オフィス空間から紐解く「働きがい」(ワーク・エンゲージメント)とは?[前編]
2024.11.18
少子化による労働人口の減少やグローバル競争の激化に伴い、企業間での人材獲得競争が激しさを増しています。こうした状況下で、人的資本経営や健康経営の取り組みは、従業員のパフォーマンス向上や企業の競争力を維持するために、その重要性が一段と高まっています。一方で、人的資本投資の重要性は理解しつつも、経営に近い立場で具体的にどう取り組めば良いのか悩んでいる方、また一個人として、どのように自身のモチベーションを高めれば良いか模索している方も多いのではないでしょうか?
今回は、従業員のワーク・エンゲージメントとオフィス空間の関係性について研究し、実際にソリューション開発にも携わっている株式会社イトーキの八木佳子氏に、個人や職場全体の「働きがい」を高めるヒントについてご解説いただきました。
八木 佳子 氏
株式会社イトーキ 執行役員商品開発本部 ソリューション開発統括部 統括部長
大阪市立大大学院生活科学研究科修了後、1998年にイトーキクレビオ(現イトーキ)入社。オフィス家具の研究開発を担当し、女性専用のオフィスチェア「カシコチェア」などのヒット商品を開発する。R&D戦略企画部長を経て、2023年より執行役員 商品開発本部ソリューション開発統括部長としてオフィスデータ分析サービス「Data Trekking」を中心としたSaaSサービス開発を統括。
オフィスデータ分析「Data Trekking」https://www.itoki.jp/special/data-trekking/
「プロダクト単体」から「空間全体」へと広がった視野
八木さんのこれまでの取り組みと、オフィス空間とワーク・エンゲージメント(働きがい)の相関について研究を始めた経緯を教えてください。
1998年にイトーキの製造を担うイトーキグレビオ(2005年にイトーキに統合・社名変更)に入社し、机や椅子の動きや使い勝手を支える構造やメカニズムといった要素技術の研究開発からキャリアがスタートしました。開発において、当時、会社では、“長時間すわっても疲れにくい”、といった椅子単体の機能向上が重視されていましたが、年々、顧客の課題やニーズが複雑化する中、空間全体へと研究対象が広がっていきました。具体的には、椅子や机の配置、音、照明など、空間全体をデザインすることによって人々の感じ方や働き方がどう変わり、その結果としてコミュニケーションや生産性、健康にどのような影響をもたらすのか、それらの関連性を考えるようになっていったのです。
今やオフィスで一般化しつつあるスタンディングデスクを例に挙げると、立っているとき人の脳はより覚醒し、生産性が向上するといわれています。また、歩いてる人と目が合いやすいという特徴もあります。人の往来の少ない場所に設置すれば集中力を高められ、多い場所に設置すればコミュニケーションの活性化を促せるというように、目的に応じて空間を選ぶことで異なる効果を発揮することができるのです。
人やモノ、空間と向き合いながら、どうすればオフィスの快適性向上や課題解決につながるのかを研究され続けているのですね。
そうですね。転機は2012年、当社のイノベーションセンターが東京・京橋に設立され、私自身が新たなソリューションや製品開発に携わるようになったことです。その一環として「健康」というテーマが掲げられたことを契機に、「健康」がオフィス空間を考える上で、私自身の軸になりました。「健康」は、「心」と「体」の調和によって成り立っていますが、「心の健康」という点では、働く上でのストレスを減らすことはもちろん、働きがいを生み出すこともオフィスの役割として大切だと考えたことが、ワーク・エンゲージメントについて研究を始めたきっかけでした。
「ワーク・エンゲージメント」の高い従業員とは?
出典:株式会社イトーキWebサイト(https://www.itoki.jp/special/xork/)
そもそも、ワーク・エンゲージメント(働きがい)とは、どのようなものなのでしょうか?
