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株式会社三井物産戦略研究所

最終市場への接近によって生き残りを図る化学企業

2016年12月9日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
牧田智洋


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化学産業は、20世紀に石油化学工業によって、それまでの既存素材にはなかった高い機能を持つ製品を生み出して大きな発展を遂げた。次々と新しい素材を開発して新市場を創出していったが、市場拡大とともに生産者も増加したことで製品の汎用化につながり、市場の飽和と供給過剰、価格低下を招くというサイクルが続いていた。
また、化学製品は、先進国では素材としての浸透が進んだことから量的拡大が難しくなった。そこで化学企業は新興国市場や、高い機能性を持つスペシャリティケミカル事業に成長の機会を求めた。しかし需要の伸び以上に中国や中東などで生産能力が拡大し(図表)、新興国企業が急速に技術力を獲得したことで、市場の飽和や既存製品の汎用化が進みやすい環境となった。このような背景のなか、スペシャリティケミカル事業においても競争は激化し、製品の技術的優位性だけでは競争力を保てなくなっている。
欧州の大手化学企業には、現在でも異なる分野のスペシャリティケミカルなど複数の事業を擁する企業が多い。これらの企業の多くは、今後の成長見込みなどを背景に、製品やマーケットで注力先を決めるという発想ではなく、顧客との親密な関係を保てる分野を、自社の柱となるコア事業と位置付けている。顧客との関係をより親密にさせる方策として、顧客企業との技術・商品の共同開発や、高機能品のカスタマイズ生産などに取り組んでいる。また、より一歩踏み込んで経営資源の積極的な投下も行い、事業モデルも構築した上で、最終市場へ接近することにより顧客との関係を強化しているケースもある。自社事業の優位性確保と生き残り策の一つとして、他の化学事業でも検討され得る事業戦略であり、その典型的な事例として以下の2社のケースを紹介したい。

世界のヘア・ケア用品消費者の特徴やニーズ変化を追う独エボニック インダストリーズ

ヘア・ケア用品(シャンプー、コンディショナーなど)市場を世界で見ると、最大手の米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が20%台のシェアを有し、次いで、英蘭ユニリーバが10%台のシェアを有するほか、仏ロレアル、独ヘンケルなどに代表されるグローバルメーカーが展開しているのに加え、地域や国ごとにローカルメーカーが多数存在し、ヘア・ケア用品市場を細かく分け合っている。ヘア・ケア用品市場は、消費者の人種や髪質、気候風土、生活パターンなどが世界各地で違うことに起因して、ニーズに多様性がある。加えて新興国の所得水準が高まったことから、商品の質に対する欲求が高まっている。そこで各ローカルメーカーが消費者の細かなニーズをくみ取ろうと次々と新商品を出すことから、世界で毎年約10,000種類の新商品が発売されている。こうしたことを背景にトップのP&Gは2013年以降、毎年約0.5%ずつ市場シェアが低下し、2016年6月期では前年比1%ポイント以上シェアが減少(同社各年度アニュアルレポートによる)するなど、厳しい競争環境と、より多数の参入者がシェアを奪い合っている状況を反映している。
独エボニック インダストリーズは、スペシャリティケミカルを中心に22部門に及ぶさまざまな事業を手掛ける大手化学企業である。同社のパーソナル・ケア部門は、ヘア・ケア製品の有効成分(原料)である界面活性剤や毛髪保護成分などを製造し、世界各国でグローバルメーカーのほか、ローカルメーカーも対象に大小さまざまな規模のヘア・ケア用品メーカーに幅広い種類の製品を供給している。
その際、同社では、直接の顧客であるヘア・ケア用品メーカーの要望に合わせて製品を供給するだけではなく、消費者のニーズを地域ごとにきめ細かく調査して製品開発に反映している。例えば、アフリカ系人種の髪質がさまざまな要因で傷みやすく、ダメージケア成分のニーズが高いことに着目した同社は、南アフリカ・ヨハネスブルク近郊に地域固有のニーズに合った成分割合を調査するための研究所を設立した。同社ではアフリカのみならず、アフリカ系アメリカ人向けの製品開発のための研究も行っている。また、ブラジルが米国を上回る市場に成長しつつあるなか、ブラジル・サンパウロ近郊に成分配合の研究所に加えて2015年には毛髪研究所を開設した。ブラジル人女性が長髪を好み、多湿な環境下で1日当たり平均2回髪を洗うため、髪の手入れに時間がかかることから、同国でニーズの高い、櫛通りの良い製品の開発に努めている。世界に数カ所ある同社の研究所では、新たな有効成分の開発に加え、実際の毛髪を使い、成分のわずかな配合の違いによって異なってくる微妙な感触の違いなどを調べる官能検査を行って製品開発に活かしている。
同社では公にしているものだけでも100種類以上のヘア・ケア製品向けの有効成分をそろえており、各地域で調査・分析した消費者ニーズを踏まえつつ、ヘア・ケア用品メーカーごとにカスタマイズした配合で提供している。加えて同社が市場ニーズに沿った新たなヘア・ケア商品開発に資する製品提案をすることで、ヘア・ケア用品メーカーの商品開発を支援し、市場投入までの期間を短縮している。とりわけ需要が拡大している新興国での同社のきめ細かな対応が、最近のヘア・ケア用品市場におけるローカルメーカーのシェア拡大の傾向にもつながっていると推測できる。

