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株式会社三井物産戦略研究所

海洋油・ガス田開発におけるサブシー生産システムの動向と展望

2015年3月10日


三井物産戦略研究所
マテリアル&ライフイノベーション室
金城秀樹


Main Contents

海洋油・ガス田開発は、水深1,500mを超える超大水深、厳しい海象・気象の北極圏、陸上から遠く離れた遠隔地、粘度の高い重質油田等に広がり、開発の難易度は高くなっている。また、既存の海洋油・ガス田の成熟化といった課題にも直面している。海洋油・ガス田の生産コストには幅があるものの、超大水深でおおむね70~90ドル/バレル、北極圏では40~100ドル/バレル程度である(IEA, WEO 2013)が、近時の原油価格下落を受け、ノルウェーStatoilは重要開発対象の一つとしていた北極圏探鉱を減速する動きを見せるなど、新規開発への影響が出ている。
しかし、一時的な減速はあるにせよ、長期的に見れば海洋油・ガス田開発は必要であり、その対象は難易度の高い海域に広がっていくことは間違いない。既に、生産システム、特に海中で油・ガスを処理・輸送するサブシー生産システムにおいて、難易度の高いフィールドで生産性を上げるための油・ガスの海底処理機能や、その保守コストを下げるための新技術の導入といった技術革新が進みつつある。本稿では、そうした技術の現状と展望について取り上げる。

サブシー生産システムとは

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油・ガス田生産の一般的な流れは、生産井から取り出した油・ガスを洋上や陸上の処理施設に送り、油・ガス分離をはじめ不要物の除去等を行う、というものである。図表1に示すようにサブシー生産システムは主に、生産井の上部に設置され生産量を調整するサブシーツリー、複数のサブシーツリーからの油・ガスを一つにまとめるマニフォールド、海底で油・ガスを運ぶフローライン管、海底と洋上処理施設をつなぐライザー管から構成され、必要に応じて海底の生産井近傍で、昇圧といった油・ガス処理機能が追加される。サブシー生産システムは水圧や海水の流れを常時受けること、設置後の保守作業が容易ではないことから高い信頼性が求められる。遠隔地での開発の拡大等、洋上や陸上の処理施設と海底油・ガス田の距離がより遠くなるなか、その輸送能力の進歩は生産性に大きく寄与している。生産井と処理施設間の現在の最長輸送距離は、ガスではバレンツ海で約140km、油では北海で約70kmに達している。

サブシー生産システムの動向

海底での油・ガス処理(海底処理)
油・ガスの輸送には流体が持つ圧力を利用する。十分な圧力が得られるフィールドでは、サブシー生産システムはフローライン管等の油・ガスを流す受動的な機器のみで構成される。一方、輸送に十分な圧力が得られない超大水深、遠隔地、重質油田、成熟化した油・ガス田では、生産井近傍の海底で油・ガス処理を行った後に輸送する方式がとられる。その場合、昇圧装置や、効率的に昇圧するために油・ガスに混ざる不要な水・砂を除去する分離装置等が追加される。これまで、北海、米領メキシコ湾、西アフリカ、ブラジル沖等、世界約60のフィールドで、油・ガス田の特性に応じた海底処理が導入されている。
海洋オペレータの中でこのシステムの導入を進めたのが、前出のStatoil、ブラジルPetrobrasだ。Statoilは1990年代後半から海底処理装置を生産に取り入れてきた。1997年に南シナ海Lufengフィールドで昇圧装置、2007年にノルウェー沖Tordisで世界初のフルスケールの分離・昇圧・圧入装置、2009年にノルウェー沖Tyrihansで貯留層圧力維持のための水圧入装置を導入した。2015年に操業が始まるのがノルウェー沖Åsgardのガス圧縮装置だ。Åsgardでは、水深300mに出力11.5MWの圧縮機が2台設置される。設備総重量は4,800t、大きさは縦75m×横45m×高さ20mの巨大設備だ。システム構築はノルウェーAker Solutionsが担う。一方、Petrobrasもまた1990年代から海底処理の研究開発に着手し、2013年にはブラジル沖Marlimに世界初の重質油と水の分離装置を導入している。今後の開発について、同社の技術開発プログラムPROCAPでは、分離装置の小型化、ガス圧縮装置等を挙げている。
これらの海底処理では大容量の送配電技術や、処理装置の要となるモーター制御が不可欠だ。スイスABBや独Siemensが送電容量拡大やモーター制御装置の海底設置化に取り組んでいる。2020年以降には大容量・長距離の送電が可能な直流方式が導入される見込みだ。

保守作業の自動化:自律型ロボットAUVの活用
長期に運用されるサブシー生産システムは、その保守作業が重要となる。輸送距離が長くなるなか、作業が必要な範囲も広大になる。保守作業には点検・整備・修理があり、現状、専用作業船から有線遠隔操作されるROV(Remotely Operated Vehicle)が担っている。課題は傭船コストが高い点、作業が海象・気象に阻害されやすい点だ。
そこで、専用作業船を必要とせず水中で自律的に稼働するAUV(Autonomous Underwater Vehicle)による保守作業の一部自動化の取り組みが始まっている。これまで海底地形等の計測用途が主であったAUVを多機能化し、設備の点検と軽微な整備を行わせる試みだ。英Saab Seaeyeは、マニピュレータを搭載し、海底機器のバルブ操作といった整備作業を自律的にできるAUVを開発中だ。石油会社の多機能AUV導入への関心は高い。米Chevronと仏Totalは、パイプライン点検におけるAUVの技術要件を共同で検討している。将来的には、海底に長期にわたり常駐し、必要に応じて現場で即時に点検・整備作業を開始できるAUVが実現する。実現への技術課題には、水中での充電、内蔵バッテリーの性能向上、海中通信、自らの位置特定精度の向上、障害物の回避等がある。

サブシー生産システムの展望

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今後、サブシー生産システムでは処理機能の多様化が進むと考えられる。Statoilは、高度な海底処理を実現する「サブシーファクトリー」構想を打ち出している。同社は、これまで分離・昇圧・圧入といった要素技術を個別に確立してきた。同構想は、フィールドの特徴に合わせ、最適な海底処理技術を選択し組み合わせ、成熟油・ガス田や大水深、遠隔地といった難しいフィールドでの生産性を向上させる、というものだ(図表2)。例えば、水深300m以上の大水深であれば分離・昇圧という組み合わせだ。実現目標とする輸送距離は、ガスで250km、油で200km、また、最大稼働水深は3,000mとしている。メキシコ湾、西アフリカ、東アフリカ、ブラジル沖、カナダ西海岸、バレンツ海を含むノルウェー大陸棚に展開する考えだ。もちろん、これらを実現するに当たり、大容量の送配電システムや、AUVを用いた先端的な無人保守技術が主要な支援技術として位置付けられている。
さらに、同構想の次の段階では、より高度な機能が追加される。例えば、原油や処理に使われる薬剤の海底貯蔵、酸性ガスを除去するスウィートニング処理等だ。この段階では複数のフィールドから油・ガスを集め処理し、海底から陸上へ送るハブとして機能することも可能になる。将来的には、海象・気象が厳しい北極圏開発を念頭に、従来の洋上処理施設と同等な機能を海底に実現するとしている。
サブシー生産システムの高機能化は進み、より難易度の高いフィールドが開発可能になる。一方、高機能化は、洋上処理施設のコンパクト化を進めるという一面もある。今後の海洋生産における、サブシー生産システムの役割はさらに増すと考えられ、その動向を注視したい。

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