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株式会社三井物産戦略研究所

マクロン大統領でも消えない不安-改革次第では仏のEU離脱リスク再燃も-

2017年6月6日


三井物産戦略研究所
欧州・ロシア室
島田武典


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マクロン勝利だが、国民の分断、不満も浮き彫りに

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5月7日のフランス大統領選の決選投票で、親EUで中道の政治運動「共和国前進(REM)」を率いるマクロン前経済相が、反EU・反ユーロや移民排斥を掲げる極右政党・国民戦線(FN)のルペン氏に勝利した。今回の大統領選は、2大政党の共和党(中道右派)候補と社会党(中道左派)候補がいずれも決選投票に進めない、ルペン氏のほかにも反EUを掲げたメランション左翼党党首が第1回投票で20%近い支持を得るなど異例の展開となったが、最後は史上最年少大統領の誕生という決着を迎えた。
内務省によれば、マクロン氏の得票率は66.1%と、一見すれば完勝ともいえる水準となったが、投票率は74.6%と1969年大統領選以来の低水準であり、白票・無効票は過去最高の11.5%に達した。マクロン氏に票を投じた有権者は全体の約44%にすぎず、見かけの得票率が示すほど、国民の支持を得たわけではない。一方、ルペン氏は敗れたとはいえ、得票率は33.9%と2002年にFN候補が初めて決選投票に進んだ際の得票率17.9%を大きく上回った。
ルペン氏やメランション氏の躍進の背景は、景気の停滞や厳しい雇用環境の継続といった現状への国民の不満であろう。フランスでは2008年の金融危機以降、失業率が7%台から10%台半ばまで上昇、直近3月でも10.1%と高水準にある。特に若年層(15~24歳)の失業率は、足元でも23.7%とより深刻だ。オランド前大統領は2012年の就任当初、緊縮優先政策を転換、成長優先政策を志向した。しかし、オランド氏がEUに求めた財政協定(ユーロ圏諸国に財政規律の強化を要求する協定)の適用を緩和する交渉は実現せず、歳出抑制と増税による財政改善の取り組みを余儀なくされた。雇用面では企業の意向で労働条件の変更を可能とする労働法改正等の構造改革を試みたが、労働組合の反対もあり難航、これまでのところ思うような効果は得られていない。こうした政策対応の失敗が現在のフランス経済の苦境の一因であり、直近も他国対比で雇用環境改善のもたつきが顕著となっている(図表1)。Opinionway調査によれば、18~34歳の世代では、ルペン氏とメランション氏の支持が5割を超え、高齢になるほど低下する。既に一定の財産形成を終えた高齢層は社会の大きな変動をもたらしかねないルペン氏やメランション氏の政策を懸念する一方、最も雇用環境の厳しい若者世代がその不満の表明として、反EU等過激な政策を唱える政党を支持するという構図が見て取れる。
マクロン氏は今後、公約の実行を通じ、こうした問題への対応が必要となる。既に雇用環境の改善を最優先とする方針が示されており、失業率を7%まで低下させる目標が掲げられている(図表2)。これを実現するために、①労使合意による法定労働時間(週35時間)の運用柔軟化、②5年で500億ユーロの投資プラン、③法人税減税(33%→25%)等を行う方針だ。雇用の改善に即効性のある公務員の拡大等の政策は公約で封印しているだけに、成果を速やかにあげるためには、これら施策の迅速な実行が必要となる。

内政は改革のペースと支持率がカギに

マクロン氏の政策の実行性を占う意味で注目されるのは6月11日、18日の国民議会選だ。議会選は小選挙区2回投票制で行われ、第1回投票で過半数を得た候補がいない場合、12.5%以上の票を得た候補者が決選投票に立候補できる仕組みとなっている(総議席数は577)。全国区で争われる大統領選と比較し、組織力に優れ、伝統的な地盤を有する大政党に有利に働く傾向がある。中でも、共和党は大統領選の第1回投票において、フィヨン元首相のスキャンダルにもかかわらず20%近い票を得た。フィヨン氏の問題は個人的なものと有権者が捉えており、同党に対する支持は根強い点がうかがえる。一方、直近の世論調査ではREMが議会選で大量に議席を獲得するとの調査結果もあり、共和党、REMのいずれかが第一党となる可能性が高い。
共和党が第一党となる場合、大統領の所属政党と第一党が異なるねじれ状態となり、議会運営の難易度が高まる可能性がある。しかし、共和党にとっても、大統領選で敗れた経緯を踏まえれば、少なくとも当面はマクロン氏を支え、極右や極左を抑止することは合理的な行動といえる。むしろ、懸念されるのはREM自身である。REMの候補者は左派・右派の寄り合い所帯であり、また全体の半数は政治的キャリアを持たない者で構成される。マクロン氏が強力なリーダーシップを発揮しなければ、内紛に至るリスクも否定できまい。
マクロン氏の構造改革には、週35時間労働制度の柔軟化等、労働組合の反対が強い分野が含まれる。改革の結果、大統領の支持率が低下するならば、構造改革路線の継続が困難となる可能性もあろう。逆に、足元の海外景気回復モメンタムの改善という追い風を活かし、失業率の大幅な低下等を実現できれば、支持率を高め、さらなる構造改革の推進が可能となる。国民が冷静に政策の進展を見極め始める向こう半年から1年以降の支持率は、議会選の結果と同様、マクロン氏の改革実行力に大きく影響を及ぼす要因として注目されよう。
そのほか、内政関連では、移民・難民やテロ対策が注目される。弱腰と映るような事態となれば、FNを利することとなる。
政治手腕が未知数のマクロン氏が直面する課題はかように広範で、また難易度も高い。同氏の船出が多難なものとなることは避けられない。

