Main

株式会社三井物産戦略研究所

人々のシェアリングへの許容度と自動車販売へのインパクト

2017年7月3日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
大西勝


Main Contents

シェアリングビジネスの台頭に対し、その影響を受ける既存ビジネスが警戒感を強めている。その最たる例は、ライドシェアの影響を受けるタクシー業界であろう。米サンフランシスコ市では、2016年、同市最大のタクシー会社のイエローキャブ社が破産申請したが、その一因にUberなどライドシェア企業の台頭がいわれている。これは、多くの人が自動車シェアリングを受け入れている証左でもある。また、近い将来、自動運転の技術進化が、人々の自動車の所有に対する意識を変化させ、シェアリングビジネスの可能性を広げる一方、既存産業に大きな影響を及ぼすことも考えられる。本稿では、人々が自動車シェアリングをどのように受け止め、それが自動車販売にどのような影響を与え得るかを考察する。

経済の発展段階の違いで異なるシェアリングへの許容度

シェアリングビジネスが今後、どの程度、既存市場を侵食するかは意見が分かれるところであろう。モノの所有への価値観は、簡単には変わらないとの見方もある。それに関して、市場調査会社ニールセンが興味深い調査結果を公表している。世界90カ国、3万人以上を対象にした同調査によると、シェアリングエコノミーへの参加に前向きと回答したのは、世界平均で66%であった。ただし、国・地域によって許容度は大きく異なる。対象国の中で許容度が最も高いのは、中国の94%で、次いでインドネシアやフィリピンなど、総じて低所得国であった。一方、許容度が低いのは、主に先進国・地域で、欧州が44%、北米43%で、日本は40%と調査対象国の中で最低であった。国・地域でのシェアリングへの許容度と、1人当たりGDPの関係を見ると、両者には高い逆相関性があることが分かる(図表1)。許容度の差は、文化的背景などもあろうが、経済的要因が大きいと考えられる。
それは、主要国での世代別の自動車シェアリングの利用意向にも表れている。総務省の「情報通信白書」によると、「一般のドライバーの自家用車に乗って目的地まで移動できるサービス」(=ライドシェア)の利用意向に関する主要国での世代別調査では、先進国では所得水準が相対的に低い20代、30代の利用意向は高く、年代が上がるに連れて、その割合が低下する傾向が見られる。一方、世代を問わず自動車所有に十分な所得水準にない人が多い中国やインドでは、ライドシェアの利用意向は全世代で高い(図表2)。これも、所得要因が、シェアリングの許容度を大きく左右することを示すものであろう。
ただし、許容度に影響を与えるのは、所得だけではなく、国の規制やインフラ整備状況など他の要因もある。上記のニールセンの調査では、シンガポールや香港は、所得水準が高いにもかかわらず、シェアリングへの許容度も高い傾向が見られた。この調査では、具体的に何のシェアリングかは特定していないが、国土面積が狭い両者では、自動車保有を抑制する直接的、間接的な政策や環境があり、自動車保有比率は新興国並みに低い。従って、両者での自動車シェアリングの需要は大きいと思われ、上記調査でも、それを念頭に高い許容度が示されたと考えられる。また、中国でもライドシェアやカーシェアビジネスが拡大しているが、その背景には、所得要因に加え、北京や上海など主要都市でのナンバープレートの購入制限が挙げられる。ナンバープレートの購入待ちは、北京市だけで100万人に上るといわれる。インドでも、デリーなどでは環境汚染対策として、運転規制が行われる時があることも、所有の制約となっている面があろう。そのような制約要因は、いずれ消失する可能性はあるが、中国やインドなどでのシェアリングへの許容度の高さは、その関連ビジネスの潜在需要の大きさを示しているといえる。

