Main

株式会社三井物産戦略研究所

EU新体制発足後の課題と展望

2014年10月8日


三井物産戦略研究所
欧米室
橋本択摩


Main Contents

2014年はEUにとって5年に一度の政治の年である。5月には欧州議会選挙が行われ、7月1日に選挙後初めての欧州議 会本会議が開催、7月15日の本会議では次期欧州委員会委員長としてユンケル・ルクセンブルク前首相を承認した。また、8月30日に開催された欧州理事会では、次期欧州理事会常任議長(EU大統領、任期は2014年12月~2017年5月、一度だけ再任可能)にトゥスク・ポーランド前首相、次期EU外務・安全保障政策上級代表(EU外相)にモゲリーニ伊外相が選出された。その後、次期欧州委員長、EU外相およびその他欧州委員は一括で欧州議会の承認を得てのち、2014年11月から5年に及ぶユンケル新体制が発足する。

複雑な統治体系

新体制発足後の課題と展望について取り上げる前に、まずEUの主要機関、政策決定プロセスについて解説したい。EUは従来の国家とは異なる統治政体であるため、非常に特殊かつ複雑な体系をとっている。EUの主要機関としては図に挙げたとおり4機関あり、欧州委員会(EU政策の執行機関であり、かつEU諸機関の中で唯一の法案提出権を有する)、閣僚理事会(外務、経済・財務等10の政策分野ごとにEU28加盟各国の担当閣僚で構成される立法機関)、欧州議会(EU加盟各国内においてそれぞれ直接選挙で選ばれた751名の欧州議員で構成される立法機関)、欧州理事会(全加盟国の首脳、欧州委員長およびEU大統領から構成され、EU政策の指針、方向性を決定する最高意思決定機関)が存在する。EU大統領は欧州理事会にて各国首脳を束ね、外交の舞台で欧州委員長と並んで「EUの顔」となる。なお、5月に行われた欧州議会選挙では、欧州懐疑派が英国(英国独立党)、フランス(国民戦線)で大きく躍進したものの、最大議席数を確保した欧州人民党(中道右派、751議席中221議席)、社会民主進歩同盟(中道左派、191議席)で過半数を確保しており、欧州議会における欧州懐疑派による影響は限定されよう。
政策決定プロセスについて、基本的には欧州委員会が提出した法案を、2つの立法機関である欧州議会、閣僚理事会が審議・採択している。かつて欧州議会は諮問機関的な役割であったが徐々に立法権限が付与され、2009年12月発効のリスボン条約により欧州議会の立法権限が大幅に強化された。そのため現在、立法、予算および国際条約の承認等、多くの法案は欧州議会が閣僚理事会と完全に同等な立法権限を持つ「通常立法手続き」が適用され、双方の採択が求められている。「通常立法手続き」では、まず欧州議会の第一読会で法案が審議され、閣僚理事会に修正案が提出される。閣僚理事会にて合意されない場合、欧州議会にて第二読会が開かれ、それでも欧州議会と閣僚理事会で合意に至らない場合は調停委員会が開催される。調停委員会でも合意されない場合は廃案となる。ただし、通常は非公式に閣僚理事会・欧州議会・欧州委員会の各代表が三者対話を行い、第一読会での合意を目指す努力がなされ、第一読会での立法成立件数は約80%に及ぶ。しかし、競争、域内規制共通化、間接税(付加価値税の最低税率等)、社会保障(EU域内の他国労働者の労働条件保障といった権利保護等)の分野では閣僚理事会でのみ審議・採択され、欧州議会は諮問的な役割しか与えられていない。さらに外交・安全保障の分野でも閣僚理事会のみが決定権限を有するなど、閣僚理事会の権限が上回っている。

