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株式会社三井物産戦略研究所

中国の影響力拡大を反映する広域経済連携

2014年12月8日


三井物産戦略研究所
アジア室
新谷大輔


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国連やWTO(世界貿易機関)のようなグローバルワイドに多数の国・地域が参加する国際的な枠組みは、期待されるその機能を果たすことができないケースが少なくない。経済的なパワーを強くした新興国と欧米を中心とする先進国の相反する利益が衝突するケースが増えたためである。それを反映するかのように、より地域レベルでの経済圏を構築する動きが加速している。かつてはドイツやフランスが主導するEUや、米国が主導するNAFTA(北米自由貿易協定)など欧米が中心だったその枠組みは、今やアジアがその舞台である。東南アジア諸国による共同体であるASEANは2015年末に経済統合が予定され、そのASEANをめぐっては日中韓やインド、豪州・ニュージーランドなど周辺アジア諸国がいわゆる「ASEAN+1」と呼ばれるFTAを締結している。その構造を、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN+6(日中韓印豪NZ)という、より広域の枠組みとすべく、関係各国での議論が続いている。現在、交渉が行われているRCEP(東アジア地域包括的経済連携)がそれに当たる。また、インドを中心とする南アジア地域にはSAARC(南アジア地域協力連合)がある。いずれも、貿易投資の自由化を柱とする地域経済連携である。
そして、米国オバマ政権がそのアジア政策の軸に据えるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、11月10-11日に開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の中心議題となった、APEC加盟国による枠組みが想定されているFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)など、より広域の連携を模索する動きもある。実は、こうした多様な連携枠組みに直接的・間接的に強い影響力を発揮しているのが中国である(図表1)。

米中の覇権争い

それを如実に示すことになったのが、今回、中国・北京で開催されたAPEC首脳会議をめぐる米中間の駆け引きだろう。今や世界第2位の経済規模となった中国をめぐり、さまざまな国・地域が外交・経済両面における関係深化を目指し、会談を繰り広げた。中でも米国は景気回復の一方で、民主党が中間選挙で共和党に惨敗、オバマ大統領は残る任期の政権運営が一層難しくなるなか、レイムダック化を避けるべく、支持を回復させねばならない。また、APECが中国の独壇場と化し、米国の利益、極論すればオバマ大統領の利益を損ねる結果となることを避けなければならなかった。
その最大の争点が、FTAAPをめぐる攻防である。オバマ大統領が起死回生の一手として、早期の交渉妥結に導きたい経済外交戦略がTPPだが、米国がそれをグローバルな自由貿易戦略の柱に据えたいと考えるのに対し、その交渉に参加していない中国は、ASEAN+6の枠組みによるRCEPこそが重要と主張してきた。しかし、RCEPはあくまでアジア大洋州の経済連携である。TPPのように北米・南米までカバーしたものではない。そこで中国は今回の会議において議長国である立場を利用し、近い将来に創設が予定されるFTAAPを主要議題の一つに盛り込んだ。中国がFTAAPに言及することにこだわったのは、世界貿易のハブとなった自国が参加しないなかで、米国主導の新たな経済連携枠組みという「ルール」が構築されようとしていることへの危機感の表れとみるべきだろう。RCEP交渉を飛び越え、このタイミングでFTAAPを議題とすることで、今後の議論をリードしていきたいとの思惑がある1
これは当初、ASEAN+3の枠組みによる経済連携を目指した中国と、ASEAN+6での連携を主張した日本との間での駆け引きとも重なる。結局、その際は日本がTPPに参加を表明したことで、ASEAN+3のみによる連携だけではその存在自体の重要性が低下することを懸念した中国自身がASEAN+6の枠組みをRCEPとして推進することに方針転換した。アジアをめぐる日中の自由貿易圏争いが、今度はTPPとFTAAPという二つの構想をめぐる米中の思惑の衝突として、顕在化したといえる。米中間のアジアにおける覇権争いを如実に表す出来事ではないだろうか。

