未来洞察シリーズ vol.3 結果編

2023.09.27

2023年は、三井物産株式会社(以下、三井物産)にとって次期中期経営計画をスタートさせる年となりました。これを機にウェルネス事業本部戦略企画室は、株式会社三井物産戦略研究所(以下、戦略研究所)と共同で「未来洞察ワークショップ」を実施しました。「未来洞察シリーズ」では、そのプロセスや結果を紹介します。

未来洞察シリーズの第三弾となる今回は、結果編として未来洞察ワークショップメンバーが考える4つの未来社会を紹介します。

監修者
近藤 義和 氏

株式会社三井物産戦略研究所
フォーサイトセンター センター長


1999年に設立された三井物産のインハウスシンクタンク三井物産戦略研究所フォーサイトセンターにて、個々の研究員の「専門知」を「総合知」とし、高い視点から「未来をみとおす」ことで三井物産グループのビジネスにインテリジェンスとイノベーションの観点から貢献することを目的に、調査・研究を行っている。

2035年における日本のウェルネス社会 ―4つの未来シナリオ―

未来を左右する2つの要素:社会システムの効率化と消費者価値観の変化

“日本のウェルネス社会”における、現状の強み・弱み・機会・脅威の分析(SWOT分析)をふまえ、外部環境変化の中から社会に対する影響度が“大きく”、不確実性が“高い”要素として「社会システムの効率化」、「消費者の価値観の変化」を抽出しました。そして、これらを複数シナリオの形成要因の2軸として設定しました。

「社会システムの効率化」では、リスクをとって社会システムの“DX化が進展”する、あるいは、リスクを回避し社会システムの“DX化が遅滞”する変化を設定しました。「消費者の価値観の変化」では、自己重視の“自分first”に進む、あるいは、公益重視の“社会first”に進む変化を設定しました。この変化軸それぞれの組み合わせでできる4つの社会において、設定したアジェンダ(※)がどうなっているかを書き分け、未来社会シナリオを作成しました。それぞれの社会シナリオについてご紹介します。

※ 設定したアジェンダ:①ウェルネスと呼ばれる領域はどこまで拡張しているか、②データ・技術の活用はどこまで進むか、③社会的課題は政策・制度によってどの程度解決できているか、④企業の役割はどこまで広がっているか

暗中模索JAPAN(リスク回避×自分firstな社会)

-DX改革が不発に終わり医療費負担が増加する中、健康維持が一大ムーブメントに
-キーワード/体制・制度維持、みんな我慢、少子高齢化変わらず、予防意識の高まり

社会

・日本の人口は、少子高齢化に関する抜本的施策がなされないまま、1億1,000万人を下回り、3人に1人が高齢者となった。一方、高齢者の体力は若返り、定年退職ならびに年金支給開始の年齢は70歳になった。財源は厳しいながらも後期高齢者の医療費の自己負担率を上げることで、諸々の制度は維持出来ている。

・社会のデジタル化は進まず、医療分野も慢性的な人手不足状態が続いている。労働力確保のため、アジア新興国と労働者の往来自由化協定を締結した。しかし、高度人材が少なく、医療現場は疲弊し、働き方改革も進んでいない。そのため、医療機関のフリーアクセス制限とゲートキーパー制度導入に向けた議論と制度整備が進んでいる。

医療

・国民は、安価な自己負担で頻繁に受診する習慣から抜け出せず、医療費は増加している。保険者の財政は常に厳しい状況で、自己負担率の引き上げ、若しくは保険適用対象診療の見直し選択を迫られている。

・医療費の自己負担増により、民間の医療保険活用が進み、病気を未然に防ぐ未病対策・予防に関心が高くなる。 “健康維持”が一大ムーブメントとなり、多くの企業で中高齢者向けウェルネス関連の新規事業が開始されている。旅行付き人間ドック、ウェルネスツーリズム、高級宅食サービス等が充実している。

日々の暮らし

・国はテレワークなどのデジタル化や子育て支援政策で女性活躍推進の後押しを図ったが、仕事と育児・介護の両立は難しく、ジェンダーギャップ解消の目標は達成出来ていない。

・国内の閉塞感から、海外に飛び出す若者も存在する。海外先進国でヘルステック・ソリューション・サービス開発に成功した日本人が、その成功事例を逆輸入して日本展開する事例も増えつつある。

