リアルワールドデータとは|医療における活用について岡田美保子先生が解説

2024.02.15

昨今、治療や医薬品開発、未病・予防といった幅広い領域におけるリアルワールドデータ(RWD)の利活用が注目されています。その先に実現が期待されるのは、Value-Based Health System――安全性やコスト、効果といった医療行為における評価基準を考える際に、医療従事者目線ではなく、患者にとっての価値を重視する医療システムの構築であり、その考え方の浸透です。
日本においても、RWDの活用推進に向けた環境整備が進みつつありますが、馴染みのない方も多いのではないでしょうか?
今回は、医療データ領域の第一線で活躍されている岡田美保子先生に、RWDの基本から最先端の取り組み、そして、その先にある展望について伺いました。

岡田 美保子 理事長

一般社団法人 医療データ活用基盤整備機構(IDIAL)

計算機科学修士(米国ネブラスカ大学大学院)、医学博士(新潟大学)。1986年・新潟大学教養部統計学助教授、1992年・鈴鹿医療科学大学医用情報工学教授、1999年・川崎医療福祉大学医療情報学科教授、2018年5月より現職。2013年~2016年・日本医療情報学会理事長。国際調和、国際標準においてはICH M2 共同チェア、CDISC Board メンバー、ISO/TC215 WG11 (Personalized Digital Health)国内作業部会主査、日本HL7 協会副会長。国内標準ではHELICS協議会代表理事を務める。現在、医療データ活用を支えるために医療現場への標準導入支援、RWDの利活用支援、そして医療情報標準開発団体の1つとして少しでも役に立つようIDIALにて全力で取組んでいる。

システム化がもたらした「患者情報」をめぐる議論

医療におけるデータの利活用は、日本だけでなく世界的に見ても比較的近年の話といえます。医療業界に、情報システムが普及し始めたのは1970年代頃、事務面での対応から始まりました。日本は国民皆保険であり、保険制度や医療費が全国一律となります。この診療報酬などの算定業務の負担を軽減するために、システム化が図られスムーズに全国展開が進んだことで「コンピューター=便利なもの」という認識が広がりました。これを契機に、各部門のシステムやオーダーエントリーシステム※1 といった病院情報システムが展開していきました。

2000年頃になると電子カルテが登場します。患者さんの検査データや薬の処方歴の情報といった、これまでバラバラに保管されていた各データが電子カルテシステムにより一元的に管理できるようになり、患者さんの情報の全体像を把握した上で診断、治療、ケアができるようになりました。
同時に電子カルテの登場によって、「患者情報」の考え方について、それまでにない深さで議論がなされるようになりました。この議論は地域医療情報連携システムにもおよびます。例えば、今までA病院に通っていた患者さんがBクリニックを受診する際に、A病院のカルテをそのまますべてBクリニックに共有するのか、範囲を限定するのか、どのような医療職がどこまで共有し得るのか、患者さんには何についてどのような許可を求めるべきなのか、といったことです。患者さんと医療従事者の診療情報の共有に関わる議論は、それまでの医療の在り方に一石を投じるものとなりました。医療情報システムは常にそうした議論と、ともに歩んできた経緯があります。

※1 オーダーエントリーシステム: 医療者が職務に応じた業務を端末上で処理することで、正確かつ迅速に画像検査などのオーダーデータを伝達しすることで転記作業を減らし、効率化を図るシステム。

日本でRWDの活用が議論され始めたのは、今ほど申した医療情報システムの変遷で、ずっと後の、ここ7〜8年前のことになります。
RWDは、臨床現場で日々生じる患者さんの診断、検査結果、治療・薬の処方歴といった診療データの総称です。これにはレセプト※2 やDPCデータ※3 も通常、含まれます。ただ、唯一の定義があるわけではありません。レジストリーのデータや、ウェアラブル・デバイスから得られるデータなどを含めてRWDを広義に捉える場合もあります。
重要な点は、何らかの研究のために計画し、意図的に収集したデータではないということです。日々の診療のなかで自然に得られるデータがRWDであり、蓄積された患者データ全体を見通した活用が求められています。

