三井物産入社後、食料本部に配属。カカオ・チョコレート原料の輸入・販売業務を担当した後、アルゼンチンでの語学研修を経て、畜産関連部署での投資事業や食料本部の戦略企画に携わる。現在は水産事業室にて、世界最大手のエビ養殖事業会社Industrial Pesquera Santa Priscila(IPSP)への出資案件を担当。持続可能な食の未来に向けた新たなタンパク源としてのエビの可能性に取り組んでいる。
水産事業室で、エクアドルのエビ養殖事業会社である、Industrial Pesquera Santa Priscila(以下、IPSP)への出資案件を担当しています。この会社は、世界で流通するエビの6〜7%のシェアを持つ、エビ養殖業界のトップ企業です。エビ養殖において、世界2位の企業が3~4%程度のシェアで、上位3社はエクアドル企業です。エビ産業は、エクアドルでは石油に次ぐ第二の産業として、国に貢献しています。
世界のエビ養殖産業は、まだ発展途上の段階にあります。特にこれまで業界を牽引してきたアジアにおいても、農家が小規模で個別に養殖を行っているケースが多く、依然、産業として体系化する方法を模索している状況です。
そんな中、このパートナー企業は45年という長い月日をかけて、創業者が一世代で世界トップの企業に育て上げました。創業家以外の株主として初めて出資を受け入れてもらえたのが、三井物産です。同社株式の約20%にあたる出資をしました。この案件は5〜6年かけて実現したもので、担当者が年間10回以上エクアドルに渡航して交渉を重ねてきました。
私は投資の直前から携わっています。これまでの経緯や創業者の想いを学びながら、三井物産が長期的に実現したいビジョンも実現できるよう、取り組んでいます。特に注力しているのは、創業者がカリスマ性で強く導いていく経営体制から、次世代経営陣と一体となった、より強固でサステナブルな会社経営体制への移行です。三井物産の経験とノウハウを活かしながら、成長を続けられる体制の構築を支援しています。
エビ養殖は、新しいタンパク源として非常に注目されている分野です。インターネットの衛星画像でエクアドルのグアヤキル周辺を見ると、まるで大きな田んぼのような養殖池が広がっているのが分かります。それらの養殖池で、IPSPは最新のテクノロジーを駆使したエビ養殖を行っています。
一例として挙げられる自動で餌を与える機械は、水中マイクでエビの咀嚼音を検知し、最適なタイミングで餌を与えます。水中の酸素濃度を保つための装置も設置されています。以前は人が小型ボートで餌をまいていた作業が、すべて自動化されているのです。
さらに、IPSPの大きな特徴として、抗生物質フリーでの養殖を行っていることが挙げられます。病気に対して抵抗力のある種を選抜・育種することで、自然に近い状態での養殖を実現しています。これは単にコスト削減だけでなく、抗生物質耐性菌の発生を防ぐという観点からも重要な取り組みです。また、塩分濃度の管理も重要です。海水と真水を適切な割合で調合することで、エビの旨味や色合いまでコントロールしています。こうした細かな工夫の積み重ねが、品質と生産効率の高さにつながっています。
従来の主要タンパク源と比較すると、エビには複数の優位性があります。まず環境負荷が低く、牛のような反芻動物と違って温室効果ガスの排出が少ない。また、生産サイクルが短いのも特徴です。牛は3年、サーモンは2年かかりますが、エビは2〜3ヶ月で収穫できる。これは需要の変化に柔軟に対応できることを意味します。さらに、低カロリー・低脂質で、宗教的な制限も少ないため、より多くの人々に受け入れられやすい食材です。サラダやメイン料理等、様々な調理方法で楽しむことができます。
入社時の配属面談で、食料本部を上位に挙げました。理由は、自分の仕事が目に見える形で分かりやすく、貢献が実感できる分野だと考えたからです。食べものほど身近で分かりやすいものはないと思います。カカオ・チョコレート原料の物流・トレーディング、輸入販売業務を担当し、商品としての魅力や、それを作り出す人々の情熱に触れることで、どんどん仕事が面白くなっていきました。
