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株式会社三井物産戦略研究所

ドゥテルテ政権下でのフィリピン経済のポテンシャル

2017年2月8日


アジア・大洋州三井物産戦略企画室
島戸治江


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フィリピン経済は2012年から高成長軌道に乗り、消費市場拡大のポテンシャルが高い一方で、貧困と所得格差、麻薬の蔓延、工業化の遅れ、インフラ不足など根深い問題を多く抱える。そうしたなか、2016年、ミンダナオのダバオ市長だったドゥテルテ氏が、変化を求める国民の圧倒的な支持を得て第16代大統領に就任。2017年は、インフラ整備とともに経済改革の進展が期待される。外交は前政権の反中親米路線から一転、経済利益を重視し中国との関係修復を図るが、過度な対中接近、対米離反は政治・経済のリスクとなる。

麻薬撲滅を最優先

ドゥテルテ大統領は、ダバオ市長を合計7期21年務め、投資誘致を図るとともに、違反者を厳罰に処す方法で治安改善と汚職撲滅を推進した。大統領選では、ダバオで成果を挙げた犯罪と汚職の撲滅を全国で展開することを公約に掲げ当選。2016年6月30日に大統領就任後、真っ先に取り組んだのは麻薬取り締まりで、麻薬撲滅戦争と称し、麻薬取引に関与した容疑者の殺害を国家警察に指示した。7月1日から12月25日に警察は容疑者2,150人を殺害、42,470人を逮捕、さらに3,840人以上が自警団に殺害された。この超法規的殺人に対する批判にドゥテルテ大統領は断固対抗、国内では反対派のロブレド副大統領やデリマ上院議員を弾圧、国連や欧米には内政干渉と反発、米オバマ大統領(当時)への暴言などでしばしば外交問題に発展している。
ドゥテルテ大統領が強気な姿勢を崩さないのは、国民からの高い支持率が後ろ盾にあるからだ。国内の麻薬中毒者は400万人に上り、麻薬中毒とその犯罪は国民生活上、最も深刻な問題だ。麻薬撲滅戦争が開始された7月以降約98万人の麻薬中毒者・売人が警察に出頭し、国内の麻薬の需要は4割以上減少するなど成果は出ており、民間調査会社ソーシャル・ウェザー・ステーションが9月と12月に実施した調査1では、麻薬取り締まりに満足しているとの回答が約85%を占めた。ただし、回答者の94%が容疑者は生きたまま逮捕すべきと回答、殺人は行き過ぎと国民が考えていることも明らかとなっており、今後も強権的な取り締まりを続ければ国民の支持を失いかねない。2017年1月31日、大統領は、2016年10月に発生した警官による麻薬捜査を悪用した韓国人殺害事件を受け、警察による麻薬捜査は一時中断することを発表。警察内部の腐敗を強く批判し、腐敗対策と内部調査が完了するまでは、麻薬取り締まりは軍と麻薬取締局のみが担うとした。一方で、大統領任期満了の2022年まで麻薬撲滅戦争は続ける意向を示している。
汚職撲滅への取り組みも迅速で、国家の安全に影響を与えない範囲で政府機関に情報の公開を求められる大統領令2016年第2号(Freedom of Information Order)が7月下旬に署名、11月下旬に施行された。8月下旬には、政府機関にはまだ汚職がはびこっていると、前大統領が任命した政府職員約6,000人に辞職を勧告する大統領府回状を発布、回状に先立ち、陸運統制委員会の高官などが解任された。8月末、内国歳入庁が職員の問題行為を調査する特別規律委員会を設立、11月には財務省が関税局幹部職員を対象に銀行口座や車の保有台数など資産状況の調査を実施した。また、口座の調査を困難にする銀行秘密法が資金洗浄、脱税、汚職など違法行為撲滅の妨げになっていることから、同法の改正を税制改革法案に盛り込んだ。

