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株式会社三井物産戦略研究所

中国の少子高齢化問題と高まる改革加速圧力

2016年3月7日


三井物産戦略研究所
アジア・中国・大洋州室
岸田英明


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中国政府は2016年1月、1979年に始まった「1人っ子政策」を全廃し、「2人っ子政策」へと政策転換した。これにより、全ての夫婦が罰則なしに第2子を出産できるようになった。「毎年の出生数が平均で300万人増える」との当局の皮算用が示すとおり、今回の政策転換は人道的配慮というよりは、少子高齢化対策の側面が強い。2014年の中国の高齢化率(65歳以上人口比)は9.12%(67位/195カ国:世銀)であるが、進行速度が速く、国連推計によると、2035年に高齢化率が21%を超える「超高齢社会」を迎える見通しだ。

人口ボーナスのピークアウト

中国の合計特殊出生率1は2013年に1.67人(156位/199カ国:世銀)まで低下している。高齢化率は2001年に「高齢化社会」の基準とされる7%を超え、足元では10%に迫っている。少子高齢化の進行を受け、生産年齢人口(15~64歳)は2013年の10億500万人をピークに減少が始まっている。既存の先進国は、生産年齢人口が減少を始める頃には都市化や産業構造転換を十分に進め、1人当たりGDP2万~3万ドル超の高所得国化を果たしていた。一方中国はなお都市化率50%台半ば、1人当たりGDP8,000ドル超の中所得国であり、成長減速が鮮明化するなかで、かねて懸念されていた「未富先老(豊かになる前に老いる)」のリスクが高まっている。
図表1は各国の従属人口(14歳以下+65歳以上)に対する生産年齢人口の比率の変化である。この数字は生産年齢人口の増加速度が人口全体の増加速度を上回る局面で上昇し、2倍を超えると、人口構造が経済成長にとってプラスに働く「人口ボーナス」期が始まる。その後、高齢化などの要因で下降を始め、比率が2倍を割り込むと「人口オーナス」期に入る。中国の人口ボーナスは2030年過ぎまで続く見通しだが、比率は2010年にピークアウトし、急落局面に入っている。足元では第2次国共内戦(1946-1950年)後のベビーブーム世代の従属人口化が始まっている。中国の人口ボーナスのピークアウトは韓国よりも早い。またインドが2020年代にようやく人口ボーナス期に入っていく点も目を引く。
図表2は主要国の人口の平均年齢と1人当たりGDP(PPP:購買力平価ベース)の相関図である。国家を1人の人間に例えるならば、中国(36.9歳)はインド(26.6歳)より10歳も年長であり、壮年の域に入っている。米国(38.0歳)や1990年の日本(37.4歳)とほぼ同じ年齢だが、年収に相当する1人当たりGDPは米日の24%、69%の水準にとどまる。一方北京だけを取り出して見た場合、1990年の日本の148%の水準にある。このような国内格差の大きさは、中国を「中所得国の罠」に陥らせるリスクファクターとなる。壮年からそろそろ中年が視野に入ろうとするなか、人口ボーナスのピークアウトと国内格差という足枷をはめられた状態で、所得を倍増させよう2としているのが現在の中国だといえる。以下、こうした人口構造変化が中国の各セクターに及ぼしている、また将来及ぼす可能性のある影響について検討する。

定年延長は「男女とも65歳」が軸に

中国の年金制度は3階建て構造であるが、公的年金(1階部分)以外の加入者は極めて少ない(図表3)。その公的年金の中心である企業就労者年金の収支は年々悪化しており、2015年にはネットの収支(予算ベース)がついに赤字転落した。保険料収入1兆9,556億元(前年比+4.4%)に対し、支出が2兆2,581億元(同+14.1%)と大きく伸びたためで、3,025億元の赤字を計上した。ここに3,671億元の財政補助が加わるため、グロスの収支は黒字を維持したが、財政補助は2006年(1,157億元)と比べ、3倍以上に増えている。企業就労者年金の受給者は近年、毎年500万人超のペースで増えており、2016年も10%の支給増(受給者1人当たり平均)が行われたことから、大幅な支出増となる見通しだ。中国の公的年金制度における収支ギャップの拡大は地方、中央政府財政を圧迫しており、年金制度改革を加速させる圧力となっている。
その改革の柱となるのが定年の延長だ。「第13次5カ年計画(2016-20年)」中の実施が決まっている。中国の定年は男性60歳、女性50歳(幹部は55歳)で1950年代から変わっていない。当時40歳代だった中国人の平均寿命は2013年時点で、75.3歳まで延びている。定年延長は極めて国民受けの悪い改革であるが、もはや政権に選択の余地はなくなっている。具体案として社会科学院が2015年12月に以下の提案を行っている。2017年に女性の定年を55歳に統一した後、2018年から女性の定年を3年ごとに1歳ずつ、男性の定年を6年ごとに1歳ずつ引き上げ、2045年までに男女とも65歳とする。一方他機関の研究者からは2030年までに男女とも65歳に引き上げる案が出されている。どのような形に定まるにせよ、定年延長は企業の財務・雇用計画のほか、働く中高年女性の増加など、中国人のライフスタイル全般に大きな影響を及ぼすだろう。

