Main

株式会社三井物産戦略研究所

不法移民対策-何がメキシコに求められるのか-

2017年3月8日


三井物産戦略研究所
北米・中南米室
鈴木義教


Main Contents

世界のグローバル化に伴い、人の移動も容易になりつつある。国連の統計によると、2000年時点で1.7億人だった世界の移民は、2015年には2.4億人となり1、移民の数は増え続けている。先進国では少子化により労働者不足が深刻化する一方、開発途上国では人口が増加し就業機会が不足していることや、両者の間の経済格差が背景にあると考えられる。移民は、文化、習慣、言語、宗教などの違いから異質なものとして扱われることが少なくなく、ホスト国、移民コミュニティ双方に不満がたまり、社会不安の要因になることもあり、彼らをどのように社会に取り込むかは今後の世界にとって大きな課題だ。一方で、彼らの滞在ステータスも重要なポイントである。滞在が非合法の場合、司法や警察などの公的な組織の庇護を得ることを嫌うため、人身取引などの被害に遭い、犯罪組織が暗躍する温床となりやすい。また病院にも行かないため、伝染病が蔓延し、近隣のコミュニティに拡散するケースもある。単に非合法であることが問題というだけではなく、社会秩序の安定のためにも合法移民であることは重要だ。本稿ではトランプ大統領の登場により注目を浴びるメキシコ人不法移民に焦点を当てる。メキシコの喫緊の課題は、不法移民が大量に強制送還された場合の受け入れ体制整備で、これについては、既に予算増額や就職先の斡旋など、メキシコ政府も対策に乗り出している。しかし、長期的な視点から、そもそも不法移民を排出しないようにするための策については、あまり議論されていない。以下、メキシコの移民状況について整理した上で、取り得る策について考察する。

メキシコ人移民概況-人口の1割が米国に居住

現在米国には約1,200万人のメキシコ人移民がおり、メキシコの人口の約1割は米国在住ということになる。これは米国にいる外国人移民約4,660万人の約4分の1で、最大の移民グループだ。また、米国のシンクタンクで、移民問題も多く取り扱っているピュー研究所によると、米国にいる不法移民は約1,100万人と推計され、このうち約600万人がメキシコ人と考えられている。全不法移民のうち労働力人口は約800万人で、米国の労働力人口の5%を占め、警備、保育、調理などのサービス産業や建設業、農業に従事する割合が一般の米国人と比べて多く、営業や経営管理、金融業などの割合は少ない。メキシコ国立自治大学の調査によると、メキシコ人移民も建設業や調理分野などで多く雇用されている。
2015年時点で、全世界にいるメキシコ人移民の実に98%は米国在住であり、メキシコ人移民は、ほぼ米国に滞在していると考えてよい。メキシコ人移民数は図にあるように、20世紀半ばまではほぼ横ばいだったが、1970年代から急増している。これは1942年から1964年まで続いた墨米間の移民労働者派遣プログラム2の終了により、米国が労働者不足に陥ったためで、この頃から不法移民の数も増加したと考えられている。その後2000年代末に減少に転じたが、これはリーマンショックの影響により、米国における雇用者数が減ったためだと多くの研究者が指摘している。トランプ大統領の主張する不法移民(メキシコ人とは限らない)の強制送還に加え、メキシコの出生率の低下や、米国の移民受け入れ規制などにより、今後も移民数は減少していく可能性はある。しかし、既に約1,200万人ものメキシコ人移民がいるため、人口の1割前後が米国在住という事実が急激に変化することはないだろう。
また、メキシコ人移民がメキシコにもたらす経済効果は無視できない。彼らによる本国への送金は、2015年は248億ドル(GDP比2.2%)だった。これは、同国の石油関連輸出額の232億ドルよりも大きく、対墨海外直接投資の329億ドルと比較しても、規模が大きいことが分かる。すなわち、移民はメキシコ経済の安定に貢献しており、人口と送金額の規模から、メキシコにとって移民政策は極めて重要なものだといえる。

