株式会社三井物産戦略研究所
米国の自動車販売好調は続くのか-サブプライムとVWの視点-
2015年12月7日
三井物産戦略研究所
北米・中南米室
安田佐和子
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米国の自動車販売が、好調を続けている。金融危機前の水準を回復しただけでなく、2015年9~10月はITバブルに沸いた2000年以来の高水準に達した。現状の勢いを保つかは成長エンジンでありつつ、信用力が低いサブプライム層の動向がカギを握る。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを開始すればローン金利上昇により需要を抑制しかねないが、自動車ローンの月額支払負担は住宅ローンと比較して軽い。自動車ローンを担保とした資産担保証券(ABS)の発行額も国内総生産(GDP)比で小規模にとどまるため、住宅向けサブプライムローンが金融危機の引き金を引いた2008年9月のような未曾有の事態は回避される見通しだ。足元で話題のフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正は環境問題の域を出ず、米自動車市場への影響は限定的だろう。
米自動車版サブプライム危機のリスクは低い


米10月新車販売台数は、前年同月比13.6%増の145万5,516台だった。年率換算では1,824万台とブルームバーグがまとめたアナリスト予想平均の1,770万台および前月の1,817万台を上回る。世界同時株安や景気減速懸念を乗り越え、増加を維持した。2カ月連続での1,800万台突破は、2000年以来となる(図表1)。
メーカー別では、米系や海外勢を問わず増加した。ゼネラル・モーターズ(GM)は、同15.9%増の26万2,993台で、3カ月連続で伸びている。フォードも同13.4%増の21万3,938台で、2004年以来で最高を達成。トヨタは同13.0%増の20万4,045台、ホンダも同8.6%増の13万1,651台と、ともに単月で過去最高を更新した。高級輸入車も堅調でメルセデス・ベンツは同6.1%増の3万1,337台、BMWも同4.0%増の2万6,608台となる。問題のVWについては後述するが、前年比割れを回避していた。
これまで新車販売台数が好調な背景は、①安定的な経済成長、②雇用の拡大、③ガソリン価格の下落、④低金利、が理由に挙げられる。中でも新車購入者のうち85%1が自動車ローンを利用するだけに、低金利の恩恵は大きい。本来ローンを組みにくい低所得者層にとって、新車購入が容易になるためだ。
足元の販売牽引役こそ、サブプライム層だ。同層の新規自動車ローン組成額が底打ちした2010年1-3月期と比較すると、2014年4-6月期に159億ドル増加していた(図表2)。中高所得者層に多いプライム層の119億ドル増、富裕層に多いスーパープライム層の79億ドル増を上回る。自動車ローン組成額全体に占めるサブプライム層の比率は35%に達し、2010年1-3月期の29%から上昇している。
新規の自動車ローン組成額の増加に伴い、自動車ローン残高も着実に伸びてきた。ニューヨーク連邦準備銀行が発表した家計債務のうち自動車ローン残高は2015年4-6月期に1兆100万ドルと、初めて1兆ドルの大台を突破した。残高の伸びは前年同期比11.1%増に達し、住宅ローンの0.2%増と比べその勢いは目覚ましい。
信用調査会社エクスペリアンの自動車部門が明らかにしたローン期間は、新規の貸出分が著しく長期化傾向にある。2015年4-6月期で平均67カ月と2014年同期の66カ月を超え過去最長を更新した。2015年4-6月期に長期化した背景には、73カ月~84カ月の比率が28.8%と2014年同期の23.8%を大幅に上回ったことがある。
ローン期間平均が延びるなか、自動車ローンを担保としたABSも増加中だ。2014年の発行額の総計は前年比3.3%増の220億ドル2と2006年以来の規模となる。ただ、金融危機を引き起こした住宅ローン担保証券(MBS)と比較すると非常に小さい。2006年のサブプライム関連のMBS発行高である4,486億ドル3とは桁違いだ。ローン残高の規模でも当時の住宅ローンが14.6兆ドル4、そのうちサブプライム層は1.3兆ドルでGDP比9%に上る一方、足元のサブプライム層の自動車ローン残高は、1,800億ドル程度にすぎない。
未払い率の低位安定も、危機への不安を後退させる。信用調査会社エクィファクスによると60日以上の延滞率は2015年4月時点で0.81%と10年ぶりの低水準だった。格付け会社ムーディーズが10月末、GMの金融子会社サンタンデール・コンシューマーUSAが2011年から2015年までの4年間に発行した自動車ローン担保のABSを格上げしたのもうなずける。
