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株式会社三井物産戦略研究所

中国産業用ロボットの行方

2016年3月7日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
藤代康一


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中国製造業で産業用ロボット導入の勢いが増している。導入拡大を受けて、産業用ロボット業界への新規参入も増加している。中国政府は、人件費の上昇や労働力不足を背景として、これまでの安価な労働力を梃子にした製造業から、生産性の向上による新たな成長モデルへの転換を目指しており、その方策の一つとして、産業用ロボットの導入とロボット産業の育成を図っている。

中国産業用ロボット市場の動き

中国の産業用ロボットの新規導入台数は、2012年の2.2万台から2014年には5.7万台に増加した(図表1)。この間、世界に占める中国市場の比率は、約17%から25%へと拡大し、安価で豊富な労働力を背景に「世界の工場」といわれる地位を築いた中国でロボットの導入が大きく進んでいることを示している。
中国での産業用ロボットのユーザー構成を見ると、自動車産業向けが4割を占めている。世界最大の自動車生産国である中国では、外資系自動車メーカーの合弁企業を中心に大規模な自動車組み立て工場が数多く操業しており、そうした工場では、車体溶接や塗装で大型ロボットが多数使われている。この点は、日米欧の先進国と同様である。自動車産業に次いで大きなロボットユーザーは電気・電子産業である。2012年から2014年の新規導入台数の伸び率を見ると、自動車産業向けが約2倍であったのに対し、電気・電子産業向けは約5倍に伸長した。この高成長は中国で生産が急激に伸びたスマートフォンや家電製造向けが主因で、大手メーカーやEMS(電子機器受託製造サービス)が大量にロボットを導入したことによるものである。中国におけるロボットの導入率はいまだ低い一方、製造業の生産規模が大きいため、潜在的な市場は非常に大きいと考えられる。
産業用ロボットの導入が進んでいる背景として、一つ目には、経済発展に伴い、賃金上昇と労働力不足が続いていることがある。特に沿海部において顕著で、製造業が集積する広東省深圳市の賃金は10年前の3~4倍に上昇して(図表2)安価な労働力に頼る事業モデルが成り立たなくなっており、ロボットによる労働力の代替が進み始めている。
二つ目には、中国製造業の品質向上の課題がある。これまでの人海戦術に頼った製造工程中心では品質が安定しなかった。人件費等製造コストが上昇した現在は、より高品質の製品を安定的に製造する必要があり、そのためにロボットの導入が進められている。また、例えば、顧客から不良率の削減を求められた場合、ロボット導入によって改善計画を示せば、顧客の納得を得やすい。EMS業界では、中国国内での競争が非常に激しくなってきているなかで、ロボットを導入することが顧客から仕事を得る上で重要なアピールになっている。

ロボット産業の育成を強化する中国政府

こうした流れを国も支援している。安価な労働力への依存から脱却し、国内の製造業を高度化して国外への流失を防ぐことを目的として、中国政府は2013年末に中国工業信息化部から「産業用ロボット産業の発展促進に関する指導意見」を発表した。2020年には、国際市場で競争力を持つ3~5社のリーダー企業を育成することを目指している。また、国務院発表の「中国製造2025」では、これまでの「製造大国」から技術力や開発力の伴った「製造強国」へ転換する目標を打ち出した。2015年10月の「第13次5カ年計画(2016-20年)」草案でも、沿海部でのハイレベルな製造拠点の育成を図るなど、中国政府は産業用ロボット産業の育成と普及を積極的に図っている。
このような中央政府の大方針のもと、地域の製造業の競争力をロボット導入によって強化し、またロボット産業を誘致したい各地方政府は、競って産業用ロボット関連の優遇政策を導入している。例えば、製造業が集積する広東省広州市では、市内で製造された産業用ロボットを導入した場合、20%の補助金が、最大3万元/台まで支給される。同深圳市では、2014年から2020年までの7年間、産業用ロボットの導入補助金などに毎年5億元の予算を計上した。山東省や黒竜江省では、大規模なロボット産業団地の整備が計画され、広東省佛山市では市内で設立され一定の基準を満たした産業用ロボットメーカーに対し、一社につき500万元を支給する。これ以外でも浙江省や湖北省、湖南省など多くの地方政府が産業用ロボットの育成策を発表している。このように、国レベル、省レベル、市レベルで、産業用ロボットの需要者と供給者両面に対する優遇政策が実施され、中国の製造業で産業用ロボット産業の育成と普及が順調に進展しているように見える。
しかしながら、こうしたなかでも産業用ロボットの活用方法や導入の目的が必ずしも明確ではなく、補助金目当てに産業用ロボットの購入を申請する企業が多いともいわれ、ロボット関連市場の過熱状態が指摘され始めている。

