株式会社三井物産戦略研究所
EU懐疑派の台頭と統合の行方
2017年2月24日
三井物産戦略研究所
欧州・ロシア室
犬塚陽介
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2017年の欧州は3月のオランダ下院選を皮切りに、4~6月にフランス大統領選と下院選、9月にドイツ下院選が連続する「選挙の年」を迎える。格差の拡大や移民・難民問題の悪化を背景にEU懐疑派が各国で台頭しており、英国のEU離脱(Brexit)や米国のトランプ大統領誕生がさらなる追い風となり、一部の国では既存政党を第一党の座から引きずり降ろしかねないまでに支持を拡大させている。緩やかな回復基調が続く経済も国民の不満を緩和させるほどの力強さには乏しく、EU懐疑派を抑え込む特効薬とは成り得ていない。こうしたなか、加盟国首脳の一部からは、主要国と周縁国が異なる歩調で統合を進める「マルチスピードのEU」を是認する発言も出始めている。域内に噴出する不満、批判を払拭し、EUは欧州安定の礎石となってきた「結束」を維持できるのか、その真価があらためて問われている。
独仏蘭でEU懐疑派が躍進
まずは各国の選挙情勢を確認したい。選挙の年の先陣を切る3月15日のオランダ下院選では、ウィルダース党首(53)が率いる極右政党の自由党(PVV)が議席を伸ばし、20%台の得票率で第一党に躍り出る可能性が高まっている。自由党はイスラム系移民の排除やモスク閉鎖、EU離脱の是非を問う国民投票の実施を主張し、この4年で支持率を倍増させてきた。あまりにも極端な政策が倦厭され、仮に第一党になったとしても他党との連立に合意できる可能性は極めて低いが、それでもオランダの次期政権は、自由党の支持層を意識した政権運営を余儀なくされるだろう。EU改革の必要性や難民の流入阻止を声高に要求する蓋然性は高まる。
4月23日に初回投票、5月7日に決選投票が予定されるフランス大統領選では、反移民・難民を掲げ、強硬なEU懐疑派でもある国民戦線(FN)のルペン党首(48)が、20%台半ばの支持を安定的に得ており、決選投票進出が有力視される。テロ対策や難民問題、若年層を中心に約10%に達する高失業率など、国民が抱く不満や懸念を吸い上げて支持を拡大させてきた。移民政策は極右だが、社会保障政策はバラマキ型の左派と主張が近似しており、大衆迎合的との批判が常に付きまとう。決選投票では政党の枠を超えた反ルペン票が対立候補に流れ込むとみられており、現状でルペン党首が勝利する可能性は低いが、ドイツとともにEU統合をけん引してきたフランスでのEU懐疑派の著しい躍進は、EU指導部の危機感を強めている。
9月24日が投開票のドイツ下院選でも、反移民・難民を掲げるEU懐疑派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が15%前後の支持率を維持し、最大20%まで支持を拡大して第3党となることも予想される。ナチスの記憶が色濃い歴史的な背景から、既存政党側がAfDと連立に合意する可能性はないが、それでもドイツの次期政権は、これまで以上にEU懐疑派を意識した政権運営が求められるだろう。
実現性は不透明だが、イタリアでも2018年春までに実施される下院の総選挙前倒し待望論がくすぶっている。各種世論調査によると、ユーロ圏離脱の可能性に言及する「五つ星運動」が、政権与党の民主党と支持率30%前後で拮抗しており、ここでもEU懐疑派の勢力拡大が懸念されている。独仏伊とベネルクス3カ国のEU原加盟国のうち、既に4カ国でEU懐疑派が10%台半ばから30%近い支持を集めていることになる。
加盟国世論は「離脱」より「改革」を重視か

EU懐疑派の台頭を招く土壌として共通しているのは、財政緊縮に伴う社会保障費の削減、移民・難民の流入による体感治安や雇用環境の悪化、キリスト教の価値観に基づく文化の変容に不安を感じる低所得者層を中心とした支持者が、既存政党やエリート層への反感をぶつけているという構図だ。その諸悪の根源として、EUが標的となっている。EU本部のある「ブリュッセル」からの「主権の奪還」は、Brexit支持派が掲げた主張とも重なる。
