハウを踏まえて作成された新たなPPP法(Law No.27,328)が2016年11月に制定された。それ以前のPPPは1967年制定の公共事業コンセッション法に基づいて行われてきたが、一方的な契約内容の変更、契約中断など多くの政府特権が認められており、民間事業者にとって予見困難なリスクが多い法制度となっていた。新PPP法ではこれらの政府特権を明確に制限または排除している。また、国外での仲裁による紛争解決を行うことも可能となった。事業収入に関しては、従来は禁止されていた物価変動に連動した料金改定や外貨での支払いが可能であることが明記されている。

PPPの今後 -進化は続く-

上述した4カ国に共通するのは、求心力のある政権の存在である。いずれの国も強力なリーダーシップを発揮する指導者がインフラ整備を国政の重要課題に位置付けるとともに、政府財源の制約から民間投資の導入が必要不可欠という認識の下で困難を乗り越えてPPPを推進している。そして、世界的な潮流に沿った、政府側のリスク分担を増やす方向でのスキーム開発や法制度整備を行っている。

独立採算方式を基本的なスキームとして始まったPPPの活用は、官民のリスク配分がいったんは民間事業者にとって許容可能な範囲となった後、財源不足に悩む政府からの期待に過当競争も相まって徐々に民間事業者に過大なリスク分担が求められ、破綻する事業が出てきている。また一部新興国ではそもそもリスク配分が民間にとって過大であるが故に入札不調となる事例が少なくなかった。インド、インドネシア、アルゼンチンの取り組みもこのような経緯を踏まえたものであり、国外企業が許容できるリスク配分となりつつある。

フィリピンの取り組みは、政府側が建設リスクを負担するとともに、事業のスピードアップを目指し、複雑なPPPの手続きを一部簡略化しようという特異な発想といえる。建設部分が切り離され、維持管理が主体のPPP事業となるため、建設リスクを取れる建設企業系の事業者などからは魅力が乏しくなるスキームと見られるかもしれない。一方、建設リスクは取れないが、比較的少ないリターンでも長期に安定的な収益が見込める事業を求める機関投資家などからは興味を持たれる可能性がある。ハイブリッドPPPがフィリピンで民間からの支持を得て普及することができるか、さらには他国へと広がるのか、今後の展開が注目される。

世界銀行の試算では、新興国におけるインフラ投資必要額と投資実額との差異(インフラ・ギャップ)は年間平均で4,520億ドルと膨大であり、民間資金への期待は依然大きい。今後も、これまで民間投資を十分引き付けられなかった新興国において政権交代などによる現実路線化を契機にPPPの進展が突然加速するケースも出てこよう。他方、先進国におけるインフラの更新需要も膨大であり、また、一部の先進国で見られるPPPを主軸とする企業の破綻といった過当競争の弊害等からのスキームの進化・見直しも見られるかもしれない。

PPPのスキームは、資金調達方法、投資回収方法、官民のリスク配分、技術的な仕様などさまざまな構成要素おのおのの進化に加え、各国の創意工夫からの新たなスキーム・法制度や、それらの分析・評価が国際開発金融機関などを介して世界各国へとフィードバックされることによって、先進国か新興国か、大国か小国かを問わず、これからも進化を続けるであろう。今後も、政府側の譲歩から民間参入が可能なリスク配分となる国が増えるとみられるが、いったんPPP導入に成功した国では遅かれ早かれ参入競争が激化するものとみられ、参入タイミングも重要な要素ともいえよう。そのような国では、民間側が自らリスク分担を増やす方向へ動きがちである。金融技術を利用した資金調達コスト低減やレバレッジ引き上げによって政府補助金の要求額を低減したり、情報技術を利用して需要予測の精度を高め需要の変動を一部許容することで政府支出を低減するなどし、PPP入札の競争が加速することは避けられまい。加えて、為替リスクを飲み込むといったリスク許容度が高い現地勢による競争加速の影響も出てこよう。いずれにしても、上述のインフラ・ギャップ縮減圧力の下、世界中どこにおいてでもPPPを取り巻く環境が短期間に改善される可能性は注視すべきではないだろうか。

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