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本田 拓馬

三井物産エアロスペース
航空産業本部 航空産業第三部 宇宙事業室 室長補佐

衛星の超小型化、それに伴う製造・打ち上げの低コスト化により急拡大を続ける宇宙市場。本田拓馬は、宇宙探査ロボットの研究をしていた自らのバックボーンを活かし、今までにないビジネスの創出に挑む。


ISSから超小型衛星を放出するビジネス

ISSから超小型衛星を放出するビジネス (画像提供:JAXA/NASA)

私は今、三井物産エアロスペースで宇宙事業に取り組んでいます。具体的には、地上約400kmを周回する国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼうモジュール」から、超小型衛星を放出する事業です。

子どもの頃から、宇宙で動くロボットが大好きで。3歳から父親と一緒に、宇宙もののアニメに出てくるロボットのプラモデルばかり作っていました。それが高じてか、大学では二足歩行ロボット、大学院では宇宙の研究をしていました。専門はロケットなどではなく「宇宙探査ロボット」。ある意味、筋金入りですね。

ずっと追いかけてきた宇宙のことをビジネスにできて、恵まれていると思います。ただし、手がけているのは宇宙ロボットではありませんが(笑)。

超小型衛星の放出事業は、もともとJAXA(宇宙航空研究開発機構)が手掛けていたサービスでしたが、2018年に民間委託されました。その際に応札し、事業権を獲得したものです。

「超小型」とはどのくらいのサイズかというと、最小単位はたった10cm×10cm×10cm。
これを「1U」(1ユニット)と呼びます。10cm×10cm×30cmなら3Uということになります。
大学などの研究目的であれば最小単位の1Uの衛星がありますし、企業がビジネスに使う場合でも、平均すれば6Uくらいです。1Uなら、片手に収まるほどのサイズ。そんなに小さな衛星で、「宇宙の新しい使い方」が広がっているんです。

こうした超小型衛星を地球低軌道上のISSへ打ち上げ、そこからISSのロボットアームで宇宙空間へと放出する。それがこのビジネス。私たちは、主に顧客開拓や衛星の安全審査、JAXA指定場所までの衛星輸送などを行います。

衛星の小型化により製造、打ち上げも低コスト化したことで、今、宇宙での新しいビジネスの可能性が急速に広がっています。たとえばこんな例です。米国のある企業は、3Uほどの超小型衛星100基以上にカメラを搭載し打ち上げることで、リアルタイムに近い地球観測を目指しています。従来の大型衛星の場合、地上の同一地点を観測・撮影できるのは2週間に1回程度。小型化・低コスト化でいかに大きな変化が起きているかがわかります。

私たちが衛星放出事業に参入するにあたっては、当然、JAXAの事業に付加価値を生み出していくことを期待されています。あらゆる産業・地域に根ざす三井物産のネットワークやマーケティング力、提案力を活かし、これまでリーチできなかった幅広い層へ、宇宙の利活用をいっそう広げていくことです。

そのためのアイデアの一つが、ワンストップサービスです。私たちは衛星そのものの開発から、打ち上げ後、地上局を通じて衛星との通信を行い運用するところまで、全てをサポートします。衛星打ち上げだけでなく、必要なサービスを丸ごと提供することで、より多くの人や企業が宇宙にアクセスしやすくしています。

ISSから超小型衛星を放出するビジネス

それだけではありません。「宇宙で何かやってみたい」と考える人・企業を増やすこと自体が私たちの仕事だと考えています。広告代理店、食品メーカー、玩具メーカー・・・、「この業界なら宇宙をこんな風に活用できるんじゃないか?」という仮説を立て、アプローチして需要開発から行っており、すでに現実化しつつあるプロジェクトもあります。

事業モデルは「ゴールドラッシュのジーンズ売り」

宇宙市場には現在ベンチャーを中心に新規プレーヤーが次々と参入しており、その規模は2019年の40兆円から、2040年には100兆円に拡大すると言われています。一方で、多種多様なサービスが生まれているものの市場は未知数であり、不確実であることも事実です。

そこで私たち三井物産が考えたのが、「ゴールドラッシュのジーンズ売り」と呼んでいる事業モデルです。ゴールドラッシュの際、「金鉱を掘る」という不確実なビジネスではなく、彼らの作業着としてジーンズを売って大成功した事業者のように、ツールプロバイダー、サービスプロバイダーとして衛星を利用するあらゆる事業者に価値を提供する立場になろうという発想です。

ビジネスの中身が何であれ、衛星は必ず打ち上げることになります。いわば打ち上げは、衛星を利用してビジネスを行う全ての事業者が通過する「関所」のようなもので、これからも一貫して確実な需要が見込めます。

