腸内細菌の役割とは――健康の要、「腸」から紐解くウェルビーイング[前編]

2024.11.05

昨今、「腸活」がメディアで多数取り上げられ、“腸”への注目が高まっていますが、腸は食べ物を消化吸収するだけでなく、免疫機能の要所でもあることをご存じでしたか? さらに生活習慣病や認知症、うつ病といったさまざまな疾患との関連性も近年の研究で示されつつあります。

今回は、腸と腸内細菌、および免疫研究の第一人者である國澤純氏に、最新の研究動向に基づく腸内細菌の基礎的なことから、私たちをウェルビーイングに導く「腸内環境」を整える生活習慣について教えていただきました。

國澤 純 氏

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 医薬基盤研究所 副所長
ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長

大阪大学薬学部卒業後、米国カリフォルニア大学バークレー校へ留学。東京大学医科学研究所准教授などを経て2019年からセンター長、2024年から副所長。東京大学医科学研究所客員教授なども兼任。主な著書に『善玉酵素で腸内革命』(主婦と生活社)や『9000人を調べて分かった腸のすごい世界』(日経BP)などがある。

腸内細菌は「自分らしさ」も、つくっている?

昔から「医食同源」という言葉があるように、食べたものが私たちの身体に影響を与えていると考えられており、研究が進む中で腸内細菌も健康状態やさまざまな疾患と密接に関わっていることが示されてきました。

近年、注目されている腸内細菌の働きとして、例えば「太りにくい体質」づくりに関わる「痩せ菌」や「デブ菌」という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。実際、痩せたマウスに太ったマウスの便を移植したところ、マウスがみるみる太ったという研究結果があり、同じような現象が人においても確認されています*1

海外では、便移植は人を対象とした治療法としてすでに承認されており、クロストリディオイデス・ディフィシル感染症の治療として実施されています*2。便移植をうけた患者の中で、病気は治ったものの、その後、体重が増加した事例が報告されており、調査の結果、移植便の提供者が肥満体型だったことがわかりました。このように、腸内細菌が人の代謝システムに影響することがわかってきました。

※ クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(偽膜性大腸炎):クロストリディオイデス・ディフィシル(芽胞産生性偏性嫌気性細菌)が異常増殖することで生じる大腸炎。抗菌薬の使用による腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう、別名 腸内フローラ*)の乱れが原因と考えられている。

* 腸内細菌叢:ヒトの腸管、主に大腸に生息する約1,000種類、100兆個に及ぶ腸内細菌が集まり、構築している複雑な微生物生態系のこと。品種ごとに並んで咲くお花畑(flora)に見えることから腸内フローラと呼ばれるようになった。近年、「flora」は植物を指す言葉であるとして、「microbiota」や「microbiome」も多く用いられている。

体質は両親から受け継いだ遺伝子の影響が大きいですが、出生後の成長や変化を考えると、個々の腸内細菌も大きな影響力を持っています。驚くべきことに、これは性質・性格にも当てはまります。私たちの研究で使用するマウスは全て遺伝子が同一ですが、マウスを少し高いところから飛び降りさせる実験を行うと、何の躊躇もなく飛び降りるマウスもいれば、なかなか飛び降りないマウスもいることが観察されます。そこで、躊躇なく飛び降りる活発なマウスの便をそうでないマウスに与えると、動きが活発になったという研究報告*3もあることから、腸内細菌は性質・性格にも影響すると考えられるようになってきました。人でもさまざまな研究が進んでおり、自閉症の患者さんの症状が便移植療法で改善した事例も出てきています*4

また、運動能力を高める腸内細菌があることもわかってきています。2019年のボストンマラソンに参加したランナーを対象にした研究で、タイムが速いランナーは、ベイロネラ菌という腸内細菌が多く、このベイロネラ菌をマウスに投与して運動能力の変化を調べたところ、投与されていないマウスよりも持久力が有意に向上したのです*5

このように、直近10年ほどの研究の進展から、腸内細菌は私たちが想像していた以上に体の状態や運動機能に影響を与えていることがわかってきたため、今日のように腸内細菌がこんなにも注目されるようになってきたのではないかと考えています。

健康な日本人の腸内細菌叢(以下、腸内フローラ)には、ヨーグルトでお馴染みのビフィズス菌が多く、腸内フローラの平均10〜15%を占めるといわれています。ただ、これはあくまで平均値にすぎません。一人ひとりのビフィズス菌の量を見てみると、50%の人もいれば、0%に近い人もいます。

こうした個人差がある中で、腸内環境の傾向の違いから、腸内フローラを大きくタイプ分けすることができます。腸内フローラの構成比の類似性によって3つのタイプに分ける「エンテロタイプ」が2011年に初めて提唱された分類で、バクテロイデス型、プレボテラ型、ルミノコッカス型に分けることができます*6

このエンテロタイプは日々の食習慣が影響すると考えられています。バクテロイデス型のエンテロタイプの人は、タンパク質や脂質をよく摂取する傾向にあり、現代人に比較的多いタイプで、私は「肉食系」と呼んでいます。プレボテラ型のエンテロタイプの人は、食物繊維や糖質(穀物)をよく摂取する傾向にあり、農耕民族などに多い「穀物・草食系」タイプです。ルミノコッカス型のエンテロタイプの人は、いわゆる「雑食系」といわれ、「肉食系」と「穀物・草食系」の食傾向の中間、つまり、タンパク質も食物繊維も同じくらい摂取する食生活の人に多いとされています。

