株式会社三井物産戦略研究所
成長が期待される「インフラサービス産業」
2014年6月12日
三井物産戦略研究所
産業調査第二室
栗原誉志夫
Main Contents
インフラサービス産業とは

上下水道、港湾、空港、道路等のインフラにおいてPFI等の官民連携手法の活用が世界的に拡がっている。それに伴い、中央政府や地方自治体の行政からの委託を受けた民間企業によるインフラの運営・維持管理サービスの市場が拡大しつつある。
社会・経済活動に必要不可欠であるさまざまなインフラは、大きく分けると、上下水道、港湾、電力、鉄道などの施設(ハード)を主体とする分野と、防衛、司法、警察、教育、医療などの業務(ソフト)を主体とする分野に分類できる。また、インフラを施設の所有・運営主体によって分類すると、世界的な傾向として、民間企業によって所有・運営されることが多いインフラと、極めて公共性が高い、収益性が低い等の理由から行政によって所有・運営されることが多いインフラに分けられる(図表1)。
これらのうち、行政によって所有・運営される施設系インフラの事業では、整備計画、資金調達、設計、建設、運営・維持管理という一連のプロセスにおいて、民間企業が参画できるのは、かつては主に設計や建設の部分であった。しかし1990年代に始まったPFI等の官民連携手法の活用が、近年、世界的に拡がりを見せたことにより、民間企業による運営・維持管理サービスが大きな市場規模を有する一つの産業領域となりつつある。
本稿では、このような行政が所有する施設系インフラにおいて民間企業が提供する運営・維持管理サービスを「インフラサービス産業」と定義し、その主要国・地域における概況および推定される市場規模について考察する。
主要国・地域の概況
インフラサービス産業に関する概況について、上下水道や港湾などにおける状況を通して見ると、フランス、英国をはじめとする西欧諸国は、同産業の先行地域かつ成熟市場である。大方のインフラが整備がされており、インフラ運営・維持管理に対する官民連携の長い歴史を有し、空港、道路などでも普及が進んでいる。また、上下水道分野におけるフランス系2大メジャーのVeolia EnvironnementやSuez Environnementなどのように、インフラ運営・維持管理を包括的に受託する能力を有する企業が多数育っており、世界へ進出している。
これら欧州企業が主に進出しているのは、インフラサービス産業の成長市場である米国および中国などの新興国である。米国は、インフラ整備は進んでいるが官民連携の歴史が浅く、行政によるインフラ運営が主体である。しかし、近年は財政難から各分野において民間への運営委託が進みつつある。そして、上下水道などではローカル企業も成長し、対抗している。中国などの新興国は、行政によるインフラ運営が主体だが、増大するインフラ整備ニーズに対応する財政力の不足から、また、経済成長促進のため、建設も含めた民間企業への運営委託に対する需要は大きい。外国資本への期待も大きいが、国によっては政情が不安定、法制度整備が未熟等のリスクがある。中国の上下水道、港湾などではローカル企業が急速に成長している。
一方、日本は官民連携の導入が遅れている国の一つである。行政によるインフラ運営が主体であり、民間企業には部分的な維持管理業務の委託にとどまる。このため、国内にはインフラ運営を包括的に受託する能力を有する企業が育っておらず、また、外国企業の参入も極めて少ない。しかし、インフラ整備は進んでおり、一定規模の潜在市場がある。現在、政府が法制度整備等によって官民連携を推進しつつあり、実現すれば、業界再編や外国企業の参入が進む可能性がある。
巨大な成長余地

インフラサービス産業における事業内容とは、行政が所有する施設の運営(利用者へのサービス提供、料金徴収など)や点検、修繕等の維持管理である。その市場としては、既に民間企業に委託されている顕在市場と、現在は行政職員が自ら行っている業務であって将来的に民間へ委託される可能性のある潜在市場がある。また、顕在市場には、行政支出による伝統的な業務委託と、PFI等により民間企業が独立採算での運営・維持管理を委託されているものがある。後者は西欧諸国を中心に多いが、世界全体から見れば、その割合はまだ小さいとみられる。以上のことから、世界のインフラサービス産業の市場規模については、顕在市場と潜在市場の合算として、行政機関におけるインフラの運営・維持管理に関する内部費用を含めた支出の総額から推定できると考えられる。しかし、そのような算定が可能な世界規模の統計は見当たらない。
