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株式会社三井物産戦略研究所

欧州での電気自動車拡大と今後の展望

2016年11月8日


ドイツ三井物産
新産業・技術室
吉沢洋一


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欧州では年々厳しくなる燃費規制等を背景に、電気自動車(以下「EV」)1の促進が図られてきた。しかし、航続距離、充電時間、価格等の課題があり、まだ十分には普及していない。2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)でのパリ協定の採択、独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル車排ガス不正事件後の戦略転換など、EVを取り巻く環境は変わりつつある。本稿では、欧州でEV普及が先行するノルウェーとオランダに加え、フランス、英国、ドイツの3カ国の状況と政策を概説し、今後の展望について一考察を行う。

先行するノルウェーとオランダ

2015年末時点の世界のEV台数は約126万台であり、欧州はその3割を占める。欧州主要国のEVを取り巻く状況を図表1にまとめた。欧州で最も普及が進んでいるのが北欧のノルウェーである。全乗用車台数260万台に対してEVは約7万台と、EVシェア2.7%は世界一を誇る。2015年の新車登録台数では5台に1台がEVであり、内燃機関車(ガソリン車、ディーゼル車等)を含め、同年最も売れたのがVWのEV「e-Golf」ということも、同国でのEV普及を象徴している。その最大要因は、BEV(純粋なバッテリーEV)に対する政府の手厚い優遇策である。BEV購入時には自動車登録税と付加価値税(VAT)が免除(それぞれ1996年、2001年導入)され、自動車保有税の大幅減税(2005年導入)と合わせると同じモデルの内燃機関車よりも安く所有できる。EV購入者へのアンケート調査でも、第一の購入理由に経済性が挙げられている。さらにBEVは、有料道路や市内の公共駐車場が無料(それぞれ1997年、1999年導入)になるなど、利用時も優遇されている。ノルウェーには特殊事情(発電の97%が水力発電で、電気代が安く、交通分野のCO2削減に注力できること、経済的に豊かな国で自動車を2台保有する世帯が多いこと)があることも事実だが、20年に及ぶ政府の一貫したEV促進政策2がようやく開花し始めたといえよう。
オランダのEV台数は9万台弱で、全乗用車に占めるEVの割合は1.1%とノルウェーに次いで高い。2015年の新車EV登録台数は43,770台(全体の1割)で、最も売れたのは三菱自動車のPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)「アウトランダー」であった。自動車登録税はCO2排出量を基準に課税されるため、CO2排出量の低いEVに有利となっている。また車両重量をベースに算出される自動車保有税が、BEVは免除されている。特徴的なのは、大半のEVを企業が保有している点である。これは企業のEV購入を後押しする優遇策(企業が従業員に社有車を貸与する際、従業員が支払う税率がEVは低率)が奏功したからである。ただ、政府の財政負担が増加していることもあり、この税率が2016年からPHEVで倍増となったため、2016年のEV販売台数は前年を下回ることが予想される。国や市町村が公共の充電インフラ整備に注力したことも成功要因に挙げられる。オランダの公共充電器数は17,700基以上と、ノルウェーよりも多い。以前は駐車代、充電料金とも無料であったが、EV拡大に伴い現在は有料化されている。

追従するフランスと英国、出遅れたドイツ

フランスは2020年までに200万台の低公害車普及を目指しているが、2015年末のEV台数は54,290台で、シェアは0.17%にとどまる。特徴的な政策は2008年に導入した「ボーナス・マルス制度」である。同制度では、CO2排出量の低い乗用車の購入には補助金(ボーナス)が支払われる一方、CO2排出量の高い乗用車は課税(マルス)される。また、旧ディーゼル車を低CO2排出車に買い替える際にも補助金が支給され、ボーナス・マルス制度と合わせ、2015年には最大1万ユーロが支給された。
英国はEV普及に向けた具体的な台数目標はないが、「プラグイン・カー・グラント」と呼ばれる購入時の補助金(車体価格の25%で最大5,000ポンド)やCO2排出量に基づく自動車税、企業の従業員が社有車を利用する際の税制メリット等が主な優遇策である。またオランダと同様、充電インフラ整備に注力し、自宅での充電器や公共の急速充電インフラの整備に補助金を拠出している。
ドイツは2020年までに累計100万台のEV普及を政府目標に掲げているが、EV購入に対する主な支援策が、2015年までに登録されたBEVに対する10年間の自動車保有税免除に限られていたこともあり、2015年末のEV台数は5万台弱(EVシェア0.11%)にすぎない。拡大を促すため2016年に入り、「環境ボーナス」と呼ばれる補助金(6万ユーロ以下のEVに対してBEVには4,000ユーロ、PHEVには3,000ユーロを支給)が導入された。