独仏伊蘭に限らず、大量の難民流入の是非が世論を分断するオーストリアでは、オーストリア自由党が政党支持率で首位を維持しており、2018年12月までに実施される次期下院選で第一党の座をうかがう。EU決定による難民受け入れ分担を拒否したハンガリーのほか、ポーランドの現政権も独仏主導のEUをリベラル色が強いと批判し、「illiberal(反リベラル)」を標榜して対決色を強めている。スペインでは反緊縮のEU懐疑派「ポデモス」が結党からわずか2年で既存の2大政党にあと一歩まで迫る第3党に躍進。ギリシャでもSYRIZAのチプラス首相が政権を維持している。
こうした国々の多くでは、景気回復の恩恵が隅々まで行き渡らぬなか、ドイツやベネルクス諸国などが繁栄を享受しながら、他国の景気に対する刺激効果が期待される財政出動に極めて消極的であり、EUの「いいとこどり」をしているとの批判がある。
欧州委員会は2016年11月、体力のある加盟国が財政支出の拡大に乗り出すことで、ユーロ圏の低成長、低インフレの改善を加速させる提言を出した。しかし、財政均衡の実現に極めて神経質で、自国民の税金で他国を支援することに世論の強い反対があるドイツが大幅な財政出動に動き出す気配はない。9月の下院選が終わるまで、ドイツ政府が世論の反発を招きかねない政策に着手するはずもなく、欧州委の提言は掛け声倒れとなる可能性が高い。
ただし、EU懐疑派の台頭が、すぐさま英国のようなEU離脱に直結するわけではないことも念頭に置く必要がある。スペインの調査機関が実施したEU残留の是非を問うEU主要国での世論調査によると、ユーロ圏離脱の可能性まで浮上したギリシャでさえ残留支持は5割を超えており、独仏伊オーストリアでは6~7割、スペインでは8割に達した(図)。EU離脱を決めた英国と比べ、他のEU加盟国は隣国との地理的、経済的、文化的な結びつきが格段に強いことが理由とみられ、国民は離脱のメリットよりもデメリットを強く意識している様子がうかがわれる。現状でのEU懐疑派への支持は、「離脱」への傾斜ではなく、全会一致の原則を緩め、各国の事情に応じた政策決定を可能にするための「改革」を求める世論の表れとみる方が、妥当な解釈と思われる。
マルチスピードのEU
統合のスピードをめぐっても、加盟国内には温度差がある。単一市場アクセスの維持と対ロシアを見据えた外交・安全保障協力を重視する北欧・バルト3国、独自の歩調と価値観を維持し、西欧主導に一石を投じたい中東欧諸国、統合の加速でより効率的な政策遂行を実現し、統合の恩恵を幅広く行き渡らせることでEU懐疑派の台頭を抑え込みたい独仏伊やベネルクス3国とで見解が分かれる。
しかし、BrexitやEU懐疑派の台頭に直面したことで、主要な加盟国の首脳からは、統合の意思を共有する一部の国家で統合を先行させる「マルチスピードのEU」を是認する発言が繰り返され始めた。
ドイツのメルケル首相は非公式の欧州理事会が開かれた2017年2月3日、「あらゆる統合ステップに、全ての加盟国が参加するわけではないということ、異なるスピードのEUもあり得ることを、われわれは過去数年の歴史から学んだ」と述べ、マルチスピードのEUを実質的に容認した。ベネルクス3国の首脳も同日、「統合への異なる道筋と、協力態勢を強化することが、違った困難に直面する加盟国に効果的な対応をもたらす」との共同声明を発表している。
一方で、「後発組」となりかねない東欧諸国は、先行組に追従することを余儀なくされ、ルール作りに加われぬまま結果のみを強制されかねないことに懸念を強めている。ポーランド最大の実力者とされる与党PiSのカチンスキ党首は、マルチスピードのEUを容認するような改革案は「EUの崩壊、清算につながる」と警告している。
短期的にEUは、懐疑派の支持者を意識し、テロの脅威や移民・難民の流入を抑えるため、EU域外国境の警備強化に乗り出すだろう。また、EU独自の防衛体制を模索し、EU懐疑派の理解も得られやすい統合深化の形を目指すことも考えられる。
より長期的な視点では、大戦の教訓を経て生まれた恒久的な平和を希求するEU設立当初の理念が時の経過とともに見失われており、時代に即した新たな理念を共有する必要性も指摘されている。EU懐疑派の台頭を生む土壌となっている南北や東西の経済格差の是正、より効率的な経済政策を可能にする財政統合の深化、安全保障体制の拡充といった諸課題への取り組みに加え、現実に即した理念の再構築を検討していくことが、EUの喫緊の課題なっていきそうだ。