インフラをめぐる駆け引き

今回のAPECにおいては、3つのテーマ2が議論されたが、「地域経済統合」と並んで重要なテーマが「インフラ開発とコネクティビティ(連結性)」である。インフラの問題は、APECはもちろん、続けて開催されたASEAN首脳会議、G20においても主題として議論されたことからも明らかなように、新興国における巨大なインフラ需要の存在は、その開発をどのように進めるのか、また膨大な資金需要をどのように賄うのか、模索が続いている。
ここでも米中の駆け引き合戦が繰り広げられている。その背景にあるのが、中国主導によって設立されたAIIB(アジアインフラ投資銀行)である。AIIBはアジア地域のインフラ整備支援を目的とし、中国が主導する形で、21カ国が賛同の上、設立のための覚書が署名された3。しかし、インフラ需要の高いASEAN各国やインドが参加を表明する一方で、アジアにおける中国の影響力拡大を懸念する米国は参加せず、同盟国の日本や韓国、豪州に参加を見合わせるよう圧力をかけたともいわれている。
また、中国は2013年12月に北京で開催されたAPEC非公式会合において、「APEC連結性ブループリント4」の策定に向けての提案をインドネシアと共に行った。最終的に2014年11月の同閣僚会議で採択されたこのブループリントは、ASEANにおいて既に策定、実行されている連結性マスタープランに類似するもので、物理的な連結性(交通、ICTなどのハードインフラ整備)、制度面の連結性(税関、制度協力等)、人の連結性(研究者・労働者の移動円滑化等)の3点における連結を推進すると、その方向性が打ち出されている。APEC首脳会議では、10月の同財務大臣会合で採択された「PPP実施ロードマップ」と併せ、インフラ開発の課題となる金融面での官民連携を進めることが、首脳宣言に盛り込まれた。中国がこのブループリントの提案国の一つであることを鑑みれば、中国はAIIBをここでも連動させようとしていると考えることができる。

環インド洋経済圏と中印関係

太平洋を取り巻く国々によって構成されるAPECが、米中の強い関与によって、クローズアップされているが、もう一つのアジアの大国インドが軸となる、インド洋を取り囲む国々によって構成される経済枠組みも存在する。それが「IORA(環インド洋連合)」である。これもAPECなど他の枠組み同様、貿易活性化や経済統合を目的として1997年に設立された。とはいえ、日米のような大国の存在がないことが災いし、大きな成果はほとんどない。しかし、インドの台頭と、アフリカの「最後のフロンティア」としての注目が、この枠組みを動かし始めている。特に積極的なのがインドで、彼らは自国製品の輸出先としての中東・アフリカを視野に入れ、FTA締結ももくろむ。環インド洋経済圏の中心としてのインドを強くアピールしていこうとしている。
インドがなぜ、この枠組みに注目するのか。ここでも、中国に対する牽制の意味が大きい。第一に、歴史的に中東・東アフリカとの経済関係が強いインドだが、資源開発やインフラ整備を中心とした積極的な中国による投資がアフリカ市場における中国の存在感を強くしていることへの危機感である。第二に、この海域に中国が次々と整備を進める、港湾をつないだいわゆる「真珠の首飾り」(図表2)への警戒感がある。これらの港湾に対しては中国の軍港化への懸念さえあり、インドがこうした中国の動きを警戒するのは当然である。インドはAIIBの発起人国メンバーに名を連ね、習主席訪印時には多額の経済協力受け入れを約束するなど、中国との経済関係強化を進めている。その一方で、外交・安全保障面での警戒は怠っていない。IORAを活性化させ、FTAも目指すというのは、この枠組みには日米中といった超大国がなく、インドがその中心を担うことができる可能性があることも大きい。
中国の発言力は外交・経済両面において拡大し続けており、その影響はさまざまな場面に及んでいる。それを強く警戒する米国とインド。米中印の相互牽制する関係が二国間にとどまらず、広域経済連携の在り方にすら大きく作用している。


  1. 中国はFTAAPについて2025年を妥結目標とすることを狙ったが、最終的に2016年末までに共同研究を実施・報告することを盛り込むにとどまった。
  2. 「未来志向のアジア太平洋パートナーシップ」をメインテーマとし、「地域経済統合の進展」「イノベーションの発展と経済改革・成長の促進」「包括的な連結性およびインフラ開発の強化」の3点につき、議論が行われた。
  3. 設立は2015年を予定している。
  4. 正式名はAPEC Blueprint on Connectivity。

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