未来洞察とは|未来洞察シリーズ vol.1 導入編
2023.06.06
2023年は、三井物産株式会社(以下、三井物産)にとって次期中期経営計画をスタートさせる年となりました。これを機にウェルネス事業本部戦略企画室は、株式会社三井物産戦略研究所(以下、戦略研究所)と共同で「未来洞察ワークショップ」を実施しました。「未来洞察シリーズ」では、そのプロセスや結果を紹介します。
今回は未来洞察シリーズの導入編として戦略研究所フォーサイトセンターの近藤センター長にお話を伺い、未来洞察とは何か、その考え方や活用事例などについて教えていただきました。
監修者
近藤 義和 氏
株式会社三井物産戦略研究所
フォーサイトセンター センター長
1999年に設立された三井物産のインハウスシンクタンク三井物産戦略研究所フォーサイトセンターにて、個々の研究員の「専門知」を「総合知」とし、高い視点から「未来をみとおす」ことで三井物産グループのビジネスにインテリジェンスとイノベーションの観点から貢献することを目的に、調査・研究を行っている。
未来洞察とは? ー考え方、必要性、手法、重要なポイントについて
未来洞察の考え方と必要性に関して、教えてください。
「未来洞察(フォーサイト)」は、「未来予測」ではありません。VUCA時代と呼ばれる、めまぐるしい環境変化を予測することは困難であり、未来の一点予測は危険です。変化が激しく、想定外の事が起こる今の時代、自分たちにとって都合の良い未来だけではなく、先を見通す力を鍛え、将来起こり得る「ありうる未来」を予め複数ケース洞察しておくことが時代の変化に柔軟に対応し生き残るために必要になります。
最近、国内でも未来洞察の重要性が注目されているようですが、実際どうですか?
はい、未来洞察(フォーサイト)活動に取り組む企業が増えていると感じます。グローバル化により資本主義経済が進むなかで、企業は株主至上主義により、どうしても短期的な利益を求めざるを得なかったことから、長期視点で戦略を策定することが難しかったものと思います。定量重視の中期経営計画はしっかり作成するものの、長期視点の先行投資やサステナビリティに対する取組が十分でなかったことが、海外のグローバル企業から遅れをとった要因のひとつとも言われています。そのため、昨今では未来洞察に取り組む企業が増えていますね。
未来洞察に取り組む上で、具体的な手法はありますか?
一般論としては、ポッパーという未来学者の方が提唱した33のメソッドがあると言われています(図1)。これらのメソッドは、創造性とファクトに基づくもの、専門的知識と相互作用に基づくものでマッピングされています。重要なことは、これらのメソッドを単体ではなく、複数組み合わせてバランス良く未来を洞察することです。
図1. Foresight Diamond
出典: Popper, R. (2008) Foresight Methodology, in Georghiou, L., Cassingena, J., Keenan, M., Miles, I. and Popper, R., The Handbook of Technology Foresight: Concepts and Practice, Edward Elgar, Cheltenham, pp.44-88.
特に重要な未来洞察の手法はありますか?
目的によりますが一般的に、政府や企業で未来洞察を行う場合は、シナリオプランニング、スキャニング、ビジョニングなどがあげられます。未来洞察を行う上での考え方として、「ありそうな未来」、「ありうる未来」、「ありたい未来」という3つの未来に対するアプローチがあり、シナリオプランニングでは、少し先のテーマに関して「ありそうな未来」と「ありうる未来」を中心に将来の事業環境について考えます。スキャニングでは現在起こり始めている複数の事象から、帰納法的に「ありうる未来」について仮説を立てるアプローチとなります。主には、新規事業や研究開発テーマのアイデア創出として利用されるケースが多いです。ビジョニングは、自分たちの「ありたい未来」について考えるものになります。企業活動においては、長期ビジョンのような形で示されているケースが多いと思います。
未来洞察を行う上で、重要なポイントについて教えてください。
活動のキーワードとしては “What if”です。未来洞察では、不確実性の高い未来について仮説を立てることになりますが、目的はその先にあります。例えば設定したありたい未来からバックキャストを行い、当面の戦略やアクションを検討したり、具体的な新規事業のアイデアを練ったりするところが“What if”にあたります。その他に “Why”も重要と考えています。企業では未来洞察を行うことで、なにがしかの意思決定を行うことを求められると思いますが、多忙な意思決定者がワークショップなどの具体的な活動に参加することは難しいのが実情でしょう。そのため、作成した未来洞察のアウトプットには説明を受ける意思決定者に対するロジカルな納得感が必要になります “なぜ”そういう未来を描けるのか、どういう場合に起こり得るのかなど、説得力のある内容にしていく必要があるはずです。こうしたことから、フォーサイトセンターでは “What if”と“Why”を特に重要視して活動しています。
未来洞察ワークショップ「2035年における日本のウェルネス社会」
ワークショップの参加メンバーと進め方について教えてください。
三井物産ウェルネス本部の戦略企画室と戦略研究所のメンバー、あわせて10名ほどのワークショップ形式で進めました。未来洞察では多様な視点を採り入れることが重要です。三井物産の事業本部で活躍されている方は、自組織が取り組んでいる事業の環境変化については、よく理解されていますが、その周辺で起こるであろう環境変化については必ずしも経常的な観察を行っているとは限りません。そうした意味で、普段からさまざまな視点で調査・研究を行っている戦略研究所のメンバーが参加することは、多様性を補完するために貴重な役割を担っていると考えています。
また、未来洞察ワークショップは、短期間に集中的に実施することも可能ですが、今回は2022年7月から2023年の3月末までのおよそ9カ月間、月2回開催(平均)の計18回ワークショップで、じっくり検討してきました。
今回、用いられたシナリオプランニングとは、どのようなものですか?
