アスリートを支える「スポーツ栄養学」、管理栄養士が語る食事戦略[後編]
2025.01.28

パリ2024大会では、アスリートたちの活躍が世界中に感動を届けました。その活躍を支える上で欠かせない要素の一つに「食」があります。パフォーマンスを左右する「食」を科学的にサポートするために発展してきたのが、「スポーツ栄養学」という分野です。
今回は、アスリートへのスポーツ栄養サポートを行っているエームサービスの管理栄養士、松岡未希子氏にお話を伺い、スポーツ栄養学における同社の取り組みや、ビジネスパーソンにも応用できるパフォーマンスを向上させる食習慣のヒントを教えていただきました。
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広がるスポーツ栄養学の可能性

スポーツ栄養学の領域に関して、発展をみせているようですね。
「早稲田大学スポーツ栄養研究所※」との研究成果としてアスリートのアセスメントに関するものを含む書籍を3冊出版しています。その1つである「アスリートのための朝食術」(女子栄養大学出版部)では、スポーツに本格的に取り組む学生の一部が朝食を抜いているという同研究所の調査結果を受けて、朝食の重要性や手軽に作れる朝食レシピを紹介しています。研究を通じて得られた知見は、私たちの日々の業務にも活用しています。
また、スポーツ栄養学の知見を応用し、栄養管理を通して日本人宇宙飛行士の健康維持をサポートするプロジェクトにも参画しています。地上とは全く異なる宇宙環境で任務を遂行する宇宙飛行士にとって、健康維持はパフォーマンスを左右する非常に重要な要素です。健康管理運用業務では複数の企業が参画する中、当社は大妻女子大学と協力し、栄養管理業務を担当しています。私は、2023年8月から2024年3月まで国際宇宙ステーションに滞在された古川 聡 宇宙飛行士の栄養管理をサポートしていました。
宇宙飛行士への栄養管理は地上での訓練期から実施し、国際宇宙ステーションに滞在期間中はNASA経由で送られてくる食事内容を分析し、評価結果を基に体重の推移などを考慮し定期的に栄養指導レポートを作成します。宇宙環境下の限られた食品の中からベストな栄養バランスを実現するミッションは簡単ではありませんでしたが、その分とてもやりがいのある取り組みでした。
※ 早稲田大学スポーツ栄養研究所:2013年4月に設立された日本初のスポーツ栄養学に特化した研究所。アスリート向けの栄養・食事ガイドライン策定を目的に調査・研究を行い、国内外の研究機関や企業との共同研究を通じて、エビデンスの構築と成果の社会還元を進めている。
日本人宇宙飛行士の栄養管理のサポートもされているのですね!スポーツ栄養学の知見から、ビジネスパーソンにアドバイスできることはありますか?
はい、スポーツ栄養学の知見は、ビジネスパーソンにも十分活用できます。ビジネスパーソンが健康を維持し、パフォーマンスを最大限発揮するために、まず「朝食をとること」をお勧めします。
アスリートに最初にお伝えするのが朝食の重要性なのですが、ヒトの体内時計は24時間より長いため、毎朝、体をリセットする必要があります。朝食は体を目覚めさせ、午前中の仕事効率を高める重要な役割を果たします。ただ、忙しいビジネスパーソンが毎朝一汁三菜の朝食を準備し、それを継続することは簡単ではありません。普段、手軽におにぎりやパンで朝食を済ませている方であれば、おにぎりの具材に鮭を加えたり、パンにハムやチーズを添えたりすることで、体を目覚めさせるタンパク質と脳のエネルギー源の元となる炭水化物が摂れます。こうした小さな工夫で、午前中の仕事効率を高めることが期待できます。
また、スポーツ栄養学の基礎に立ち返ると、現在の食事量を見直すことをお勧めします。活動量に見合った食事量は、体重の増減で判断できます。体重が維持できていれば、食事量と活動量のバランスが取れているといえます。ただし、タンパク質やビタミン、ミネラルといった栄養のバランスを体重の増減では判断できないため、「1食あたりタンパク質は20g」「野菜は1日350g」など、推奨量を目安に色々な食材を食事に取り入れバランスを意識していただければと思います。
栄養の重要性は「気づいたもの勝ち」

今後、エームサービスがスポーツ栄養分野で目指す方向性について教えてください。
スポーツ栄養学のノウハウを、より多くの生活者のみなさんに届けたいと考えています。当社は、2023年から東京都が主催するスポーツイベントに参加し、イベント参加者と栄養士・管理栄養士が直接交流できる場を設けています。その際、「毎日の食事や栄養について気軽に相談できる人が身近にいたらいいのに」という声を多くいただきました。
こうした声に応えるため、仕事のパフォーマンスを向上させたいビジネスパーソンや、健康寿命を伸ばしたいアクティブシニアなど、さまざまな方々を対象とした栄養サポートの拡充を目指しています。栄養士・管理栄養士がもっと身近で頼れる存在となれるよう、接点をさらに広げていきたいと考えています。
最後に、スポーツ栄養学を活用したコンディショニングに取り組む中で、食と栄養の大切さをどのように実感されているか、お聞かせください。
アスリートの栄養サポートに取り組む中で、トレーニングの重要性は理解しているが、食事についてあまり意識が向いていない選手や、分かっているけれど行動に移せない選手もいます。その際にいつも私は「気づいたもの勝ち」であることを選手に伝えています。この言葉は、競争の世界に身を置き、自ら気づいて行動を修正することの重要性を理解しているアスリートに響くのですが、この考え方は、全ての人に当てはまると思います。
食事や栄養は、身体だけでなく精神面にも影響を与え、人生を豊かにアクティブに過ごすための土台である「健康」を支えています。その重要性に気づいた人から、自分に最適な食事を選び取り、より健康的な生活への一歩を踏み出すことができるのです。
ぜひ今日から、ご自身の食生活に目を向け、小さな改善から始めてみてください。それが、より良い未来を築く第一歩となるはずです。