ウェルネスツーリズムとは|定義や日本での事例を西村典芳先生が紹介

2023.04.28

時代とともに人々の価値観やライフスタイルが変わる中、「新しい旅のスタイル」として注目されているのがウェルネスツーリズムです。約50年前に提唱されたヘルスツーリズムが医学的なアプローチを重視しているのに対して、ウェルネスツーリズムは健康で幸せな暮らしにつながるプロセスを重視しています*1。今回は、ウォーキングに関する研究成果を取り入れたウェルネスツーリズムを提唱する流通科学大学人間社会学部の西村典芳教授に話を伺い、ウェルネスツーリズムの定義や事例、効果などを紹介します。明日に向かう力をチャージしたり、リフレッシュして新たなビジネスの発想を得たりする旅のヒントを見つけてみませんか?

西村典芳 教授

流通科学大学 人間社会学部 観光学科 教授

日本観光経営学会会長。日本ウエルネスウォーキング協会会長。日本ウエルネス学会理事。総合旅行業務取扱管理者。近畿大学卒業後、大手学習塾に入社。社内起業し旅行会社の経営に携わる。44歳のときに出会った「森林セラピー」をきっかけに、早稲田大学人間科学部にて学び、日本大学大学院総合社会情報研究科、和歌山県立医科大学大学院医学研究科にて「ウエルネスツーリズム」を研究し、地域の健康づくりを通じて活性化を支援している。

ウェルネスツーリズムとは

ウェルネスツーリズムは「健康の維持・増進」を主な目的にした旅の形態をいいます。ヘルスツーリズムと混同されがちですが、西村教授は両者の違いを次のように解説します。

「ヘルスツーリズムは、科学的エビデンスに基づく健康回復のためのメニューを中心に組み立てられます。ウェルネスツーリズムは、生きがいや自己発見、QOL(生活の質)向上などを含めたヘルスプロモーション※に力を入れているのが特徴といえます」(西村教授)

ウェルネスツーリズムの市場はひろがりを見せており、2020年には国内外で有名なホテルチェーンが、ウェルネスをビジネスチャンスとした宿泊サービスを展開しました。医師・管理栄養士が監修した断食メニューを提供するプランをはじめ、客室でプライベートフィットネスが楽しめるプラン、瀬戸内海の海を眺めながらヨガやスパを楽しむ3連泊プランなど、新しい需要に合わせてプランニングしたと発表されています*2

Global Wellness Instituteの調査報告(2021年調べ)*3によると、2019年のウェルネスツーリズムの世界市場は7,204億ドル、日本市場は266億ドルと見積もられています。また同調査報告では「医療とウェルネスの領域は、ポストコロナ期においてますます融合していく」という見解が示されています。

※ ヘルスプロモーションとは、自らの健康をコントロールし改善できるようにするプロセスを意味します。

ウェルネスツーリズムに注目が集まる背景

2020年以降、コロナ禍においては、旅行を控える動きが続きました。しかし2023年3月からマスクの着用が個人の判断が基本となり、5月には新型コロナウイルス感染症が「5類感染症」に移行することで、入院勧告・指示、感染者や濃厚接触者の外出自粛要請といった行動制限がなくなります。

これにより、今後数年で人々の旅行熱が過熱し、ウェルネスツーリズムの市場は、2019年の7,204億ドルから、2025年には1兆1,276億ドルに急成長すると予測されています(Global Wellness Institute 2021年調べ)*3。日本でもウェルネスツーリズムのニーズの高まりを受けてか、2023年5月に日本初のウェルネスツーリズム展示会「第1回 国際ウェルネスツーリズムEXPO」が開催されます。

ウェルネスツーリズムのポイント

旅のプログラムデザイン

ウェルネスツーリズムへの取り組みにあたっては「旅のプログラムデザイン」と「仲間をつくること」がポイントだと西村教授はいいます。

「旅の『目的・目標』を明確にし、その実現のために、時期と時間(いつ)、場所(どこで)を決定することが最も重要です。一定程度の集団として旅を企画する場合は、適切な指導者(だれが)と参加者(だれに)を定める必要もあります」(西村教授)