シナリオプランニングは、10年から20年後の少し先に訪れるであろう、複数の社会像を描いて、そこからバックキャストして中長期の計画を策定するといった取り組みになります。そして、その発祥は、米フューチャリストのピーター・シュワルツ氏と言われています。企業の取り組みとして、その成果が有名なのはロイヤル・ダッチ・シェルです。シェルは1960年代からシナリオプランニングを行っていました。そうした中、1970年代に起こったオイルショックをシナリオプランニングで予見、同業他社がこぞって発電燃料向けに大型タンカーの建造に邁進するなか、同社は石油化学製品の製造にいち早く取り組んで業績を向上させたと言われています。その後も同社は定期的にさまざまなシナリオプランニングを発表しています。
具体的なプロセスについて、教えていただけますか?
一般的に使われている以下のフローチャートのうち、①から⑥に沿って進めました。これに加え、ワークショップの進捗、合意状況に合わせていくつかのフレームワークを適宜設定して、シナリオのコンセンサス形成を行っていきました。特に重要なのは⑤の「複数シナリオ作成」における不確実性が高く、影響度も大きいキードライビングフォース(変化要因)の特定となります。5つほど候補が上がった中から、最終的に“消費者の価値観・倫理観”と“社会の効率化・DX化”を採用し、それぞれセルフファーストとソーシャルファースト、リスクテイクとリスク回避を両極の変化として、4つのシナリオを作成しています。
図2. シナリオプランニングの実施フロー
出典:新井宏征氏「実践シナリオ・プランニング」(2021)pp.89-110に基づき戦略研究所作成
シナリオ作成のポイントは何でしょうか?
まずは、シナリオを作成する目的を明確にしておくことです。冒頭でシナリオのテーマを決める際にアジェンダを設定します。アジェンダというのは、シナリオ作成時にシナリオ毎の違いとして見出したい項目となります。今回のシナリオプランニングでは、①ウェルネスの定義:ウェルネスと呼ばれる領域がどこまで拡張しているか、②データ・技術:データ活用や技術適用がどの程度進んでいるか、③社会・制度:社会的課題は政策・制度によりどの程度解決できているか、④企業:企業の果たす役割はどこまで広がっているか、をアジェンダとし、2035年にはこれらのアジェンダにシナリオごとの違いが表れているであろうということを想定して、ワークショップを開始しました。作成した4つのシナリオについても、アジェンダを意識し、その違いについて別表も作成しています。
7番目のプロセスである戦略オプションの検討されなかったのでしょうか?
はい。戦略オプションは、今後、三井物産ウェルネス事業本部で検討することにしており、ワークショップではシナリオの作成までを行いました。
今回作成したシナリオは、今後どんな形で活用されることを期待していますか?
シナリオに応じた、自社の戦略オプション検討もありますが、今回検討した本シナリオを「陽だまり」で公開することで、ウェルネス社会に関わる多くの方々との議論が活性化できればと思います。「どのシナリオの蓋然性が高そうか」、「どのシナリオが望ましいか」、また「そのシナリオに向かうには何が必要か」など、政策立案者や潜在的な協業者の方々と前向きな話し合いができれば、未来のウェルネス社会も明るい方向に進むのではないでしょうか。また、シナリオプランニングに正解はありませんので、今後の環境変化に合わせて、そうした方々とも多様な観点からシナリオの更新ができれば良いなと感じております。
By Loose Drawing(https://loosedrawing.com/)
未来洞察のススメ
変化に柔軟に対応できるマインドを育てよう!
デジタル技術やAIなどの加速度的な進化も予測されている中、先を見通すことは今後、ますます難しくなるかもしれません。未来洞察の取り組みにおいて、仲間と様々な議論をしながら複数シナリオを検討することで、日々起こる出来事を見る視点が鍛えられるといった側面もあります。時代の変化に対して感度を高め、柔軟に対応できるマインドを育てるためにも未来洞察に取り組んでみてはいかがでしょうか?
次回は、未来のウェルネス社会に影響を及ぼす外部環境要因の抽出とシナリオ作成に向けた分析方法、分析結果に基づき作成したベースシナリオ、5つめのステップ「複数シナリオ作成」におけるキードライビングフォース(不確実性が高く、社会への影響が大きい変化要因)特定のプロセスなどについて紹介します。