では、「日本人の腸内フローラはどれなのか?」という疑問に対してですが、典型的な日本人のタイプというものはありません。私たちの研究では、肉食:草食:雑食=4:1:5の比率で分布することがわかっています。全て健康な人のタイプであって、タイプによる健康における優劣はありませんし、「このタイプだから○○だ」という単純な法則もありません。同じタイプの中でも個人差があり、これが個々の体質や病気のなりやすさに影響していると思われます。個人差がある点は遺伝子と同じですが、腸内フローラは食事などの生活習慣で変えていくことができる点が異なります。

例えば、海外から日本に来た旅行客の方が海苔巻きを食べてお腹を壊すことがありますが、これは海苔を分解する腸内細菌が定着していないためと考えられます。しかし、ほんのわずかでもその菌が腸内フローラに存在すれば、長い時間をかけて食生活を変えていくことで、海苔を分解する腸内細菌を増やしていくことができ、海苔を食べてもお腹を壊さないようになる可能性があります。

腸内環境も「ダイバーシティ」が大切

よく患者さんや被験者の方に「私の腸内環境は良い状態ですか?」と質問されます。しかし、善玉菌であるビフィズス菌の割合だけでもかなりの個人差があるため、一概に「〇〇菌が何%あると良いですよ」と言うことはできません。では、どのような状態が良いのかというと「いろんな菌がいる多様性に富んだ腸内環境」と私は考えます。

では、なぜ多様性が重要なのでしょうか?それを紐解くにあたり、重要なキーワードである「短鎖脂肪酸」を説明します。

短鎖脂肪酸は有機酸の一種で、腸の蠕動(ぜんどう)運動を活性化したり、栄養素の吸収を増加させたりする働きを持ち、腸内の重要なエネルギー源として機能しています*7食物繊維をとるとお通じが良くなるのは、短鎖脂肪酸が作られて腸が元気に働いてくれるからです。食物繊維の中でも短鎖脂肪酸になりやすい食物繊維を発酵性食物繊維といい、穀物では小麦ふすま(ブラン)、大麦、もち麦などが挙げられます。野菜では、ごぼうやたまねぎ、フルーツではキウイに豊富といわれています。

残念ながら、そう簡単ではありません。先ほど「多様性が大事」と述べた通り、私たちの体に有益に働く酪酸、酢酸、プロピオン酸の3つの短鎖脂肪酸を作るには、少なくとも3ステップでそれぞれ腸内細菌が活躍する必要があるのです。

第1ステップでは、納豆菌や糖化菌が食物繊維やオリゴ糖を分解し、糖が生成されます。
第2ステップでは、乳酸菌やビフィズス菌が糖を分解し、乳酸や酢酸が生成されます。
第3ステップでは、プロピオン酸菌や酪酸菌が乳酸や酪酸を分解し、プロピオン酸や酪酸が生成されます。

このように、食物繊維を十分にとっていたとしてもビフィズス菌が少なければ、第2ステップで糖が分解されず、糖ばかりが生成・吸収され体重は増加することになると思われます。だからこそ、多様な菌がバランスよくそろっている環境が大切なのです。

このように多様な菌が存在する腸内環境をつくるために不可欠なのが「バランスの良い食事」です。「バランスよく」というと、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルの五大栄養素が一般的ですが、加えて腸内細菌の「エサ」を意識してとってあげることも大切です。腸内細菌のエサの一つである食物繊維は、人体でつくられる酵素では分解できないため、これまでは吸収されずに便のかさを増すだけだ、などといわれていましたが、実は食物繊維は腸内細菌が短鎖脂肪酸を生み出すエサとして欠かせないということがわかってきました。

私は納豆とヨーグルトを食べることをおすすめしています。納豆とヨーグルトであれば手軽に取り入れられると思います。第1ステップで必要な納豆菌は納豆から、第2ステップで必要な乳酸菌やビフィズス菌はヨーグルトから、第3ステップの酪酸菌に必要なビタミンB1は大豆の中に豊富に含まれているので、これも納豆で補うことができます。

納豆もヨーグルトも、スーパーにはさまざまな商品が並んでいるため迷うかもしれませんが、特定の商品に絞らず、さまざまな商品を選ぶことをおすすめします。特にヨーグルトは菌や株が多種多様なため、複数のヨーグルトでローテーションを組んでいくと、腸内細菌の多様性にも効果的です。もちろん、人それぞれ相性があるので、おなかの調子が悪くなるものはやめてください。

食生活全体として大切なことは、「ばっかり食べ」はやめましょう、ということです。これまで何度も「多様性」と言ってきたので、もう察しがつくかもしれませんが、偏った食事をしてしまうと、それをエサにする腸内細菌ばかり増えるため、腸内環境も偏ります。また、よく「糖質制限ダイエット」として炭水化物を減らす人がいますが、炭水化物には糖質だけでなく食物繊維も含まれています。食物繊維の摂取量まで減ってしまうと腸の働きが鈍くなり、悪循環に陥ってしまうため注意が必要です。

後編では、免疫器官としての腸の働きや、最新研究に基づく腸内細菌の可能性について紹介します。後編はこちらをご覧ください。