新規参入が相次ぐロボットメーカー

一方で、供給側を見れば、拡大する需要に対して、政府の補助金も呼び水となり、現在までに、1,000社程度の産業用ロボット関連企業が登場してきている。最も多いのはシステムインテグレータであるといわれるが、ロボット本体の製造にも約400社が参入している。代表的な企業としては、瀋陽新松機器人自動化(Siasun)、広州数控設備(GSK)、安徽埃夫特智能裝備(Efort)、南京埃斯頓機器人工程(Estun)などが挙げられる。しかし、多くの中国メーカーは参入して日も浅く、規模も日欧などのメーカーと比べて小さく技術力でも大きく劣っている。
産業用ロボットは、減速機や制御ソフトウエアを含むさまざまなノウハウが集積されていること、ユーザーや用途に応じて最適なシステム構築を行う必要があること、工場の生産性を担う中核設備であることから、迅速な故障対応や高度なメンテナンス体制など、メーカーには総合的な力が求められる。産業用ロボットには30年以上の歴史があり、日欧メーカーは、長年にわたってユーザー産業からの厳しい要求に応えることでノウハウを蓄積し、実力を養ってきた。日系や欧州系の外国メーカーの上位4社のシェアは世界市場で5割超、中国市場でも約6割、上位4社以外の外国メーカーを合わせると8割超と高く、現時点では、中国メーカーが、互角に競い合う状況にはない。

中国ロボット産業の成長見通し

それでは、中国のロボット産業は今後、どのような展開を見せるのだろうか。需要面を見ると、現在の中国の産業用ロボットの導入比率は他国に比べて、まだまだ低いことは明らかである。2014年時点で、製造業の労働者人口1万人当たり、産業用ロボットの導入台数は日本314台、ドイツ292台、米国164台であるのに対して、中国は36台と低い。今後、生産年齢人口の減少が日本以上に加速し、人手不足が一層深刻になることが見込まれるなかでは、産業用ロボットの需要拡大の余地は大きい。日系企業では、安川電機が、2015年10月に中国家電大手の美的集団(広東省)と産業用ロボットの合弁会社を設立し、同集団の販路を生かし中国市場の需要開拓を加速する。また、ロボットを導入する企業が大企業から中小の企業へと拡大することも見込まれる。これまでは、大企業が大規模で高額なシステムを導入するのが主体であった。しかし、中国では高騰する人件費に対する解決策としてのロボットの在り方を考えると、従来は人手で行ってきた工程の一部を小型で安価なロボットによって代替するといったニーズが大きいと思われる。川崎重工は1人分の作業スペースに簡単に設置し、人との共同作業を可能にした双腕型ロボットを、安川電機はコンパクトな設置性を確保しながらも動作性能を向上させた小型ロボットをそれぞれ開発し、電気・電子業界での組み立て分野向けなどの需要に対応する。他にも中国では建材用レンガを焼成炉まで搬送するためにロボットが使われるなど、日本では見られないような、付加価値が低く動作精度を求められない作業用途向けに、価格の安いロボットの需要が急激に拡大する可能性がある。
供給面では、補助金を呼び水に参入した多くの中国メーカーの中から中国政府が目指す国際市場で競争力を持つ企業が生まれてくる可能性は短期的には高くはないであろう。今後も大規模で高度な市場においては、ノウハウを持った日欧メーカーが市場を占有し続けると思われる。産業用ロボットは、機械部品を組み合わせて一つの製品として作り上げられる擦り合わせ型製品である。この分野では、日欧のトップメーカーは、ものづくりの現場人材の強さに起因する総合力や新技術への対応に定評があり、これまでも米国や韓国などの企業が競争に敗れてきた。中国メーカーは、経営者層の優秀さと比較して、現場人材の弱さが指摘されており、そのことからも日欧メーカーと同様の総合力を持つに至るまでは、相当な時間と努力を必要とするものと思われる。
一方、より長期で見れば、中国メーカーは、これから膨大な市場が見込める、安価だが品質要求もさほど厳しくないローエンド市場を糸口として、大量生産によるコスト競争力を梃子に地歩を築いていくのではないだろうか。同じ生産設備である工作機械で中国のメーカーは、数十年かけてローエンドから徐々に技術力を高め、中位機種市場にまで勢力を拡大して、気が付けば世界最大の工作機械生産国になっていたが、ロボットも同様の道をたどる可能性が高い。当時と違うのは、中国製造業の存在感が世界の中で圧倒的に大きくなっていることである。この大市場が中国産業用ロボットメーカーの成長を促し、工作機械より速く勢力を拡大することが予想される。中国が世界最大の産業用ロボット生産国になる日はそう遠くないのかもしれない。

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