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「2人っ子政策」の強化と「1人っ子政策」の後始末

一方で高齢化をペースダウンさせようという試みが冒頭で示した「2人っ子政策」だ。国家衛生計画出産委員会(計画委)は「平均で毎年300万人、最大で600万人出生数が増える」と予測している。2015年に1,655万人だった出生数が2,000万人台を回復する計算だ。だが今後、強力な子育て支援策でも打ち出されない限り、これが実現する可能性は低い3。計画委は予測を大きく外した前例がある。今回の全面的な「2人っ子政策」実施に先立ち、2014年に「夫婦どちらかが1人っ子の家庭」に第2子出産を認める措置を取った際、計画委は年間出生数増を「200万人前後」と予測した。しかし対象夫婦による2015年上半期の第2子出産事前許可申請は46万件余りにとどまった。中国の各機関の調査によると、第2子出産の意欲は大都市の夫婦ほど低く、「教育費や結婚準備費用の負担」が主な理由として挙げられている。「2人っ子政策」への追加支援の検討が求められる一方で、中国政府には長年の「1人っ子政策」によって生じた社会問題への対応も求められている。100万組以上と推計される「失独(1人っ子を事故や病気で失った)夫婦」や政府見解で1,300万人とされる「黒孩子(ヘイハイズ=無戸籍者)」、また1.19対1という世界最大の男女人口差(2012年の新生児男女比:世銀推計)などの問題のケアを怠れば、政権批判や社会不安の増大といったリスクを高めることになろう。

政治・社会改革の圧力にも

少子高齢化は年金以外の経済改革も加速させる圧力となる。中国の改革は総じて速度が遅い。特に国有企業の市場化推進など、共産党の権益を減じかねない改革に対しては慎重な姿勢が目立つ。しかし今後、政権内部に「人口構造変化が成長下振れに作用している」との認識が広がっていけば、国有企業改革をはじめ、外資規制の緩和や知財保護の強化など、経済生産性の向上に向けた諸改革を加速せざるを得なくなるだろう。
最後に、少し長いスパンで見る必要はあるが、少子高齢化は中国の政治・社会制度の改革も促す可能性がある。中国には戸籍による教育機会の制限や富の再分配を妨げる税制など、「持たざるもの」にとっては理不尽で不平等なルールが厳然として残っている。急速な人口ボーナス縮小が見込まれるなかで中国経済が急失速を回避するためには、製造業の高度化と高付加価値サービス業の振興が不可欠であり、これらの産業を担う十分な数の人材と、より自由で平等な競争環境が必要となる。そうした人材が地方や農村の「普通の家庭」からも多数出てくるようにならなければ、中国が格差縮小を進め、目標とする「イノベーション主導、消費主導の成長モデル」を確立させることは難しい。中国政府は機会の平等と富の再分配を保障すべく、今後どこかのタイミングで、全国民一律の戸籍制度の導入や全国一律の相続税導入といった踏み込んだ改革を求められるようになろう。またそうした局面で予想される既得権益層の激しい反発をしのぐため、一定レベルでの政策決定プロセスの透明性向上や「報道の自由」容認などを通じて、民意を改革の推進力として活かすためのメカニズム作りが進むシナリオも想定される。


  1. 1人の女性が生涯に何人の子供を産むかを表す指標で、15~49歳の女性の年齢別出生率を合計したもの。
  2. 胡錦濤前主席が宣言し、習近平政権が引き継いだ目標で、2020年のGDPと国民1 人当たり所得を2010年比で倍増させるというもの。
  3. 2016年に限っては、中国で子供を産む年として人気の高い申年に当たることから、人気のない未年(2015年)の反動もあり、出生数が大きく伸びる可能性がある。

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