・引き続き経済減速が続くなか、低所得層は社会的支援を得られず、不自由な生活を強いられることになり、日本の世界幸福度ランキングは更に低下しつつある。

シナリオに向かう予兆

医療費・社会保障費の増加、人手不足の深刻化、所得の二極化、頻発する個人情報流出

弱肉強食JAPAN(リスクテイク×自分firstな社会)

-民間主導のDX改革が進む一方で、拡大する格差が大きな社会課題に
-キーワード/DX推進のための最低限の制度、規制緩和で民間開放、企業活躍、力のある人が勝つ、貧富の差が拡大

社会

・国は米国型のデジタル経済を志向し、民間主導のDX推進やスタートアップ支援制度を整えることに成功。医療技術が発展し医療費は高額化しつつあるが、税金や社会保険などの国民の負担増は抑制し、ギリギリのところでバランスを保っている。

・慢性的な人手不足から、企業は健康経営が有効な人材投資策と認識し、健康経営に積極的な企業に人気が集まっている。健康関連サービスを提供するスタートアップ企業も数多く生まれ、海外Big Techに並ぶ日本企業も活躍している。AI、AR/VR、メタバース、ブロックチェーンなどの技術の普及で、日々のコンディションが見える化され、行動変容を促すウェルネスツールも多種多様になってきた。

医療

・公的医療機関へのフリーアクセスは維持され最低限の社会保障制度は保たれている一方、ハイグレードの病院には診療報酬の個別裁量権が許容され、患者は少ない待ち時間で高度医療が受けられている。国民は高騰する医療費の自己負担リスクを避けるべく、生活習慣改善に対する意識を高め、予防に取り組みはじめた。

・全国の病院で国民の標準化診療データが管理され、遠隔医療・オンライン診療が機能している。医療従事者の働き方も改善・多様化し、一部リモートワーク、トラベルナースも一般化している。

日々の暮らし

・政府は財源不足から生活困窮者へのセーフティネット拡大に消極的で、それによってさらに格差が広がり、社会が二極化しつつある。結果として、先進的なウェルネスサービスを享受できる層は病気を未然に防げるようになったが、一方で、情報・ヘルスリテラシーの低い人や低所得者層は、病院に行かない習慣が定着している。

・社会構造が二極化するなか、高所得者層は自由と多様な余暇を満喫できるが、恩恵が及ばない低所得者層では不安・不満が拡大し、水面下で社会的不和が高まりつつある。

シナリオに向かう予兆

データ利活用の進展、慢性的な人材不足、AI・ロボットの社会実装、民間企業主導DX、所得の二極化

安寧秩序JAPAN(リスクテイク×社会firstな社会)

-国民負担は増えるがDX改革が進み、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)社会が実現
-キーワード/国主導の改革、政府への信頼、増税、デジタル、ワークライフバランス、所得格差の縮小

社会

・国が主導するDX改革が進み、生活のあらゆる場面でオンラインサービスを受けることが出来るようになった。消費税は25%にまで上がったが、国民はそれに見合った利便性を享受している実感があり、増税に同意・納得している。二極化は解消しつつあり、富裕層、貧困層ともに減少した。

・国は本格的に少子化対策に乗り出し、2035年には政府主導のDX改革、女性活躍が進み、国会議員の半数近くを女性が占めるようになる。ジェンダーギャップのみならず、社会がLGBTQを当たり前に受け入れるようになり、社会の多様化が進んでいる。

・保育園・幼稚園から大学・大学院まで、給食・教材費含めて学費が全て無料になった。「国民には、自分の可能性を最大限に追求し、創造性を発揮するなどの自己実現をする上で必要な優れた教育を受ける権利がある」との政府方針が国民から信頼と評価を得るようになった。

医療

・国民は情報保護システムを信頼しており、安心して個人データ開示に同意している。病院や薬局などの医療機関は、電子カルテ情報が共有出来るようネットワーク化され、診察履歴、診断結果、処方箋等のデータが一元化されることで、医療従事者と患者本人が相互にアクセス可能になった。医療DX化が進むことで、診療報酬は適正化され、医療従事者の働き方改善とともに、医師を目指す学生も増えた。

・国は、web3を基点にデジタル化を推進することを掲げ、海外Tech企業によるデータ寡占を制限し、信頼のおける国内Tech企業が多数成長した。データを活用した新規ビジネスが立ち上がり、フェムテックも活況となる。

