生活習慣病とは:世界で急増する糖尿病患者と、期待される治療の未来

2023.01.16

世界的に大きな問題となっている生活習慣病。中でもアジア・アフリカ・中東地域で急激な増加が見られる糖尿病について、最新データからその背景と要因を紐解きます。また患者のQuality of Life(QOL)向上といった観点から研究・開発が進んでいる糖尿病治療の最新事例とともに、技術発展の先にある糖尿病予防・治療の未来を考えます。

監修者
会田 梓 先生

糖尿病内分泌内科
日本糖尿病学会専門医
糖尿病研修指導医
日本内科学会認定内科医、総合内科専門医
産業医
医学博士

生活習慣病とは

厚生労働省によると「生活習慣病とは、食事や運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関係し、それらが発症の要因となる疾患の総称」で、「遺伝要因、外部環境要因など個人の責任に帰することのできない複数の要因が関与する」とされています。
生活習慣病の範囲や定義には、はっきりと定められたものはありませんが、「健康増進法*1」では「がん及び循環器病」、「健康日本21*2」では、「がん、心臓病、脳卒中、糖尿病等」と位置づけられており、近年では生活習慣病が血管性認知症ばかりではなく、アルツハイマー型認知症にも関与するといわれています。

アジア・中東・アフリカ地域で今後急増する糖尿病

生活習慣病の中でも、今回は糖尿病をトピックとして取り上げます。アジア・中東・アフリカ地域での患者急増が予測されている糖尿病ですが、その背景には何があるのか、人種の遺伝的特徴や生活様式の変容から考えます。

世界の糖尿病患者数と膨れ上がる医療費

2021年の世界の糖尿病患者数は5億3,700万人で、10人に1人が糖尿病を患っていることになります。このまま有効な対策が講じられずにいると、2030年には6億4,300万人、さらに2045年までには7億8,300万人に達する見込みであり、また急速に拡大するアジア・中東・アフリカ地域の糖尿病患者数は、2045年には世界全体の77%を占めると予測されています*3。これらの地域では、いずれも経済成長をきっかけとして中間層が増加し、食生活の変化、特に欧米式の食事の拡大や砂糖消費量の増加に運動不足が加わることで、現在の糖尿病有病者の急激な増加に拍車をかけていると考えられています。

糖尿病による世界の医療費は、2021年に9,660億ドルで、2006年から15年間で316%増、2030年には1兆300億ドル、2045年には1兆500億ドルに増大すると予測されています*4。また、糖尿病の前段階である耐糖能障害にある成人は5億4100万人に昇るとも言われており、糖尿病発症の予防とともに、診断後の合併症・重症化予防が重要となるでしょう。

アジア人の遺伝的特質と糖尿病

日本人を含むアジア人は、欧米人と比較すると痩せ型だと感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。一般的に過食や運動不足が原因で発症すると考えられている2型糖尿病にも遺伝的要因があり、現在も研究されています。このことから、アジアにおいては2型糖尿病の予防戦略が訴えられてきました*5
2型糖尿病を発症しやすい遺伝的素因をもつアジア諸国では、経済成長による食生活の欧米化に伴い肥満の割合が増加したことが、この地域の糖尿病患者数増大の背景にあると考えられます。

中東・アフリカ地域の食生活と糖尿病

中東・アフリカ地域でも、経済成長を背景とした食生活や生活様式の変化によって、糖尿病を始めとする生活習慣病が拡大しています。
アフリカ地域における砂糖消費量の急激な増加も要因の1つと考えられています。アフリカ地域の砂糖消費量は2001年に11.7Mt(100万トン)であったのに対し、2020年に20.5Mt、2030年には27.8Mtに増えるとの予測がされています。
また、中東諸国の多くに急速な発展をもたらした1970年代の産油ブーム以降、生活水準が向上した産油国を中心に、カロリーの高い欧米式の食事と運動不足による体重過多・肥満の蔓延が深刻な問題となっています。

糖尿病ケアの最前線


(イメージ画像)

糖尿病ケアにおいて、血糖値のコントロールが重要なことは言うまでもありません。しかし、従来の自己血糖測定は、指先に針を刺して採血する方法が一般的で、身体的苦痛、精神的ストレスが多くかかります。そのような中で、糖尿病ケアの分野では近年さまざまな疾病管理の技術開発が進められており、現在、より良い血糖管理のための持続的かつ侵襲性の低い血糖値のモニタリングが可能になってきています。