金融危機の最中、自動車ローンを担保としたABSは堅調なリターンを達成した実績もある。家を失っても、米国で移動の命綱となる自動車は手放せないためだ。ローン支払い負担も2015年4-6月期時点で月額394ドルと、住宅と比べて軽い。サブプライム危機再燃のリスクは、低いように見える。自動車を担保としたABSのリスクがMBSより低く、高リターンを約束するだけに投資家の人気を集めているのだろう。
金融危機のリスクこそ低い半面、FRBが利上げを開始すればローン金利が上昇しサブプライム層を中心に自動車需要は減速する見通しである。消費はGDPの7割を占め、自動車関連がモノの消費のうち11%を担う重要な構成要素なだけに、要注意だ。
VW排ガス不正、米国では販売台数より訴訟に注目
米国の新車販売動向を左右するもう一つの要因として、VWの排ガス不正が挙げられる。米環境保護局(EPA)が9月18日、VWによる排気ガス規制に対する不正を発表した影響で米国人のVWへの評価は低下した。自動車関連リサーチ会社オートパシフィックの調査では、自動車を有する米国人の4人に1人しかVWに対し「ポジティブ」と認識していない。排ガス不正が表面化する以前の4人中3人から悪化した。さらに、VWの不正行為を「大問題」とする回答は圧倒的多数の80%に及ぶ。
ただ、不正が発覚した同社のディーゼル車の販売が終了するとの回答は8%にすぎない。米国でのディーゼル車の市場シェアが低いことも背景として挙げられよう。2014年での米国のシェアは3%と、欧州での53%5と対照的だ。ディーゼル車の窒素酸化物(NOx)排出量がガソリン車の4倍で、厳格な規制を敷く米国での普及余地は限定的だったといえる。加えて、米国では軽油に優遇税を導入せずガソリン価格より手頃でもなく、ディーゼル車の普及を阻んできた。
VWにとっての救いは、同じリコールでもGMのイグニッション・スイッチ不具合、トヨタの急加速など安全性の問題より重要視されていない点だ。前出オートパシフィックの調査ではVW問題がGMより深刻との回答は44%、トヨタより重く見るとの回答も42%と半数以下にとどまっている。米国でVWの排ガス不正は環境問題の域を出ず、命に関わる安全問題と区別されていることが分かる。
VWの10月新車販売台数は、前年同月比0.2%増の3万387台と何とか増加を果たした。VWグループとしての米国での市場シェアは10月に3.6%と前年同月の3.8%と大差なくランキングでは8位を維持している。9月と10月の米新車販売台数でVWが前年割れを回避した要因は価格で、販売価格が前年同月比で0.1%、10月分も1.6%それぞれ下落していた。全体での新車平均販売価格が9月に同2.0%上昇、10月も同1.4%上昇だったことと対照的で、値下げでテコ入れした格好だ。
不正発覚後もVWの売り上げは低迷していないが、訴訟の国で法的責任からは逃れられそうもない。2009年以降に販売されたVWとアウディ、約48万2,000台を対象に集団訴訟が持ち上がっている。VWは不正問題の対象が全世界で約1,100万台と発表し、2015年7-9月期に引き当てた65億ユーロの特別損失に加え、莫大な法務費用負担を余儀なくされよう。NOxに続いて二酸化炭素(CO2)排出量に関する不正が発覚した後は、将来の業績やキャッシュフローへの悪影響を鑑み、ムーディーズは2015年11月4日、VWの格付けを1段階引き下げ「A3」とし、見通しも「ネガティブ」に設定した。社債での資金調達も、以前より厳しい道のりとなり得る。VWの2014年度の純利益が108.5億ユーロであるだけに、排ガス不正は同社の業績に甚大な打撃を与える見通しだ。ただ米国内自動車販売動向に悪影響を及ぼす可能性は低い。
米新車販売台数を占う上で最重要の要因は、やはり米国の金利動向とそれに伴う融資動向の変化だろう。FRBがゼロ金利からの脱却を目指すなか、銀行など貸手が現状どおりサブプライム層への貸し出しを積極化させるとは考えにくい。FRBが発表した上級融資担当者調査でも、2015年10月発表分では68行中6行が「家計向け貸出基準を幾分、厳格化した」と回答し、前年同期の76行中ゼロから増加していた。米銀大手ウェルズ・ファーゴは2015年春、サブプライム層への融資上限を全体の10%に設定6したという。利上げ局面では、サブプライム層が販売台数を押し下げ得る。
- エクスペリアン「State of the Automotive Finance Market Second Quarter 2015」
- キャピタル・ワン「Q1 2015 ABS MARKET RECAP」
- ニューヨーク連邦準備銀行「Understanding the Securitization of Subprime Mortgage Credit」
- Federal Reserve Bank of St.Louis
- オックスフォード・アナリティカ調べ
- New York Times