ワーク・エンゲージメントは、「個人」と「仕事全般」との関係性を示し、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を表します。具体的には、「仕事から活力を得ていきいきとしている」「仕事に誇りとやりがいを感じている」、「仕事に熱心に取り組んでいる」、つまり活力、熱意 、没頭の3つがそろった状態を指します※。時間の経過とともに一時的な変動がみられることもありますが、感情やモチベーションとは異なり比較的長期にわたり持続する心理的な傾向を示します。また、同様の文脈で使用される「働きがい」という言葉についても、特定非営利活動法人健康経営研究会による健康経営の概念図では、「ワーク・エンゲージメント」と同義とされています。
「働きがい」と似た言葉に「働きやすさ」がありますが、「働きやすさ」は、目的を実現するための「障壁」が少ないことだと私たちは考えています。例えば「今日はクリエイティブな仕事に集中したい!」と思ったら、事務作業を頼まれやすい場所ではなく、一人で集中でき、かつ創造性を引き出せる環境に身を置けることが「働きやすさ」です。つまり、「働きやすさ」は環境によって整えられるもので、その結果として「自分が目指していたクリエイティブな仕事ができた」という達成感こそが「働きがい」だと考えています。
※ オランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ教授によって学術的に定められた定義。
では、ワーク・エンゲージメントが高い人は、どのような状態にあるといえるのでしょうか?
「ワーク・エンゲージメント」という言葉自体がポジティブな感情を表す言葉ですから、基本的には一定程度の仕事の負荷やストレスがあり、それをポジティブに捉えられている状態といえます。
通常、負荷やストレスはネガティブと捉えられがちですが、適度なストレスは「成長の源」であり、エンゲージメントには重要な要素です。一定の負荷がありながら、困難を乗り越えた先にやりがいや幸福感が感じられる仕組みが、企業にとってエンゲージメントが高い社員を増やす上で重要だといえます。
イトーキではワーク・エンゲージメントを高める施策として、「オフィス空間」をどのように活用しているのでしょうか?
当社では2018年に、これまで都内に分散していた4つの拠点を集約し、新本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK(イトーキ・トウキョウ・ゾーク)」を東京・日本橋に開設しました。いつでも、どこでも、誰とでも働ける「Activity Based Working※1」の考え方を導入してオフィス空間を設計したほか、「健康」をコンセプトの一つに掲げ、細部にまでこだわっています。当時の私たちが考えうる、最良のオフィスをつくりました※2。
その上で最も大切なのは、つくったオフィスがどのように使われているかを定点観測し、より良い方向へ、常にアップデートを続けていくことです。当社では、社員にオフィスに関して定期的にアンケートを取っていますが、アンケートだけではそれぞれのオフィス空間の稼働率の把握や定量的な分析ができません。そこで、当社では社員の位置情報を把握できるデジタルデバイス「Beacon(ビーコン)」を活用しています。机や作業エリアなどに設置されたBeaconと各自の社用スマホが連動し、リアルタイムに社員の居場所を確認できる仕組みです。通常は、社員同士が話したい相手の居場所を確認するなど、円滑なコミュニケーションを実現するために利用されています。
蓄積した一定期間の位置情報をアンケートや属性データと結びつけることで、各スペースの利用率はもちろん、社員に人気のある場所や、エンゲージメントが高い社員の行動パターンといった傾向が明らかになります。これらのデータやアンケート結果に基づきながら、5年間で3度の改修を行いました。
お客様からオフィス改修の費用対効果に関してよく質問を頂きますが、その問いに対して当社は次のような結果をお示ししています。当社の従業員エンゲージメント調査の「イトーキで働くことに誇りを感じますか?」という質問に対する肯定的な回答は、2019年の40%から2023年度には75%へと大幅に向上しました。もちろん、3か年計画の構造改革や業績回復などの影響もありますが、オフィス空間の改善もこの結果に貢献したことは間違いありません。
*1 Activity Based Working:その時々の仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選択する働き方。オランダのコンサルティング企業Veldhoen + Companyが提唱し、欧米の企業を中心に広まりつつある。
*2 2024年11月6日に「ITOKI TOKYO XORK」から「ITOKI DESIGN HOUSE」に名称変更し、大規模リニューアルを実施。詳細はこちら 。
後編では、オフィスを取り巻くトレンドの変化や、ワーク・エンゲージメント向上の施策、そして健康経営における実践的なヒントを紹介します。後編はこちらをご覧ください。