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株式会社三井物産戦略研究所

サウジアラビア改革の行方—その現状と方向性—

2017年11月10日


三井物産戦略研究所
欧露・中東・アフリカ室
星野尚広


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サウジアラビアに対する世界の注目が急速に高まっている。足元の半年間だけでも、トランプ米大統領の初の外遊先としてのサウジ訪問、カタール断交問題、女性の運転解禁などがメディアで大きく取り上げられた。他方、こうした異例の出来事が頻発することで、同国の針路はむしろ捉えづらくなっているようにも見える。本稿では、サウジアラビアの現状と方向性を整理し、それらを考察することで、同国の今後を展望するにあたって、一つの軸となるような見方を提示したい。

次に起こり得る異例

サルマン国王は2017年6月、甥のムハンマド・ビン・ナイーフ(MbN)皇太子を解任し、代わりに息子であるムハンマド・ビン・サルマン(MbS)副皇太子を新皇太子に引き上げた。続く7月には、国王の直下に「国家安全保障庁」を新設し、ナイーフ家の牙城とされる内務省の権限を大幅に移管、MbSへの権力集中を加速させている。
こうした国内の慌ただしい動きもあり、サルマン国王がMbSへの生前譲位を準備しているとの観測が今夏、メディアやビジネス関係者の間に広がった。統治基本法第5条には、王位継承に関する大まかな記述はあるものの1、生前譲位に関する条文はない。そもそも、サウジアラビアでは伝統的に、王族や部族内での合議が重視されてきた。しかし、MbNを解任して実子を皇太子に引き上げるなど、これまでの慣習から乖離する国王の決断は、そうした合議体制が形骸化しつつあることを示唆している。これらのことから、譲位を実行する上での制度上のハードルは低いといえるだろう。

新たなフェーズへの突入を意味する譲位

皇太子に昇格した時点で、MbSの王位継承は既定路線になったとの見方が一般的だが、譲位が実行されれば、以下2点から、サウジアラビアは名実ともに大きな転換点を迎えることになる。
一つは、第3世代、すなわち、初代国王アブドルアジズの孫の世代が初めてトップの座に就くという点だ。サウジアラビアの王権はこれまで、息子世代(第2世代)の間で水平的に移ってきたため、2代目サウードから現在の7代目サルマンまで、全て兄弟関係にある。
もう一つは、圧倒的に若い年齢での国王就任となる点だ。水平的な継承は、高齢での国王就任を通例化してきた。1975年(4代目国王のハーリド)以降は全て60歳以上で就任しており、アブドラ前国王にいたっては、81歳で国王の座に就いた(図表1)。さらに、孫の世代でも高齢化が進んでいる。例えば、第3世代のMbN前皇太子はすでに58歳だ。つまり、32歳のMbSは第3世代の中でも特に若い層に分類される。このことから、政府要職の若返り人事が一段と進み、その影響は第2世代のみならず、第3世代の年長者にも及ぶと予想される。

超長期政権に向けた扉

一部報道には、MbSの若さと無謀を単純に結びつける論調があるが、重要なのは、若いリーダーの誕生によって、サウジアラビアにおいて事実上初めて、長期視点の政策が実行される可能性が出てきたことだ。仮にMbSが国王になれば、半世紀にわたる超長期政権に向けた扉が開かれることになる。無論、50年という時間軸を考えれば、政変や健康問題を含め、さまざまな事案が起こり得るため、王権の終身制が無条件に長期政権を約束するわけではない。だからこそ、超長期政権をいかに実現していくかが政策の重点になると考えられる。
王位継承が近々実行されるか、確たることは不明だが、サウジアラビアの今後を展望する出発点として、まずこうした視点が必要になる。その上で、改革の現状と方向性を把握し、それに対するリスクが何であるかを特定することが肝要だろう。