メキシコの移民政策

そこで移民問題に関するメキシコ政府の各種対応策を見てみる。
【IDカードの発行】
全米各地のメキシコ領事館では、メキシコ国民であることを証明するIDカードを発行している。パスポートがなくとも、出生証明書などがあれば取得可能で、滞在ステータスが合法か否かは問われない。米国では銀行口座の開設や運転免許証取得の際に利用でき、不法移民が公共サービスにアクセスするための手段となっている。メキシコ政府は、2001年の米国同時多発テロにより移民に対する姿勢が厳しくなったことを受け、取得の促進を行うようになった。
【二重国籍の認可】
米国に帰化するメキシコ人移民が増加したため、メキシコ政府は1998年に二重国籍を認めることとした。メキシコ国籍を保有し続けることにより、移民の完全な米国人化を防ぎ、メキシコとのつながりを維持させる意図があってのことと考えられる。
【通過移民対策】
メキシコの南部国境から入国し米国に向かう通過移民(主に中米諸国出身)の数は増え続けており、2013年の約86,000人から2015年の約191,000人へと2年で倍以上となった。米国は本件を問題視しており、メキシコ政府は米国からの依頼と支援を受け、南部国境の管理を強化している。
【メキシコ国内の移民法】
2011年に成立した移民法は、メキシコ国内にいる外国人移民に対して教育、保健、司法などのサービスへのアクセスを保証するものである。人権上の観点から、不法移民に対しても権利を認めている。この法律は、米国政府に対し、メキシコ人移民の保護に係る要請を容易にするために制定したものと考えられる。
以上のようにメキシコの移民政策は、既存の問題を解決するための対処療法的なものばかりで、長期的なビジョンを持って実施しているわけではないように見える。

メキシコは何をするべきか?

国家としてあるべき姿は、人口の国外流出を止め、国民が出稼ぎ労働に出なくとも、国内に十分な所得を得られる雇用があることだが、これを達成することは容易ではない。よって、政府には移民対応が求められるのだが、現在のところ重要な外貨獲得源である移民を国内へ呼び戻すという政策は取りづらく、結果としてこれまで不法移民問題については見て見ぬふりをし、現状を維持してきたといえる。しかし、トランプ大統領の出現により、問題がクローズアップされた結果、これまでのようにうやむやにし続けることは難しいだろう。するべきことは米国にいる、あるいは米国へ向かう不法移民対応なので、米国政府との連携が重要になる。世界には移民排出国と受入国が連携して不法移民の合法化や、合法的な移民労働者の送り出しプログラムを実施している国があり、参考になる。
国際労働機関(ILO)によると、ミャンマー、ラオス、カンボジアは、賃金レベルの高い隣国タイに合計300万人もの移民労働者を排出しており、その多くは不法就労者である。自国民の保護と外貨送金の確保はこれら3カ国にとって重要で、また、タイにとっては、彼らは貴重な労働力であることから、上述の3カ国の政府はタイ政府と不法移民の合法化に関する協定を結び、移民の出自確認などの際にタイ政府に情報提供を行うなどして、タイ政府による合法化手続きを側面から支援している。なお、米国でも不法移民の合法化法案が審議されたことがあり、直近ではオバマ政権、G.W.ブッシュ政権下で審議されたが、いずれも議会保守派の反対により廃案となった。もともと不法に国境を越えた移民をなし崩し的に合法化することに反対する勢力がいるためである。タイはそこを乗り越えたわけだが、その際には関係国の外交努力があったことを強調したい。
また、ベトナムは韓国と単純労働者派遣協定(Employment Permit System:EPS)を結び、毎年1万人弱の単純労働者を派遣している。労働者は最大4年10カ月までしか滞在できず、不法滞在者が発生した場合は、韓国政府はプログラムを中止できる。実際に2012年以降ベトナムからの受け入れが中断された。このためベトナム政府はソウルに労働管理事務所を設置し、ベトナム人労働者の管理を始めた。国内の余剰労働力を活用できるため、労働者派遣国にとってこの制度は魅力的で、ベトナム政府としても制度維持のため動いたかたちだ。この結果、ベトナム人労働者の受け入れが再開された。韓国は本EPS協定をベトナムのほか15カ国と結んでおり、毎年合計数万人の労働者を受け入れている。本制度は国家間の取り決めであるため、派遣国・受入国の双方にとって移民の管理が平易になる点で、優れた制度といえる。
米国にいる不法移民の合法化は米国の判断に委ねるしかないが、以上に挙げた事例では、関係国が協議し外交努力を重ねた上で実施されているものだ。メキシコ政府が米国政府に何らかの働きかけを行うためには、良好な外交関係の維持は極めて重要になる。トランプ政権の発足により冷え込んでいる墨米関係だが、これは好転させる必要がある。そして何よりも重要なのは、メキシコ政府として移民問題にどのように対応し、移民を国家政策の中でどのように位置付けるか、長期的なビジョンを持つことだろう。外貨獲得に有効である移民を今後も一定数確保するとするのなら、ベトナムと韓国の例のような合法的な労働者派遣プログラムは一つのアイデアになるはずだ。トランプ大統領の強硬な姿勢により浮き彫りになった移民問題にどのように取り組むのか、メキシコ政府の手腕が問われている。


  1. この中には、海外転勤者や、留学生など、一時的に長期滞在している人も含まれている。
  2. ブラセロプログラムと呼ばれており、第二次大戦中の米国の労働力不足を補うために実施された。メキシコ人短期契約労働者延べ460万人が米国の農場などで働いた。

Information


レポート一覧に戻る