altテキスト

EU人事はパズルゲーム

このようにEU政策を決定・遂行する上で大きな権限を保持するEU大統領や欧州委員(欧州委員長、EU外相を含む28名)のポストは、政策提案・決定プロセスに出身国、出身政党の意向を反映しやすくなるため非常に重要だ。このため、EU人事は、加盟各国(東⇔西、北⇔南)、政党(右派⇔左派)、さらにジェンダー(28名中9名が女性委員)のバランスが求められる難解なパズルゲームの様相を呈している。
まず、欧州委員長は欧州議会選挙の結果を「考慮して」、欧州理事会が指名を行うことが求められるため、5月の欧州議会選挙の結果、欧州人民党の代表であるユンケル氏が次期欧州委員長の有力候補となった。ユンケル氏は1995年から2013年までルクセンブルク首相を18年にわたって務め、その間、2005年1月から2013年1月までユーロ圏財務相会合議長を続けるなど、1999年のユーロ創設から欧州ソブリン債務危機に至るまでEUによる経済通貨統合政策に大きな影響力を発揮してきた。そのため、EUへの主権移譲に反発する英国(2015年の総選挙後の保守党政権続投を条件に、EU離脱を問う国民投票を2017年に実施する予定)は、ユンケル氏を連邦主義者と見なして強硬に反対した。しかし、6月27日の欧州理事会ではそれを押し切る形で賛成多数にてユンケル氏指名が決まり、7月15日の欧州議会にて承認され、大きなしこりが残ることになった。
次に注目されたのは、EUの外交・安全保障政策を指揮するEU外相をめぐる人事だ。2014年下期、閣僚理事会の議長国を務めるイタリアのレンツィ首相は、7月16日の欧州理事会にて女性であるモゲリーニ伊外相を強く推し、同じ中道左派政権にあるフランス等の支持を得たものの、同氏の政治・外交上の経験不足、ロシアへの穏健姿勢について、特にポーランド、バルト諸国から懸念の声があがったため、決定には至らなかった。そこでこの人事は8月30日の欧州理事会まで持ち越され、EU大統領として中道右派のトゥスク・ポーランド前首相とセットで提案された。EU内で最も対露強硬的なスタンスをとってきたポーランドよりトゥスク氏がEU大統領候補となったことでモゲリーニ氏に対する当初の批判の声が抑えられ、また非ユーロ圏であるポーランドからのEU大統領候補としてユンケル次期欧州委員長を牽制できると期待するキャメロン英首相からの支持もあったことで、次期EU大統領、同外相が共に満場一致で選任された。
欧州委員長とEU外相のほか、残る26名の欧州委員は、EU加盟各国が推薦する候補者リストのもと、ユンケル次期欧州委員長が9月10日に提案した。最終的には欧州議会の承認を得てのち11月1日に新体制が発足するが、例えば経済低迷に苦しみ、財政赤字の削減が進まないフランスはEUの財政目標(財政赤字のGDP比3%以下)の柔軟な適用を狙い、これを管轄する経済・通貨問題担当のポストを当初より要求していた。ドイツはこれに反対したと報道されたが、最終的にモスコビシ仏前財務相が同担当に指名された。もっとも、これまで厳しい財政規律を主張し続けてきた北欧フィンランド出身のカタイネン前首相が欧州委員会新副委員長としてモスコビシ氏を監督することにしたことで、ドイツは譲歩したといわれている。

新体制を待ち受ける3つの課題

ファンロンパイ現EU大統領(任期は2014年11月末)は8月30日の欧州理事会後の記者会見で、今後のEUの課題として、①経済停滞、②ロシア・ウクライナ問題、③EUでの英国のポジションの3つを挙げた。①について、4-6月のユーロ圏実質GDP成長率が前期比ゼロ成長となり、特にフランスは2四半期連続の同ゼロ成長、イタリアが2四半期連続の同マイナス成長に陥るなど、両国の経済低迷が顕著となっている。また、ユーロ圏の9月の消費者物価上昇率(速報値)は前年同月比0.3%まで低下するなど、デフレおよびユーロ圏の日本化リスクについて懸念されている。ユンケル次期欧州委員長は経済活性化や若年層の雇用創出に向けた総額3,000億ユーロの官民投資計画を提唱した。一方、現在、閣僚理事会の議長国であるイタリアのレンツィ首相はオランド仏大統領とともにEU財政目標の柔軟化を強く主張している。前述の欧州人事では経済・通貨問題担当としてモスコビシ氏が指名されたが、財政目標の堅持を主張するドイツはカタイネン新副委員長とともに、引き続きフランス、イタリアに対して財政健全化を求めていこう。さらに新体制下、欧州委員会は競争力低下が顕著なフランス、イタリアに対して労働市場改革などの構造改革への圧力を強めていくと予想される。
②ロシア・ウクライナ問題について、EU-ロシア間で互いに制裁措置を発動し、双方の経済活動への悪影響が懸念されるなか、トゥスク・ポーランド前首相が次期EU大統領に選ばれた。モゲリーニ次期EU外相とともに難しい舵取りを担うことになるが、ポーランド出身ではあるものの、これまでの経歴上、現実主義者と見なされるトゥスク前首相は、外交的にこの問題の解決を図っていくことの重要性についてもコメントしており、エスカレートする制裁合戦に歯止めをかけ、落としどころを探っていくものと思われる。
最後に、③のEUでの英国のポジションについて、トゥスク氏は8月30日の欧州理事会後の記者会見で、英国抜きのEUは想像できず、EU内でユーロ圏と非ユーロ圏が分離していくことは望まない旨、述べている。非ユーロ圏である自国ポーランドでもユーロ導入を求める声は少ないという事情を抱えるトゥスク氏は、EUへの権限移譲に反発する英国のキャメロン首相とのカウンターパートとして適任であり、英国をEU内にとどめるよう進めていくと期待される。
ファンロンパイ現EU大統領は前述の記者会見で、EUの課題としてさらなる統合深化に触れることはなかった。新体制下、まずは目下の危機対応に優先的に注力することが現実的であるが、EU統合推進派であり、かつ現実主義者でもあるトゥスク新EU大統領は、英国等の立場を尊重しつつも漸進的にEU統合深化を進めていくことになろう。

Information


レポート一覧に戻る