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株式会社三井物産戦略研究所

第3次ギリシャ支援とGREXITの行方

2015年10月7日


三井物産戦略研究所
欧州・ロシア室
犬塚陽介


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紆余曲折を重ねたギリシャ支援交渉は8月14日、ギリシャ政府が緊縮財政や税制改革を実行することなどを条件にユーロ圏が3年間で最大860億ユーロを融資する第3次支援で合意し、ギリシャのユーロ圏離脱(GREXIT)は土壇場で、ひとまず回避された。2015年1月の総選挙に勝利した与党SYRIZAのチプラス政権は、反緊縮と債務減免を求めて債権者側(欧州委員会、ECB=欧州中央銀行、IMF)と対立してきたが、ドイツが示した「ギリシャの一時的なユーロ圏離脱も排除しない」との強硬姿勢に最後は屈服を余儀なくされた。GREXIT懸念から一時は19%台に達したギリシャ10年債利回りも直近では1桁台で推移するなど、ギリシャ危機は小康状態を保っているが、それでも危機再燃の懸念はくすぶる。本稿では第3次支援の合意内容を整理し、支援期限となる3年以内に浮上しかねない諸問題を考察した上で、ギリシャ危機の今後を展望したい。

第3次支援の概要

第3次支援はユーロ圏の救済機関「ESM(欧州安定メカニズム)」を通じて、ギリシャに3年間で総額820億~860億ユーロを拠出する。ギリシャは構造改革の実行を義務付けられており、進捗状況の確認を債権者側に受けながら、段階的に融資を手にする(図表1)。

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既にギリシャ政府は年金制度改革や付加価値税(VAT)増税などに関する法制化の一部を終え、計130億ユーロの「つなぎ融資」を受け取った。10月中に新たに130億ユーロが拠出される予定で、このうち100億ユーロはギリシャの国内銀行の資本増強に充てられる。ギリシャ政府は合意に従い、基礎的財政収支を2015年にGDP比でマイナス0.25%まで削減し、16年にはプラス0.5%に黒字化、17年に同1.75%、18年に同3.5%まで黒字幅を拡大することが義務付けられた。
ギリシャ側の改革遂行能力を疑問視する債権者側は、基礎的財政収支の黒字化が未達にならないよう、危険水域に達した場合には自動的に歳出を削減する法案も成立させる念の入れようを見せた。500億ユーロ規模の国有資産をEUの監督下で民営化基金に移して売却、250億ユーロ分を国内銀行に資本注入し、残りの250億ユーロを債務返済と国内向けの投資に等分して充当することも決まった。

ギリシャ危機が深刻化した背景

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ギリシャ危機がここまで長期化、深刻化することになった背景には、ギリシャの政府債務残高の際立った高さ(図表2)と産業基盤の脆弱性による「稼ぐ力」の乏しさがある。同じく債権者側の支援を受けたアイルランドとポルトガル、スペインの支援が2014年5月までに終了し、キプロスも2016年第1四半期で終了予定であることを考えれば、いまだに終局の兆しさえ見えないギリシャ危機の特異性は際立つ。
IMFによると、支援を受けた他の4カ国の一般政府総債務残高が支援の初期段階でGDP比80~110%台だったのに対し、ギリシャは第1次支援の始まった2010年の時点で145%に達していた。初期段階での巨額の債務が足かせとなり、その後も借金を借金で穴埋めする事実上の自転車操業で経済状況は悪化したが、それでも債権者側は緊縮による財政規律の立て直しと構造改革を強制した。観光業以外に主力となる産業が乏しいなか、ギリシャの経済規模はますます縮小する悪循環に陥り、この5年でギリシャのGDPは25%縮小、失業率も25%に高止まりしている。あまりにも緊縮に重きを置きすぎた債権者側の政策判断の誤りが、ギリシャ危機をより深刻化させたことは否めない。

3年以内にギリシャ危機再燃も

だが、今回の第3次支援もこれまでと同様、緊縮による歳出削減と税制改革による歳入増など財政規律の健全化に重きが置かれており、ギリシャ経済の好転を促す要素には乏しいのが実情だ。ギリシャ経済は6月29日に導入された資本規制の影響で消費や輸出入の落ち込みが激しく、欧州委員会は前年比2.5%とみていた2015年の実質GDP成長率を同0.5%に下方修正した。2016年はマイナス成長に陥る可能性が高い。
景気が後退局面に陥るなか、第3次支援で実行される生鮮食品など日用品のVAT増税、船舶や農家への優遇税制の廃止などが追い打ちをかけ、内需の足を引っ張るのも確実視されている。基礎的財政収支の目標が未達となる恐れが高まれば、自動的に歳出削減が発動され、さらに経済規模が縮小する悪循環に陥りかねない。
景気刺激策として、2015年からの2年間で総額3,150億ユーロを投資する欧州戦略投資基金(EFSI)をギリシャで活用する構想もあるが、いまだに計画の域を出ず、その実現性には疑問符が付く。約250億ユーロを投資にあてがう総額500億ユーロ規模の国有資産売却も楽観的に過ぎ、売却額は最大限に見積もっても200億ユーロ程度との見方もある。現状では、第3次支援でもギリシャを自律的な経済成長に導く明るい材料はほとんどなく、ギリシャ危機は支援期限となる3年を待たずに再燃する蓋然性は相当高いと言わざるを得ない。