日々の暮らし

・国民の国に対する信頼感は総じて高まり、国民の多くが社会の寛容さと将来に対する安心感を享受しており、世界幸福度ランキングは大きく上昇した。

シナリオに向かう予兆

消費増税、社会保障の充実、公的デジタルインフラの整備、所得の平準化

共存共栄JAPAN(リスク回避×社会firstな社会)

-DX改革が遅滞する中、調和と公益最優先社会で新たなプレーヤーが大活躍
-キーワード/新たなプレーヤーの登場(NPO、地域コミュニティ、ベネフィットコーポレーション)、CSRへの期待高揚

社会

・財源不足やリスクを懸念する保守派勢力の圧力により、政府のDX改革は失速し、社会のデジタル化は遅々として進まない。少子高齢化で、労働力不足が更に顕著となり、各種業界の再編・統合が進んでいる。

・大企業では、多額の寄付や兼業・副業解禁による人的支援を行い、社会的貢献を果たすことが常識となった。ベネフィットコーポレーションも増加し、地域医療分野でも活躍している。寄付、ボランティア、CSR等の活動が活発化し、ウェルネス領域で新たなプレーヤーが多数出現する。

・環境との調和や公共利益を第一とするZ世代、α世代の価値観が台頭し、社会課題解決を優先する企業やNPOが市民の信頼を得て高く評価されている。このような社会風潮から企業は積極的に従業員の健康増進に投資を行う“攻め”の健康経営を行っている。

医療

・医療費は増加傾向で、これを社会課題とする意識が高まり、利用面の自発的な改善がみられる。医療体制がひっ迫する地域では、自治体がNPOと協力して、かかりつけ医制度を導入し、健康アドバイザーや救急安心センターの活用も奨励している。

・医療人材の不足から、国は卒業後の僻地勤務を条件に大学奨学金を支給し、状況改善に務めている。

日々の暮らし

・女性の活躍・社会進出とともに、多様な美容・ウェルネスサービスが活況となる。こども食堂など、民間やNPO、ボランティアによる育児・家事・介護支援サービス需要が拡大し、企業はそのような団体への寄付を惜しまない。

・単身高齢者が低額利用できる施設ニーズが高まり、高齢者向けのシェアハウスが増加する。

・行政依存の脱却意識から、社会貢献意欲が高まり、家族・コミュニティでの連帯も強化され、ソーシャルキャピタル(※)を確立した地方では幸福度が著しく上がっている。

シナリオに向かう予兆

NPO・地域コミュニティの躍進、共助意識の高揚、兼業・副業の進展

※ ソーシャルキャピタル:社会の効率性を高めることのできる「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会的組織の特徴

まとめ

今回のワークショップメンバーが考える4つの未来社会について、皆さんはどう思いましたか?また、2035年に、どの未来シナリオが現実になっていると思いますか?これについては、メンバーの中でも意見が分かれました。実際の未来は、もしかしたら今回想定した4つの内のどれか特定のシナリオに近づくということはなく、2つのシナリオを合わせた中間的な社会になっていたり、あるいは、地域ごとに異なる未来シナリオになっているかもしれません。

本シリーズの掲載の初回、導入編でもお伝えした通り、未来洞察は「未来を予測することは困難」であることを前提としています。現実化する未来は、わたしたちにとって都合のよいものであるとは限りません。“ありたい未来”を理想として掲げることも重要ですが、“ありうる未来”をあらかじめ想定し、各シナリオの未来社会や事業環境について、自社や自身の役割を考え、プランを検討し、準備しておくことは、これからの時代ますます重要となるのではないでしょうか?

より強力で効果的な未来洞察の検討には、広範かつ多様な知見、そして創発力が欠かせません。この「陽だまり」では、未来洞察の取り組みを社内外に発信するとともに、多くの方と議論を深め、より良い未来に向けた洞察を深める場にもしていきたいと思っています。ぜひご意見、ご感想をお聞かせください。

 

未来洞察「2035年における日本のウェルネス社会」
参加メンバー(敬称略)

三井物産株式会社ウェルネス事業本部
永弘、林、福森、川島、眞鍋、相馬、尼田、木下

株式会社三井物産戦略研究所
近藤、永島、金城、石黒、川村、高島、藤井、松岡

イラスト制作会社:マンガデザイナーズラボ株式会社 https://manga-designers.net/