大学時代は機械系の学部で学ぶも、材料の限界に縛られずに事業やサービスを作ることのできる事業会社を希望して、三井物産へ入社。主に新規事業開発を担当し、入社4年目に不動産投資の世界に飛び込み、日本ロジスティクスファンド投資法人を設立。以来、これまでに法人立ち上げを4回行い、計16年の出向を経験している。当時、まだ社内だけでなく日本国内ですら黎明期にあった不動産アセットマネジメント事業を立ち上げの段階から、ひとつの事業領域まで育てた経験を持つ。その後、米国シリコンバレーに駐在したのち、現在は三井物産デジタル・アセットマネジメントを立ち上げ、出向中。
現在は三井物産デジタル・アセットマネジメントという会社を立ち上げ、代表取締役社長として三井物産から出向しています。この会社は、資産運用会社と、証券会社としてのビジネスを行っていて、特に不動産を中心とした資産を証券化して個人向けに販売する事業を展開しています。これまでにあるようで無かったものを商品として生み出している事業なので、どういった法律を遵守すべきか、どのように顧客へアプローチするか、日々仮説を立てながら事業を進めている状況です。会社の立ち上げ当初は、三井物産の社内から反対も受けていましたし、今でも社内の一部の人たちは半信半疑だと思います。ただ、この事業は、需要があるのにもかかわらず存在していなかった商品を開発しているので、個人としては今後も伸びていくだろうと予想しています。
不動産アセットマネジメントに取り組もうと思った背景には、日本の家庭に眠っている資産の使い道への課題感がありました。日本の家庭には、約2000兆円もの資産があると言われており、そのうち約8割が預金と保険で占められています。そこに、新しい選択肢を提供したいという思いがありました。低リスク資産である国債にはほぼ利息がつかないので、国債ほどはいかずとも安定性の高い資産として、個別性の強い不動産投資に注目しました。不動産アセットマネジメント事業に参入した2000年代初頭は、米国での先行事例はあったものの、日本ではまだほぼ誰も取り組んでいないような状況でした。当時、私は不動産も金融も分からない状態でしたが、新規事業担当として本だけ渡されてスタートし、何も知らないながらにコーディネーター役として、周囲にいた銀行、不動産関連のパートナーに育てていただきながら事業に取り組みました。
これまでの不動産アセットマネジメントにおける投資では、個人のお客さまには幕の内弁当的に複数不動産へまとめて投資してもらっていたのですが、現在の事業では個別に投資先を選べるようにしています。この場合、例えば都内の一等地のビルは、値の上下ではなく預金的に安定資産として投資する先になり、投資の参加者をより広げられるようにもなります。今の会社を立ち上げる以前は、不動産を集めて束ね、上場する器を作って、上場させてから運用していたのですが(REIT)、その際にリーマンショックが起きました。リーマンショック時は金融機関も経営危機に繋がることを危惧して、条件反射的に期限の利益を無視して融資を極力全て引こうとしていましたが、個人投資家の中にはその状況下でも条件を吟味し、納得できれば投資を継続していた方もいました。この経験から、個人投資家たちは画一的に対応するのではなく、各自が考えて投資を行っていることを知り、いろいろな目を持った人たちにより多く投資の世界へ参加していただければより健全に市場が広がると感じまして、これが今回の個人投資家向けの取り組みにもつながっています。
プロが買うことが当たり前の不動産の世界で、個人がデジタル上でプロと肩を並べて、不動産を証券として買えるような新しい仕組みを作れるか、という難問がありました。商品自体の需要はあるとしても、不動産のデジタル証券という、これまで存在しているようで存在していなかったものを商品として生み出していく、という過程がとても難しかったです。まだ誰もやったことのない事業のタイプだったので、事業モデルも用いる技術も、ありとあらゆる面で新しい要素があり、既存の事業やサービスをそのまま転用できるわけではないという意味で、難しさがありました。
これまで三井物産で不動産投資関連の子会社4社を立ち上げ、さまざまな商品を開発してきた知見を用いながら、日本を代表する若いエンジニアのチームと一丸となることで、ひとつの不動産をデジタル証券化して販売できる新しい仕組みを作ることができました。入社して数年で全く知らない不動産投資ビジネスの担当になり、経験値が足りないながらも必死に勉強したことが、新しい領域に飛び込む際のスキルセットとしても活きていたと思います。個人がデジタル上でプロと肩を並べて、不動産を証券として買うことのできる仕組みは構築できたので、今はどうすればこの商品が世間や市場に受け入れられるかを検証しています。これまでの商品はお客さまからの反応も良いので、世の中に顕在化していなかった商品を作れているという自信はあります。
既存の法制と、デジタル証券の特徴であるオンライン性とのギャップが、ハードルとして存在しています。金融商品取引法に則った投資家保護として、投資家自身が納得して不動産への投資を行うことが大切だとした時に、その「納得」をオンライン上で確認することがとても大変でした。人間と人間が対面で行ってもトラブルになることもあるほど大変なことですが、インターネットを通じて画面越しに、本当に納得いただいて買っていただいているかを、どのように判断するかに関しては今後も改善を続けていかなくてはいけません。しかし、それを突き詰めてこそ新しい形の投資ビジネスの扉が開くんだろうなと思います。
「個人の投資に対する常識をまるごと変えたい。」という志は、最初の会社を立ち上げた時から、ずっと持っていました。個人的には、面白いアイデアやサービスは作った人がいなくなった後もずっと世の中に残り続けるものだと思っているので、個人の投資が持つイメージをビジネスの力で変えることで、世の中で投資がもっと一般的で身近になるような仕組みを作りたいと思っています。
投資という言葉自体についても、再定義して変えていきたいと考えています。しかし、代わりになる言葉が今は無いんです。強いて言うなら、「お金のハローワーク」でしょうか。これも最適な表現ではありませんが、自分のお金に旅をさせる、外で働いてきてもらう、という意味でのネーミングです。自分の100万円を手元に置いておくのではなく、どこかに働きに行ってもらうと聞けば、そんなに怖い話ではないと思います。投資は怖いものと見られがちですが、今はできるだけ、日本の人々の投資への抵抗感を下げたいと思っています。そのために、新しい投資メカニズム作りに三井物産として関わっていきたいです。
投資にはもちろんリスクも存在していて、私たちは法人としてお客さまへの説明責任を果たした上で、投資のご案内を行っています。投資という行為は、銀行などへの預け入れとは異なり、想定していた収益が得られない場合もあります。また、金融の理論上では、今の会社の不動産投資でも投資した金額が倍になって返ってくる場合もありますが、お客さまには安定した収益を目指すローリスク・ローリターンの投資を勧める説明をしています。
今後は、不動産を飛び越えてさらに投資対象を広げていきたいと考えています。プロ向けには既に事例があるものの個人向けの投資ではまだ例が無いような、船舶や飛行機なども将来的には投資対象にしていく予定です。より良い世の中をつくるために、個人の投資というひとつのアクションから、ビジネスで変革を起こしていきたいと思っています。
(2022年12月現在)
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