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株式会社三井物産戦略研究所

中国・三中全会が示す経済改革の方向性-カギとなる「市場化改革」の深化-

2013年12月16日


三井物産戦略研究所
アジア室
八ツ井琢磨


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中国共産党は2013年11月、第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)を開催した。三中全会は、5年に1度の共産党大会に続く一中全会(党人事を決定)、二中全会(政府人事を決定)の後の重要会議で、経済などの中長期的な政策方針を決定する。2012年11月の党大会後に発足した習近平政権にとって、今回の三中全会で採択した「改革の全面深化における若干の重大問題に関する決定」と題する文書は、2022年まで続く政権の基本方針となるものである。経済分野では、市場機能の強化を通じて経済活動の効率化を図る「市場化改革」を軸に包括的な改革方針を示した(図表)。本稿では、三中全会で示した経済分野の改革のうち、土地、金融、戸籍制度および国有企業に関する改革を取り上げ、改革の方針や背景、今後の見通しなどを論じる。

市場メカニズムに「決定的役割」

三中全会の決定のうち、経済改革の基本的な方向性を示したのが「資源配分で市場が決定的役割を担う」との言及である。市場機能に対する共産党の立場を振り返ると、鄧小平が主導した1978年の第11期三中全会で中国は改革・開放路線に踏み切り、計画経済の下で部分的に市場機能を導入する試みを進めた。江沢民政権下の1992年には「社会主義市場経済体制の確立」という目標を打ち出し、市場経済化の流れを加速させた。ただ市場機能に関する共産党の公式見解は過去20年近くにわたり「基礎的役割」にとどまっていた。今回、公式見解を「決定的役割」に改めたことは、市場化改革を一段と徹底する姿勢を示したことを意味する。三中全会では「政府による資源の直接配分を大幅に減らす」「市場で価格形成できるものは全て市場に任せる」との方針も盛り込み、市場化改革への意欲を示した。
習政権が市場化改革を重視する背景には、中国の生産年齢人口(15~64歳)が2015年ごろから減少に転じ、量的な投入拡大に頼った経済成長が曲がり角を迎えるなか、土地、資本、労働力といった生産要素の有効活用を妨げる制度のゆがみを解消し、生産性の改善を通じて持続的成長を目指す必要性が高まっていることがある。非効率な資源配分をもたらす制度としては、①地方政府の不公正な農地収用を許す土地制度、②国有企業に銀行融資が偏る金融制度、③農村から都市への移住を妨げる戸籍制度などが挙げられる。土地、金融、戸籍制度の改革は、こうしたゆがみを是正する取り組みである。

農村の土地取引規制を緩和へ

三中全会で示した土地制度改革の方針には、農村の建設用地に関するものと、農地に関するものがある。建設用地に関しては「都市と農村の統一的な建設用地市場を構築する」「農村集団経営の建設用地の譲渡、賃貸、出資を認め、国有の土地と同じ条件での市場取引、同一権利・同一価格を認める」との方針を示した。農地に関しては「農民に(農業)請負用地の占有、使用、収益、譲渡および請負経営権の抵当、担保の権利を認める」とした。また「農民にさらに多くの財産権を付与する」と明記した。中国の制度では、農村の土地は農民の集団所有という位置付けだが、農民の権利は弱く、わずかな補償金で地方政府に土地を収用されるケースも多い。土地収用が容易なため土地資源が浪費されたり、生産過剰業種に低価格で土地が提供されるなどの弊害も出ている。三中全会の土地制度改革は、農民の権利強化や土地取引規制の緩和を通じて農民の所得向上、土地利用の効率化、農地の集約化を図る狙いがある。
一方、土地収入は地方政府の重要な財源となっており、土地収用を制限すれば地方財政が悪化することも考えられる。これに対し三中全会では「地方税体系を改善する」「中央と地方の収入区分を調整する」としており、地方の歳入減につながる土地制度改革は、地方財政の健全化や地方政府債務の透明化などを目的とした税財政改革とセットで進めることになる。

