未病とは:対策の必要性と最新の研究事例を紹介

2023.01.16

未病(みびょう)とは、健康と病気の間にあるゆらぎの状態を指します。超高齢社会に突入している日本では、人々の健やかな暮らしを実現するための健康寿命の延伸と医療費・介護費の削減という主に2つの観点から、未病対策の必要性が叫ばれています。本記事では、未病の意味や定義、について紹介。また、最新の研究事例を踏まえ、未病対策のこれからについて考えていきましょう。

監修者
田嶋 美裕 先生

循環器内科医

狭心症、心筋梗塞、心不全、不整脈などの循環器疾患のほか、高血圧、糖尿病、脂質異常症など生活習慣病全般の治療に携わる。

日本循環器学会専門医
日本内科学会認定内科医

「未病」とは

まずは未病について紹介します。さらに、未病がなぜ今注目を集めているのかについても見ていきましょう。

病気にはなっていないが、健康から離れつつある状態

未病は、健康と病気の間にあるゆらぎの状態のことを指します。「未病」という言葉の歴史は古く、「黄帝内経」という約2000年前の中国の医学書にも登場している言葉です。内閣府の「健康・医療戦略」(平成26年7月22日閣議決定、平成29年2月17日一部変更)によると、「健康か病気かという二分論ではなく健康と病気を連続的に捉える」という考え方を未病としています。

また、日本未病学会では、以下2つのいずれかの場合を未病と定義しています。
①自覚症状はないが検査では異常がある状態
②自覚症状はあるが検査では異常がない状態

未病の症状は個人差も大きく、なんとなくだるい、疲れやすい、不眠、頭痛や肩こりがあるなどさまざまです。軽い症状であっても、体の不調を放置しないことが大切です。

未病が注目されるようになった背景

未病が注目されるようになったのは、日本が世界でも有数の超高齢化社会に突入したことが関係しています。厚生労働省のデータによると、2020年の男性の平均寿命は81.64年、女性の平均寿命は87.74年です。

そのため長い老後を見据え、生活の質の維持・向上を図り、健康で自立した日々を送ることが重要だと考えられるようになりました。未病対策は、超高齢化社会にとって避けて通れない課題と言えるでしょう。

未病対策が必要とされている理由

次に、未病の時点で対策が必要とされている理由について、考えていきましょう。

健康寿命延伸のため

日本人の平均寿命は世界的に見ても長いですが、実はその間ずっと健康で生活できているわけではありません。日本では、健康上の問題で制限されることなく日常生活を送ることができる期間を、健康寿命と定義しています。この健康寿命と平均寿命との間には、平均して10年ほど差があります。

この健康寿命を延ばすには、病気に至る前段階の未病の時点で何らかの対策を行い、病を防ぐことが重要です。

社会の活性化と医療費・介護費削減の効果への期待

超高齢化社会を迎えている日本では、医療費や介護費が増大しています。現状に即した医療・介護制度の見直しが提言されているものの、このままでは財政破綻を引き起こす可能性も否定できません。

病気になってから治療を始めるのではなく、未病対策によって病気や要介護状態の期間が短縮できれば、最後まで自分らしく元気に過ごせる期間が増えます。それによって社会が活性化するとともに、医療費・介護費の支出抑制が期待できます。

未病分野における課題

未病対策の重要性が高まっている一方、まだまだ課題も残されています。未病は自覚症状のないケースもあることから、自身の不調を見逃しがちです。

また、未病に気づいたとしても、明確な診断基準や具体的な治療はいまだ確立されておらず、医学的アプローチが困難であることも課題の1つです。

未病に関する最新の研究事例

明確な診断基準や具体的な治療が確立していない、未病。未病に関するさまざまな研究が進むなか、未病の状態をとらえるバイオマーカー研究の事例を紹介します。

未病状態の体に現れる「揺らぎ」

東京大学の合原一幸特別教授/名誉教授は、生体信号の「揺らぎ」に着目した数学理論である「動的ネットワークバイオマーカー理論」(DNB理論)を開発しました。健康状態から病気状態へと移り変わる、いわゆる疾病前状態の段階で生体信号の揺らぎが大きくなることをみつけました。

未病は自覚症状がないことも多いですが、DNB理論における「揺らぎ」をとらえることで、疾病前状態であることが科学的かつ定量的に判断できるようになることが期待されています。

DNB理論を用いた未病状態の検出

合原特別教授は富山大学の小泉准教授らとともに、DNB理論を用いた未病の科学的・定量的検出に挑みました。この実験では、メタボリックシンドロームを自然発症するマウスを飼育し、脂肪組織における遺伝子の発現量を測定しました。その結果、メタボリックシンドロームを8週齢で発症するマウスでは、特定の147個の遺伝子の発現量が5週齢で大きく揺らいでいることが分かったのです。

これまでDNB理論は急性疾患を対象に用いられてきましたが、メタボリックシンドロームのような緩やかな変化を辿る慢性疾患においても、未病状態を検出できることが示されました。

漢方による未病対策の可能性

メタボリックシンドロームを未病の段階で検出できることが示されたことから、漢方をはじめとした未病創薬に発展する可能性が見えてきています。

合原特別教授と富山大学 和漢医薬学総合研究所は上述の動物実験において、メタボリックシンドロームの疾病前状態の時点で防風通聖散という漢方を投与することにより、遺伝子の揺らぎが収まり、発病を抑えることができることを発見しました。これは、未病医療・未病創薬における大きな一歩と言えるでしょう。

今後期待される未病対策

未病対策の重要性が高まり研究も進む中、今後どのようなことが期待されるのでしょうか。

未病状態の可視化

未病の発見と対策には、経時的・継続的な健康データの蓄積が重要です。ウェアラブル端末やスマートフォンのアプリケーションを活用し、ライフログや日々の健康状態を自動的に記録することで、変化や不調が可視化され、未病に気づくきっかけになります。

これらの蓄積された健康データを診療に活用できる医療システムが整えば、より個別に最適化された対策や早期に異常を検知することが可能になります。生活習慣を見直す際、経過や改善が数値で明確に表れるとモチベーションにもつながるでしょう。

慶應義塾大学では2016年からApple社のApple watchとオープンソースフレームワークCare kitを用いて、日々の健康データを循環器領域の診療に活用するための臨床研究を開始し、2021年にはApple Watchで不整脈を早期発見するAIモデルを開発するなど研究が進められています。

健康寿命を延ばすために未病対策に取り組もう

健康と病気の間にあるゆらぎの状態を指す未病は、健康な状態に回復しやすい段階でもあります。この段階での介入は、健康寿命の延伸や医療費・介護費の削減といった社会的課題の改善も期待できることから、未病研究の進展と、日々の健康データが活用できる医療システムの早期社会実装が望まれます。将来的には、日々の健康データももっと簡単に無意識に収集・蓄積・活用されることが期待できるでしょう。現時点でも、ウェアラブルやアプリの普及によって日ごろの体調の変化を記録することが可能です。こういったものを活用し、体調の変化に気づき、自分自身をいたわることができるようになることが、未病対策の第一歩といえるでしょう。

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