転機となったのは、会社の語学研修制度でのアルゼンチン赴任です。当初はパリ赴任と言われていたのですが、スペイン語の需要が高いということで南米に派遣されることになりました。最初の1年は仕事から完全に離れて語学に集中し、2年目は現地支店でレモンパルプの活用や豚肉工場への投資検討を行っていました。帰国後は、畜産関連の投資案件を担当しました。
南米の多様性と深さに触れて、英語だけでは通用しない世界があること、同じ南米でも国によって全く異なる文化や特徴があることを学びました。現在のエクアドルでの仕事にも大いに活きています。
世界最大手のエビ養殖企業の創業者と、会社をより良くしていく方法を対等に議論できる機会は、非常に貴重だと感じています。創業者は国や地域、産業の発展、従業員の幸せを常に考えていて、その視点は私たち民間企業とは異なる部分もあります。
例えば、エビ養殖に関する新しい技術や知見を得るたびに、創業者の方は本当に楽しそうに説明してくれます。「この塩分濃度だと旨味が強くなる」「この種は病気への抵抗力が強い」等、45年かけて蓄積してきた経験と情熱が伝わってきます。
一方で、システムや経営基盤の整備という面では課題もあります。データを見たい時にどのシステムから取れば良いかが明確でなかったり、重要な判断が特定の人物に依拠している状況です。創業者の強いリーダーシップで成長してきた会社を、より組織的な経営に移行させていく必要があります。
食に携わる仕事を通じて感じているのは、世界にはまだまだ多くの課題があるということです。例えば、貧困層の人達はどうしても偏った食事になってしまいます。また、先進国であっても、安価な食事は加工度が高いものになってしまう傾向があります。
私は食事の大切さについて、幼い頃から祖母の影響を受けてきました。祖母は塩分や添加物、ご飯、味噌汁、野菜、おかず等のバランスをとても気にする人でした。当時は、例えば部活で疲れて帰ってきた時などは「もっとお肉が食べたい」と思うこともありましたが、健康的でバランスの良い食事をとることの大切さは、今では身に沁みて分かります。
最近では妊娠による悪阻を経験し、梅干しおにぎりしか食べられない日々を送りました。その時の生活はすごくつまらなくて、単調でした。でもそれによって、普段の食事が自分の日々にとってどれだけ大きな楽しみになっていたのか、エンターテインメントとしての役割を果たしていたのかに、改めて気づかされました。食いしん坊に聞こえるかもしれませんが(笑)、私にとって、パッションを持って取り組める「食」に携わる仕事をできていることは楽しく、やりがいを感じています。
やはり食事は大きな力を持っています。食は人間のエネルギー源であり、エンジンのような役割を果たしています。おいしく食べられて、体にも良いものを届けていくのは、シンプルだけど難しい。それを安定的に可能にし、世界中の人々に食の楽しさや多様さを届けられるようにすることが、私たちの大切な使命だと考えています。
世界的な人口増加が進む中、タンパク源としてのエビの重要性はさらに高まると考えています。特に、環境負荷が低く、生産効率の高い養殖エビは、持続可能な食料供給に貢献できるでしょう。技術面では、まだまだ発展の余地があります。エビが水中で何をどのタイミングで食べているのかといった基礎的な研究はまだ発達段階です。現在でも咀嚼音を検知して給餌するシステム等を導入していますが、更なる生産効率の向上を目指して研究開発を進めています。
最終的な目標は、おいしく健康的で多様な食品を、安定的に世界中の人々に届けられる仕組みづくりです。食べることは人間に必要不可欠で、食べないと生きていけないという意味で重要なインフラですし、幸福に大きな影響を与えます。そんな食の分野で、これからも新しい可能性を追求していきたいです。
(2025年2月現在)