対中接近、対米離反はリスクはらむ

2017年はASEANの議長国を務めることもあり外交も重要だ。ドゥテルテ大統領は自主独立外交路線を追求すると宣言。前政権の反中路線から一転、2016年7月、ハーグの仲裁裁判所が南シナ海領有権をめぐる中国の主張を退けフィリピンに有利な判断を下したが、これを事実上棚上げ、中国が求める二国間協議による解決に同意し、見返りとして10月訪中時に総額240億ドル相当の経済協力を中国から取り付けた。12月には中国が主導するアジアインフラ投資銀行への正式加盟が決定、最初の1年で3億~5億ドルの融資を受ける方針だ。また、ドゥテルテ大統領はロシアとの関係強化にも前向きで、11月のAPEC首脳会議では中国の習国家主席だけでなく、ロシアのプーチン大統領とも会談し、貿易・投資の促進や経済協力の強化で合意した。一方、防衛協力で米国に接近した前政権から転じ、駐留米軍の早期撤退を求めるなど米国と距離を置く。ただし、対米輸出シェアは15%と高く、米国によるフィリピンのビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業への投資、雇用への貢献は大きく、米国には約350万人の海外出稼ぎ労働者(Overseas Filipino Workers:OFW)がいるのに加え、フィリピン国民は米国、日本を信頼し、中国とロシアへの不信感が強いことから2、ドゥテルテ大統領が反米的な発言を繰り返したり、南シナ海領有権問題で中国に過度に譲歩したりすることは、経済面でリスクとなるとともに、ドゥテルテ大統領の支持率急落により政局が不安定となるリスクがある。

消費主導の経済成長

フィリピンは、タイやマレーシアなどが1980年代以降に経験した外資主導の輸出志向型工業化に出遅れ、実質GDP成長率は1980年代が年平均2.0%、1990年代が同2.8%と長らく低成長に苦しんだ。国内産業保護政策の下、財閥や地主などによる経済の寡占化が進む一方、治安悪化や自然災害などが重なり外資流入は限定的だった。国内の雇用機会が少ないことから、米国植民地教育により英語が得意な点を生かし、海外に職を求めるフィリピン人は年々増加、政府も後押しした。OFWは2013年時点で約1,024万人(人口の約1割)、送金額は2015年に256億ドル(GDPの1割弱)に上り、民間消費と経常黒字を支える。2000年代は、OFW送金と、同じく英語力を生かしたBPO産業の高い伸びに支えられ、同4.5%の安定成長に回帰。アキノ政権下では公共支出が拡大し、2012年以降、年率6%を超す高成長軌道に乗った。成長をけん引するのは民間消費で、そのGDP比(2015年)は69%と、インドネシアの54%、タイの52%などと比べ高いのが特徴だ。原油安により消費者物価上昇率が2015年1.4%、2016年1.8%と低位安定してきたこともプラスに働き、世界経済が減速し外需が低迷するなか、2016年の実質GDP成長率は内需主導で6.8%と、2015年の5.9%を上回る高成長を達成した。

