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株式会社三井物産戦略研究所

「インドは米国と同盟を結ばない」東南アジア諸国や日本を介し米国と接近

2013年11月15日


三井物産戦略研究所
研究フェロー
鈴木通彦
略歴:1969年防衛大学校、1974年同研究科を卒業。陸上自衛隊入隊後、陸上幕僚監部教育訓練部長、第9師団長を歴任。2000年から三井物産戦略研究所研究主幹、ハーバード大学上席客員研究員などを経て、現職。


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米国の対中戦略とインド

米国は、21世紀になって、中国をヘッジ&インテグレートするため、日本、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシア、シンガポール、マレーシア、豪州、ミャンマー、インドを同盟国・友好国ラインとして構想した。フィリピン、シンガポール、豪州で予想通りの、ミャンマーでは予想以上の進展が見られ、ベトナムでも米国に対する抵抗感の少ない若い世代が増えたことで関係改善しつつある。これに対し、インド洋を制する意味で重視したいインドでは様相が異なる。
インドは、 長く非同盟中立政策を採ってきた。しかし、冷戦後期には、対中戦略から、事実上の同盟といわれるほどにソ連と接近し、非同盟中立は名目になった。逆に、欧米と距離を置いたことで、経済的繁栄が犠牲になったとの認識もインド国内に生まれた。
2000年代に入ると、繁栄と大国への願望から、米国との協調を望んだ。2000年3月のクリントン米大統領の訪印は、関係改善の契機になった。しかし、パートナーシップに対する認識の違いと戦略的自立願望ゆえに長続きせず、インド国内に過度な対米接近を否定する意見が出始めた。
非同盟中立は、底流に流れる思想だが、戦後の英国支配から脱するための、弱い大国としての非同盟中立と、近年の中国の圧力に抗しつつ軍事力を背景にしての戦略的自立には大きな違いがある。米国との距離感も、この微妙な対中バランスから生まれている。

揺れ動くインドの対米協調外交

「インドは米国と同盟を結ばない」。これは、2012年2月に発表された、軍事的、経済的に対米接近しつつあった2000年代のインドの外交方針を否定した、「非同盟2.0」政策提言書の象徴的な文言である。
提言書は、元外交官、退役軍人、学者、ジャーナリストら7人がまとめ、公表にシブシャンカール・メノン国家安全保障顧問を含む歴代の国家安全保障顧問全員が同席したことで、非公式文書ながら、政権に近い有力者の本音とみられている。
インド外交は、明確な国家戦略の下に進められるというよりも、緩やかな方針の下に、状況を踏まえた現実的な立場で進められる。公式文書の「2001-2002国防省年次報告書」が非同盟諸国や地域との協調を主張したと同じ2001年に、非公式の政策提言書「国家安全保障システムの改革」は、非同盟から対米接近への転換を主張し、現実の外交に反映させた。10年経ち、公式の「2009-2010外務省年次報告書」が自主外交を標榜し、「2011-2012国防省年次報告書」が多国間組織への参加とグローバルパートナーシップの深化(対米協調の意)を主張する一方で、非公式の「非同盟2.0」は、前述のように米国との同盟を否定した。そして、インドの対米外交も、同盟から遠ざかりつつある。
2000年のクリントン訪印は、米印協調の契機になったが、米国がアジア太平洋・インド洋を重視する政策でインドを重要な戦略パートナーに位置付け、インドも対中軍事戦略や経済連携から対米接近を是としたことで、この関係はさらに進展した。また、2008年の原子力協力合意が米印接近を加速させたが、国内世論の後押しで成立させた2010年のインドの原子力損害賠償法が水を差した。製造者責任を強く問うこの法律が米国のインドへの投資意欲を減退させたのである。イランに対する制裁協力という代償まで払ったインドに、この米国の姿勢は大きな不満を生んだ。
軍事装備品調達でも似た動きがあった。インド政府は2008年C-130J輸送機6機、2009年P-8A哨戒機8機、2011年C-17A輸送機10機と、米国からの調達や調達合意を立て続けに決めた。しかし、2011年、大型案件である多目的戦闘機126機の調達においては、その候補から、米ボーイング社のF/A-18E/Fおよび米ロッキード・マーチン社のF-16INを早期に除外し、技術移転を優先して欧州2機種に絞り込んだため、米国の不満が高まった。
これらのプロセスを通じ、インドには、外交と経済を絡めパートナーシップ強化を迫る米国の姿勢に不信感が芽生えた。