一方、日本に限ってみれば、上述のように民間企業によって独立採算で運営されているインフラはほとんどないため、行政機関の支出統計のみからインフラサービス産業の市場規模を推定することが可能である。政府(中央と地方)の支出は、内閣府が公表している国民経済計算(System of National Accounts:SNA)の国内総生産において政府最終消費支出として示されており、その内訳も政府機能別および支出項目別に記載されている。そこで、その中から上述のようなインフラサービス産業の定義に該当する政府機能および支出項目を選定し、それらの支出額を合計すると、2011年度における政府のインフラ運営・維持管理の支出は約15兆円と抽出される。また、SNAにおける一般政府の定義には、地方公営企業による上水道事業や地方道路公社による道路事業、社会資本整備事業特別会計の空港整備勘定による空港事業などが含まれていない。このため、これらを別途算定して加える必要があるが、これらは約4兆円と算定される。以上を合算すると、日本のインフラサービス産業の市場規模は、約19兆円と推定される(詳しくは囲みを参照)。
日本の市場規模が推定されたことから、これを基にGDPとの対比および総固定資本形成との対比の二つの方法で世界の市場規模を推計すると年間3兆ドル前後となる。ただ、日本は新興国を含む世界の中でインフラ整備が進んでおり、インフラサービスの市場規模はGDP等と対比した場合に世界平均よりも大きい可能性がある。それを勘案すると、世界のインフラサービス産業の市場規模は、前述の推計結果よりやや小さめに見積もって、年間2兆~3兆ドルと想定することができるだろう(図表2)。このうち、現状では潜在市場の部分が多くを占めていると考えられるが、それも含めると、年間約2兆ドルといわれている1世界の施設系インフラの建設需要に匹敵する。
西欧諸国に端を発して世界に拡がりつつあるインフラサービス産業は、米国および中国などの新興国、そして日本においても、さらなる官民連携の進展によって潜在市場が顕在化され、大きく成長することが期待される。今後の世界市場と参画企業の動きを注視していきたい。
≪日本のインフラサービス産業の潜在市場規模の推計≫
内閣府公表の国民経済計算(SNA)における政府最終消費支出の内訳が「付表8 一般政府の機能別最終消費支出(名目)」に記載されている。この中から、インフラサービス産業の定義に該当する政府機能および支出項目を次のとおり選定し、それらの支出額を抽出した。
<政府機能の選定>
「付表8 」における政府の機能別分類は、国際連合が定める分類方法(Classification of the Functions of Government:COFOG)に準拠しており、COFOGに詳細な説明がある。これを参考としつつ内閣府への分類内容の確認等も踏まえ、以下の政府機能を選定した。なお、( )内は包含される施設、事業や作業の例である。
4.2 農畜産業・林業・漁業・狩猟(洪水対策)
4.5 運輸(道路、港湾、空港)
4.7 その他産業(多目的ダム)
5.1 廃棄物管理(路面清掃)
5.2 廃水管理(下水道)
5.3 公害対策(道路の遮音壁、低騒音舗装)
<支出項目の選定>
政府の活動による自己消費に相当する「最終消費支出」にインフラ利用者からの料金収入に相当する「商品・非商品販売」を加えたものとする。
以上の政府機能および支出項目の選定から、2011年度における政府のインフラ運営・維持管理の支出は15兆742億円と推計される。
また、地方公営企業による上水道事業や地方道路公社による道路事業、社会資本整備事業特別会計の空港整備勘定による空港事業については、次の①~③のとおりである。
①地方公営企業について、総務省が公表している地方財政統計年報(2011年度)の「法適用企業の収益的収支」および「法非適用企業の歳入歳出決算」の各項目の「総費用」のうち、SNAに含まれない、上水道等の支出を抽出した。これらの支出は合計で3兆9,350億円となった。
②地方道路公社(全国に約40社)の費用支出の合計は、国土交通省の調査によると2007年度において約1,000億円であった。
③社会資本整備事業特別会計の空港整備勘定における「空港等維持運営費」は1,345億円(2011年度)であった。
以上の①~③をSNAからの推計に加えると、日本のインフラサービス産業の市場規模は約19兆円と推定される。