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株式会社三井物産戦略研究所

世界で進むPPPのイノベーション

2017年2月8日


産業調査第二室
栗原誉志夫


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インフラの建設・運営におけるPPP(Public-Private Partnership)の歴史は19世紀半ばにフランスで始まった水道事業のコンセッションにまでさかのぼるが、1990年代初頭の英国で民間資本の活用を基調とする「PFI(Public Finance Initiative)」の制度が導入され、その後、PFIを含む多様な官民連携手法の総称として基本的な概念が確立されたことで欧州から世界各国に広まり、現在に至るまで数多くのインフラプロジェクトに活用されてきた。1990年代のPPP事業では、交通、水道、電力などの料金収入が見込めるインフラ事業においては、民間事業者が資金調達から建設、運営までを全て行い、インフラの利用者から徴収する利用料金によって投資資金と運営コストを回収し利益を得るという、純粋な独立採算方式が中心であった。英国における最初の有料道路PFI事業とされるクイーン・エリザベスⅡ橋(ダートフォード橋)の建設・運営事業では、1991年の供用開始後の交通量が順調に増加し、20年の運営予定期間に対し運営事業者は10年半で投資資金回収を実現した。欧州外でも、米国のインディアナポリス国際空港において1995年からの運営委託後、運営事業者によって運営コストの低減と商業収入の増加がなされ、離発着料金を7割引き下げることに成功した。このような成功事例を重ねる一方で、需要変動リスクが大きい交通インフラを中心に多くの失敗も経験してきている。それを受けて近年では、主に道路インフラ事業においてPPPのさまざまな新しいスキームが開発されてきている。

PPP事業の失敗事例とその原因

独立採算方式によるPPP事業の典型的な失敗事例として、豪州では、2010年に開通したブリスベン市のクレム・ジョーンズ・トンネルの建設・運営事業が挙げられる。同事業においては、開通後の交通量が需要予測を大きく下回ったことから開通の翌年に経営が行き詰まった。実際の交通量は需要予測の3分の1程度であり、民間事業者が需要予測を委託したコンサルタントを相手取った訴訟へと発展している。米国では、2014年に経営破綻したインディアナ有料道路の事例がある。同事業では、2006年に州政府から運営権を譲渡された運営事業者が事業開始後の運営コスト削減に成功したものの、2008年の世界経済危機による経済減速の影響で大型車の交通量が想定を下回り、収支が悪化すると運営権取得に要した多大な融資の金利負担が重くのしかかって債務返済に窮した。新興国でも同様な問題が生じている。インドでは、2005年から国道整備にPPPを導入すると市場は急拡大を見せた。しかし、受注をめぐって国内企業同士の激しい競争が行われる一方で、採算性の良い案件が少なくなっていったことなどから頓挫する事業が多発し、これらに融資した金融機関が不良債権を抱えて融資に慎重となった2012年以降は急減速している。 これらの失敗事例に共通する原因としては、民間事業者の強気な需要予測と実際の利用量とのかい離や、高い融資比率、高金利の借り入れといった無理な資金調達が挙げられる。特に、2008年の世界経済危機後は経済の減速や資金調達コストの上昇でこれらのリスクが拡大し、PPP事業における採算性の確保がより難しくなっている。このような背景から、PPP事業における需要リスクおよび資金調達リスクへの対応を主眼として、各種のスキーム開発が行われてきている(表)。

需要リスクへの対応 —投資回収方法の多様化—

需要リスクへの対応方法として、独立採算方式に代わる新たな方式が英国を中心に開発されてきた。有料道路に抵抗感が強い英国において1994年に導入されたのが「シャドー・トール(Shadow Toll)」である。これは、運営事業者は道路利用者から料金徴収をせず、交通量に応じた仮想の利用料金を政府の財源から受け取る方式である。同方式では独立採算方式と同様に運営事業者が需要リスクを負うが、無料道路の場合には経済環境の悪化による交通量の減少が緩和できる。スペインでは、政府による最低収入保証と組み合わせることによって運営事業者のリスクをさらに低減する方法で、近年になって既存の無料道路における拡幅事業に導入されてきている。 シャドー・トールに次いで2000年代初頭から英国の道路事業、病院事業などで導入された方式が「アベイラビリティ・ペイメント(Availability Payment)」である。同方式では、インフラの利用量にかかわらず、インフラが適切な状態で利用可能となっていれば政府から運営事業者へ一定の支払いがなされる。すなわち、需要リスクは政府が負担することになる。さらに、サービス水準があらかじめ合意した評価基準より高ければボーナスが支払われ、逆に、サービス水準が低ければペナルティとして支払いが減額される。これにより、運営事業者にはサービス水準を維持・向上させようという動機付けが与えられる。インドでは、同様の方式が「アニュイティ・ペイメント(Annuity Payment)」の呼称で採算性の低い道路事業を対象として2000年代半ばに導入されている。米国では、2009年にフロリダ州の州際道路I-595の改築事業で初めて導入された。 アベイラビリティ・ペイメントを発展させた方式が、2000年代中頃に英国で導入された「アクティブ・マネジメント・ペイメント(Active Management Payment)」である。インフラの運営におけるサービス水準について複数の指標を設定し、それらの評価を組み合わせて支払額を決定するものであり、例えば、道路事業では平均速度や安全性などが評価指標となる。評価指標の設定やそれらに基づく評価を適切に行うことが前提であるが、運営事業者のさまざまな創意工夫を引き出しながらインフラの価値を高めることができるスキームであるといえよう。