さらに、可能な限り、個人の目的にそったパーソナルなデザインであることが理想だといいます。

「多くの人が、手段を目的にしてしまっているように感じます。たとえば、ヨガを取り入れればウェルネスツーリズムである、と捉えてしまうことです。ウェルネスツーリズムは、参加することで自分の生活習慣を見直し、旅が終わったあとに理想の自分に近づくための行動変容につながることが重要だと考えています」(西村教授)

西村教授はかつて旅行会社の経営者として忙殺されていたときに、重度の糖尿病と診断されました。その際、教育入院で指導された「歩くこと」に触発されたことから、ノルディックウォーキング協会のインストラクターの資格を取得したそうです。現在では「歩くこと」がライフワークになり、後述するウェルネスウォーキングの活動につながっています。

仲間をつくること

西村教授が重視する「仲間をつくること」は、「ソーシャル・キャピタル※」を高めることでもあります。

※ ソーシャル・キャピタルとは、人々の協調行動を活発化することによって社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴のことをいいます*4

「イベントに参加するのは7割が女性です。女性のほうが人とのつながりをつくるのが上手だからです。男性はとくに退職後、人とのつながりが乏しくなりがちです。その結果、健康づくりにつながる活動にも参加しにくくなってしまうのです」(西村教授)

上記の理由から、旅を企画する立場として西村教授の最大の課題は、男性の参加者を増やすことだといいます。
「男性が魅力的に感じるアクティビティを用意すると同時に、参加者同士につながりを持ってもらうようプログラムを工夫します。仲間ができれば、続けてきてくれるようになりますから」(西村教授)

西村教授によると、関西のある企業は「健康経営」の一環として、ワイナリーを巡るウェルネスウォーキングに参加していましたが、社内で告知しても参加希望者の大半が女性だったそうです。そこで、灘にある酒蔵で健康的な食事と名酒を楽しめるイベントを案内したところ、参加者の7割が男性になったといいます。そのイベントで仲間ができ、継続的に男性参加者が参加されています。

旅で仲間ができ、ウェルネスツーリズムに継続的に参加するようになり、健康増進のために不可欠な継続性が、旅を楽しみながら保たれる――。このポジティブな連鎖こそ、ウェルネスツーリズムの特長ではないでしょうか。

また、西村教授はこうした仲間をつくる効果について「旅は人にとって第3の場所(third place)になる」と表現しています。

ウェルネスツーリズムで辿り着く「サードプレイス」が心身にもたらす効果

「サードプレイス」とは、1989年にアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが自著で提唱した概念です。職場でも家庭でもない、公共の場で人が集まりコミュニケーションが生まれる場を指します*5

ウェルネスツーリズムのプログラムデザインによっては、サードプレイスで参加者や地域の人たちとの交流が生まれます。例として、西村教授はガストロノミーウォーキングを挙げます。

ガストロノミーウォーキングは、フランス・アルザス地方で6月から9月の週末に開催されているイベントです。各村の主催で、地域の活性化を目的としています。ガストロノミーはフランス語で「美食」を意味し、参加者は各村のワイナリーをウォーキングでまわりながら食事とワインを楽しみます。

西村教授が「仲間をつくることは健康につながる」と強調する通り、サードプレイスを持つ人のほうが転倒・認知症・うつの発生率が低いと報告されています*6

また、ハーバード大学の成人発達研究では「良好な人間関係が健康や幸せの基礎となる」と結論付けています。これは、ハーバード大学卒の男性グループとボストンの貧困層の男性グループ(約700人)を、約80年もの長きにわたって追跡調査した結果から導かれたものです*7

研究の責任者であるロバート・ウォールディンガー博士は、副責任者マーク・シュルツ氏との共著『The Good Life』において、「健康で幸せな人生は、学歴や年収で決まるものではない。あらゆる形の人間関係が、より幸せで健康的な人生に貢献する。今ある人間関係を強化するのに遅すぎることはなく、新しい人間関係を築くのに遅すぎることもない」と示しています*8

このように、ウェルネスツーリズムのサードプレイスで構築される人と人とのつながりが幸せや健康を支える要素となりえますし、その場で得られる刺激やインスピレーションが、自己成長につながる可能性もあります。

