株式会社三井物産戦略研究所
これからの米国経済の潮流と展望
2013年10月15日
三井物産戦略研究所
欧米室
片野修、和田龍太
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2008年9月のリーマンショックに端を発する金融危機から5年が経過した。米国経済には依然多くの課題が残されているが、大打撃を被った住宅市場が底入れしたことで、景気を下支えしてきた金融緩和策の縮小時期が政策論議の焦点となるなど、危機からの脱却過程は最終局面に入ったといえる。米国経済は今後もしばらくは緩やかな回復軌道をたどると予想されるが、同時にダイナミズムの復活を模索する局面に入っていくこととなろう。以下では米国経済を成長軌道に導く5つの潮流を概観する。
シェール革命がもたらす変化

米国で始まったシェール革命は、米国のエネルギー生産に大きな変化をもたらしている。まず天然ガスの生産は、シェールガス開発が本格化した2000年代半ばから増加し始めた。2005年の生産量は日量643億立方フィートだったが、これが2013年上半期時点で27.8%増の同822億立方フィートとなっている。一方原油は、シェール層由来のシェールオイルの生産が2000年代後半から伸び、増産により低下した天然ガス価格とは対照的に上昇した原油価格による利幅拡大も手伝って、天然ガスを上回る増勢を示すに至っている。その生産量はボトムだった2008年の日量500万バレルから、2013年上半期時点で44.2%増の同721万バレルとなっている(図表1)。
こうした変化を受けて、IEA(国際エネルギー機関)は、2012年11月、「米国はシェール革命によって2017年までに世界最大の石油・ガス産出国になり、2035年までにエネルギー輸入が不要になる」との予測を発表した。2012年の米国のエネルギー(石油・天然ガス)輸入額は計4,297億ドルだが、仮にこれがゼロになれば、4,404億ドル(GDP比2.7%)の赤字となっている経常収支はほぼ均衡することになる。
国内経済においては、シェールガス・オイルの開発・生産関連の設備投資増加が見込めるほか、エネルギーコストの低減でエネルギー多消費型産業(石油製品、石化、運輸など)がメリットを享受しよう。また、電力価格の低下も見込め、家計の実質購買力改善を通じた個人消費への好影響が期待できる。シェール革命は、今後の米国の経済成長に大きく貢献していこう。
イノベーションが経済成長の原動力に
イノベーションは、新規雇用を創出する経済成長の原動力として期待され、累次の政策提言においてその重要性がうたわれてきた。オバマ政権も2009年9月に「イノベーション戦略」を発表し(2011年2月に更新)、シェール革命の進展やIT技術の飛躍的進歩をベースに、クリーンエネルギー、バイオ・ナノテクノロジー、宇宙空間利用、医療技術、STEM(科学・技術・工学・数学)教育などでのイノベーション推進を図っている。米政府は、厳しい財政状況に鑑み2014年度の歳出予算(裁量的支出)を前年度比2.3%削減したが、研究開発予算は同1.4%増額し、イノベーションを重視する姿勢を打ち出している。
こうした政策に加え、エンジェル投資家(2012年の投資額229億ドル)やベンチャーキャピタル(VC、同269億ドル)によるイノベーション支援も注目される。VCから投資を受けた企業にはアップル、インテル、グーグルなど、米国のイノベーションを担う企業が名を連ねている。こうした企業の2010年時点での雇用者数は全米の11%、売上高は同10%を占め、また2008年から2010年にかけての売上高は1.6%増加し(全米全体では1.5%減少)、金融危機時でも成長トレンドは変わらなかった。
このように、イノベーションを政策・投資両面から支援する仕組みが備わっている点が、米国の強みだろう。
戦略的な通商政策を推進

オバマ政権は、2010年1月の一般教書演説で「2014年までに輸出を2009年比で2倍にする」と表明し、輸出拡大策「国家輸出イニシアチブ」を展開してきた。具体的な施策は、輸出企業への金融支援、貿易相手国に対する「自由で公正な市場アクセス確保」のための通商交渉が中心で、ドル安、シェール革命、相対賃金低下のメリットもあり、米国の輸出は、石油製品、輸送機械、高付加価値品である医薬品や精密機器において拡大している。2012年以降は輸出の増加ペースは鈍化してきたが、同年時点で2009年比38.6%増と、景気の牽引役となっている。