2020年までの展望

短期的にはノルウェーが欧州のEV拡大を牽引する構造は変わらない。同国では2016年に入ってもEVの登録台数が伸び、累計10万台を突破した。特に2015年からPHEVの販売台数が急速に伸びている。車を1台しか保有しない世帯が航続距離に懸念の少ないPHEVを購入していると考えられる。BEVの優遇策は今後、徐々に減少、廃止されていくことが国会で議論されているが、VAT免除は2018年、自動車登録税免除は2020年までは継続することからしばらくは順当に伸びるであろう。2025年に全新車販売をEVとする目標の下、2020年のEV販売台数は9万台以上となり、累計40万台に達すると予測される。
オランダは支援策の重心を2017年以降、企業から一般消費者へ移行する方針で、次の拡大ステージへ向けた転換期にきている。充電インフラの整備も進んでおり、拡大する下地はある。
仏、英、独では、これまでの政策に大きな変化がなければ、今後も徐々に進展するであろう。フランスのボーナス・マルス制度、英国のプラグイン・カー・グラントの継続で、両国ともにEVの年間販売台数が2020年に10万台前後に達するとみられる。ドイツは環境ボーナスの導入とドイツ自動車メーカーが順次市場投入するEVの新モデル(図表2)によって、どこまでEVが増えるかが注目される。補助金が全て活用されれば、2020年のEVは40万台以上となる。

中長期の展望

CO2排出削減強化の世界的潮流の下、燃費規制はさらに厳しくなる。そのため、EV拡大を後押しする政策が強化される可能性もあるが、政策以外の要因も重要となってくる。一つには技術進歩が挙げられる。リチウムイオン電池のコスト3は減少する一方、エネルギー密度が高くなり航続距離が延伸していく。2016年10月のパリ・モーターショーでは、航続距離が300km前後のEVモデルの発表が相次いだ。バッテリーの性能向上により、2020年以降には航続距離500km超のモデルが出てくるであろう。また、車体の軽量化も重要となる。BMWのBEV「i3」やPHEV「i8」には炭素繊維強化プラスチックが用いられている。加えて、交通分野のデジタル化(自動運転やコネクティドカー、これらを利用したサービス等)が、EVの普及を後押しする可能性もある。パリのEVカーシェアリング「Autolib」は2011年に250台のBEVでスタートしたが、2016年にはBEVが4,000台以上、充電器数が約6,000基に拡大した。リヨンやロンドン等の都市にも導入され、市民の足として定着しつつある。またアムステルダムでは、オランダにも工場を持つ米テスラ製のEVタクシーが登場し、ダイムラーの乗り捨て型カーシェアリング「car2go」には同社BEV「Smart Fortwo ED」が利用されている。今後、他都市でもタクシーやカーシェアリングがEVに置き換わっていく可能性がある。
最終的には社会受容性(消費者に受け入れられるか否か)がEVの拡大を左右する。前述のノルウェーでのアンケート調査が示すように、消費者が最重視するのは価格であり、EVが内燃機関車に対して価格競争力を持つことも必要である。調査会社BNEF(Bloomberg New Energy Finance)は、バッテリーの価格低減や性能向上による航続距離の延伸によって、2020年代半ばにEVの所有コスト4が補助金なしでも内燃機関車に比し低くなり得ると予測している。
欧州自動車大手メーカーがEVの普及を「レボリューション(革命)」ではなく「エボリューション(進化)」と表現するように、欧州でのEV拡大は今後も段階的に進展していくと思われるが、その進展度合いは国によって異なり一様ではない。ノルウェーでは今後も欧州をリードする形でEV拡大が進み、次いでオランダ、さらに仏、英、独の大国が続く。EV導入促進のための優遇政策が現状のままであれば、大国での拡大期はEVの所有コストがさらに下がる2020年以降となろう。ただ、バッテリーの性能向上や車体材料の軽量化のための技術進歩が加速すれば、欧州全体がEV拡大期を迎える時期は早まるであろう。


  1. 電気自動車(EV)は、広義にはハイブリッド車も含むが、ここではBEV(純粋なバッテリーEV)とPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)と定義する。
  2. 政権が交代してもBEVを優遇する政策は継続されてきた。本文で述べた優遇策のほか、バス専用レーンの走行許可(2005年導入)やフェリー乗船時の料金免除(2009年導入)等が挙げられる。
  3. 2010年には約1,000ドル/kWhであったものが、2015年には300~400ドル/kWhと半額以下となり、さらに2020年には200ドル/kWh前後になるともいわれる。
  4. 車両購入代金、自動車保険料、燃料費や車検等の維持費の総額。

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