株式会社三井物産戦略研究所
インフラ管理高度化の動向と課題
2013年10月15日
三井物産戦略研究所
産業調査第二室
栗原誉志夫
Main Contents
インフラの老朽化が危惧されるなかで2012年12月2日に発生した中央道笹子トンネルの天井板崩落事故や2013年9月19日に発生したJR函館線の貨物列車脱線事故は、定期点検が行われていた施設であったことから維持管理の信頼性という新たな不安をも浮き彫りにした。逼迫する財政状況下で増大する老朽化インフラに対し、人手に頼っている従来の維持管理手法を高度化する必要がある。これに対応する技術開発・導入の動向、政策の方向性を含む今後の課題と展望を述べる。
インフラ管理の現状と高度化の必要性
内閣府の推計では、日本国内で公的機関(政府および公的企業)により整備された主要17部門1の社会資本ストックは2009年度時点で786兆円である。うち、道路が254兆円と3割強を占めて最も多く、次いで農林漁業99兆円、文教施設90兆円、下水道82兆円、治水65兆円などとなっている。高度経済成長期に集中的に整備されたインフラは老朽化が進み、建設後50年以上経過するインフラの割合は2012年から2032年の20年間で、道路橋(橋長2m以上)が16%から65%へ、河川管理施設が24%から62%へ、トンネルが18%から47%へ等々と予測されており、今後の維持管理・更新費の増大が見込まれている。内閣府が推計した社会資本ストックのうち、国土交通省所管の8部門2はおよそ499兆円となるが、これらの2011年度から50年間で必要となる更新費は190兆円と試算されている。
インフラ管理の現状を現場レベルで見ると、国道や高速道路の構造物(橋梁、トンネル、のり面など)では原則的に5年ごとの定期点検が行われており、その方法としては、近接目視(手が届く範囲まで近づいて見ること)とともに手作業による各種検査(テストハンマーによる打音検査等)を行っている。このような点検は多くの人手と作業時間を要する一方で、熟練した点検技術者が不足状態にあるとともに高齢化している。特に、市町村は土木部署に土木技術者が1人もいない場合も多く、また、維持修繕予算が乏しいため、点検が行われていない施設も多かった。今後、インフラの老朽化が進んで構造物の損傷が増加し、点検対象箇所や点検頻度が増加していく状況下、従来の方法だけでは予算や技術者の不足によって対応がますます困難となっていく。また、逼迫する財政状況下で膨大なインフラストックの維持管理・更新を効率的に行っていくためには、老朽化の実態を施設ごとに的確に把握して計画的にマネジメントしていくことが必要である。さらに、昨今、定期点検を行っていた施設において事故が発生していることから、維持管理の信頼性の向上が求められている。
このような背景から、国などのインフラ管理者においては、維持管理コストの縮減や維持管理の信頼性の向上を目的として、センサやICT等を活用したインフラ管理(点検・監視)の高度化を図ろうという機運が高まっている。
技術開発・導入の動向

上述のようなインフラ管理の現状等を踏まえると、センサやICT等を活用したインフラ管理高度化には次の3段階がある。
第1段階は、点検作業の省力化・効率化・信頼性向上である。人による目視点検を機械化やセンサの設置によって代替し、構造物の変位、ひずみ、振動などのデータを収集して作業の省力化、効率化を図る。また、目視では確認できない箇所の非破壊調査等を可能として信頼性を向上する。
東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)ではICTを活用した道路監視システム「夢シス」を開発した(図表)。橋梁、トンネル等の状況を検知するセンサと、センサからのデータを蓄積して無線送信する装置との組み合わせで監視し、閾値を超える異常があれば、そのセンサ付近を走行(最高速度80km/h)するパトロールカーに通報する。
第2段階は、常時監視(モニタリング)である。突発的に発生する不具合や災害等に対応するためには、定期点検の狭間を監視する必要がある。このため、センサと通信システムの設置によって構造物を常時監視し、平常時の異常を早期に把握することで事故を未然に防ぐとともに、災害時等の対応を迅速に行うことを可能とする。
国土交通省は、2013年2月に開通した東京ゲートブリッジ(全長2.6km)に橋梁モニタリングシステムを導入した。橋の要所にセンサを置き、データをリアルタイムに収集して異常を検知する。
第3段階は、「予防保全」の実施である。予防保全とは、モニタリングによって収集・蓄積したデータを分析して構造物の劣化を予測し、最適な時期に最小限のコストによる補修を行うことである。これによって構造物を延命化し、ライフサイクルコストを縮減する。予防保全の実施に必要となる定量的なデータの収集は、現行の目視等を中心とした管理方法からでは限界がある。そうしたなか、前述の東京ゲートブリッジでは、センサからの定量的なデータを蓄積して将来の予防保全にも活用しようとしている。しかし、収集・蓄積したデータと構造物の劣化具合を関連付ける分析技術については、データの蓄積も不足しており、今後のさらなる研究開発が必要とされている。
政策の方向性
インフラ管理の高度化は、製造業など他分野で開発されたセンサ技術やICTをインフラ分野へ活用した技術開発によって進展してきており、国、都道府県、高速道路会社などの比較的資金力・技術力のあるインフラ管理者において導入が進んでいる。今後の大きな課題は、市町村への導入・普及であろう。インフラ管理に市町村の果たす役割は大きく、例えば、上水道のほとんど、橋梁(2m以上、約70万橋)の68%、トンネル(約1万本)の23%が市町村の管理である。しかし、市町村は予算、人員ともに困窮しており、従来方法の維持管理すらできていないのが現状であって、自ら新たな投資をして高度化に動き出すことは難しい。国による指導と支援が必要である。
2013年6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」では、「安全で強靭なインフラが低コストで実現されている社会」を目指し、2030年までに国内の重要インフラ・老朽化インフラ全てについてセンサ、ロボット等を活用した高度で効率的なメンテナンスシステムを構築するとしている。そして、国が策定するインフラ長寿命化基本計画に基づき、自治体レベルに及ぶ行動計画を策定し、これに対して国が自治体の支援を継続的に行うとしている。それら施策の具体的な実施が期待される。
日本再興戦略では、国や自治体、高速道路会社などがおのおの管理する施設の維持管理情報等を一元化して共有・相互活用することによって、予防保全や維持管理レベル向上に資するための「社会資本情報プラットフォーム」の構築も明記している。2014年度から一部運用を開始し2015年度以降に本格運用する計画で、国土交通省は、このための予算を2014年度概算要求に計上している。しかし、インフラ管理者は、管理瑕疵の問題などから管理下の施設に関する維持管理情報を外部に出すことには消極的であるため、実現には困難も予想される。
インフラ管理の高度化には、いまだ多くの技術的課題、市町村などインフラ管理者の体制的な課題を残しているが、社会的な要請の下で政府も本腰を入れて取り組んでおり、産・官・学が連携した研究開発が進み、一部で導入も始まっている。また、PPP/PFIを活用した民間の技術・ノウハウの導入も推進されることになっており、普及が加速的に進む日が近いかもしれない。
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