資金調達リスクへの対応 —政府による支援の拡充—

一方、資金調達リスクへの対応方法として、政府が民間事業者の資金調達を支援する制度や仕組みが設けられてきている。それらは、民間事業者の初期投資額や資金調達コストを低減し、PPP事業の採算性を高めるとともに、PPPが成立する事業の拡大を可能としている。 インド政府は「Viability Gap Funding(VGF)」という仕組みを2005年に導入した。PPP事業における建設費用に対して政府から民間事業者へ供与される補助金であり、その金額は、入札において応札者が提案し入札の評価対象となる。インドでは建設費用総額の20%をVGFの上限としている。VGFは他のアジア諸国でも取り入れてきており、インドネシアでは2012年に導入された。 一方、先進国における政府の支援は投融資が中心である。米国では、2012年に連邦政府による交通インフラプロジェクトへの融資制度であるTIFIAローン(Transportation Infrastructure Finance and Innovation Actにより創設された制度)の予算を大幅に増額し、2014年6月には水道インフラを対象とする同様のプログラムを創設している。 その他、各国でPPP事業への政府資金による補助金や投融資、民間事業者の資金調達に対する政府保証などの支援策が整備されてきている。

近年の動向とさらなる展開への期待

独立採算方式のPPP事業で生じた課題への対応を主眼とし、道路分野を中心としてPPPのスキーム開発が行われてきたが、それらは鉄道や水道など他のインフラ分野にも適用されてきている。また、利用料金を徴収しない事業あるいは社会的な意義はあるが独立採算が可能な料金設定が見込めない事業にも適用可能な投資回収方法は、PPPの対象となる事業分野を大きく広げる可能性を有しているといえるだろう。 近年では、投資回収方法と資金調達支援を組み合わせた複合型のスキームも開発・導入されている。米国では、州政府によるPPPの導入を加速するため、TIFIAローンとアベイラビリティ・ペイメントの併用が2012年から制度化されている。インドでは、低迷するPPP事業の再活性化を目的として、前述のVGFとアニュイティ・ペイメントを組み合わせた「ハイブリッド・アニュイティ(Hybrid Annuity)」方式が2016年初頭に導入された。 これまでのスキーム開発は、いずれも官側がリスク分担を増やして民間事業者の参画を促す方向で進んできた。その流れは、2008年の世界経済危機を境に加速している。外部環境の変化に適応した動きといえるが、あまりにも多くのリスクを官側が抱え込むことは、財政の悪化を招くなど持続可能性に懸念がある。米国のトランプ新政権ではインフラ投資の大幅な拡大を打ち出しており、PPPの積極活用を明言しているが、その手法によっては財政負担を増やしてしまう可能性もある。また、PPP導入の前提は、従来型の公共事業で行うよりもPPPを採用することに経済的優位性(Value For Money:VFM)が認められることであるが、政府支援の拡大がVFMの源泉である民間事業者の創意工夫の発揮を抑制する結果となることも危惧される。今後は、民側のリスク負担への回帰を指向した新たなスキーム開発も求められるだろう。これに対し、高度な金融技術を生かした新たな手法が金融関連企業によって開発されることも想定される。また、VGFなどの手法を開発・導入してきたインドのように、PPPへの期待がより大きい新興国で新たな手法が開発されるかもしれない。PPPへの期待は先進国、新興国ともにますます高まっており、案件数の増大や適用対象の拡大を目指し、PPPのイノベーションは続いていくであろう。

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