地域創生にもつながる西村教授の「ウェルネスウォーキング」

西村教授は、学び直しの目的で入学した早稲田大学人間科学部で、ウォーキングや森林セラピーを研究しました。その成果に基づき、ウォーキングを主なアクティビティ(活動)とする「ウェルネスウォーキング」を提唱しています。

健康に関心が高くない人をも惹きつけ、続けられる魅力を

ウェルネスウォーキングは、専用のポールを使用するノルディックウォーキングや、ドイツの健康保養地で行われている「自然療法」に、街歩きなどの要素を取り入れたウォーキングです。最初に血圧を測定し、インストラクターのガイダンスの後、準備体操をしてからウォーキングを楽しみます。ウォーキングの後に再度血圧を測定し、効果を検証します。

西村教授がイベントのプログラムづくりで重視していることは「楽しくなければ続かない」ということです。

「実際、2018年にONSENガストロノミーウォーキングに参加した際、多くの人が楽しそうに集まっているところを見て、ただ健康にいいからではなく、豊かな楽しみを提供することが人々を惹きつけているということを実感しました。同時に、こうしたイベントは地域の食材のプロモーションにつながり、地域創生にも役立っていると感じました」(西村教授)

この経験に基づき、西村教授がプランニングするウェルネスウォーキングは、地域の特性を活かしたプログラムになっています。
「健康意識が高くない人でも惹きつけるような文化的なアプローチをしています。先述したように神戸のウェルネスウォーキングでは、灘にあるたくさんの神社をめぐり、灘の酒蔵で蔵出しの日本酒を味わうプログラムにしました。港町・横浜のウォーキングと中華街のランチを組み合わせたプログラムもあります」(西村教授)

また西村教授は、地域の食事やお酒を楽しめるような設計が地域創生にもつながる例として、鳥取県・湯梨浜町でのガストロノミーウォーキングを挙げます。

「湯梨浜町は鳥取牛が有名なのですが、イベントの立ち上げを支援したときに、牛骨ラーメンというご当地グルメがあるのを初めて知りました。また鳥取には北条ワインという、砂丘で育った甘いブドウでつくられたおいしいワインもあります。ウォーキングがワインを飲んだりラーメンを食べたりするきっかけになりますし、気に入れば購入して帰る、お酒を飲むイベントならば一泊する、といったように、地元に利益が回ります。次なる何かのステップにつながっていくでしょう」(西村教授)

ウェルネスウォーキングを通じて地域の自然や歴史、食を含めた暮らしぶりを直接体験することで、地域が元気になり、地域住民や参加者の健康が増進するといえそうです。

効果を検証。「見える化」で個人のヘルスリテラシーもあげていく

西村教授は、人々にウェルネスツーリズムへの参加を呼びかけるには「アクティビティの効果を科学的に検証し、それを見える化することも大切」だと考えています。そこで、さまざまな自治体と協力して、ウェルネスウォーキングの検証研究を行ってきました。

兵庫県多可町との取り組みでは、健康保養施設のコーディネーターとして町独自のプログラムを開発しました。その効果を、血圧やロコモ度テスト※など一般的な生体指標などをプログラム前後で測定し、効果を見える化し、取得したデータは参加者個人に直接渡します。

※ ロコモ(=ロコモティブシンドローム)度テストとは、移動機能を確認するためのテストで下肢筋力や歩幅の調査、からだや生活の状態を調べます*9。ロコモティブシンドロームは、運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態を指します*10

「みなさん効果に一喜一憂しながら参加していますが、私は、継続することが重要と考えます。イベントで血圧などを測定して見える化することで、まず自分自身の状態を把握し『明日からは気を付けよう』『明日も続けてがんばろう』という気持ちになっていただき、健康増進のための行動変容につながっていくことを支援したいと思っています」(西村教授)

西村教授が提唱するウェルネスウォーキングの目的には、個人のヘルスリテラシーを高めることも含まれます。ウォーキングの前に「勉強」するのではなく、歩きながら、また効果をみせながら解説すれば、参加者も素直に耳を貸してくれるそうです。

