Main

株式会社三井物産戦略研究所

節目を迎えるインドネシア-2014年選挙と新政権の課題-

2014年3月20日


三井物産戦略研究所
アジア室
島戸治江


Main Contents

インドネシアは5年ぶりの節目の年を迎えた。2009年以来の総選挙は4月9日に投開票を控え、その結果が7月の大統領選挙を大きく左右する。現ユドヨノ大統領は三選禁止規定ゆえ出馬できず、もとより与党・民主党は汚職問題で支持率が急落しており、政権交代は必至だ。一方、内需主導で安定的に成長してきた経済も今、転機にある。2012年から13年にかけて経常赤字拡大、通貨下落、インフレに直面、背景にある構造的な問題が露呈した。2014年の選挙と新政権の課題を以下で見通す。

総選挙・大統領選挙の見通し

有権者約1億8,700万人がのぞむ、国民議会(560議席)、地方代表議会(132議席)、州議会(2,137議席)、県・市議会(17,560議席)の選挙が一斉に行われる。前回2009年の総選挙は38党が参加したが、参加要件を大幅に厳格化した結果、今回の参加政党は12党と大きく減少した。アチェ特別自治州では12党に加え地方政党3党が参加する。大統領選に立候補できるのは、総選挙で国民議会議席の20%(112議席)以上、もしくは得票率25%以上を獲得した政党ないし政党連合が推薦した者のみであることから、その要件を満たす正副大統領のペア組成をめぐり政党間で熾烈な駆け引きが展開される。
では総選挙はどういう争いとなるか。政党支持率の高い順から、闘争民主党(PDI-P)、ゴルカル党、グリンドラ党、民主党の4党を軸とした争いとなる見通しである。前回2009年総選挙で第1党となった民主党は幹部の汚職問題が相次ぎ支持率が急落、4位に転落した。一方、得票率3位だった野党・PDI-Pが支持を伸ばし首位に、8位にすぎなかった野党・グリンドラ党が3位となり、与野党逆転の形勢だ。この4党は、イデオロギー的にはイスラム政党に対する世俗主義政党として分類され、党としての主義主張はいずれも似通っている。選挙戦でも汚職撲滅、経済格差是正、国内産業保護などポピュリズム色の強い政策を打ち出し、違いはあまり見られないことから、有権者は党首個人の人となりなどから判断せざるを得ない。大統領選に出馬できるかは総選挙結果次第だが、逆に、大統領選に誰が出馬を表明しているかが、総選挙の結果を大きく左右することにもなる。
実際、PDI-Pが支持率を急速に伸ばしているのは、同党に所属するジャカルタ特別州のジョコ・ウィドド州知事(通称ジョコウィ)の人気による。ジョコウィは中部ソロ市の貧困層出身の実業家で、インドネシアのこれまでの政治エリートとは出自が大きく異なる。「庶民派」「誠実」「言動に一貫性がある」と表現される人柄に加え、ソロ市長やジャカルタ州知事として有能な仕事ぶりへの評価が高く、低所得者層の医療や教育の無償化、露天商撤去による渋滞解消、能力重視人事による公務員改革などで庶民の人気を集めている。
2014年1月に豪調査会社ロイ・モーガンが実施した世論調査では、大統領候補支持率の首位はジョコウィ(39%)で、2位はグリンドラ党のプラボウォ・スビアント党首(16%)、3位はゴルカル党のアブリザル・バクリー党首(12%)、4位はハヌラ党のウィラント党首(7%)、同率5位のゴルカル党のユスフ・カラ元副大統領、PDI-P党首のメガワティ・スカルノプトリ元大統領(5%)などを大きく引き離している。ジョコウィ支持の高まりが示すのは、国民が新しいタイプの指導者を待ち望んでいるということであり、対抗馬とされるプラボウォはじめ他の候補者はいずれも古くからいる従来タイプのエリート層出身の政治家だ。
3月16日からの選挙キャンペーン開始直前の14日、PDI-Pのメガワティ党首はついにジョコウィ氏を大統領候補に指名した。これにより、選挙戦は、PDI-Pがリードする形で進むことは確実だ。同時にPDI-Pは総選挙での得票率目標を27%と発表したが、複数の世論調査で、総選挙の前にジョコウィの出馬が明確になれば、PDI-Pは単独で正副大統領候補を擁立できる得票率25%を容易に上回ることができるとの見通しが出ており、この目標は達成可能であろう。
大統領選については、4月総選挙の結果が判明し、政党・候補者間の駆け引きが展開され、正副どういう組み合わせでどの政党から出馬するのかがはっきりするまでは予測は難しいが、「PDI-Pが総選挙で25%以上得票⇒連立もしくは単独で正副大統領候補を擁立⇒大統領選で圧勝⇒ジョコウィ大統領誕生」がメインシナリオだろう。PDI-Pは連立する場合の相手につき明言を避けているが、副大統領候補としては、ゴルカル党のユスフ・カラ元副大統領や民族覚醒党のモハマド・マフッド元憲法裁判所長官の名前が挙がっている。