調合拠点を世界各地に展開し、個別のニーズに応じた飼料添加物を供給する蘭DSM

家畜の飼料に添加物を加えることは、成長促進や健康維持に役立ち、ひいては、畜産業者の収益性を左右することになる。生育品種や地域によって飼料の栄養素に対するニーズも異なるため、きめ細かな調整が求められており、最近では、より多くの畜産業者からの個別対応のニーズが増えてきている。
蘭DSMの売上高、利益の6割以上を占めるニュートリション(栄養)セグメントでは動物用飼料添加物事業と食品添加物・サプリメント事業が主力事業である。同社はビタミンやカロテノイド、酵素やミネラルなどさまざまな栄養素を扱っており、これらの品目での同社の世界市場シェアは約30%である。また、世界で唯一、ビタミン全13種類を製造する企業でもある。同社の飼料添加物事業は、鶏、豚、牛や羊などの各種家畜用だけでなく、水産養殖やペット向けも対象にしている。
この事業では、自社で製造した飼料添加物を単品で売るケースもあるが、売り上げの6割程度が複数の添加物を調合した製品(プレミックス)の販売であることが大きな特徴である。このため、同社では飼料添加物の製造に加えて、調合のための工場を世界で44カ所有している。これらの拠点を通じて、飼料販売業者向けに調合した添加物を販売するほか、大規模畜産業者に対しても直接販売している。
業界の中には、飼料添加物の調合を専門に手掛ける企業や、川下の配合飼料業者がそれを行うケースもある。こうしたなか、DSMは飼料添加物の製造事業に加えて調合事業も世界的に行う唯一の企業でもある。飼料添加物の製造と調合の両方の機能を持つことで、添加物を最も適した構成割合に正確に調合でき、また飼料販売業者や大規模畜産業者の需要変化に対応して素早く供給できる。また、食の安全に関心が高まるなか、成分の製造と調合を一貫して行うことにより、畜産業者から見た飼料のトレーサビリティを高めることができる。このように供給面や品質面において顧客の安心感や信頼を得ることができ、同社へのロイヤリティーを高めることにつながった。今後も、各地での調合拠点設置・拡大に向けた投資計画を立てており、中国市場で、これまで直接製品を販売していなかった中規模(500頭以下)の養豚業者向けの調合製品開発に取り組むなど、より川下の顧客への接近を図っている。

市場起点のアプローチによる競争優位の確保

ここに挙げた2社の例に共通するのは、もともと強力な製品開発力と、各事業領域において製品のもととなる有効成分や製品群を幅広く有する点である。この強みをさらに活かすために、自社の製品が使われている最終市場での多様なニーズを自ら把握し対応することを目的として、研究所や製品調合のための拠点をグローバルに設置した。これにより、直接顧客であるヘア・ケア用品メーカーの商品開発の支援や飼料業者などのニーズに適切に対応でき、顧客の支持を得て、親密な関係を保つことができた。
単に自社製品の品ぞろえを広げて顧客に提供するだけでなく、顧客ごとに個別に課題解決策を提案することにより、顧客のロイヤリティーを高めて価格競争に陥ることなく、個別対応にかかるコストをもカバーするほどの収入を得ることで、これらのスペシャリティケミカル事業は収益性を維持できている。
これまで化学産業は製品づくりや、その製品に付随する技術力を高めることで市場を開拓することに注力してきた。また直接取引先の要望にかなった、高い機能を持つ製品を追求し、そのための開発を行ってきた。しかし市場の飽和による競争激化を克服すべく、他産業で見られる最終顧客のニーズを直接くみ取るという動きが、化学産業でも見られるようになった。こうしたアプローチは他のスペシャリティケミカル分野でも適用可能性があり、当該分野における今後の事業モデル構築の一つの方向性を示すものといえよう。

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