※2 レセプト:医療機関が保険者に請求する医療診療報酬の明細書。
※3 DPCデータ:診断群分類ごとに厚生労働省が定めた1日当たりの定額で医療費を計算するDPC(Diagnosis Procedure Combination)計算方式に基づく患者の診療情報などのデータ群。DPC制度に参加している病院から厚生労働省に提出され、厚生労働省が毎年1回データベース化し、ウェブサイトで公開している。

RWD活用が期待される領域と国内データベース

「診療の広範囲にわたる患者データを活用できれば、過去にない規模での分析・評価が可能になる」という声は、世界で早くからあがっていましたが、これが注目されるようになったきっかけは、レギュラトリーサイエンス※4 の領域にありました。
例えば、新薬を開発する際に不可欠となるのが、ヒトにおける安全性、有効性などを評価する治験の実施です。新薬が承認され上市されるまでには相当の時間、コストがかかりますし、治験の特性上、全ての可能性を網羅することはできません。さらに、治験における手法が倫理的に適切かどうかという点でも長く議論がなされてきました。
そうした状況の中で、ICH(医薬品規制調和国際会議)で、治験で得られるデータに限らず、EHR(電子カルテ) などのデータ利活用の可能性について議論がなされたことが、RWDが医療界に広がる引き金となりました。
現在は治験に限らず、臨床研究、医療の質向上、また病院経営の健全化においても注目されています。

※4 レギュラトリーサイエンス:科学的知見と規制などの行政施策・措置との間の橋渡しとなる科学のこと。

まず、医療施設が診療報酬を算定するために国に提出するレセプトデータを全て集めたものが「ナショナルデータベース(NDB)」で、その規模は世界一を誇るとされています。
日本の医療のベースラインを把握できる基本データとして、多くの研究者がアクセスしたい情報ですが、厚生労働省が一定の法的根拠のもとで構築・運用しているデータベースであるため、その利用は極めて限定的です。年々公開範囲を広げる努力はなされていますが、現時点では多くの研究者にとってデータ利活用のハードルは高い状態です。

続いて、PMDA※5 が構築・運用しているデータベースが「MID-NET(Medical Information Database NETwork)」です。MID-NETは、病院情報システムから得られる「SS-MIX2標準化ストレージ※6」のデータ、レセプトデータやDPCデータなどから構成されるデータベースです。一定の手続きを経ることで、製薬企業、研究者およびPMDAが利活用可能となっています。他に、糖尿病学会や腎臓学会、循環器学会など、各学会が構築しているデータベースがあります。こちらは一般的に学会の会員向けに活用されており、誰でも簡単に活用できるというものではありません。さらに、日本では商用データベースが利用されています。これらは独自に契約した医療機関や調剤薬局等の診療データ、レセプトデータなどで構築されています。

現在、RWDの品質に関する一般的指針はなく、質に関する評価は難しいですが、研究目的の場合は、RWDを用いる上のチェックポイントを示した国際的指針があり、データベース構築上でも参照すべきところが多々あります。

※5 PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構):医薬品、医療機器、再生医療等製品に関する承認審査、安全対策、健康被害救済の役割を担う公的機関。
※6 SS-MIX2標準化ストレージ:患者基本情報、入退院情報、病名、処方、検体検査等に絞って病院情報システムから得られる情報をシステムベンター、電子カルテ製品を問わず標準形式で格納している。

価値ある医療データを最大限活用するために

データ利活用における根源的な課題の一つが標準化です。医療機関に蓄積されたデータが「宝の山」であることは間違いありませんが、闇雲に集めただけでは活用できません。医療情報を活用する場合、それぞれの情報は統一された形式やコードで管理され、データ化されている必要があります。厚生労働省では、医薬品マスターや臨床検査マスターなどを「厚生労働省標準規格」として定めてきました。しかし、医療機関では通常、独自のローカルコードで管理されていて、現場にこれら標準規格は、ほとんど導入されていない状況にあります。収集したデータが同じものを指していたとしても、複数の医療施設から集めてきたデータベース上で形式や用語・コードなどがバラバラでは、同じものと判断することができないのです。
そこで現在、国が医療DXの中で各医療施設に対して推進しているのは、標準化したデータの登録を原則とするということです。医療現場におけるRWDの実態も理解されるようになり、どうすれば日本の医療データの利活用が可能になるのか、集中的に検討会などで議論されています。私自身、RWDは標準化があって初めて、その役割を果たすものと考えており、IDIALという組織として医療現場への標準普及策、普及支援の実務に全力で取組んでいます。