通商交渉については、2009年にTPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉への参加を表明し、日本の参加表明もあった2013年の交渉で、米国は主導的役割を果たしている。また同じ2013年に、EUとのTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)協定交渉を開始し、さらに自由貿易を推進する中南米諸国で構成される「太平洋同盟」へのオブザーバー参加も果たした。これら3つの枠組みに参加する国に対する輸出は全体の6割を占めている。
米国の積極的なFTA戦略の狙いは、輸出先である新興国の需要を輸出拡大に結び付けることだけでなく、多国間での通商・投資ルールの策定、中でもイノベーションの成果である知的財産権の保護ルールを米国が主導して策定することにあると考えられる(米国際貿易委員会は米国の知財権の侵害額が中国市場だけで計480億ドルと試算)。知財権が含まれる「特許等使用料」の受け取りは、米国のサービス収支黒字(図表2)の約4割を占める重要な黒字項目である。米国政府は輸出を拡大するだけでなく、サービス収支の黒字をも拡大すべく、通商政策を展開していくと予想される。
持続する人口増加と移民流入
国内に目を転じると、米国は先進国としては出生率が高く(2011年の特殊合計出生率2.08)、その人口は3億人を超えてなお年間0.7~0.8%程度(年平均250万人前後)で今後も増加していく(米商務省見通し)。米国の消費市場としてのポテンシャルは引き続き世界の企業・投資家を引きつけていこう。
また、米国の人口増加の背景にはコンスタントに流入する移民の存在もある(2005年以降毎年100万人以上が永住権を獲得)。移民は、低賃金で働く米国社会のマイノリティという一面があるが、中にはベンチャー企業の創業者となり、米国のイノベーションの原動力になる者も多い。シリコンバレーで起業する者の4割が移民との調査もある。
加えて、政府は移民制度改革を通じて専門職を対象とする査証「H-1Bビザ」の発給枠を拡大し(現在の6.5万人から11万人に拡大する法案が上院で可決)、高いスキルを持つ人材の流入を促進する構えだ。イノベーションを通じて米国にダイナミズムをもたらす移民への期待は大きい。
製造業復活への期待
近年、シェール革命によるエネルギー価格の低下や新興国との賃金格差の縮小によって製造業の国内回帰(Reshoring)が進みつつあり、製造業復活への期待が高まっている。製造業のGDP構成比は2009年の11.0%を底に3年連続で上昇するなど(2012年は11.9%)、米国の製造業には復活の兆しが出ている。
特に南部ではこうした動きが顕著であり、例えばテキサス州ではシェール開発・生産関連(化学、金属製品、一般機械)や自動車・電機の生産・雇用増加が景気回復の一因となっている。製造業の活動が好調な同州の雇用者数は、金融危機後のボトム(2009年第4四半期)から2013年第2四半期までに9.2%増加しており、同じ期間の全米平均同4.8%増を上回る推移を見せている(なお同期間でのテキサス州の雇用増加数は93.9万人で、全米50州で最大)。
米国の製造業労働者の時間当たり賃金(社会保障負担含む)は新興国と比較すれば依然として高水準ではあるものの、米国の製造業は、国内立地の利点(特に輸送コストやサプライチェーン)をも考慮しつつ、シェール革命やイノベーションの進展を基盤に生産・雇用拡大を模索していくものと考えられる。
以上の5つの潮流が米国経済の中長期的な成長を形作っていこう。米国の実質GDP成長率は、金融危機から底入れした2010~2012年は年平均2.1%と、2%台半ばと考えられる潜在成長率を下回って推移してきた。しかし、IMFは2014年から2018年までの米国の実質GDP成長率を年平均3.2%と予想している(World Economic Outlook:10月時点)。同じ期間の先進国の平均は同2.4%であり、今後は米国経済の力強さが鮮明となってこよう。
ただし、党派対立による政治の機能不全は成長を下振れさせるリスク要因だ。特に、オバマ大統領が主導した医療制度改革における民主・共和両党の政策理念の隔たりは大きく、近年の議会交渉難航の主因となっている。両党とも相互に不信感を蓄積しており、こうした状況が続けば、成長促進のための効果的な政策が打ちにくくなるリスクが高まろう。米国経済が再び順調な成長軌道に乗れるかは、このような政治リスクにいかに対処していくかが鍵となろう。