経済改革の本格始動が期待される2017年

安定した経済パフォーマンスの下、ドゥテルテ政権は基本、前政権のマクロ経済政策を踏襲する。前政権は汚職撲滅、財政健全化、インフラ整備で一定の成果を挙げたが、フィリピンの投資率(総固定資本形成/名目GDP)は2017年(推計)で24.7%とインドネシア(35.0%)、ベトナム(28.7%)などと比べまだ低い(表)。このため、6%以上の高成長を持続するには、一層の投資拡大が必要だ。また、2016年7月にドミンゲス財務大臣が発表したとおり、貧困率3を現在の25%から2022年に16%に引き下げる目標を掲げるが、課題も多い。2016年9月に発表された世界経済フォーラムの国際競争力指数(GCI)4でフィリピンは前年の47位から57位(138カ国中)へ順位を下げ、非効率な官僚機構、インフラ不足、汚職、税率の高さなどがビジネスを阻害していると指摘された。インフラは量・質とも大幅に不足し、GCIのインフラ指数はASEAN主要国では最下位だ。マニラ首都圏は、面積が東京23区よりやや広い638km2、人口は約1,290万人(2015年センサス)で、世界で最も人口過密な都市の一つで、ニノイ・アキノ国際空港(NAIA)は2015年の利用者が約3,700万人と、最大乗客処理能力3,500万人を超えるなど道路、空港、港湾いずれも混雑が深刻化している。電力も需要に見合う十分な供給が確保されていない上、電力事業は大手財閥による寡占状態にあり、電気料金はASEAN主要国で最も高い。
ドゥテルテ政権はインフラ予算のGDP比を2015年の4%から5~7%に引き上げ、2017-2022年に合計8.2兆ペソ(約19.4兆円)を支出する計画だ。2017年のインフラ予算は前年比14%増の8,607億ペソ(GDP比5.4%)、約40%が運輸交通分野で、マニラ首都圏やミンダナオの運輸マスタープラン、地方港湾の整備などに充てられる。前政権から引き続き官民連携(PPP)事業を推進する方針で、9月にNAIAの再開発事業など9案件、総額1,711億ペソ、11月にマニラ首都圏からレガスピ市を結ぶ南北鉄道の南線、新セブ国際港など8案件、総額2,700億ペソのPPP案件を承認するなど、外国企業の事業機会も拡大する見通し。また土地所有権以外の全ての経済活動で外資規制を緩和する方針で、外資上限を40%と規定した憲法の改正が必要となるが、下院は既に憲法改正を発議する憲法制定会議の招集を求める決議案を承認しており、上院は2017年初から改正の討論を開始している。さらに2017年半ばに税制改革ロードマップを議会で承認する方針。法人税・個人所得税を減税、低所得者層は課税対象外とする一方、付加価値税の課税範囲拡大、石油製品や自動車(トラック、ジプニー除く)の課税強化により歳入増を図る。
フィリピンの人口は2014年に1億人を突破、なお年率2%で増加し、平均年齢は24.2歳と若い。長期的に消費市場の成長ポテンシャルが高いことから、消費財製造業や消費者向けサービス産業の投資は拡大するだろう。しかし、製造業の直接投資はフィリピンと賃金水準が同程度の周辺国とを比較するなかで、相対的に市場規模が大きく産業集積が進むインドネシアや、中国華南地域とアクセスが良く政治が安定しているベトナムなどを選択するケースが多いのが実情だ5。周辺国との投資誘致競争に勝つには、政治外交の安定に配慮するとともに、経済改革、インフラ整備を積極的に推進する必要がある。2017年1月、フィリピンを訪問した安倍首相は、今後5年間でインフラ整備を中心に官民合わせて1兆円規模の支援を行うことを表明しており、日本企業にとってインフラ分野の事業機会は拡大する見通しだ。

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  1. 9月調査の有効回答者数は1,200人、12月は1,500人。
  2. 民間調査会社パルス・アジアが2016年12月に実施した調査(有効回答者数1,200人)によると、信頼していると回答した割合が最も高かった国は米国(76%)と日本(70%)で、一方、信頼できないと回答した割合が最も高かった国は中国(61%)とロシア(58%)だった。
  3. 貧困線(生活に最低限必要な物を購入できる収入で、2015年は月額1,813ペソと定められている)以下で暮らす人口が総人口に占める割合。
  4. http://reports.weforum.org/global-competitiveness-index/
  5. UNCTADのWorld Investment Report 2016によると、2015年の直接投資純流入額はインドネシア155億ドル、ベトナム118億ドルに対し、フィリピンは52億ドルだった。また、フィリピン統計庁によると、2016年1-9月の外国直接投資認可額は前年同期比12.4%減の933億ペソ(約19億ドル)にとどまった。ドゥテルテ政権で外交政策の不確実性が増したことが影響し、投資家が様子見だったことが要因とみられる。

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