三井物産に入社後、飼料添加物を扱う部署を経て、アグリサイエンス事業部へ配属。農薬の商品開発や輸出入に携わったのちグループ内子会社の事業経営を担当。2017年にイスラエルの野菜種子ベンチャーTop Seeds International社への出資を機に同国に転勤、本格的に種子事業に取り組み始め、2019年の種子事業室立ち上げとともに帰国、同室に配属。
アグリサイエンス事業部の種子事業室で、種子の品種改良と販売に取り組んでいます。アグリサイエンス事業部は、科学の力で農業支援に挑戦している事業部です。入社2年目から配属となり、世界各国さまざまな現場に足を運び、農薬の効果検証や実情把握、販売交渉などを重ねてきました。三井物産は、長年にわたり農薬や肥料の事業に取り組んでいますが、農業へさらなる価値提供ができる方法を模索し、2017年から種子事業にも本格的に取り組み始めました。
食糧の安定供給や気候変動への対応、食に対する健康意識の高まりなど、農業に求められている課題は多様化しています。例えば食糧増産のためには、面積あたりの収穫量増加と耕作面積の拡大が必要です。農薬や肥料は、虫や病気の被害を減らし収穫量を増やすことはできますが、耕作面積を増やすことは難しいのです。種子の品種改良によって、例えば砂漠地域で少ない水でも育つ品種を開発できれば、これまで農業ができなかった国や地域でも農業が可能になるかもしれません。種子の開発は、収穫量と耕作面積の両方に寄与できる技術なので、10年ほど前から可能性を模索していました。2017年に、トマトなどの野菜種子分野に強いイスラエルの企業であるTop Seeds International社への出資が実現し、本格的に種子分野に取り組むようになりました。
日本の種子会社には、100年以上の歴史を持つ企業が多いです。日本の多様な食文化や消費者の要求に応えるために、長年にわたって品種改良を行ってきた結果です。
しかし国内の農業関係者にお話を伺っていくと、日本の種子会社の課題が明らかになっていきました。日本の農業人口の減少や市場の縮小により、国内だけを市場としていると将来的には売り上げが大幅に下がり、長年の研究成果が失われる可能性があったのです。多くの日本の種子会社が海外市場への進出強化を検討しているものの、中・小規模な企業にとっては、資本力や研究開発に必要な場所、海外市場で渡り合っていく交渉力・コミュニケーション・ネットワークの構築など課題が多いのが実情です。三井物産が種子事業へ進出を始めたのは、歴史もあり多様な食文化に応えてきた日本の種子会社の海外展開を支援することが、新たな価値提供の実現に繋がっていくことが分かったためでもありました。
品種改良には長い時間がかかることと、日本の種子を海外の環境に合わせて改良することに難しさがあります。
品種改良は1品種あたり通常7年から10年かかるのが当たり前の世界なので、常に将来を見越した開発が求められます。かつては農家の皆さんが、畑に植えた野生種から病気にかかりにくい品種を発見し、種をとっておき翌年に植えてみる、という地道な繰り返しによる改良を続けていました。30年ほど前から種子会社が担うようになり、品種改良のスピードが加速しました。以前は品種改良に20年かかっていたのが、7年ほどで新しい品種ができるまでになっています。
品種改良を担当するブリーダーは先を見越した戦略が必要ですが、その時々で各地域にて発症する作物の病気などについても把握する必要があります。また消費者のレイヤーでは将来的には核家族がより増えて、例えば従来の大きなスイカは消費しきれず小さなスイカが求められるようになるかもしれませんよね。消費者の方々や農家、スーパーマーケットなど様々な方の声を聞きながら、7~10年先の未来を見つめて可能性を模索していくことが重要になります。
当社が保有する海外の種子会社が持つ多様な品種と、日本の種子会社の特徴のある品種を掛け合わせることによって、市場の需要に合う差別化された品種レパートリーを増やしています。また、国内には中・小規模な種子会社が多いので、遺伝子解析に必要な機材や各国のニーズを把握したブリーダーや普及員といった専門人材への投資が難しいケースが多々あります。そうすると研究開発もなかなか進みません。我々の海外の事業会社はそのような機材や専門人材を有しており、各国市場のニーズに合致する差別化された品種の開発を実現できるよう協業体制を組んでいます。
三井物産には「挑戦と創造」のDNAがあり、志があるチャレンジはとことん応援してもらえる土壌があります。私も元々担当していた農薬事業の業務をしながら、どうやったら農家へさらなる価値提供ができるのかを長年模索し続けていました。農家を訪問し、「今年は暑すぎて作物が育たなかった」などの課題を目の当たりにするたびに、種子事業を通じた更なるソリューションを提供したいという気持ちが強くなりました。いくつかの案件を失注し諦めそうになりましたが、そのたびに「もっとこういった切り口があるのではないか」といった活発な意見交換がチーム内で行われました。2017年の最初の出資から6年が経過し、日本の種子会社と共同開発をした品種がようやく市場に投入されようとしており、非常に感慨深いです。
「食」という人間の基本的な欲求に応える事業を通じ、社会に対して貢献したいです。種子事業は三井物産の中ではまだまだ小規模な事業です。しかし、この分野は市況に左右されず、安定した拡大が期待できる分野でもあります。持続的に成長できるよう、磐石な収益体制を構築しながら、さらなるグローバル展開を目指していきたいと考えています。
また、いつかは「コメ」に関わりたいという思いもあります。世界中で日本の食文化が高く評価されている中、「おいしいおコメ」の需要は増していくに違いありません。日本が培ってきたコメの品種や精米技術は、世界の中でも圧倒的な高水準にありますし、今後人口が増えていく地域の主食はコメであることが多く、食糧増産に貢献できる可能性も大いにあるのではないかと思います。
さらに、コメに限りませんがブランド作物ができると、その影響はひとつの農家だけでなく周辺地域の方々にも及びます。いずれは、農家を起点として地域全体の活性化にまで繋げていけたらと思っています。
三井物産が種子事業者として、数年以内に業界のリーダーとなることを目指しています。農家との接点に依存している競合が多い中、消費者・流通・農家といったあらゆる食のバリューチェーンと接点を持ち種子開発ができるのは総合商社の強みです。そこを最大限に活かしていけたらと思っています。例えば、イタリアには黄色いトマトソースが伝統的に食されている地域があります。世界中の食文化を別の国の消費者に届けることで、新たな市場ニーズを生み出し、種子の需要や付加価値を高められるかもしれません。一般的に200円程度で販売されるトマト缶ですが、我々の開発した黄色いトマト品種で作ったものは三井物産が保有する流通とのネットワークなどを通じて約800円で取引され、料理のプロからも高い評価を得ています。こうした料理文化が広がっていくと、我々の差別化された品種を生産して下さっている農家の収入も増えていきます。ひいては種子の付加価値も向上し、種子市場全体を大きくしていく流れに寄与できると思っています。
(2023年11月現在)
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