そうした考えから2020年6月、三井物産は日本のパートナー企業とともに、「衛星ライドシェアサービス」の世界最大手である米Spaceflightを100%買収しました。米国の宇宙関連企業を、日系企業が100%買収するのは非常に稀なケース。大きな注目を集めました。

ライドシェアとは、つまり、一台のロケットに複数の事業者の衛星を相乗りさせて宇宙へ飛ばすサービスです。といっても、Spaceflightが自ら打ち上げを行うわけではありません。世界中の打ち上げ事業者と衛星事業者との間に圧倒的なネットワークを持っており、両者を柔軟につなぐことで幅広いニーズに応えます。

このネットワークは、私のいる三井物産エアロスペースの事業に活かせる部分も多く、今後大きなシナジーが期待されています。

同期とともに「宇宙のビジネス」を目指す

同期とともに「宇宙のビジネス」を目指す

私の新卒配属は、モビリティ領域を担う部署。ロシアのカーディーラーの担当でした。自動車のビジネスもとても面白かったんですが、子どもの頃から宇宙好きで、大学で研究をしていたこともあり、やっぱり「宇宙のビジネスをやりたい」という気持ちが自分の中にずっとありました。

そこで、入社2年目のとき、同じ寮でよく話をしていた同期2人とともに当時の社内起業制度に応募したんです。

そのとき考えていたのは、一言でいうと、軌道上の衛星メンテナンスビジネスです。残念ながら実現できなかったんですが、そのとき得た経験や、築いたコネクションは現在のビジネスに非常に役立っています。

今考えても、あの頃の学びは本当に貴重でした。この制度で採用された提案と並行して通常業務も行っていたんですが、当時の上司が「本気でそれをやりたいなら、全部の時間つぎ込んでやってみろ」と言って下さるような方で。とても応援してくれたんです。本当に感謝しています。

ただ、自分の責任で、自分の判断で、一つのことに向き合い続けるのは想像以上に厳しい経験でした。つまり、それまでは何か提案するにしても、上司や先輩に話を聞いてもらい、意見をもらうことで自信を得ていたんですね。

ところが、自分のやりたいことを事業にしていくのはまさに自分で、当たり前ですが誰も方向は示してくれない。3人で全てを考えるしかない。そもそも宇宙に関する知見そのものが社内にない。「こうすべきだ!」と自ら確信を持って判断することって、こんなにも難しいものかと思いました。「事業をつくる」とはどういうことなのか、あの経験で多少なりとも体感できたように思います。

これからの時代に宇宙の「新しい使い方」を

これから実現したい、私自身の夢は2つあります。一つめは、「ポストISS」の時代に、日本が宇宙開発でより大きな存在感を発揮できるような一手を自分の手で生みだすこと。もう一つは宇宙をもっと身近にし、たくさんの人に「宇宙体験」をしてもらうことです。

まず、最初の目標について。冒頭でお話しした通り、私は学生時代、宇宙探査ロボットの研究をしていました。JAXA宇宙科学研究所という機関で、学生として、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載された探査ロボットの後継機の開発アイデアにも一部関わっていました。その際に目の当たりにした、日本の技術のすごさ。あの力をもっと世界に役立てたい、という想いです。

ISSは2020年代後半に退役が見込まれています。その後は、地球低軌道の利活用の主役を民間が担う時代がやって来ます。このポストISS時代を、日本の技術がリードする。そんな新しい動きを生みだせたらと考えています。

ただその一方で、「技術だけでは宇宙開発は進まない」とも感じています。もっとマーケティング的な発想が必要だ、と。

宇宙事業のいちばんの難点は、民間のエンドユーザーの姿が見えてこないことです。市場への期待が高く、巨額の投資が集まっている一方で、その莫大なコストに見合うだけのベネフィットが本当にあるのか、広く世の中に納得してもらえるだけのイメージを具体的に描けていないように感じます。どうしても公的な領域で語られがちです。

しかし、宇宙がもっとパーソナルな喜びと結びつけば、ビジネスがガラッと変わるかもしれない。エンタテイメントの領域などはその代表です。たとえば、大切なライフイベントに合わせて自分たちの衛星を宇宙に飛ばす、なんていう特別な体験も夢ではなくなります。

「消費者向けに宇宙をどう使っていくのか」。最近はそのことばかり考えています。宇宙を、もっと、人に近づける。そんな未来をビジネスの力でつくっていきたい。

宇宙のことを考え続けたら、いつの間にか、「人」を考えることになっている。すごく面白いですよね。

2021年3月掲載