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株式会社三井物産戦略研究所

ナイジェリアの政権交代と今後

2015年7月6日


三井物産戦略研究所
中東・アフリカ室
白戸圭一


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初の選挙による政権交代

アフリカ最大の経済規模(GDP総額5,737億ドル、IMF2014年)と人口(約1億7,400万人)を擁するナイジェリアで2015年3月28、29の両日、大統領選が実施され、イスラム教徒で野党「全進歩会議(APC)」のムハンマド・ブハリ氏(72歳)が、再選を目指した与党「国民民主党(PDP)」のグッドラック・ジョナサン大統領(57歳)を破って当選した。ナイジェリアでは1999年の民主化後に今回を含めて5回の大統領選が実施されたが、前回まではいずれもPDPの候補者が勝利しており、今回初めて選挙による政権交代が実現した。APCは同時に実施された上院議員選(定数109)でも64議席、下院議員選(定数360)でも196議席を獲得し、上下両院で単独過半数を実現した。5月29日に大統領に就任したブハリ氏の任期は2019年5月までの4年間。本稿では選挙結果を総括した上で新政権の課題を整理し、ナイジェリアの今後を展望したい。

「強くて清廉な指導者」への期待

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ブハリ氏は1983年12月にクーデターで政権掌握したが、1985年8月に別の軍人によるクーデターで失脚した過去を持つ。その後、一時身柄を拘束されたが、民主化後は4回大統領選に出馬し、今回初めて当選した。軍政時代には「無規律との闘い」と称する綱紀粛正運動を展開し、汚職を許さず、緊縮財政を進め、反体制派を弾圧した。このため強権政治家として記憶され、2011年の前回大統領選の得票率は約32%にすぎなかった。前回大統領選まで乱立していた野党各党は2013年2月、大同団結してAPCを発足させ、候補者をブハリ氏に一本化したが、今回も当初はジョナサン氏の再選が有力視されていた。だが、終わってみれば、ジョナサン氏の1,285万3,162票(得票率45%)に対し、ブハリ氏は1,542万4,921票(得票率54%)を獲得。北部のイスラム社会のみならず、南部でも支持を広げ、全36州のうち21州を制した。
争点の一つは、北東部で2009年からテロを繰り返すイスラム過激派ボコ・ハラムへの対応だった。テロの犠牲者は2014年だけで5,500人に達したが、ジョナサン氏はボコ・ハラムの活動を「野党の陰謀」と見なすような発言を繰り返し、支持を失った。当初2月14日予定だった選挙を直前に6週間延期し、掃討作戦の強化で治安回復を図ったが、異例の選挙延期は逆にそれまでの「無策」を印象付ける結果となった。
もう一つの争点は、汚職に対する姿勢だった。経済成長で格差が拡大したことで、汚職で潤っているとされる有力者層への庶民の怒りは、かつてなく強い。国民の間には「治安対策」と「汚職摘発」でリーダーシップを発揮できないジョナサン氏への失望感が広まり、「強くて清廉な指導者」への待望論が高まった。元軍人のブハリ氏はこうした世論に機敏に反応し、「ボコ・ハラム壊滅」を国民に公約するとともに、汚職撲滅に向けた捜査の強化などを訴えた。こうして軍政時代の「強権政治家」のイメージを逆手に取り、「強くて清廉な指導者」を望む世論の取り込みに成功したことが、ブハリ氏の勝因になったとの見方が一般的だ。

「民主主義の定着」示した選挙

今回選挙の特筆すべき点として、選挙が平和裏に終わったことが挙げられる。アフリカでは1990年代に制度面の民主化は進展したが、敗れた候補が「不正選挙」を主張して敗北を認めず、支持者間の衝突が頻発してきた。2011年の前回ナイジェリア大統領選でも、選挙後の衝突で800人以上が死亡し、今回も選挙後の混乱が懸念されていた。
しかし、ジョナサン氏の地元の南東部諸州で開票後に若干の混乱が生じたが、全土には広がらず、「民主主義の深化」(英国BBC)や「投資家がナイジェリアに戻る」(Financial Times紙)といった評価が相次いだ。アフリカ随一の大国ナイジェリアの「平和な選挙」は、アフリカにおける民主主義の定着を印象付け、アフリカ各国の政治家たちに選挙結果を尊重するよう促すメッセージにもなった。
平和な選挙が実現した最大の理由として、ジョナサン氏が結果発表前日の3月31日、ブハリ氏に電話で祝意を伝え、支持者に冷静さを保つよう呼びかけたことが挙げられる。では、ジョナサン氏はなぜ、敗北を認めたのか。
ボコ・ハラム対策の不手際で世論の批判を浴びるジョナサン氏に対しては、議会選を控えた与党PDP議員の間で「選挙を戦えない」との不満が広がっていた。選挙の1カ月前には政界の重鎮オバサンジョ元大統領がPDPを離党し、有力政治家の「ジョナサン離れ」が加速。ジョナサン氏は外堀を埋められた格好となった。さらには、選挙管理委員会は今回、有権者の本人確認のための指紋認証システムを導入し、二重投票を抑止した。選挙結果をめぐる対立の火種は事前に摘み取られ、敗者が「不正選挙」を主張して結果受け入れを拒むことは困難な状況だった。ジョナサン氏がまだ57歳の未来ある政治家であることも考慮すれば、敗北の受け入れこそがダメージの最小化であり、自身にとって最も合理的な選択だったと考えられる。
ナイジェリア社会の変化にも注目できる。同国の都市化率(総人口に占める都市人口の比率)は年平均1.9%のペースで上昇している。これは世界平均0.9%を大きく上回り、サブサハラ・アフリカの平均1.4%もしのぐ。都市化で異民族間の通婚も一般化し、若年層を中心に「部族社会」とは異なる市民意識が台頭している。アフリカ全域が急速に都市化していることを考えれば、「平和裏な選挙」は今後、紆余曲折を経ながらも他国でも共通の現象になっていく可能性があるだろう。