債務再編で債権者間に不協和音

では、今後のギリシャ情勢は、どこに向かうのか。その将来像を見極める上で、まず注目されるのは、ギリシャの政治動向だ。9月20日に実施されたギリシャ総選挙では与党SYRIZAが勝利し、ANELとの連立を維持して第2次チプラス政権が発足した。チプラス首相は支援合意の遂行を公約しており、与党の大半も緊縮容認派であることから、当面は第3次支援の合意履行を継続していくことが見込まれる。
しかし、経済が景気後退局面にあるなか、緊縮強化などで国民生活がさらに圧迫されれば、世論が再び先鋭化し、反緊縮派が息を吹き返して政局が流動化する懸念は拭えない。この期に及んで支援条件の遂行が滞るようなら、ギリシャ支援に懐疑的なドイツを中心に支援中止論に拍車がかかり、GREXITの議論が勢いを増すことも避けられない。ギリシャ危機の最大のリスク要因となろう。
債務再編や対ギリシャ政策をめぐる債権者間の不協和音も懸念材料の一つだ。IMFは7月14日に公表したギリシャに関するDSA(債務持続性分析)で、ギリシャの政府債務は今後2年でGDP比200%に膨れ上がり、IMFが債務の持続可能性の目安とする110%を大幅に上回ると指摘した。既にギリシャ債務は「独力では持続不可能」なレベルに達しており、EUが保有する債務の返済期間を約30年延長することが必要なほか、債務の元本削減も選択肢の一つと主張する。IMFは10月以降に実施する債務再編協議の結果を見るまで、第3次支援に参加するかどうかの決断を留保している。
しかし、国民の5割以上がギリシャ支援に反対するドイツのメルケル政権は、債務の肩代わりになりかねない元本削減を実施することで、世論の反発を招く事態を警戒しており、元本削減は問題外と一蹴している。他国も元本削減には慎重で、債務再編協議でも債務返済期間の延長や金利減免などの提案にとどまる可能性が高い。第1次、第2次支援で協調してきたパートナーであり、大幅な債務再編の必要性を強調するIMFと妥協点を見いだせるのかは、予断を許さない。
第3次支援の交渉過程では、一時的なGREXITの可能性にまで踏み込んだドイツの高飛車な対応に、ギリシャへの融和姿勢を見せたフランスやイタリアが反発を強めるなど、ユーロ圏を牽引する大国間のきしみも顕在化した。財政規律を重視するドイツと景気刺激策の必要性も念頭に置くフランスやイタリアが、意見の隔たりにどう折り合いをつけていくのかは、今後のEUの結束を占う上でも注目される。

一時的なGREXIT、本格検討も

一方、これまで見てきたように、短期間でのギリシャ経済の自律的な再生は考えにくいことから、中期的に予想される債権者側の対応策として①新たな条件での支援の模索、②政治、経済情勢から支援継続が困難になることでのGREXITが考えられる。
とりわけ、ドイツが言及したギリシャをEUにとどまらせた上で、一時的にユーロ圏を離脱させる手法は、ロシアをにらんだギリシャの地政学的な重要性を考慮すれば、有力な選択肢の一つとなり得る。経済回復が見込めず、大幅な債務削減も期待できない現状では、新通貨導入に伴う高インフレなどの経済的な混乱は避けられないにしても、ギリシャが自尊心を保ちながら、自主的に財政再建に取り組め、同時にEUの枠組みにもとどまれるドイツ案の有効性は高いように思われる。
現時点でユーロ圏の離脱規定はないことから、関係国はEU条約の改定も視野に秩序だったGREXITの詳細を練り上げていくことになる。もし再びギリシャ国民に緊縮疲れが広がり、ギリシャ危機が再来すれば、今度こそ一時的なGREXITが実現性のある選択肢として語られるだろう。
ただし、タブー視されてきた「ユーロ離脱」を可能にする前例が作られてハードルが下がれば、通貨統合の根底にあった「ユーロの不可逆性」が棄損され、経済・政治情勢次第ではポルトガルやスペインなどもギリシャに追随するユーロ圏からの「離脱リスク」が高まる。統合を牽引するドイツやフランスなどは、そもそも財政を粉飾してユーロ圏に加盟したギリシャを“特殊事例”と位置付け、新たな離脱者を出さぬよう結束の強化に全力を挙げるだろう。だが、仮に追随国が現れ、ユーロ圏構想が失敗するようなことがあれば、前進を続けてきたEU統合が初めて後退の危機に直面する。EU統合という実験は、大きな正念場を迎えることになる。

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