日本では、国民を対象として一人の患者さんが生まれてから死ぬまでの医療に関わるデータを縦断的に記録し、蓄積していくという仕組みは現時点ではありません。
北欧に目を向けてみると、例えばデンマークでは、全国民の疾患の履歴が法律に基づいてデータベース化されており、定められた手続きをとれば、医療者、研究者も活用できます。日本の研究者から見たら夢のような話です。人は、生涯にわたり一つの医療施設だけに診てもらうわけではありません。担当医師、医療従事者も変わります。異なる医療施設では、その都度カルテが作成され、施設独自のカルテ番号(患者番号)が付きます。これらをつなぐことは日本では現在、不可能です。そして、医療の究極のエンドポイントは「死亡」です。さまざまな研究を行う上で、死亡情報は非常に重要ですが、日本では死亡情報を得ることも容易ではありません。死亡情報は必ず国に届け出ることになっており、国では把握されていますが、研究者が死亡情報にアクセスすることは、一部例外を除いて通常できません。この問題は国でも認識されていて、検討会などで数年にわたり議論されています。一つにはNDBに死亡情報を含める方向が示されていますが、一方で、死亡情報にまでアクセスできるようになることで、NDBのハードルがますます高くなってしまうのではないかという懸念も聞かれます。

個人の利益を最大化する医療DXを目指して

まず、国をあげての現在の取り組みにより相当レベルまで、RWDの改善が進み、活用のための整備がなされると考えています。
少し幅を広げて考えてみると、近年のデジタルヘルスは個人に焦点が当たっており、そのため個人に関するデータとして「何」を記録すべきなのかということを研究会仲間と一緒に考えています。電子カルテには個人に関すること、例えば喫煙、運動などの生活習慣、さらに仕事や暮らし、経済状況、社会的コミュニケーションとか――そういった健康への影響が問われる社会的要因は記録されません。もし仮に、それらを記録したとしても、ある病気になって受診・入院したときだけの記録しか得られず、長期にわたってどのようであったかは、まず把握できません。患者さん本人の、本当の意味でのアウトカムを評価するには、受診していない間も含めて本人でないとわからない本人から得られる情報と、医療者側のデータを統合した個人のヘルスデータという考え方が必要になってくると考えています。

私は医療データ利活用を支える者ですが、医療従事者ではありませんので、データ提供の話しになると患者の立場、個人の立場で考えています。よく医療データの活用を推進するには「国民に医療データを提供することの必要性、研究の重要性を理解してもらうこと」が挙げられ、そのためには「国民の不安を払拭すること」が必要と言われます。

研究の重要性ということについては、患者さんにデータ提供を依頼する研究で、重要でないものはない、というのが前提でなければならないと思います。国民の不安については、当然ながらセキュリティ対策として、可能な限りの技術的・システム的対策、そして指針を整えてきたことを説明していただくとして、組織、現場の隅々まで十分に対策が行き渡っているかというと、そうはなっていない状況があり、その整備をどうやって進めていて、何がどこまで整ったかを丁寧に示していく必要があると思います。

さて、データを提供する立場から考えたとき、これは果たしてセキュリティだけの問題かと思うのです。医療・健康データの利活用を推進される立場にいる方々にも、自分事として考えていただきたいのですが、ご自身の過去すべての医療に関わるデータ、ご両親やお子様のデータ、ご親戚のデータがすべて共有されると聞いたら、ぜひともすべてのデータを提供すべきとお考えになられるでしょうか?
個人の医療データに関わる機微さの度合い、感覚は、疾患によって、個人によって、お立場によって驚くほど異なります。これは個人情報の問題ではなくプライバシーの問題です。どこかで専門家が議論して方針を決めていると思われるかもしれませんが、実は、海外では2010年前後から書籍が発行され議論されてきたものの、国内では、ほとんど聞きません。機微であるほど声には出されないと思います。ですので、声が上がらないことを「大多数の声は問題ないと言ってる」と捉えることはあってはならず、人によっては決して触れてほしくない受診や疾患に関わる情報があることを理解していること、不特定の医療者や研究者に共有されたくない情報があることを理解していること、それをどう支えることができるのかを丁寧に示しつつ、自身を含め皆が安心して参画でき、日本を健康先進国に導く医療DXにつながっていけばと思います。