金利、為替、資本取引の段階的自由化

三中全会は金融改革に関連し「人民元レートの市場化メカニズムの改善」「金利市場化の加速」「資本取引自由化の加速」などを挙げた。短期的には金利自由化の動きが注目される。現行の金利制度では当局の規制で銀行間の競争が進まず、国有企業に融資が偏る弊害が出ている。硬直した金利制度は、銀行を介さない不透明な金融取引「影の銀行(シャドーバンキング)」の拡大を招き、金融システムを不安定化している。これに対し中国人民銀行(中央銀行)は2013年7月に貸出金利の下限を撤廃し、10月にプライムレート(最優遇貸出金利)の公表を開始するなど、金利自由化に向けた取り組みを進めている。今後は三中全会でも言及した預金保険制度の構築や金融機関の破綻処理制度の整備を進め、預金金利の上限規制の緩和・撤廃などを進めていくとみられる。
人民元レートの市場化や資本取引の自由化は中期的な課題となる。当面は人民元対ドルレートの1日当たり許容変動幅(現在は基準値の上下1%)を広げたり、国内株式市場などへの投資を限定的に認める「適格外国人機関投資家(QFII)」の対象を拡大する措置を通じ、市場化改革を進めていくとみられる。金融改革をめぐっては、2013年9月に発足した「中国(上海)自由貿易試験区」の役割も注目される。上海自由貿易区の全体計画では「資本取引自由化、金利の市場化、人民元クロスボーダー利用などを先行実施できる」としており、一部の金融改革措置が全国に先駆けて上海自由貿易区で実施される可能性もある。

都市・農村一体化と労働力の有効活用

三中全会では都市と農村の一体的な発展を促すため、農村から都市への移住を妨げている戸籍制度の改革を加速する方針を示した。具体的には「小都市への移住制限を全面的に開放する」「都市の基本公共サービスを全ての常住人口をカバーするまで拡大する」「都市に移住した農民を都市の住宅・社会保障体系に完全に組み入れる」とした。戸籍改革には、都市と農村の不平等を是正するほか、農村労働力の有効活用を促す狙いもある。現行の戸籍制度では、農業戸籍の出稼ぎ労働者が都市で就労する場合、子女の教育や社会保障などで差別を受け、都市での定住が困難なケースが多い。一方、生産年齢人口が頭打ちとなるなか、都市部では労働力不足や賃金上昇が進んでおり、戸籍改革を通じて労働市場のゆがみを是正していくことは急務といえる。
戸籍改革と並び農村労働力の有効活用のカギとなるのが上述の土地制度改革である。中国では国内総生産(GDP)に占める第1次産業の比率は2012年で10%に低下したが、就業人口全体に占める第1次産業比率は34%と高い水準にある。土地制度改革により農民が土地を譲渡して都市に移住することなどが容易になれば、農地の集約化や農業の効率化が進み、農村から都市への労働力供給を拡大する効果が期待される。

国有企業改革は進むか?

三中全会では経済改革の核心的問題として「政府と市場の関係を適切に処理する」ことを挙げ、「資源配分で市場が決定的役割を担う」とした。この際に避けて通れないのが、政府と市場の領域が重なる場所で活動する国有企業の問題である。中国では経済全体に占める国有企業のシェアは低下しているが、金融、エネルギー、交通、通信などの業界では国有企業が支配的な地位を占め、非効率や腐敗を生んでいる。これに対し三中全会では、国有企業の投資事業に非国有企業の出資を認めるとしたほか、国有企業が独占的に経営に携わる業種で行政・企業機能を分離する方針や価格改革を進めていく方針を示した。
一方、三中全会の決定には「公有制の主体的な地位を堅持する」「国有経済(国有セクター)の主導的な作用を発揮する」「国有経済の活力、コントロール力、影響力を不断に強化する」といった市場化改革と矛盾するような内容も盛り込まれている。国有企業は共産党と一体化して既得権益層を構成しており、どこまで改革に踏み込めるかはなお不透明である。

習政権が三中全会で示した経済改革方針は、国有企業改革でやや踏み込みが足りないものの、土地、金融、戸籍制度の改革ではかなり明確な方向性を打ち出した。「資源配分で市場が決定的役割を担う」「2020年までに重要領域の改革で決定的な成果を上げる」などの言及からも、改革に意欲的な姿勢がうかがえる。一方、三中全会で「利益固定化の障害を突破していかなければならない」と指摘したように、既得権益層が改革の障害となることは共産党自身が認めている。三中全会で示した方向性に沿って2013年12月の中央経済工作会議、2014年3月の全国人民代表大会(全人代)などで政策方針をさらに具体化し、着実に実行していけるかどうかが今後の焦点となる。

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