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2023.01.26

日本の森林を
カーボンクレジットの力で
再生させたい。

エネルギーソリューション本部 志賀未雪
エネルギーソリューション本部
志賀 未雪
Profile

三井物産入社後、経理部署所属を経て、エネルギー第二本部にて豪州でのLNGプロジェクトを8年間担当。内3年間は、新たに参画したLNGプロジェクトの立ち上げのメンバーとして、豪州パースに駐在。現在はエネルギーソリューション本部にて気候変動問題の産業的な解決へつながる事業に取り組んでいる。

三井物産で取り組んでいることは?

現在は、日本の脱炭素化に向けた事業に取り組んでいます。具体的には、日本の森林資源のCO2吸収源としての価値をカーボンクレジットを使って可視化させることに挑戦しています。世界的に脱炭素化の流れがある中で、日本にはたくさんの森林資源があり、CO2の大きな吸収源になっているのですが、その価値が経済的な価値に変換されず、林業という産業に還元されていないという現状があります。国や自治体の方々と共に、森林資源のカーボンクレジット化によって、木を育てて木材として売る以外の価値を日本の林業が持てるようにしながら、持続的な森林経営を可能にする仕組みづくりを推進しています。

カーボンクレジットとはどのようなものなのですか?

カーボンクレジットは、CO2の排出削減や吸収によって世界からCO2が減ったという効果をクレジットという証書として取引できる仕組みです。例えば、石炭火力発電を再生可能エネルギーによる発電に転換した場合、石炭で排出していたCO2が減りますから、その分をクレジットにできます。省エネや再生可能エネルギーへの転換によるクレジット化は、1990年代の京都議定書の時代から続いており、現在も主流ではあるのですが、2015年のパリ協定以後、多くの国が2050年までにCO2ネットゼロ(*)を目指すという目標を掲げる中で、名だたるグローバル企業がカーボンクレジットの創出に向けて動いています。
現在、欧州を中心に森林資源への注目が高まってきており、米国のシリコンバレーの企業などが南米のアマゾンなどでデジタル技術を活用して森林資源を正確に可視化しようとしています。日本はそうした動きに対して出遅れている状況ではありますが、そもそも豊富な森林資源がある国です。国内森林資源のカーボンクレジット化は、CO2を地産地消できる仕組みを創ることにつながり、非常に意義を感じています。

(*)CO2ネットゼロ:CO2の排出量と吸収量を差し引いてゼロになっている状態

日本の森林資源をカーボンクレジット化する際の難問は?志賀未雪

日本の森林資源をカーボンクレジット化する際の難問は?

まず、日本の森林資源の測量方法が確立されていなかったという難問がありました。森林資源をクレジットとして計算するためには、どこの山にどんな種類の木が、どれくらいの樹齢で何本生えているのかを確認したうえで、これくらいCO2を吸収できますね、ということを把握しなければなりません。外国産の木材輸入が増える中で、日本の林業は担い手不足になっており、その結果、どこの山にどれだけ森林があるのかを正確に把握できない状況になっています。これはカーボンクレジット化に限らず、日本の林業が抱える課題でもあります。さらに、カーボンクレジットの計測のためには、山の木々を一本一本人の手で計測するという、とてつもなく労力がかかる方法で測量する必要があるという国内の制度も課題でした。それでは費用対効果に見合いませんし、クレジット事業を大規模化できません。

それをどう乗り越えたか?

費用対効果に見合う測量方法を見出すため、測量のデジタル化から取り組みました。三井物産には広大な社有林があり、その社有林管理をされている三井物産フォレストの方々とともに、実証実験を行っていきました。人の手以外で測量するには、一番遠くからですと衛星、近くからですとドローンがあるのですが、日本のクレジットの制度とコスト競争力を考えた時に、航空測量が最もフィットすることがわかりました。次に、人の手で測らないとクレジットとして計算できないという制度も変える必要がありました。そこで、自社の森から航空測量で得たデータをもって、人の手による測量と航空測量の誤差はわずかで、クレジットが過剰に発行されることがないことなどを有識者の方を交えながら、林野庁やクレジットの制度事務局の方々にご納得いただくことで、制度変更に成功しました。これによって、航空測量を使って、日本中の森林でコストを抑えて広範囲でクレジットを創出することが可能になりました。
三井物産の社有林は、日本の森林資源から見ればほんの一部なので、現在は全国の森林公社をはじめとする森林を保有している方々と毎日連絡をとりながら、クレジットを通じ森林資源のCO2吸収源としての可視化に取り組む仲間を徐々に増やしているという状況です。三井物産はこれまで広大な社有林を守ってきており、森林資源を大切にしてきた実績のある企業です。以前からカーボンクレジット事業は行っていますが、森林資源のCO2吸収源としての価値を可視化する事業は、「三井物産らしい脱炭素」の取り組みで、民間企業としてこの領域をリードできる希少な環境だと感じています。

あなたの志は?志賀未雪

あなたの志は?

まずは日本の森林資源を最大限活用する仕組みを構築し、日本の林業が再起するきっかけをつくりたいです。2050年に日本がCO2ネットゼロを実現するのは、やはりとても大変なことだと思いますが、国内に眠っている資源があるなら絶対に今活用したいと考えています。
企業の経済活動に排出規制がかかってくると、自社の努力で削減できない部分はクレジットを活用しなければなりません。その時、CO2吸収源である森林は途端に経済的価値が上昇します。しかし、ものすごく需要があり資金も流れるはずなのに、クレジットを創出できる体制が整っていなかったら、日本の森林資源は取り残されることになってしまいます。そうなる前に、今から森林資源のCO2吸収源としての価値をカーボンクレジットを通じて可視化、その資金を林業に還流させ、将来を見据えて、「次の50年、100年のために木を伐って植える」というサイクルを回していく必要があります。日本の林業の課題は、伐っても十分な収入にならないので、次を見据えて新しい木を植えられないという点です。これでは2050年のカーボンニュートラルの時点でCO2の吸収源として貢献できません。
日本にこだわっているわけではないのですが、日本としては今だからこそ取り組む価値のある領域だと考えています。森に入ると、誰しも心が綺麗になると感じる部分があると思います。我が子も含めて、先の世代にも「日本って美しくて豊かだね」と感じてもらえるよう、足元にある資源を活かして競争力のある国になってほしいなと思っています。

今後の事業の展望は?志賀未雪

今後の事業の展望は?

社有林での実証実験を経て立ち上がった1号案件は、国内の森林資源の事例としては過去最大級のカーボンクレジット登録となる予定です。すでに2号、3号の案件も進んでおり、今後もさらに日本中の森林保有者の方々とカーボンクレジット事業を推進していきたいです。森林事業者の方々とお話していると、「カーボンニュートラルの流れを自分たちの再起のきっかけにしたい」との声を耳にします。しかし、林業という産業自体が困難な状況に置かれている中で、人材が極限まで減ってしまっており、日々広大な森林を管理するだけでもとてつもなく忙しく、クレジット事業にまで手が回らないというのが実情です。そこに自分たちが入ることで、一緒に林業を盛り上げていく、そうした流れを加速していきたいと考えています。

(2023年1月現在)

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