反EUリスクは消えず

仮にマクロン氏がオランド氏と同様に改革につまずき、国民の期待を裏切れば、次回2022年の選挙で国民の変化を求める声が一層強まることは不可避だ。特に若年層の高失業率が継続すれば、現状の打破を求める世代の割合が高まることとなる。加えて、移民・難民の増加に伴う治安への懸念やEUへの主権移譲といったEU統合の副作用によりフランス独自の文化や価値観が失われるとの不満が高まれば、保守層の支持が反EU等、極端な政策を掲げる政党に流れることが予想される。
なお、前述のとおり、極右とされるルペン氏と極左とされるメランション氏がともに反EUを主張している点は、従来の左派・右派という区別とは異なる次元で親EU・反EUの主張が存在することを示唆する。今回、第1回投票でメランション氏に投票した有権者の4割程度は決選投票を棄権したもようだが、次回選挙の争点が反EUに集約された場合、決選投票で反EU勢力が集結し、親EU候補に対抗するという事態も生じ得るということだ。
ただし、反EU政策がルペン氏にとってのアキレス腱になり得る点にも留意が必要である。決選投票の直前に、ルペン氏は自国通貨とユーロの併用案を打ち出すなど、ユーロ離脱についての主張を軟化させたが、これはFNの伝統的支持層は中小企業経営者であり、ユーロ離脱に必ずしも賛成でないことなどを踏まえた軌道修正と考えられる。現状、フランスではEU離脱派は多くても4割程度にすぎない。反EUが現状に不満を有する新たな支持者をひきつける要素となった反面、伝統的支持層とのバランスは難しくなった。FNが反EU政策をどのような形で打ち出し、より効果的に浸透させていくかは、フランスの政治動向にも大きな影響を及ぼし得る動きであるため、注視していく必要がある。
マクロン改革の状況次第では当初から2022年の大統領選に照準を絞っていたとみられるルペン氏の狙いが、いよいよ現実味を帯びる可能性が高まってくる。

ユーロ圏のガバナンス議論は国内改革の後に

対外面でマクロン氏はダンピング対応の強化や、政府調達での欧州企業の優先等を公約として掲げている。基本的に自由貿易を重視しているが、あくまでも国内の企業や雇用を守ることがその前提である。また、経済相時代には、フランス政府が筆頭株主である自動車大手ルノーと、長期保有株主の議決権を2倍にする法律の適用をめぐって対立、2015年の株主総会前に同社株を買い増すことで、適用を強力に後押しするなど、企業経営に関与した実績がある。自由経済主義一辺倒ではなく、保護・介入主義の側面を一部有していると理解する必要があろう。
また、マクロン氏はEU、特にドイツとの協調関係を重要視している。ドイツも親EUであるマクロン氏に好意的であり、9月の議会選の結果にかかわらず両国は良好な関係の維持が可能であろう。EUの中核を成すドイツ、フランス両国の関係性の安定は、EUの求心力を維持する上で望ましい。また、国内に反EU勢力を抱えるマクロン氏にとってEU離脱後に英国の失うものが大きいと明らかになる方が望ましく、Brexit交渉に対しては厳しい態度で臨むと予想される。ロシアに対してはEUの制裁継続を支持している。選挙戦への介入疑惑があった点も含め、厳しい姿勢を維持しよう。トランプ米大統領との間では貿易や移民・難民政策で見解の相違があり、微妙な距離感が生じる恐れがある。
マクロン氏はユーロ圏の改革について、まずはフランス国内の改革を進め、ドイツの対等なパートナーとしての地位を回復した上で、議論を深める方針だ。マクロン氏が掲げるユーロ圏共通予算の導入やユーロ圏財務相の設置等の改革は、金融政策の統合が先行し、財政・政治統合は進まないというユーロ圏の矛盾を改善し、経済危機の再来を回避するためには不可欠な議論である。しかし、ドイツはこれまで同改革に対し、各国の財政再建への意欲を削ぎ、モラルハザードをもたらすとして慎重姿勢を示してきた。全般には良好なものとなることが期待されるドイツ、フランス関係の中で、こうした従前から続く課題を解決することが期待されるが、その進展は容易ではない。
ユーロ圏の改革を成功させ、域内格差の縮小につながれば、経済的なメリットに加え、ドイツのみが得をするという国内の不満が和らぐ効果も期待されるが、その実現はまだ長い道のりといえよう。
(2017年5月30日記)

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