厳しい経済状況下の新政権発足

国民の期待を背に発足したブハリ政権だが、厳しい船出を強いられている。IMFによると、2014年に6.3%を記録したナイジェリアのGDP成長率は、2015年には4.8%に下落する見通し。2015年1-3月期の成長率は3.96%だった。新政権のオシンバジョ副大統領は「経済はおそらく最悪期にある」との見解を示している。
失速の引き金は、2014年10月以降続く原油安だ。ナイジェリアの石油生産量は日量227万バレル(2015年見通し)。石油産業がGDP総額に占める割合は13~14%程度だが、石油収入は輸出の9割以上、政府歳入の6割以上を占めるため、国家財政は大打撃を受けている。政府は油価急落前までは原油価格1バレル78ドルを前提に2015年度予算を編成する計画だったが、議会は2015年4月28日、1バレル53ドルを前提に予算を可決し、予算総額は前年度比マイナス3.2%の4兆4,900億ナイラ(1ドル200ナイラで約224億5,000万ドル)となった。油価下落に備えて積み立てていた「余剰原油勘定」は2012年末には約100億ドルあったが、2014年末時点では20億ドルにすぎない。2015年度の政府借入枠8,820億ナイラ(約44億ドル)の半分は借入済みだが、投資に回す余裕はなく、公務員給与の支払い等に当てられ、公共事業の延期が発生している。
財政と貿易収支の悪化への懸念から通貨ナイラに下落圧力が働き、ナイジェリア中央銀行は2014年11月、ナイラの対ドル8%切り下げに追い込まれた。中銀は1ドル168ナイラを目標とするが、銀行間取引レートは1ドル200ナイラ前後で推移している。通貨安によって、2014年に8%だったインフレ率は、2015年には9.6%に上昇し、2桁台に達するとの予測もある。

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ボコ・ハラム対策と石油産業改革に注力の見通し

ボコ・ハラムは依然、ナイジェリア北東部、チャド南部、カメルーン北部でテロを繰り返しているが、新政権は周辺国と密接に連携し、治安部隊の再編、指揮命令系統の整備などを矢継ぎ早に進めている。ただし、軍事作戦を強化すれば、テロはある程度抑止できるが、活動の潜伏化は避けられず、完全な壊滅には長い時間を要するだろう。
テロ対策と並ぶ喫緊の課題は、経済の立て直しだ。新政権は早ければ7月にも補正予算を議会に上程し、景気刺激策を打ち出す一方、財政再建に取り組む。そのためには政府歳入の6割を生み出す石油産業の改革が必須であるため、新政権は石油産業の改革に注力するとの見方が広がっている。
英国の王立国際問題研究所の2013年の調査では、ナイジェリアでは1日に少なくとも10万バレルの原油が盗まれて年間30億~80億ドルの損失が出ている。国営石油会社(NNPC)は、汚職や横領の牙城とされる。原油盗難対策やNNPC改革は、国民の「汚職撲滅」への期待に応える意味でも避けて通れない。
財政の足枷となっている燃料(ガソリン)補助金の廃止も大きな課題だ。ナイジェリアは製油能力が不十分なためにガソリンを輸入し、補助金で低価格を維持している。政府は2015年度から補助金を段階的に削減し、将来的に廃止する方針を打ち出している。だが、補助金は2012年に一度廃止されたにもかかわらず、国民の反発で復活した経緯があり、今後も紆余曲折があるだろう。このほか新政権は、2012年7月に議会に提出後、審議が進んでいない石油産業法案の成立へ向けた取り組みを強化しそうだ。既存の石油関連法は「抜け穴」が多く、新規油田の開発権付与をめぐる不正疑惑などを引き起こしている。新法案は石油企業に対する監視強化などを柱としている。
いずれの改革でも既得権益層の激しい抵抗が予想されるが、急速な油価回復や石油増産が見込めないなか、石油産業の構造を変革する以外に道はない。ブハリ新政権はボコ・ハラム掃討作戦の強化で治安回復への道筋をつける一方、石油分野の改革を進め、投資環境の改善を国際社会にアピールしていくだろう。

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