インドの国際情勢認識

「非同盟2.0」提言書は、国際情勢認識、特に米国および中国との関係を次のように述べる。
第一に、21世紀は、米中2超大国が存在するであろうが、ともに20世紀型フルスペクトルの世界支配はできない。
第二に、アジアは、ダイナミックな経済活動の場、制度的イノベーション発現の場、領土的競合と紛争の場、大国間競争の場、熾烈な海洋競争の場、イデオロギーをめぐる競争の場で、その多くに中国が関係している。
第三に、中印関係は、インドに不利な非対称型で、国境における軍事力規模と配備、経済面での貿易不均衡などがそれに当たる。一方、中国がインドとの関係を、日米関係同様にゼロサムゲームとして眺めるため、外交には中国を刺激しない注意深さが必要になる。
第四に、中国のインド洋進出が激しいので、インドは優位な海軍力を発展させ、中国を抑制しなければならない。このため、米海軍のアジア太平洋展開、日本の海上自衛隊の域内への派遣、インドネシア、豪州、ベトナムの海軍力強化が必要になる。
第五に、米国と軍事的に同盟しても、米中関係が改善されれば、領土問題などで中国の脅威が増した際に米国が対処してくれる保証はなくなる。逆に、印米関係の改善が、中国の敵意を高めるリスクも生まれる。
総じて、インドの対中脅威認識や恐怖心は強い。カシミールのラダックに国境紛争、アッサムを流れるブラマプトラ川に水資源問題があり、インド洋の「真珠の首飾り」戦略やパキスタンと関係強化を図る中国への警戒心も根強い。米国との過度な接近を厭う距離感は、このようななかでの、中国を刺激しない配慮である。

インドの安全保障政策

インドは、安全保障政策において以下の2点を重視している。
第一は、友好に基礎を置く非同盟政策。これは、米国、中国、ロシアとバランスよく関与するとともに、国際組織に積極関与し、インド洋諸国および多国間と組織作りを進めることで達成される。しかし、国際平和協力活動に積極参加し、多国間で成果を挙げてはいるが、身近なインド洋諸国との組織作りは、中国に比し劣勢で、成果を挙げているとはいい難い。
第二は、ルックイースト政策の安全保障への拡大。インドは、経済連携を1990年代から強化し、2000年の対米接近に併せ、東南アジア諸国と安全保障協力も進めた。9.11以降、米国の対テロ戦争を支持し、マラッカ海峡で武器、弾薬、燃料を積載する米船を護衛し、東南アジア諸国との協力の契機にした。結果、シンガポールは、インド艦艇のスンバワン港寄港を認め、インドネシアも、インドと海上警備協力をするようになった。
また、東南アジア諸国、特にベトナムとシンガポールは、中国の域内への進出を懸念し、インドへの期待を高めた。ベトナムとは、1980年代から訓練・装備協力を続けており、2007年の「戦略的パートナーシップに関する共同宣言」がこれを加速させた。南シナ海で共同資源開発も始めた。シンガポールとは、海軍に加え陸・空軍関係を拡大し、2003年の「防衛協力協定」に結びつけた。これにより、インドはF-16などの米装備に接し、シンガポールもインドで陸・空軍の訓練を始めた。シンガポールからは、各種兵器も輸出されるようになった。これらは、インドのマレーシア、タイ、インドネシアへの接近も促した。しかし、いずれも二国間関係にとどまり、ASEANとの包括的な関係強化には至っていない。

インドの新たな非同盟中立政策への日本の積極関与

インドの非同盟中立政策は、同盟をせず友好国を増やすことで大国とバランスしようとする政策である。同時に、時間をかけ、国力・軍事力を強化することで中国にキャッチアップし、協調も対抗も選択できる自由度の高い態勢を目指している。大国との関係も、同盟に近いロシアとの関係を戦略的パートナーシップ、対立の危険性をはらむ中国との関係を戦略的協力パートナーシップ、世界規模での協調が欠かせない米国との関係をグローバルパートナーシップというように微妙な表現で使い分けている。
インドは、海軍力で、対中優位を誇る。2013年、中国が空母「遼寧」を進水させたが、インドは軽空母「ヴィラート」を既に保有、2013年11月にロシア製の2隻目を納入、国産の3隻目も2014年に就役予定である。これは、中国を抑制する軍事戦略の柱である。国力を蓄え、自立性を損なわず、将来に備えることが、インドの国家目標である。対米関係も揺れ動くかのように見えるが、基本的には新たな非同盟中立政策の延長線にあると考えてよい。
インドは、対米関係強化ほどに中国を意識しなくて済む、日本との関係強化を期待している。中国に比べ劣勢なインド洋諸国との外交関係を補強する意味からも日本の存在は大きく、先進技術への関心も高い。米国との過度な接近を避ける知恵としての距離感が、逆に日本を橋渡し役に導くようだ。
日本も、似た立場の豪州とともに、インドとの関係を強化することで、対米同盟を補完し、アジアにおける多層的な安全保障メカニズムの構築へとつなぐことができる。それにより、ヘッジ&インテグレートという米国の構想に役割を果たすこともできる。その意味で、首相から当局者に至る各級の戦略対話、海賊対処やサイバーなどの国際協力を通じたインドとの関係強化は大いに推奨されるべきである。


  1. 中国を世界標準に統合し、自己中心的な行動をとらせないようにする米国の政策。

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