血糖値測定器の発展

アボットジャパン合同会社が提供する「FreeStyleリブレ」は、センサーを上腕後部などに装着し、間質液中のグルコース濃度を測定できるデジタルヘルスツールです。日々の指先穿刺がなく、装着時の痛みも少ないため、自己血糖測定に対する心理的負担が軽減されます。持続的な血糖値モニタリングによって、睡眠中や食後などに起こる血糖変動も確認できるようになり、自分ゴト化することでより個人に最適化されたケアが可能になりました。

ライトタッチテクノロジー社は、高輝度中赤外レーザー※を用いた非侵襲血糖値センサーを開発。わずか5秒指先を触れるだけで、リアルタイムで血糖値を測定することができるため、手軽で負担も少ないのが特徴です。2024年までに商品化することを目指しています。

このように、管理や心理面で糖尿病患者の負担を減らし、QOL改善につながる微侵襲・非侵襲的なモニタリング技術の開発が進んでいます。

※ 高輝度中赤外レーザー:固体レーザーの最先端技術と光パラメトリック発振技術を融合した輝度の高い中赤外レーザー。従来光源は、中赤外領域での輝度が極端に低く、血糖測定に必要とされる十分な精度が得られなかった。

インスリン治療の進歩

糖尿病患者が長期的に良好な血糖値を維持するには、生活習慣の改善や運動、食事療法に加えてインスリン療法も重要な役割を果たします。

インスリンを投与する方法には、自己注射とポンプがあります。メドトロニック社のインスリンポンプには、リアルタイムに測定した血糖値に応じて、基礎インスリン量を自動調整できるものもあります。日中だけでなく夜間帯も含め、24時間血糖値を目標値内に保つことが可能であり、またスマートフォンのアプリケーションと連携させることで、最大5人のケアパートナーがインスリン、ポンプ、CGMのデータを確認できます。

インスリンポンプは、インスリン療法を行う上で大変便利な医療機器です。その一方で、機器の不具合は命にかかわる合併症を生じる恐れがあるため、患者自身が使用方法を熟知した上で機器のトラブルやメンテナンスの対応をする必要があります。

近年、インスリン療法をさらに便利にするエレクトロニクスフリーな人工膵臓の開発が進められています。東京医科歯科大学の松元亮教授、名古屋大学の菅波孝祥教授、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、ニプロ株式会社の吉田博取締役らを中心とする研究グループは、血糖値の変化に応じて自律的にインスリンを放出するスマートマテリアルを活用することで、エレクトロニクスフリーな人工膵臓デバイスを開発しています。

糖尿病モデルマウスおよびラットにおいて、連続的な血糖値の検知と、それに対応する形でのインスリン供給により、1週間以上血糖値を良好な範囲に制御することに成功しました。エレクトロニクスフリーなシステムとしては、世界初の成果と考えられます。人工膵臓デバイスは既存のインスリンポンプより安価で、また患者自身によるメンテナンスも不要なことから、普及が困難な地域の患者向けの治療として将来的に期待されています。実用化に向けた今後の研究開発に注目したいところです。

技術発展の先にある未来

今回は生活習慣病の中でも糖尿病にフォーカスし、国内外の現況や患者負担を軽減しQOLの改善につながる事例を紹介しました。将来急増することが予測されている糖尿病ですが、その勢いを食い止めるためにも、現在研究・開発が進んでいる技術の実用化に期待が高まります。

技術が飛躍的に発展した未来では、生活習慣病の予防やケアも全く新しい進化を遂げることが予測されます。日常生活を送っているだけでケアがなされ健康が守られる、そんな世界も夢ではないかもしれません。

*1 平成14年(2002年)に国民の健康維持と現代病の予防を目的として制定された法律。

*2 国民・企業等に健康づくりの取り組みを浸透させ、健康増進の観点から理想とする社会を目指す運動。平成25年度からは、新たな健康課題や社会背景等をふまえ、「健康日本21(第二次)」がスタートしている。(出典:https://www.health-net.or.jp/syuppan/leaflet/pdf/kenkou_kazoku.pdf)

*3 IDF Atlas 10th edition p4

*4 IDF Atlas 10th edition p57

*5 EPIDEMIOLOGY / HEALTH SERVICES RESEARCH| JANUARY 20 2011 https://diabetesjournals.org/care/article/34/2/353/39210/Trends-in-the-Prevalence-of-Type-2-Diabetes-in

 

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