早々に見直しを迫られる国家変革計画

MbSが主導して策定した「Vision 2030」は、サウジアラビアが向かうべき長期的な方向性を初めて示した点において画期的といえる。しかしながら、この大改革は、出だしから高い壁に直面している。
フィナンシャル・タイムズ紙は2017年9月8日の記事で、「サウジアラビアは、わずか1年ほど前に大々的に打ち出した経済改革計画(国家変革計画「NTP2020」)の見直しを進めている」と報じた。「NTP2020」とは、「Vision 2030」の実現に向け、初めの5年間で達成すべき目標を明記した計画のこと。24の政府機関に対して371のKPI(Key Performance Indicator)を設定している。その中でもデータが入手可能な主な項目から、達成度を算出してみると、確かに厳しい状況であることが分かる(図表2)。
中でも、非石油輸出の拡大には特に困難が伴いそうだ。2017年6月にカタールとの断交を発表してから間もなく、サウジアラビアの対カタール輸出はほぼゼロになった(図表3)。このことは、非石油輸出の約4%を占める主要輸出先の一つが消失したことを意味する。
そして、財政支出抑制などの影響から、経済全体も落ち込んでいる。2017年1-3月期、4-6月期は、前年同期比2期連続でマイナス成長を記録した(図表4)。マイナス成長は、四半期ごとの統計が入手可能な2011年以降で初めてのことだ。
こうした状況が続けば、超長期政権どころか、政権運営は早晩行き詰まることが明らかなため、正攻法とは別の形で打開策が必要となる。

起爆剤としてのアラムコIPO

その打開策として最も優先度が高いのは、アラムコの新規株式公開(IPO)だろう。MbSは、2017年5月に行われたAI Arabiyaのテレビインタビューで、「アラムコのIPOをすべきではないとの意見があるが、これに対してどう考えるか」との質問に対して、「何でも国有にするというのは社会主義者か共産主義者の発想に近い。(中略)もしアラムコのIPOが実行されなければ、それは鉱業部門の開発に40〜50年かかることを意味する。我々が過去40年を無駄にしてきたように、ローカル・コンテントや物流サービスの開発にも同じ時間を費やすことになるだろう」と述べ、IPO実行の必要性を強調した2
世界最大の石油企業、アラムコのIPOをめぐっては、評価額、情報公開、競争法との関係などから、複数の欧米メディアは、中止や棚上げの可能性を指摘している。確かに、アラムコの評価額は、5,000億ドルから2兆ドル前後まで幅がある上、上場に伴って要求される情報公開基準をクリアできるかなど、その行方には不透明感が漂う。最近では、中国国有企業のペトロチャイナとシノペックが直接取引(非公開株への出資)に関心を示しているとの報道もある。とはいえ、油価を含め前提となる状況が大きく変わらない限り、時期に多少のずれがあったとしても、IPOは実施されるだろう。公開した株式(5%以下とされる)を売却して得た資金を政府系ファンドのPIF(Public Investment Fund)に移管し、国内外に再投資するとの計画は、改革を前に進める起爆剤となるため、国家変革計画の進捗が厳しい局面にあるほど、実行の必要性が高まるからだ。また、少数の投資家が影響力を持つことに対する政治的な懸念から、直接取引のみを行う可能性は低いと考えられる。

歳入改革としてのVAT導入

次に優先度が高いのは、新たな税制度の導入だろう。2017年10月に公表されたIMFのデータでは、2015年からの5年間で、サウジアラビアは約3,600億ドルの財政赤字を計上すると予想されている。仮にこの全額を国債や借り入れで賄った場合、2015年時点で5.8%だった政府債務残高(対GDP比)は、54.3%に急拡大する。
通貨庁(SAMA)やPIFが有する国富からの補てんや緊縮財政によって、債務の増加スピードをある程度抑えることは可能だが、これらを続ければ、投資立国化の目標が画餅に帰すだけでなく、国内景気がさらに冷え込む可能性が高まる。そのため、アラムコのIPOと並行して、歳入改革を実行する必要性が生じる。
この点、注目されるのは、2018年に予定される付加価値税(VAT)の導入だろう。GCCの6カ国は共通の税率(5%とされる)で2018年からVAT制度を導入することで合意している。サウジアラビア当局は、VAT導入に伴う消費への影響は一時的かつ限定的とした上、関係する新たな規定を既に公開。奢侈(しゃし)税や外国人に対する課税などと合わせて、予算における非石油収入は2017年の112億ドルから、2018年には272億ドル、2020年には405億ドルに増加すると見込んでいる3

