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株式会社三井物産戦略研究所

国民党の大敗が示す台湾の「今」と蔡英文政権の課題

2016年3月11日


三井物産戦略研究所
アジア・中国・大洋州室
岸田英明


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台湾で2016年1月16日、4年に一度の総統・副総統、国会議員の同日選挙が行われ、野党・民進党が圧勝した。5月20日の蔡英文主席の総統就任と新内閣の発足を以て、1996年の民主化以降、3度目の政権交代が実現する。一方国民党は1919年の結党以降、初めて少数野党へ転落する。本稿は選挙結果を分析した上で、初めて「完全執政(総統府と議会を両方掌握)」を行う民進党・蔡英文政権の課題を整理する。

与野党の大逆転と新党「時代力量」の躍進

総統・副総統選では蔡英文・陳建仁ペアが歴代2位となる25%の得票率差で勝利した(図表1)。国民党が票田としてきた北部の主要都市を含め、ほぼ全ての県市で朱立倫・王如玄ペアを上回った。一方で投票前からほぼ勝敗が決していたことからか、投票率は過去最低の66.3%にとどまった。このため蔡陣営の得票数(689.4万票)は、前回選挙で勝利した馬英九陣営(689.1万票)をわずかに上回るにとどまった。
議会選挙(定数113)では民進党が安定多数の68議席(28増)を得る一方、国民党はわずか35議席(29減)にとどまった(図表3)。小選挙区(定数73)では両党の得票率差は6.4%にすぎなかったが、民進党候補は各所で競り勝ち、議席数では49対20と大きな差が開いた。比例区では民進党が得票率44.0%(18議席)と同26.9%(11議席)の国民党を大きく上回った。
二大政党以外では新党の「時代力量(時代の力)」が5議席を得て第3党に躍り出た。黄国昌主席をはじめ、「反メディア独占運動(2012~13年)」や「ひまわり学生運動(2014年3月~4月)」などの市民運動に関わった若い人材が集まり、「透明、開放、参加、行動」を党是とするクリーンなイメージが「変化」を求める台湾世論、特に若年層の支持を集めた。一方で独立志向の強い台湾団結連盟は現有3議席を全て失った。

国民党の大敗招いた政権不信と台湾人意識の高まり

馬政権下の8年間で台湾人の生活実感は大きく悪化した。大卒初任給がほぼ横ばいであるなか、物価は緩やかに上昇を続け、不動産は著しく高騰した(図表4)。国民がストレスを高めるなかで、馬政権は対中経済協力を推進してきたが、民意はこれに「NO」を突きつけた。いわゆる「ひまわり学生運動」である。中台サービス貿易協定の批准を阻止すべく、学生らが3週間にわたって議会を占拠。結局同協定は、中台間の協議を監督するメカニズムが立法化されるまで批准されないことになった。学生たちの怒りの背景には馬政権の「黒箱(密室)」政治に対する不信感と、急速な対中接近により台湾の自律性が損なわれるという危機感があった。自らを「中国人ではなく台湾人」と認識する台湾人は20年前の20%から60%前後まで増えており、若年層ほどこの意識が強い。
国民党は2014年11月の統一地方選で大敗し、馬総統が党主席を辞任。その後の総統選候補者選びも混乱を極めた。また2015年以降、中国経済の減速が目立ち始めたことも、対中接近を進めた国民党には逆風となった。さらに総統選の投票日前日に「周子瑜事件」1が起き、台湾社会に中国への怒りが広がったことも、「一つの中国(中国大陸と台湾は一つの中国に属する)」原則下で対中対話を重ねてきた国民党には打撃となった。
今回の選挙では、前回選挙時に20歳未満だった129万人を含め、20代の有権者は約300万人(全有権者1,878万人の約16%)に及んだ。彼らは「ひまわり学生運動」の中心世代であり、民進党と時代力量の躍進を後押しする原動力になった。国民党は今後、いかに若年層の支持を取り付けるかが重要な課題となる。選挙後、国民党の若手党員の間から、正式な党名である「中国国民党」から「中国」の文字を取るべきといった主張や、民進党が批判する党資産問題2の抜本解決を求める声が上がるなど、変化が芽生えつつある。国民党が3月26日に選出される新主席の下で改革を進められるか否かは、台湾政党政治の将来を大きく左右することになろう。