完全自動運転車の登場に伴う自動車所有意識の変化

シェアリングへの潜在需要の大きさは、裏を返すと所有需要の潜在的な下押し要因でもある。自動車所有に対するさまざまな制約や、先進国の経済発展段階にはなかったシェアリング市場の存在は、新興国での自動車の所有意識を変化させ、自動車販売の先行きを考えるに当たり、これまでの先進国での経済成長動向をもとにした普及カーブを単純に適用することの正当性を低下させる。
さらに、人々の自動車の所有意識に影響を与え得るもので、先進国での自動車普及時とは異なる要素として、自動運転技術の進化がある。コンサルティング大手ローランドベルガーの2017年2月の調査(主要10カ国、計約1万人対象)では、「自家用車よりも無人走行ロボットタクシーの方が、1回当たりの外出にかかるコストが安価だとしても、自動車を再購入するか」との質問に対し、平均で46%が再購入を否定している(図表3)。つまり、完全自動運転車の利用料金が安価であれば、約半数は、自動車は再購入せず、共有のもので済ませる意向を示したことになる。これは、完全自動運転車の普及により、タクシー、レンタカー、ライドシェア、カーシェアの実質的な境がなくなり、自動車は所有するか共有するかの二択になることも示唆しているといえる。なお、この46%という値は、サンプル数を各国約1,000人にそろえた算術平均であり、国ごとの人口の違いは考慮されていない。人口加重ベースでは、自動車の再購入に否定的な割合は33%に低下する。これは、調査対象国で自動車の再購入に肯定的な回答が多かったのが、人口の多い中国、インド、米国であったことが影響している。都市別のデータはないが、オンライン調査での「再び購入するか」との問いであることから、特に中国、インドでは、回答者の多くが、現在、自動車を所有している大都市在住の富裕層だと思われる。それらが必ずしも両国の全体像を表しているわけではないが、今後の都市化の進展や所得水準の上昇を踏まえると、将来の潜在的な主要自動車購買層に近づこう。
自家用車の稼働率は平均4%程度といわれ、大都市では駐車場のコストなどもかかることから、現在でも多くの都市では、自家用車よりもタクシーやレンタカーの方が、トータルコストは安く済む場合が多く、自動車所有の経済合理性は低いといわれる。上記の調査結果も、所有コストに対する意識が反映された面もあろう。完全自動運転車でなくても、低コストであれば、ライドシェアなどを受け入れる層はいよう。しかし、特に新興国でのそれらに対する信用が必ずしも高くないなかで、安心・安全の観点からの無人運転車の意義は大きく、人々が共有を受け入れる傾向を強めるものだと思われる。中国やインドでは、国土の広さに加え、所有者に富裕層が多く、所有へのステータス意識が高いと思われることもあり、相対的には自動車の再購入を否定する割合は低い。しかし、今後も成長が期待される両市場で、技術進化に伴い3割前後が再購入に否定的になり、共有で済ませる可能性があることは、自動車販売にとっての脅威であろう。

所有意識の変化が及ぼす中印での自動車販売への影響

では、その技術進化に伴う所有意欲の変化は、中国やインドでの自動車販売にどのような影響を与えると考えられるであろうか。まず、シェアリング等の影響がないとの前提で、先進国での普及カーブを単純に当てはめ、完全自動運転車の普及拡大が進むとみられている2035年時点(自動車産業調査会社のIHSは同年時点の累計普及台数を7,600万台と予測)の両国の自動車保有台数を考える。PwCの調査レポート「2050年の世界」によると、2030年時点の中国の1人当たりGDPはおよそ25,000ドル(PPP、2014年ベース)と見込まれている。先進国の自動車保有台数は、1,000人当たりおよそ600台でほぼ飽和したが、それは当時の換算ベースでGDPがその水準に達した時である。中国もその水準で概ね飽和し、その後は大きく変わらないと仮定すると、1人当たりGDPが29,000ドルに増加すると試算される2035年時点の保有台数は8億4,100万台となる。一方、インドの2035年の1人当たりGDPは、中国での試算と同じ手法を用いると、13,500ドルとなる。これは、中国の2014年時点のそれとほぼ同水準である。当時の中国の1,000人当たり自動車保有台数(約110台)を基に、インドの2035年時点での保有台数を試算すると1億7,400万台となり、中印合計で10億1,500万台となる(図表4)。
このうち、上記の調査結果から中印それぞれ27%、33%が安価な無人タクシーの登場で自動車の再購入に否定的になるとすると、2億2,700万台弱、5,800万台弱の計2億8,400万台の需要に影響があることになる。共用車への代替需要があるため、それがそのまま需要喪失分とはならないが、平均稼働率4%の自家用車から、共用車では稼働率は大幅に高まることを考えると、需要への影響は大きい。仮に共用車の平均稼働率を40%とすると、自家用車からの効率改善は10倍となり、共用車への代替需要は2,800万台となる。これは、IHSの2035年時点の完全自動運転車の予想普及台数の37%に相当する。自家用車の需要減と共用車の需要増をネットすると、合計2億5,600万台分の需要に負の影響が及ぶ可能性があることになる。これらはあくまでさまざまな要素を単純化した上での試算であり、また完全自動運転車の普及速度も不透明な点は多く、特に自動車の非所有者が多い両国では、シェアリングで乗車機会が増えることで、むしろ所有意欲が高まる可能性もあるため、この試算どおりの影響になることはないであろう。ただし、自動車産業の裾野は広く、影響は規模、範囲ともに大きなものになる可能性があることから、自動車シェアリングにまつわる今後の動向は注視すべきであろう。

Information