ガス抜きとしての限定的自由化

これらの打開策が今後の政権運営の中核となる一方で、国民の負担ばかりが増えれば、不満が膨らむことになる。2011年に「アラブの春」がサウジアラビアにも飛び火したように、何らかのきっかけで国民の不満に火が付けば、同国においても大きな運動に発展し得る。当時は公務員へのボーナス支払いや失業者手当ての拡大など、合計1,300億ドル規模の対策を実施することで騒動を鎮火させたが、財政が悪化するなかで次も同様の措置を取れるかには疑問符が付く。
そのため、国民(特に若者)の不満軽減も、長期政権の実現に向け重要な要素になると考えられる。この点、MbSは具体的な社会政策を導入し始めている。2016年4月の宗教警察の逮捕権剥奪に続き、2017年9月には、女性の運転を解禁すると発表した。2017年に入ってからはコンサートなどの文化イベントも開催されている。こうした政策に象徴されるように、今後も、国内の厳しい規制を少しずつ緩和することで、社会の安定化を図っていくと予想される。

想定されるリスク

ただし、そうしたサウジアラビア流の自由化にも限界がある。例えば、税制度と並行して導入し得る懐柔策として、諮問評議会メンバーの選出方法を選挙方式に切り替えることなどが考えられるが4、同組織への立法権の付与を含め、それ以上の改革は考えにくい。議会が実質的な権限を持つことになれば、MbSによるトップダウンの政策と民意が時に衝突し、改革全体が停滞しかねないからだ。つまり、2030年を軸に考えた場合でも、サウジアラビアの統治体制がモロッコのように立憲君主制に移行する可能性は低いといえるだろう5。このことは、財政と同様に、政治・社会面でもアセットや時間に限りがあることを暗示している。
加えて、極めて限定的な自由化とはいえ、女性の社会進出や娯楽の解禁は、宗教界の意向とは相反する。サウジアラビアのイスラム教スンニ派最高指導者である大ムフティ、アル・アッシャイフ師は、映画やコンサートは有害で腐敗をもたらすとの見解を述べ、自由化の流れを表立って批判。一方でMbSは、2017年10月に開催された経済フォーラムで、より穏健なイスラムに立ち返ると宣言し、保守的な宗教界を牽制。こうしたことからも、宗教界との対立は避けられない局面に入ったといえよう。また、MbSは、前国王の息子らを汚職の容疑で拘束・更迭するなど、足元で抵抗勢力の一掃に動き出している。MbSへの権力集中で端に追いやられた王族と、自由化の流れに不満を持つ宗教界が、この先結び付かないとも限らない。

おわりに

上記のとおり、サウジアラビアでは、超長期政権に向けた扉が開かれようとしている一方、政権の中心にいるMbSはその入り口で大きな困難に直面している。こうした事情から、改革を進めるにあたって打開策の必要性が高まっている。それらが実施される予定の2018年は、サウジアラビアの将来を左右する重要な年になるだろう。前例なき国家へと変貌を遂げようとするサウジアラビアの真価が問われるのは、これからといえそうだ。


  1. 第5条bに「王国の統治は、建国の父アブドルアジズ・ビン・アブドッラハマーン・アルファイサイル・アールサウードの子および孫に委ねられるものとする。その中の最もふさわしいものがコーランとスンナの導きにより王位に就くものとする」との記述がある。
  2. MbSはこの発言の前に、①鉱業、②ローカル・コンテント(現地調達)、③物流が重要分野だと述べていた。
  3. 「Fiscal Balance Program 2020」参照。
  4. 地方の評議会は既に選挙方式が採用されているが、国政の助言機関である諮問評議会のメンバーは、国王によって選出されている。
  5. モロッコは、「アラブの春」の対応として、憲法改正の国民投票を実施。その結果を受け、国王の権限の一部を首相や議会に移譲した。

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