中台関係の行方を占う総統就任スピーチ

中国は新政権に対する牽制シグナルを発し続けている。蔡主席に「一つの中国」原則の受け入れを迫るためだ。これには「(中国人)訪台旅客数の行方は両岸(中台)関係の情勢次第」(安峰山・国務院台湾事務弁公室報道官)といった脅しのようなメッセージも含まれる。
蔡主席は当選後、現地紙の取材に対し、「既存の政治的基礎」の上で両岸関係の平和発展を継続する、との立場を示している。この「基礎」には、①1992年に両岸の窓口機関が会談し、「求同存異(違いを残し同じものを求める)」で一致した事実、②中華民国憲法体制、③これまでの両岸交流の成果、④台湾の民主原則と普遍的な民意の4つが含まれるとした。前回選挙時に「92年の合意は存在しない」と語っていた蔡主席からすれば、大きく融和姿勢に傾いたといえる。
問題は中国側がこれを受け入れるかだ。蔡主席が総統就任式典で直接「一つの中国」に言及する可能性は低い。中国側では今、新政権が「一つの中国」を受け入れない場合の圧力行動が盛んに議論されている(図表5)。一方で中国側も、統一に向けた長期的な取り組みとして、台湾との対話・交流を重視してきた経緯がある。中国の習近平国家主席は反腐敗運動などを通じて権力基盤を強めており、必要だと判断すれば、台湾政策において、ある程度の柔軟性を見せてくる可能性がある。その可能性を推し量る上で、5月の就任式典で蔡新総統が発する対中融和のシグナルに対し、中国側がどう反応するかが注目される。

経済再建、憲法改正、対米・対日外交

中台関係以外にも産業高度化やエネルギー問題など、新政権が取り組むべき課題は多い。台湾経済は「高い輸出依存と対中依存という脆弱性」や「給与所得の伸び悩みによる人材流出」といった慢性病に苦しみ、成長展望が描きにくくなっている。蔡主席は「5大創新計画(バイオ、グリーンテクノロジー、スマート機械、国防・宇宙産業、アジアシリコンバレー)」やFTA等を通じた市場多角化の推進を通じて、経済の立て直しを図ろうとしている。
新政権は少数与党だった陳水扁政権(2000~08年)のように議会運営で苦しむ場面は減るだろうが、2期目も見据えて長期的に求心力を維持するためには、ポピュリズムに陥ることなく、野党や財界との「透明」な対話を通じて現実的な政策を立案し、実行していけるかが鍵となる。また民進党は「国民投票による憲法改正」を可能にするよう、現行憲法の改正を目指している。実現すれば、台湾の体制を大きく変えるような改憲も国民が直接判断できるようになる。ただ国民党が反対しており、現状では改憲に必要な「4分の3の議員出席とその4分の3の賛成」という条件をクリアできない。まずは与野党協力を通じて、選挙権年齢の引き下げのような柔らかいテーマから憲法改正を行った後に、「本丸」に関連した議論を議会や社会全体で深めていけるかが、新政権1期目の課題となろう。
FTAや安全保障等の外交では、やはり中台関係がネックとなる。だがここは、新政権が台湾海峡とアジア太平洋地域の安定と繁栄に向けて最大限の努力をしようとしていることを、中国や諸外国に根気強く示していくしかないだろう。新政権の対外政策では中台関係と並び、米国、日本との関係が重要な位置を占める。蔡主席は両国に台湾のTPP交渉参加実現に向けた支援を求めている。安全保障協力の重要性も増している。日米台は、米国の台湾関係法と日米安保条約を介して、台湾有事の際には共同当事者になるという関係にある。有事の発生を未然に防ぐためには、台湾側の抑止力向上が急務である。蔡政権には、馬政権下で止まっている長距離巡航ミサイル量産計画の再始動などのオプションに加え、米国や日本との情報共有や兵器購入(台湾海軍は非公式に日本へ「そうりゅう型潜水艦」の購入を打診している)等に係る対話を、日米台それぞれの対中関係の現状と台湾防衛にとっての必要性とのバランスを考慮しながら進め、有効な安保体制を築いていくという高度なかじ取りが求められている。


  1. 周氏は16歳の台湾人で韓国のアイドルグループ「TWICE」のメンバー。韓国のテレビ番組で中華民国旗の小旗を振ったところ、中国のネット上で「台湾独立派だ」などと話題になり、中国のテレビ局がTWICEへの出演依頼をキャンセルした。周氏は2016年1月15日にYouTubeに動画を投稿し、「中国は一つです」などと記された謝罪原稿を読み上げたが、台湾では「無理やり読ませられている」として、中国と芸能事務所に対する強い非難が巻き起こった。
  2. 民進党が、国民党が本来国家に帰すべき資産を不正に取得し、それらを元手に党営事業を手掛けるなどして多額の収入を得ているとして、「政党間の公正な競争を妨げている」と批判している問題。これらの資産には敗戦で日本政府や個人が台湾に残してきた財産も含まれている。

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