女性をめぐる健康課題から考える 現代のウェルビーイングとは?[前編]
2024.12.25

現代の女性の選択肢は広がり、ライフスタイルが多様化しています。しかし、依然として仕事と育児や家事、介護などとの両立や女性特有の健康課題、それらに対する周囲の理解不足といった課題は残されたままで、社会全体のさらなる意識改革が求められています。
今回は、女性特有の健康課題の取り組みを通じて、公正な社会の在り方を問い続けている小林味愛氏に、心身やライフスタイルの見つめ直し方、多様性が尊重される組織づくり、そして、より公正な社会の実現に向けた想いについてお伺いしました。

小林 味愛 氏
株式会社 陽と人 代表取締役
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、衆議院調査局に入局した後、経済産業省へ出向。2014年に退職し、株式会社日本総合研究所へ入社。コンサルタント部門にて、全国各地で地域活性化事業に携わる。その中で接点を持った福島県国見町にて、2017年に地域商社「株式会社陽と人」を設立。子育てをしながら、福島県と東京都の2拠点居住生活を送る。
「女性活躍」とは何か?

小林さんが女性の健康課題に取り組まれるようになった背景を教えてください。
私は2010年に社会人になり、衆議院調査局、日本総合研究所と会社員生活を7年ほど経験しました。多くの企業で長時間労働が当たり前だった時代でしたので、私も相当の時間を残業に費やしました。仕事にやりがいを感じていましたが、食べる・寝るといった基本的な生活が破綻した状態で働いていたため、徐々に身体に支障がでてきました。生理不順に加えて婦人科系の病気に罹り、それでも上司には相談できず、会社には内緒で昼休みにこっそりクリニックに通う日々が続きました。当時の私は、仕事で負けたくない気持ちが強く、自分が子どもを持つこと自体考えていませんでしたが、子どもを産むことは組織に迷惑をかける行為という考え方が一般的な風潮としてありました。「女性」であることを隠して、男性と対等あるいはそれ以上にいかに働けるか、それが、女性が社会で活躍すること考えていました。
そのような状況の中、2012年頃から、「なでしこ銘柄※」をはじめとした「女性活躍」の考え方が台頭し、経済成長において女性の活躍が重要という概念が徐々に浸透し始めました。男性に負けないくらい働くことで食らい付いてきた私は、「これが『女性活躍』なのか」と驚いたことを覚えています。周囲の女性たちも私と同じように身体を酷使しながら働いており、女性の身体的・精神的犠牲の上で成り立つ「女性活躍」を推進する社会は公正な社会といえるのだろうか?女性は疲弊して少子高齢化が進み、いずれ限界がくるのではないか?と感じていました。
女性が社会で活躍しながら健やかに生きる社会を築くには、社会に参加する全ての人との対話が不可欠です。その対話のきっかけとして、医学的なエビデンスに基づく「女性の健康」に焦点をあてれば、対話しやすいのではないかと考えたのが私の取り組みの原点でした。私自身が女性特有の健康課題について無知であったために、解決策にたどり着くまでに多くの時間を要しました。この経験を踏まえ、女性には正しい知識を身に着けていただき、男性には女性特有の健康課題について理解を深めていただくことで、お互いに支え合う働きやすい社会の実現に向けて議論を深めていきたいと考えました。
※ なでしこ銘柄:「女性活躍推進」に優れた上場企業を魅力ある銘柄として紹介することで、企業への投資を促進し、各社の取組の加速化を狙う施策で、経済産業省と東京証券取引所が共同で実施している。
では、女性特有の健康課題には、どのようなものがありますか?
まず、生理を取り巻く健康課題があります。多くの女性が生理に関する悩みを抱えているのではないかと思います。戦前の女性は、平均して子どもを8人ほど産んでいたため、生涯に経験する生理の回数は50回程度でした。しかし、現代では1人の女性が生涯で産む子どもの数は減り、出産しないという選択をする人も増えた結果、生涯に経験する生理の回数は約450回にまで増えています。出産するかどうかは尊重すべき個人の選択ですが、生理の回数が増えることで、不妊症、子宮内膜症、卵巣がんといった女性特有の病気のリスクが高まるのです。ピルを服用することで生理の回数をコントロールすることもできますが、そもそもこうしたリスクや対策に関する情報を知らない方も多いのではないかと思います。
また、更年期症状・更年期障害も女性の健康における大きな課題の1つです。更年期は、閉経を挟んだ前後5年間、合計約10年間を指します。個人差はありますが、日本人女性の平均閉経年齢は50.5歳であることから一般的に45〜55歳頃とされています。更年期になると、卵巣機能が低下し、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が急激に減少することでホルモンバランスが乱れます。その結果、卵巣に指令を出し、卵巣から分泌されるエストロゲンのフィードバックを受けていた脳が混乱し、体や心の不調として症状があらわれます。
このように更年期に伴ってあらわれる不調のことを更年期症状といいますが、その症状には精神面の不調や頭痛、めまい、不眠など、わかっているだけで200種類以上あります。知識も経験も豊富な貴重な人材である更年期世代の女性は、こうした不調に耐えながら仕事をしている可能性があります。更年期障害を理由に約1割の女性が退職をしていることがわかっています。
近年は、男性の更年期障害も注目されつつありますが、男性ホルモンは徐々に減少するため、不調をきたす割合は少ないとされています。
多様性が活きる社会の実現を目指して

女性の健康課題に取り組む上で、具体的にどのようなプロジェクトを進めていらっしゃいますか?
過去に地域活性化事業に携わる中で、福島県の魅力に強く惹かれたことをきっかけに、2017年に「株式会社陽と人(ひとびと)」を設立しました。「人や地域をつなぐことで幸せが循環する社会を実現する」というビジョンのもと、2つの社会課題を軸に事業を展開しています。1つは福島の基幹産業である農業の付加価値労働生産性を高め、持続可能な産業にすることです。もう1つは、女性を取り巻く健康課題を改善し、多様性が活きる社会を目指すことです。
この2つの指針が重なる領域の事業として、デリケートゾーンのケアブランド「明日 わたしは柿の木にのぼる」を展開しています。「明日」と「わたし」の間の余白には、つい頑張りすぎてしまう女性たちに一呼吸してほしいという想いを込めています。また、20代の頑張りすぎていた当時の自分が「今日じゃなくて明日でも大丈夫だよ」と、言われていたら、どれだけ気持ちが楽になれただろうかと振り返ることもあり、この製品を手に取るたびに「今日じゃなくて明日でも大丈夫」ということを思い出してほしいなと願っています。そして、このブランド製品には、福島の特産品である干し柿を作る過程で廃棄される柿の皮に含まれる成分に着目し、それを化粧品原料として世界で初めて製品化しました。国会図書館に通って関連する論文を徹底的に読み込み、柿の成分が持つ効果のエビデンスを検証した上で抽出すべき有効成分の候補を絞り込み、地元の農家さんにもご協力いただきながら、成分分析の研究を重ね、3年かけて商品を完成させました。環境にも配慮し、全て安心・安全な天然由来の成分のみを使用しています。
主なお客様は、更年期によるデリケートゾーンの悩みを抱える50代以降の女性が多いですが、妊婦の産前産後ケアや小さなお子さま向けのボディソープとしても使うことができます。お客様からは、「天然由来の原料で、生産者の顔が見えるので安心」「日本人の肌に合う製品が手に入るのが嬉しい」といった声をいただいています。
後編では、企業や自治体が女性の健康課題と向き合う際のヒントや、小林氏が目指す社会と、その実現に向けた取り組みについて紹介します。後編はこちらをご覧ください。