ウェルネスツーリズムを取り入れたワーケーション

コロナ禍において、郊外の宿泊施設などでメリハリをつけて仕事をする「ワーケーション」という考え方も普及しました。西村教授は、兵庫県の有馬温泉でウェルネスツーリズムを取り入れたワーケーションも支援しています。

「有馬温泉は宿泊料が高いというイメージがありましたが、最近はリーズナブルに長期滞在できる湯治型施設も登場しています。空き家をリノベーションして、2階をワーケーションにも適した宿泊施設に、1階を食事提供施設にする試みが行われています」(西村教授)

ワーケーションとして仕事をしながら、スパやウォーキングを取り入れたウェルネスツーリズムを体験する――。西村教授は2023年中に宿泊プランとして商品化し、健康面での検証結果を2024年の日本温泉気候物理医学会総会で事例報告する予定だといいます。

ウェルネスの個人的な追求と社会はつながっている

ウェルネスツーリズムは「医者から提案されたから」「~しなければならない」という姿勢ではなく、個人がポジティブに考え積極的に参加することが重要である、と西村教授は強調します。

西村教授は2015年に兵庫県多可町の町長から依頼を受けて、健康保養施設のコーディネーターに就任しました。立ち上げの背景には、当時の町長が町民の健康に問題意識をもっていたこと、また町営ホテルの稼働率を上げる観光振興の目的があったといいます。

「健康保養施設のプロジェクトメンバーには、当初から『自分が町をよくするための組織をつくる、という意識をもって取り組んでほしい』と言っていました。町の予算を頼りにしていたら絶対に長続きしません。町民の一人一人が、歩くことが健康につながることを理解して、活動の輪を広げていくことが大事だと考えていたからです」(西村教授)

結果として、一般社団法人「多可の森健康協会」ができ、町全体で健康ウォーキングを継続・推奨しています。

「ウェルネスウォーキングの参加者によく伝えているのは『人とのつながりが健康につながる。家にとじこもっていてはいけない。自分から動き出そう』ということです」(西村教授)

「健康になりたい」という個人的な追求とコミュニティである社会活動はつながっています。健康増進のための行動によって、新たな交流が生まれ、日常生活に活力をもたらしたりビジネス上の新たな発想が得られたりすることもあるでしょう。さらに、地域の新しい価値創出や課題解決に発展していく可能性もあります。

自分自身のサードプレイスとなり、心身ともに健康になれるウェルネスツーリズム、今度の休暇の旅の、選択肢の一つにしてみませんか。

*1 西村典芳. ウエルネスツーリズムによる地方創生 健康長寿を目指して「お散歩で日本を元気にする」. カナリアコミュニケーションズ 2022

*2 株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイド. “安全・安心・手軽に楽しめる「近場旅」 第2弾:ウエルネスツーリズム、ペットツーリズム、巣ごもり滞在商品を強化” PRTIMES. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000756.000024668.html(参照2023-03-30)

*3 Global Wellness Institute. The Global Wellness Economy: Looking Beyond COVID 2021

*4 内閣府NPO. “Ⅱ ソーシャル・キャピタルという新しい概念” 内閣府NPOホームページ. https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/report_h14_sc_2.pdf(参照2023-03-28)

*5 橋本成仁ほか. 地域差とコロナ前後の比較によるサードプレイスと幸福感の関連性の研究, 都市計画論文集 2021; 56(3):827-833

*6 厚生労働省. “社会参加と介護予防効果の関係について ” 厚生労働省Webサイト. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000087538.pdf(参照2023-03-28)

*7 掘田秀吾. “ハーバード大75年の追跡調査「人間の幸福と健康」を高めるたった1つの方法” プレジデントオンライン. https://president.jp/articles/-/45510?page=1(参照2023-3-24)

*8 Robert Waldinger M.Dほか. The Good Life: Lessons from the World’s Longest Scientific Study of Happiness. Simon & Schuster 2023

*9 厚生労働省. “ロコモ度テスト” 厚生労働省Webサイト. https://www.mhlw.go.jp/content/000656490.pdf(参照2023-04-04)

*10 “ロコモを知ろう” 日本整形外科学会ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト. https://locomo-joa.jp/locomo/(参照2023-04-04)

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