経済変調の背景

2010年から12年にかけ内需主導で6%台の安定的な経済成長を遂げてきたインドネシアだが、2013年の実質GDP成長率は前年比5.8%増と4年ぶりに6%を下回った。民間消費は堅調な伸びを続けているが投資と輸出が鈍化した。2014年も同水準の成長にとどまる見通しだ。経済の変調は2011年に既に始まっていた。旺盛な内需を背景に輸入が増加する一方で、欧州危機に端を発した世界景気後退、中印市場の伸びの鈍化、国際商品価格下落に伴い、輸出は減少し、貿易収支が悪化した結果、経常収支が15年ぶりに赤字に転落した。その後拡大した経常赤字も、順調な資本流入でファイナンスされていれば問題なかった。
ところが、米国の金融緩和縮小観測が強まった2013年5月以降、新興国からの資本流出が加速するなか、インドネシアは国際収支の脆弱性ゆえに資本流出のターゲットとなった。証券市場からの流出が拡大し、通貨ルピアは売りにさらされ、2014年2月現在、1万1,700~1万2,200ルピアと5年ぶりの低水準にある。外貨準備高は2011年8月末に過去最高の1,246億ドルに達していたが、2013年7月末には927億ドル(輸入の5.8カ月相当)まで減少し、為替介入の余裕がなくなった。2012年に4.3%と低位安定していた消費者物価上昇率は、2013年は6月の補助金対象石油燃料の値上げに加え、通貨安の影響により、8.4%まで上昇した。「内需拡大⇒輸出を上回る輸入の伸び⇒経常赤字拡大⇒通貨下落⇒外準減少」というプロセスから抜け出すため、中央銀行は金融を引き締めて景気を減速させる政策をとった。2013年に政策金利を5回にわたり5.75%から7.5%へと引き上げ、その後据え置いている。
しかし、金融引き締めだけでは経常赤字の問題は解決しない。国際収支の悪化は産業構造の変化に起因する問題だからだ。政府主導の工業化を推進したスハルト政権期から一転し、2000年代、GDPに占める製造業の割合、輸出に占める工業製品の割合はともに低下した。一方で、石炭、天然ガス、パーム油、原油、天然ゴム・同製品の5大品目を中心とした資源輸出の割合が拡大し、全体の5割を占める。資源に依存した輸出構造は、資源需要と国際商品価格の変動の影響を受けやすいという点に加え、輸出する資源の大半は原料のまま、あるいは加工度が低いまま輸出されており、国内で付加価値を生まないという問題も抱えている。

新政権の課題

よりバランスのとれた強靭な輸出構造へと転換するには、製造業を再び振興し、工業製品輸出の促進、輸出品目の多様化、輸出市場の多角化、輸出の高付加価値化などを図る必要がある。また、エネルギー部門の構造変化も見逃せない。石油は、補助金による低価格政策とモータリゼーション到来に伴い内需が急速に伸びたのに対し、原油開発・精製設備への投資停滞により生産が追いつかず、ガソリン輸入が急増、貿易収支悪化の最大の要因だ。天然ガスも国内需給がひっ迫し輸出余力が低下しつつある。このため、エネルギー分野への投資促進や補助金政策の見直しが必要である。
政府は、2013年8月、10月、12月と緊急政策パッケージを発表した。具体的には、①輸入抑制策(輸入自動車、ブランド品の奢侈税引き上げ、バイオディーゼル含有比率引き上げによるガソリンの輸入抑制)、②輸出促進策(労働集約型輸出産業に対する優遇税制の拡充、輸出製品用の輸入原材料・部品に関する免税・手続き簡素化)、③投資促進策(投資許認可の簡素化、外資規制緩和のためのネガティブリスト改正、農業・鉱業・発電所・製錬所・インフラプロジェクトへの投資における障害の排除)などである。これらは緊急対策という名だが、むしろ中長期的な構造改革のための政策である。
また、2009年鉱物・石炭鉱業法に基づき2014年1月から実施された、ニッケル、ボーキサイト、スズなど未加工鉱石の輸出禁止策も、鉱物資源の国内加工を義務付けることで、長期的な輸出拡大・高付加価値化を目標としている。この政策は、製錬所の整備に巨額の投資と時間がかかると外資からの批判の的であり、日本政府はWTOに提訴する方針を固めたと報じられる。しかし、この政策を推進する大きな方向性は変わらないだろう。
ジョコウィが大統領になれば低所得者支援・社会福祉のために財政負担が増す、仮にプラボウォがなれば資源分野での保護主義が強まるなど懸念する見方もあるが、産業構造の改革を目指す現政権の政策は持続的な成長のために必要なものであり、誰が大統領になろうと基本的に踏襲されよう。外資政策についても同様で、製造業の振興、産業構造の高付加価値化に資する外資導入には積極的・開放的な姿勢が続くだろう。証券市場からの資本流出にさらされたインドネシア経済を支えたのは、直接投資の順調な流入である。2013年の対内直接投資実行額は前年比16.5%増の286億ドルで過去最高を更新した。有望な直接投資先としての魅力を維持するため、インフラ整備の促進や法制度運用の透明性の向上など投資環境改善のための努力が新政権にはより一層求められよう。
(3月17日記)

Information